第七章 遊女名香②
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遊女名香は、江戸新吉原角町中万字屋山口勘兵衛抱えの遊女である。
松の位の遊女ともなると、客は専ら大身の武士や豪商であり、その相手をするためには、書道・華道・香道・和歌・俳諧・琴・三味線・囲碁・将棋など様々な分野での教養が欠かせなかった。
そんな高級遊女の中でも、名香は諸芸抜群に秀でていたとされ、その教養の高さを示すものとして、次のような史料が残っている。
「艶麗の容姿は露を含める海棠の如く、温柔の資性は風に靡く楊柳に似たり。慈愛の心いと深くして、人の貧しさを見ては之に恵み、人の苦しみを聞きては之を救いけり。全盛なれど誇らず、名香殊に愛嬌ある質にて、召し使う新造は更なり、若者内芸者幇間出入りの茶屋の小者にまで懇ろに附合て常々心配りの行き届かぬ隈なければ、知るも知らぬも名香が事を誉めざるはなかりし。名香は歌俳諧を能くし、常に琴三味線を弄び、香茶囲碁糸竹の技にも長じ、殊にこの頃世にもて囃されたる将棋という遊技に、卓抜なる技量をもてる。大名旗本の位高きにもをさをさ劣らざりけり」
『扶桑名妓総覧』という書物にも「名妓名香は将棋を深く好み、且つかむろの頃より香車の使い方に優れたり。依ってその名を越後名香山より採りて名香太夫と称す。爾来、春名香山にて現るる跳ね馬の雪型の如く、桂馬の使いも能くしたり」と記されている。
後年に書かれたものゆえ些か誇張があるとはいえ、諸芸の中でもその将棋の腕前は格別であったことが伺える。
名香太夫は、そのあまりの美貌と風雅さゆえに、赤穂浪士磯貝十郎左衛門が遺児ではないかと巷では噂されたが、これは俗説の域を出ない。
だがあながちこの説もでたらめとは言えず、名香は引込かむろとして幼少の頃より廓育ちであったが、どうやら父は名のある武士であったようだ。
名香は自分がいつ頃この吉原へやって来たのかは分からない。
物心ついた時から、もう廓での生活が始まっていた。
吉原に来る前の父と母の記憶がうっすらとあるようでもあるが、その記憶は曖昧だった。
とても幸せだったような気もするし、逆に痛ましい程に不幸だったような気もする。
賑やか町の往来を、愛する母に手を引かれて歩いた光景が、フッと頭の中を過ぎることがあるが、それさえも今は、夢で見た光景だったのか現実だったのか分からない。
ただ一つだけ、自分の出自についての手掛かりとなるものを、名香は持っていた。将棋の香車駒である。
誰が何故この駒を名香に持たせたかは分からない。
吉原へやって来た時に持ち合わせていたものは、今ではすべて失くしてしまったが、この駒だけは、紫縮緬の袱紗に包んで肌身離さず持っている。
諸芸の中で将棋に特別熱を上げたのも、香車の使い方を能くしたのも、この香車が自分の出自と何か関係があると、名香は信じていたからだった。
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時は遡り、大和屋茂右衛門と浦上市之進の勝負の後———。
「俺からの土産気に入ってくれたか?」
「……」
茂右衛門は親し気に名香へ話しかけるが、女のほうは、視線をどこか遠くにやって素知らぬ顔をしている。
既に丑の刻を過ぎた夜更けで、座敷内には二人の姿しか見えない。
名香は緋縮緬の湯文字一枚で、一層艶やかな雰囲気を醸し出している。
茂右衛門は名香を横目に、胡坐で酒をチビリチビリとやって、
「おい聞いてんのか?俺からのとっておきの土産だよ。お前のために手に入れたんだぞ」
どういうわけか茂右衛門は少し苛立っているようだった。名香もこれに気づいてか、
「みやげって何のことだんす?」
とぼけて当たり障りのない返答をした。
「新しく入ったかむろのことよ。お前によく似ていい器量だろう?お前のために難儀して手に入れたんだぜ。どうやったと思う?」
この日は、さよが連れ去られたあの夜である。
引込にして大事にしたいという楼主勘兵衛の意向は無視され、茂右衛門の命令で、さよは名香に付いて働かされていた。
名香は質問に答えなかった。
欲しいと頼んだわけでもないのに、恩着せがましく言ってくるのは野暮だ、と名香は思った。
「驚くなよ。あの娘は侍の娘よ。しかも前田家の者だ。将棋が強いって評判の侍だったが大したことなかったぜ。印に負けて娘を差し出したのよ。侍でございって偉ぶってみても、今の俺の前じゃ無力なもんだぜ。きっと大聖寺の野郎も大したことねえだろうな。お前のことを身請けしようとしているらしいが、そうはいかねえぞ。前田家だかなんだか知らねえが、ぶっ潰してやる」
名香は心の優しい女性である。
自分は幼い頃から廓で育ち、様々な苦労を重ねてきた経験があるから、新たに罪のない少女を廓に引き入れることを喜ぶはずはない。
できれば直ぐに親許へ返したいと、秘かに勘兵衛に願い出ている。
何だかんだ茂右衛門とは長い付き合いであり、名香の気性もよく分かっているはずなのに、敢えてさよを連れてきたということは、茂右衛門の言葉通り、敵である大聖寺前田家に対する当て付けなのだろう。
茂右衛門は侍に対する劣等感の裏返しで、侍をこき下ろし、自分という存在を必要以上に大きく見せようとしているのだ。
名香はそんな茂右衛門に憐れみを覚えた。
名香太夫は、元は侍の娘である。
侍の娘として育ってはいなくとも、その血に流れる武士の魂は消えぬもののように思える。
だから、武士をこき下ろす茂右衛門に、どうしても心の距離を感じてしまう。
それがたとえ名香を想ってのことだとしても…
茂右衛門に身請けされる踏ん切りがつかないのもそのせいだ。
かと言って、自分で千両の金を用意できるはずはない。
いつかは茂右衛門に身請けされなければならないだろうが、今はそれを先延ばしにしているだけである。
「なんだあんまり嬉しそうじゃねえな。気に入らねえってのか」
茂右衛門は酒のせいもあってか、眼が座ってきている。
「ふざけやがって!俺がお前のためにどれ程のことをしてきてると思ってるんだ!それなのになぜ気に入らない?俺のどこが気に入らないってんだ!」
こうやって声を荒らげるのも、弱い自分を隠すためなのだと、名香は知っている。
名香は茂右衛門と出会った頃のことを思い出していた。
最初に出会ったのは、確か茂右衛門が親の身代を相続した頃だろう。
飛ぶ鳥を落とす勢いの大和屋は、金を惜しむことなく吉原へ注ぎ込んで、毎晩のように芸者を揚げて、飲めや歌えの宴席を設けた。
そのような日々で、大和屋の格から言えば、当代一の遊女名香に目を付けるのも当然であったろう。
何の障壁もなく、茂右衛門は名香の馴染みとなることが出来た。
出会った頃から茂右衛門は、良く言えば豪快で男っぷりがよく、悪く言えば破滅型であった。
親が作った財産で金に飽かせて遊び呆ける。
そんな放蕩ぶりの裏側には、二代目としての自信のなさや、他人への不信があったように思える。
名香はたまに茂右衛門と将棋を指すことがあった。
でも茂右衛門と指していても、その指し手からは何も響いてこなかった。
強いとか弱いではない。
二人で盤を挟んでいると、何となく息苦しい思いがした。
いつしか名香は、茂右衛門が、本当は自分には惚れていないのだということを悟った。
自分を身請けしたいのも、当世で一番有名な女を自分の物にするという世間に対する見得だけなのだろう。
そう気づいてしまったから、より一層寂しさが募った。
この人に身請けされて本当に幸せになれるだろうか、と名香は漠然と疑問に思っていた。
併し、幸せというものが何なのか、実は名香には分からない。
物心ついた時から苦界での暮らしで、普通の町娘がどんな暮らしをして、どのようなことに幸せを感じるのかは、書物の中で窺い知るくらいである。
人並みの幸せを手に入れようにも、それがどんなものか分からない。
過去の記憶を遡ってみても、自分に幸せだった頃があるのかはっきりしない。
だが例え生まれつき幸せにはなれない運命だとしても、せめて一度だけでも、苦界の外で暮らしてみたい気持ちがある。
そしてできることならば、自分の出自を明らかにして、一目でいいから父母に会ってみたい。
そのためならば、自分のことを愛してくれない人であっても受け入れようと、名香の気持ちは固まりつつあった。
新潟にある妙高山は、昔は名香山といいました。




