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秘剣飛鳥返し  作者: メイロング
4/7

獅子

 遠い鐘の音が夕日を西へと追いやっていく。


「何年ぶりかね、こうして並んで歩くのなんて」


 いつのまにか帆風よりずいぶん体が伸びてしまっていた。


 同じ道を歩いているはずが、自分のなすことを続けていたら、じょじょに歩く道はちがってきたのかもしれない。


 それが体格に現れてきているとは言い過ぎだろうか。


「帰りは三人に戻るさ」


「そうだね」帆風の息のつき方が変わった。


「陣馬」左手が鍔に触れる。


「おう」


 ふたりともすでに構えている。


 鞘に収まった刀の先端、(こじり)が天を向くばかりに前のめりに傾いで、開始の合図を待っている。


 前に出した足は全身を躍動させる瞬間を求めている。


 なにより口元、その笑みこそが翡翠流。


 日はすでに落ちた。道の陰、屋根の陰から夜がにじんで、人の顔や輪郭を溶かしていく。


 ゆえに「誰そ彼時」と人はいう。


 道幅は三間あまり、足音がしないのは裸足だろう。


 帆風が先に鯉口を切った。


 七原の土佐妙字におとらぬ、五世空瀬身(うつせみ)の業物、号、大朽縄(おおくちなわ)


 はじけるように飛び込んできた一撃を抜き合わせたのは、陣馬のほうだった。


 道場の試合とはまるで違う。獅子のあぎと。陣馬は刃から立ち上る血肉にぬれた吐息を顔に感じた。


 おそろしい。あやまってしまおうという弱い心の部位は、どこかに置き忘れてきたかのように、はじめからそこになかった。


 両肘に力を込めて、


「ぬうん」


 と弾き飛ばし、もし相手に第二撃があれば易々(やすやす)と胸を突かれる可能性もあったが、さも当然とばかりに袈裟に斬ったが手応えはない。


 陰の獅子は煙のごとく消え去っていた。


「陣馬、あれがそうか」


 帆風が肩をつかんでいった。


「あれが七原をやったやつか」


 陣馬は刀を引き寄せると、刃がごっそり欠けている。


 形こそ保っているが、まともに斬れるものではなくなっていた。


 骨まで響いた衝撃の圧力と速度。


 斬って殺すというよりも、金鎚で無造作に刀をたたき壊しにきた感じだった。


 試合とも喧嘩ともちがう野生の殺し合いは泥臭く、劇的でもなんでもなかった。


 たとえば落雷は時に獣の命を奪う。だが雷に殺そうという意思はない。それと似ていた。


 これなら七原が討たれたことにも納得がいく。


 無慈悲で圧倒的で瞬間的な斬り合いによって、友は果てたのだ。


 問題は他にもある。


 なぜ引いたのだ。


 あのまま押し切れば、陣馬も帆風も始末できただろう。


「急に来たな」帆風も半ば興奮していた。「急に来たな」


「来た」陣馬はようやく返事をした。


 生き延びたことに安心した心臓が今さら激しく脈打ちだした。これ以上に複雑なことを考え続けたら倒れてしまいそうだった。


 いくら稽古を積もうと、実戦は別物とはよく聞く。だが実践で恐れる心を、はじめからなかったものとして消し飛ばしておく技術は、稽古によって身につけられる。


 あらゆる武術の流派に通底するものだろう。


「この道はもう使わない方がいいかな」


 帆風はあたりを警戒しながらいった。


 すでに日は完全に落ち、遠くの店の提灯に火が入っている。


「夜道を七原かついで帰るのか」


「いや、灯りは跳火さんに頼んで、板戸に寝かせて運ぼうよ」


 陣馬は今の一件を跳火の耳に入れておこうかと思ったが、結局やめにした。


「一度打ち合わせただけで刀もやられて、なにもできませんでした」


 なんて話をしても面白くない。


 だが、本当になんにもできなかったのか。


 橋元の詰め所に向かう間、陣馬は命がかかった刹那を繰り返し思い出していた。

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