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秘剣飛鳥返し  作者: メイロング
2/7

検死

「見事なもの、とは言いかねますね」


 御用聞きの跳火(ちょうか)がむしろを上げると、七原の白い腕が現れた。


 斬られたというより


「切り刻まれた感じっすね」


 跳火は道場に通っていたので、剣を見る目は他の御用聞きよりある。

 

 下帯だけになった七原の遺体は白く、力が抜けて普段より大きく見えた。


 手足の細い部分はほぼ切断、腹や背は半ばまで斬り込まれている。


 陣馬は内臓を抜かれたあとの魚を連想した。


 だが魚は決して雑魚ではない。


 昨日までの胸板は厚く、背中の盛り上がりは山脈を思わせた。


 重い木刀を易々と振り、踏めば床板が落雷のような音を立ててしなった。


 豪放磊落(らいらく)で人に厳しかったが、それ以上に自分に厳しかった。


 足下が狂うといって酒はやらず、真から剣術が好きな男だったと陣馬にはみえた。


 本人を思えば無名の門人のまま剣を精進させてやればよかったのだろう。

 

 さて、今度はその七原を(たお)してみせた下手人の推理である。


「はなはだ言いにくいことですが」


 跳火の見立てに、陣馬は深くうなずいた。


 左腕を切り落とした傷跡を見ると、下から鋭角に斬り上げている。


 これは背中を右肩から左腹部へかけて袈裟斬りにしたあとで、ただちに刃を返して、滝登りに斬り上げたものとみえた。


 それは七原や陣馬と同じ、翡翠(ひすい)流の流れである。


 水面に伸びた枝に留まる翡翠がひとたび飛び立てば、青い背を輝かせて水中に突入し、くちばしに小魚を得て、反転して再び空へ帰る姿と似る。


 この鋭角反転が流派の特色である。


 すなわち、跳火は下手人は同じ翡翠流であるといっている。


 だが陣馬には思い当たる人物はない。


「その話、しばらく内密で頼む」


「そりゃあもちろん、あたしの口には戸を立てる手立てはいくつも……」


 陣馬は財布を取り出すと、紐も解かずにそのまま握らせた。


「こりゃあ話が早くて助かります」

 

 用意したのは帆風だった。


「――捕り物に巻き込まれると、たいてい都合の悪い話がひとつふたつ、あらわになる。それを黙らせる手立てを匂わせてくれたら、金に糸目をつけちゃだめだよ」


 気持ちが顔に出たのか、帆風は次のように続けた。


「跳火さんはそんな男じゃないが、捕り物はひとりふたりでやるもんじゃない。人手がかかれば漏れる口も増える。そこにどうしてもね、心付けってのがいる。道理じゃなくて情だ」


 朝のご近所づきあいから夜の政治工作まで、権謀術数が服を着て歩いているような男。それが帆風である。 

 

「それともう一つ、お伝えしなきゃならないんです」


 跳火は声をひそめて耳打ちした。


「見当たらないんですよ、お腰の物がね」


 七原の刀は、自慢にしていた土佐妙字(とさみようじ)


 長めの古刀で、大柄な七原によく似合っていた。どこかに忘れてきたはずはない。


「持ち去られたということか」


「やっかいですぜ。百本斬りだ」


「百本斬り?」


「続いてるんですよ。斬り捨てて刀だけ奪っていく件が。お百度参りに習って、今じゃあ同心たちまでそう呼んでます」


「願掛けで殺されてたまるものか」


「だが実際に殺されています、強いですよ」


 遺体はあとで帆風とともに引き取りにまた来ることにし、一時的に橋元の詰め所に預けてもらうことにした。


 様子を見に来た甲斐はあり、考える材料をいくつか得ることができた。


 相手は七原よりずっと強い。


 荒々しいが、翡翠流を使う。


 だが七原より強い使い手はいない。


 殺したあとで刀を奪っていく。


 どれも難問だった。

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