勃発
七原が殺された。
道場主亡きあと守ってきた三人のうちの一人である。腕前だけなら陣馬をもしのぐ。
道場で最も強い者が辻斬りで殺されたとあっては、とても大見得を切って葬式を出すわけにもいかない。
「どうしたものかね」
三人のうちでもっとも大人びた帆風は腕組みをして人ごとのような顔を近づける。
「下手人を捜して斬る」
「どこの誰かもわからないのに?」
「だからって、このままでいいわけないだろう」
「道場の評判もあるからね」
早々に答えが出る話ではない。
まずは帆風の報告を受けたというところでとどめて、陣馬は朝稽古へ向かった。
道場ではすでに紀雷が気勢を上げていた。
早くに来ていた門人たちを相手に、すでに汗みずくになって竹刀を振っていた。
本来なら道場主の跡目を継ぐ娘であるが、実力が伴わない。その間をつなぐために、実力者の三人が合議で運営していた。
「やる気は十分。稽古も人一倍。だけど試合でだけ負ける」と帆風は分析した。
「むいてないんじゃねえか」と七原は評した。
陣馬はといえば、毎日稽古して強くなるなら話は簡単で、そうでないから皆が苦労している。そしてある日に急に強くなることがあることも知っていた。
まあ、だからそのうち勝てるようになるだろうと静観していた。
だが、今はそういった話をしている時ではない。
まず下手人を捜さねばならない。七原を斃せる腕前なら、御用聞きが知らぬはずはない。
道場運営者たる師範代が三人から二人になったが、実質的に取り仕切っているのは帆風である。
これもさほど問題ない。
やはり一番の問題は、この一件をどこに落ち着けるかである。
最善手は仇討ちだ。これなら体裁も悪くない。
だが七原を討った実力者である。返り討ちに遭い、師範代の二人が倒れたら道場は潰れる。
次善の手は、普通に七原の葬式を出して、何事もなかったように振る舞ってしまう。
だが世間の口に戸は立てられない。評判は尾ひれを付けて世を渡る。
師範代が辻斬りされたのに、指をくわえてみていたのでは、腰抜けの集まりである。
これも遠からず道場の危機となる。
どちらにしろ、選択を誤れば未来はない。
自分一人の未来ならどうともなろうが、紀雷、帆風、その他の門人も含めた未来がかかっている。
頭を抱えていたい気持ちを抑え、陣馬は竹刀をかついだ。