七不思議 いつつめ
「ここらって聞いてたんだけどなぁ~」
朱璃の目線の先には、本棚がある。今は午後五時四十分。最終下校時刻二十分前である。佐々木の言葉通り、図書館にやってきたわけだが、彼女の眼には普通の本棚が写るのみである。噂の『声』も聞こえない。
スマホが振動する。朱璃はスカートのポケットからスマホを取り出し、電源ボタンを押した。そのとき。
どさり
何かの落ちる音がした。と同時に足首に違和感が走る。
朱璃は動きを止めた。そして、首だけでゆっくりと振り返る。音のする方には一冊の本が落ちてあった。幸い、痛むような落ち方はしていない。が、誰もいないはずなのに勝手に本が落ちた。
「・・・は、口笛・・・・・でした。・・・になら・・・・までばけものの・・・・いたジョ・・・しは、だん・・・・」
微かに聞こえる女性の声。先ほどまでは聞こえなかった声に、朱璃は昼休みに聞いた話を思い出した。
『自殺した図書委員が化けて出る』
ありえないはずだが、本当にいたとしたら。その思いが頭の中をよぎって動けなくなる。しかし彼女は、勇気を振り絞り声のする方へと向かうことにした。
落ちてた本は、重い辞書ではなくただの文庫本だった。作者は、教科書でも習う有名な文豪だ。声のする方は、自習用のテーブルがある方に聞こえるが、よく耳を澄ますと司書室の方から聞こえる気がした。
足元の違和感に構わず、歩き始める。司書室に近づけば近づくほど、声は大きく、はっきりと聞こえる。
「ジョバンニは、せ・・・の灯や木の枝で、すっかりきれ・・・時計屋の店には明る・・・・・・ろうの赤い目が、くる・・・とうご・・・宝石が海のような色をし・・・」
手に持ったままのスマホが振動する。はっ、として通知画面を見る。そういえば、さっき見ようとしていたことに、朱璃は気が付いた。指紋認証でメッセージアプリを開く。
と、突然司書室のドアが開いた。彼女は驚いてそちらを見ると、司書兼国語の先生が出てきた。
「あら、松下さん。そろそろ閉室よ~」
「びっくりした・・・なんだ先生かぁ」
そこから出てきたのは、現代文の教師であった。
「ねぇ先生、なんか朗読してた?さっきからずっと声が聞こえて怖かったんだけど」
素直に疑問をぶつけると、先生はニヤリと笑う。
「あれね、授業で使うテープを確認してたのよ。ちょっと古いものだからね」
先生はくすくすと笑いながら続ける。
「みんなが『七不思議』っていって怖がってるから、面白くて正体をばらさなかったんだけどね。確かに昔ここの生徒だった子に取ってもらったものだし、ちょっと怖いよね」
思いもよらないネタバラしに、朱璃は落胆する。真実は思ってたよりも淡白なものだ。
また、スマホが振動する。メッセージが来ていたのは、いつも一緒にいるメンバーのグループ。かなたからだ。
『大変!弥生ちゃんが怪我しちゃった!至急、保健室に集合!』
朱璃は動揺する。先生にどうしたの?と聞かれ、素直に答える。
「あら大変!それなら早く行かないと」
怪我しないように、と注意され朱璃は頷きながら速足で図書室を出る。
「松下さん、足に糸が絡まってるわよ!」
先生の指摘を背に、朱璃は廊下を走る。