7話 夜見の世界と千春
夜見の世界
三つの世界の1つである夜見の世界は俗称『犯罪者の世界』とも言われている。理由はこの世界には罪を犯した魔法人と一族だけしか住んでいないからである。したがって千春の一族は過去に罪を犯した一族なのである。罪の重さによっては月の竹に変えられるが重罪の場合は子孫も含めその夜見の世界に永久に住むことになる。千春のように隙を盗んで月の竹と夜見の世界の異空間をくぐる以外月の竹に行くことはできない。
「千春ちゃん。さっきからこっちを見ている魔力を感じるんだけど気付いている?」
耳打ちをして教える凛太郎。千春は少し目を見開いたが、その感じることのできない敵に気づかれないようにできるだけ表情を崩さないようにした。凛太郎はそれを見て千春がただここに住んでいる魔法使いなのではないと感じた。
「そうなの?私、魔力があった頃感知は得意だったのに」
表情は崩さないが声で落ち込んでいるのが分かる。
「そうなのか。でも感じるだけで誰かまでは分からないしまだそこら辺にいるって感じだけしかわからないけど」
「でも私は誰がいるのかは経験でわかるよ」
凛太郎は驚いた。経験で分かると言うことは日常的にこういうことをされているからだろうか、凛太郎は考えたが次の瞬間考えることができなくなる行動を千春におこされた。
「なに、どうしたの!?」
千春は凛太郎の手を握る。母親以外の女性と手を握ったことのない凛太郎は柔らかく少し細い指に不思議な感覚がした。
「ここから逃げましょ。やばい奴だから」
「やべーやつなのか!」
「うん、だから逃げよ。地平の世界でもいいから」
立ち上がって凛太郎の手を引こうとするが凛太郎は立ち上がらない。なんで立ち上がらないのと言う千春に言う。
「残念だけど千春ちゃんの言う地平の世界には決められた場所でしか開けねえんだ。ここから歩いて1時間くらいかかるからすぐには無理だよ」
「そんなー」
千春は残念そうに腰を下ろし手も離すと凛太郎はあることがわかった。千春は頼みごとがあるとべたべたと触ってくることを。触ってくれることはうれしいが何か悔しかった。
そんな2人の様子を男はずっと見ていた。
「あの男、千春と手を握られてニヤニヤしやがって。千春とオレの関係を知らないで……。もう我慢できない」
男は砂の中から出て来る。勢いよく地表に現れたため砂煙が2人の視界を遮っていた。砂煙が上がったことで2人は男の場所を特定できた。
「砂の中にいたのかよ!まー隠れるならそこしかないのか」
「千春―!千春―!」
男は名前を叫び続けている。その声から凛太郎は怒りの感情を感じ取った。そして千春の方を見ると怯えていたように凛太郎は感じた。十数秒後、砂煙がなくなると男の姿、いや少年の姿があらわになった。
「チ、チビじゃねえか。そんなやばい奴なのか?年齢も俺より下だろ絶対」
服装は汚い着流しでいかにもここの住人である。吊り上がった細い目でずっと千春の方を見ている。
「やばい奴よ。私にとっては。それとあいつ私より4つ上だから145センチしかないけど」
「マジか!でも、千春ちゃん。俺があいつをぶっ潰すよ」
「あ、ありがとう(別にぶっとばさなくてもいいけど)」
そう思い苦笑いした千春であった。
20歳で145センチの青年は2人の10メートル前に来て立ち止まり喋りはじめた。
「千春こんなところにいたのか。探したぞ。誰だ?隣にいる男は」
千春が少しおびえていると思った凛太郎は千春の前に立ち、少年に話しかける。
「小さいなお前。いつデカく見えるかとずっと見ていたよ」
「凛太郎君言っちゃいけないよ、本当の事は」
怯えているのに結構きついことを言う千春に凛太郎はびっくりした。本当に怯えているのかと。二人がまだ楽しそうに話しているところを見て少年はさらにムカついてきた。
「おいおい、お二人さんあんまり調子に乗るなよ。特に千春。俺の質問に答えろー!」
「うるさいわね、さっき魔物から私を助けてくれた男子よ」
さっきまでのトーンと変わらない、いやむしろ少年に対してキレている千春の喋りを聞いて怯えているのではなく本当に気持ち悪いと思っていると考えを変えた凛太郎である。
「ほー、魔物を倒せるのか。ということは俺とは別の反乱軍の一族か?いや、杖を持っている。地平の男か?」
「反乱軍?何だそれ千春ちゃん」
凛太郎はここに何度も来ているがほとんど何も知らない。千春は何も知らない凛太郎が本当に地平の住人だと思い始めて説明する。
「月の竹の偉い人達に歯向かうために、ここに来る魔法使いを捕まえようとしている集団よ」
「そんな奴らいるのか。たまに杖ではなく刀を持っている奴がいたけどそう言うことだったのか。でも刀の所持は禁止されているぞ」
「そんなこと私に言われても……」
「何を言っている。刀は反逆の象徴。人間たちはこの刀、正確には鉄の刀一本で突然現れた魔法使いに戦いを挑んだんだ。今、人間たちは刀を捨て月の竹の奴らに屈服している。だから代わりに俺たちが刀を取り戦うんだ」
少年がかなり張った声をだして力説した言葉に2人はポカンとして見つめ合う。
「そんな話があったのか。知らなかった」
「……私も」
2人は少し頭が弱い。歴史などほとんど知らなず、たとえ知っていてもすぐに忘れてしまう。だがその頭だから今まで心が曲がらず生きてこられたのかもしれない。
「千春は教えてやっただろ。そこの男にいたってはこの世界で杖を持ってやがる」
「さっき、お前が言っていたの正解。俺は月の竹の住人だよ。ここには魔物を倒すために来ているだけ」
少年のやっぱりという顔が羨ましさを勝手に感じた凛太郎は少し誇らしい感じがした。月の竹では底辺として扱われている自分が少し羨ましがられていることが嬉しかったのだ。
「なに、そんな薄ボロの服でか」
「うっ、それを言うな。で、お前らどういう関係なんだ?結構普通に話しているな」
そう聞かれると少年は少しコホンと咳をつき大きい声で言う。
「俺と千春は幼い時からの友達であり恋人だ!」
恋人と言った後に少し顔を赤くした少年。凛太郎はびっくりして千春の方を見ると怒っている表情に感じた。
「恋人の関係は違うでしょ!」
すぐさま千春がツッコミを入れる。
「え!違うの!少なくとも俺はそう思っていたけど……だって小さいころからの知り合いだし」
「小さいころからの知り合いは本当だけど恋人の関係はあなたの妄想でしょ。凛太郎君やばいやつでしょ」
「た、確かに。お前千春ちゃんを追ってここまで来るとかストーカーだろ!」
「違う!俺はストーカーではないスカウトだ!」
「スカウト?何の」
「反乱軍のだよ。千春を反乱軍に入らないかと誘っているんだ」
「だから入らないって言っているでしょ。しつこいなー」
「ならなぜ、一か月前に俺の所に来た」
少年はこの千春の行為が自分に気のあるんじゃないかと捉えてしまったのである。無理もない、いきなり少女が自分の所に来て泊めてくれと頼んできたのである。理由を聞くと家出、もう家には帰らないと言っている。少年の妄想は飛躍した。しかし妄想は毎日飛躍しても現実の出来事は何も進まなかった。そこで少年は千春を反乱軍に誘って進展させようとしていた。
「だから家出したって言っているでしょ」
「嘘つけ。本当は俺に会いたかったんだろ」
2人の声はだんだん大きくなっていく。
「面倒くさい。何回も言うけど凛太郎君やばいやつでしょ」
「た、確かにやばい奴だな。それより反乱軍とかいうのもヤバそうな組織だ」
凛太郎は話を反乱軍に変えた。何か二人の話を聞いているとイライラし始めている自分がいたからである。
「反乱軍は正義だ。希望だ!地平の人間には分からないだろうがな」
「夜見の千春ちゃんもわかっていないようだけど」
「うん、全然わからない!」
「……もう怒った。お前が月の竹の住人だとわかったなら作戦変更だ。反乱軍の一員として貴様をとらえ、月の竹の奴らとの交渉に使う。千春はその後だ」
「俺をとらえても無駄だとは思うがな」
少年と凛太郎の表情が変わり戦う男の顔つきになった。
「ここに来る月の竹の奴らは上流の一族であることは分かっている。なぜなら異空間を通らないとここには来られないからだ。下級の一族が異空間の開き方を知っているはずはない」
先ほど魔物を倒した凛太郎のように魔力を出して刀を構え戦闘状態になる少年。
「名を聞いてなかったな」
凛太郎もやれやれと言う感じで杖を構える。そして千春を巻き込まれない位置まで離した。
「俺は凛太郎」
「凛太郎か、俺は道長。バトル開始だ!」
二人のバトルが始まろうとしていた。