2話 裏切りの一族
鎖国の森
凛太郎達の隔離されている森の通称である。その森は上空から見るとドーナッツ状になっていて、凛太郎の家は中心の空洞の所にある。空洞から木の生い茂っているところまでは1キロあり凛太郎は日常的には森の中に入っていない。だが、今日は空洞の端、木の生い茂っているところまで走ってきたが森を見て少し緊張していた。
「大丈夫、大丈夫。絶対にいないって、いたとしてもぼくの魔法で……うん」
小さく独り言を言ってから鎖国の森に入り、そこから2時間かけて抜けると公園についた。歩いて疲れた凛太郎はひとまず隠れるように木陰に座りこみ休むことにした。
「それにしても、別世界みたいだよな。森の外は」
目にしているのは地平の首都『月の竹』高層ビルが建ち、自動車の排気音が響く市街地。コンクリートの歩道にはスーツを着たサラリーマンたちが携帯電話で話しながら歩道を歩いている。空を見上げると大きな鳥に乗り空を自由に飛んでいる魔法使いがいる。月の竹は人間と魔法使いが半分半分生活しており一番共存している都市である。そのため差別のない都市として表彰されることもしばしばある。
凛太郎はビルに設置されているテレビモニターの放送に目を向けた。綺麗な女子アナがニュースを知らせていた。
「今日の魔物出現件数は5件、死傷者は3名です。近くに住まれている方は注意してください」
ニュースが終わるとほっとした表情を見せる凛太郎。
「鎖国の森で会わなくてよかった。まー出るとは父ちゃんからも聞いたことないけど」
魔物とは地平に昔からいるとされている大型で異形の化け物である。月の竹では週に数十回現れ、人間の間では死活問題になっている。なぜ人間だけだと言うと魔法使いはある程度の年齢になり鍛えれば倒せるからである。
「そんな事より、一歩公園に出てみようかな、ここで見ているだけだったら今までと変わらないし。まずはあのベンチまで歩いてみよう」
別に月の竹の公園と鎖国の森には結界などは張られていないが凛太郎は何かを感じて一歩を踏み出すことができない。それほど伊岐一族は月の竹に耐性がないのだ。躊躇している凛太郎は周りが見えなくなっていた。
それは危険なことである。
「おい! 森から人が出ようとしているぞ。汚い着流しだ、間違いねえ」
サラリーマンの男たち5人が凛太郎を指さす。着流しは魔法使いにとってはポピュラーな服装で見た目が変わらない魔法使いと人間を区別できるアイテムでもある。
「やべ! 見つかった!」
凛太郎は見つかりたくはなかった。何をされるかはからないからである。父には大丈夫とは言ったもののやはり怖い。まず森に逃げようと思い走るが何か後ろから引っ張られその場にしりもちをついてしまう。どうしてと思い後ろを向くとスーツ姿の男の一人の腕からゴムのような粘着質の糸が出ていて背中にふっついていた。剥がそうとするが取れず,引っ張られて5人の大人に囲まれた。
「なにすんだ」
睨み付けて反抗するが1人の男が凛太郎の顔を一発殴り、唐突に語り始めた。
「俺は魔法使いだが戦闘・回復には使えずこうして人間たちと生活している。だからさ、強い魔法使いは何かむかつくんだよ、偉そうにしていてな」
男に続き周りの人間たちも話しだす。
「俺たち人間は一度でもいいから魔法使いをぶっ倒してみたいんだよ。魔物を倒しているからって調子に乗っているからな。何が平等の世界だ」
「そう考えたらお前達『裏切りの一族』の伊岐はいい標的となる」
「……。裏切りの一族? 何のことだよ」
ただ活躍している魔法使いに嫉妬している大人だと思ったが『裏切りの一族』というワードに引っかかった。
「知らないのか、張本人の伊岐一族なのによ。お前の一族はこの地平を戦争に導き、そして逃亡した犯罪者であり裏切り者なんだよ」
「え……」
「そうだ。この国の人々の5分の1は死んだといわているんだ。お前たちの先祖が起こした戦争でな。魔物より悪い奴らめ!」
「生きていただけでありがたいと思えよ。今でもこの森に子孫が住んでいると思ってむしゃくしゃしている奴だっているんだからよ」
次々と喋ってくる大人たちについていくのが精いっぱいである凛太郎。
「……でも、ぼくはかんけーないじゃないか」
それが本音だった。だがこの一言が大人たちを怒らせた。
「は? 一族の恥は末代までの恥。そうだろうが」
「……。知るかよ……そんな事」
小さな声で言う。
「反抗するのか。ミツさん、こいつをゴムの魔法でぐるぐるに固めてくれ」
「そうだな。歴史を知らないのは罪だ」
その後、殴られるが誰も助けにこない。伊岐一族と聞こえて皆何もしないからである。だが気絶はしない。それは人間たちの力は弱く、また弱い魔法使いの魔力では、赤ん坊に腹を殴られているようなものである。それでもくらっているのは理想と現実の違いにショックを受けていたからである。
「ハァーハァ。腐っても魔法使いか、攻撃がきかねえ」
「逆にこっちがいてえ」
「少し待っていろ。俺が魔力を溜めて一撃をくらわせる」
ミツはそう言うと白く光る魔力を拳にためる。集中しているが拳を見つめて汗をかいている隙だらけのミツだが凛太郎はじっとしている。
その時であった。
「ぎゃああああああ!」
女性の異様な叫び声が公園に響き渡る。それは凛太郎を見てではなく、反対方向のトイレに視線を向けていた。
「魔物だ! 魔物が出たぞー!」
トイレが大きな音を出して爆発したかのように崩れていくと同時に公園にいる者たちが急いで公園をでて行く。凛太郎を殴っていたミツ達も同様に公園を出ていく。自分以外いなくなった公園で仰向けになり空を見ていた凛太郎は思ったが公園の外にいるミツたちの会話で否定された。
「ミツさん小さい子供を助けないんですか!?」
「無理に決まっているだろう。助けを待つんだ」
その会話を聞いて凛太郎は着流しに着いた土を落としながらミツを睨み付けるかのように見つめ、大きな声で問いかける。
「助けないのか子供を」
凛太郎の鋭い目つきに一度視線を逸らすミツだがもう一度凛太郎の目を見て喋る。
「助けられないから俺は……こうして生きている。俺は魔法ではヒーローにはなれないんだ……」
凛太郎はミツから視線を外して子供の方を見ると魔物を見ながら腰を抜かしている。
「だ、だれかたすけて……」
「グルル、グアーーー!」
襲われる少年に野次馬たちは目をそらした。それはこの先に見たくもない残酷な光景が映し出されることが容易に想像できるからだ。
しかし、その想像は外れた。
「グオ? グオオ?」
その魔物の奇妙な声に野次馬たちは再び公園に目を向ける。
「どうなっているんだ!? 魔物が木に縛られている? ここに木はなかったはずだが」
「ま、まさか伊岐の奴!?」
野次馬が凛太郎の方を向くと凛太郎は魔力を出しながら地面に手のひらを当てていた。そこからは木の太い枝が魔物の方向に流れていた。
「魔物の大きさは3メートル。それほど大きいものではない。だったら僕の木の魔法で簡単に動きを止められるんだよ」
そう言うと子供に逃げろと声をだす。子供は震えながらだが公園の外にでて行った。
「良かった……これで心置きなく倒せる。木魔法・如意棒」
今度は手のひらを直接魔物に向け、そこから如意棒が勢いよく現れ首を跳ねる。魔物は崩れながら倒れ、消えていった。
「終了」
その光景に野次馬は怯え、逃げていく。公園に一人になった凛太郎はその光景をみて空を見ながら言う。
「やっぱり森の中で暮らした方がいいのかな。友達なんていらない。帰るか」
「そんなこと考えたらだめだよ」
独り言のつもりが返事を返された凛太郎はびっくりして声のする後ろの方向を振り向くと同い年くらいの少年が自分を見ていた。その少年は凛太郎と違いきれいな黒い着流しに綺麗な顔立ちで綺麗な黒髪。凛太郎とは正反対の人生を歩んでいそうな少年だった。