1話 家出
広大な森の中心部にある古びた木造家屋
「地平の世界には二つの種族が存在している。一つは神から魔法という能力をもらい受けた種族、のちに魔法使いと呼ばれる。もう一つは能力を持たない種族、人間と呼ばれる。長きにわたり魔法使いはその力を使い地平を支配したが近年、絶対的であった魔法使いの権力も人間達による科学・経済発展により均衡が崩れ、両者は平和条約を結び共存して生きるようになった。現在、魔法使いはその能力を使い人命救助や医療、犯罪人の捕獲を中心に活動し、人間たちに高い評価を得て尊敬されている。しかし、そのような現在でも魔法使いでありながら隔離され森の中でひっそりと生きる一族がいる。その名は伊岐一族。その一族の子供である12歳の少年、伊岐凛太郎は隔離されているはず森の中から出ようとしていた」
ボロボロに破れた障子、茶色く変色した畳、殺風景な部屋。その貧乏くさい部屋であぐらをかいている父親の周りをぐるぐる回る少年がいた。名前は伊岐凛太郎、十二歳である。先ほどの長い話は凛太郎が父に向けて毎日喋っている話である。
父親は「またその話か」とでも言いたそうに大きくため息をつくと頭を掻きながら言う。
「森の外に出ようと思うのはやめておけ。ボコボコにされるぞ」
父親が口を開くとぐるぐる回っていた凛太郎は父親の正面でピタッと止まり包帯を巻いてある右手で指をさす。
「でて行きたいってわけじゃないよ、父ちゃん。ぼくは月一族に一言文句を言いに行きたいんだ。なんでぼくたちを森の中に閉じ込めておくのかをね!」
月一族とは首都『月の竹』の基礎を築き、一番権力のある魔法使い一族である。それに文句を言いに行くとは国に刃向かうと同じ事であり大人にはできない。子供でも賢ければいう言葉ではない。だが凛太郎はバカであった。
「もう一度言う、やめておけ。森を出たらお前は殺されるぞ」
「脅しは効かないよ。それにそんなことあるわけないよ、同じ人なんだから。それに何度も言うけどこんな運命のままでいいの? 森の中でずっと過ごしていいの? ぼくは嫌だね」
「……この運命からは逃れられないんだ。もう分かれ12歳になったのであろう」
父の言葉により緊張した空気が貧乏くさい部屋に流れる。その空気を吐き出すかのようにため息をつき父に背を向ける凛太郎。
「でて行く」
言葉に後に障子を開くが鼻で笑われる。それはいつもここまでは言うが結局でて行かないからである。
だが、今回は違っていた。
「なんだ? その何か決意した目は?」
「こんな運命は変えてやる! 行動を止めたら何も成長しないし変わらないよ」
凛太郎は魔法使いの武器である杖を着流しの帯に差し、障子を開ける。
「本当の事言ったらどうだ」
出ていこうとする凛太郎に父親が話しかける。
「本当の事って何?」
「建前とかではなく、本当は友達が欲しいのだろう、凛太郎」
ピクッとしてすばやく振り返る凛太郎。
「どうしてしってんだー!」
目を大きく開けビックリする凛太郎。さっきまでの緊張した空気が一掃された。
「お前の服を洗濯するときにポケットの落書きしている紙によく書いてあるんだ。友達が欲しいってな」
凛太郎は少し考え込むと恥ずかしいのか早口で答える。
「そ、そうさ、ぼくは友達が欲しいんだ。こんな孤独の森の中では体験できないね。だって……」
凛太郎が話そうとしたのを遮り、父親は静かに冷静な口調で一言。
「もう一度言う。無理だ」
「……」
無言で出て行った凛太郎。それを見て父親はまたため息をつく。
「バカ息子が……そんな事より魔物倒しを手伝え」