温室育ち
両親は俺を褒めて育てた。
母さんが作った朝食が並ぶ食卓に着く。
「おはよう」
「あ、おはよう」
つまり俺は超絶甘やかされてきたわけだ。
母さんが俺の前に牛乳を置いた。
「ま~幸ちゃん今日もかっこいい~」
母さんが高い声で言った。
いつもこんな調子で褒めてくる。
「え?そう?」
「そうよお。ねえパパ!」
「ああ。そうそう。こんな美少年いないよ」
向かいに座る父さんが大きく頷いた。
「そうかな。えへへ。母さんも綺麗だよ」
俺は半熟の目玉焼きを父さんの皿に移そうとする。
いい気になってしまうが、そんな俺を我に返らせてくれるのが幼馴染みの蓮だ。
こいつめっちゃイケメンやねん!高校から髪金髪に染めやがって!もうハリウッド俳優やねん!!画がそこだけ薔薇飛んでんねん!!!見てるだけで目え潰れんねんんんんん!!!!
隣から薄ら笑いが聞こえた。
蓮が当然のように我が家の朝食に同席している。
「お前、普通だぞ。両親と一緒に頭お花畑になるな」
蓮は舞い上がっている俺を一笑して吐き捨てるように言った。
「あら~蓮君はいっつも冗談がお上手なんだから~」
「はっ!」
一気に目が覚める。
そうだよ何真に受けてんだ俺。
確かに母さんも父さんもかっこいいし綺麗だけど、まあ普通っちゃ普通だ。身内贔屓は誰にでもある。
俺は父さんの皿に移しかけていた目玉焼きを蓮の皿に置いた。
父さんがぶーぶーと唇を尖らせた。
蓮と、自宅から徒歩10分の高校に登校する。
わちゃわちゃやっていたせいで遅刻ギリギリになってしまった。
目を光らせる先生達にお辞儀しながら正門を潜る。
「おはようございまーすぅ」
ちょうどそのとき始業5分前のチャイムが鳴った。
「走れよー」
先生がパラパラと登校してくる生徒に向かって怒鳴った。
「廊下も走っていいですか」
「揚げ足とるな!」
先生が俺だけに怒鳴った。
小声で呟いたつもりだったのに聞こえてた!
「先生って皆地獄耳だよな。悪口ばっか拾うし」
蓮に言ったのにこれも聞かれた。
「聞こえてるぞー地獄耳だからな」
回りの生徒がチラチラと俺たちを見て笑った。
教室の前で別のクラスの蓮と別れる。
既に皆席についていた。
俺も席に座る。
すぐにドアが勢いよく開いた。
先生が来るのかと思ったらクラスメイトのユージだった。
「セーフ!!!」
ユージは教室に駆け込むと一直線に俺の前に来て「今日転校生来るって!」と叫んだ。
「いいから席つけよ」
ユージは隣の席だ。
椅子が壊れそうなほど勢いよく腰かけるとすぐに俺の方に身を乗り出す。
「来るときにさ、職員室でさ、B組に転校生入るって話聞こえてさ!そのせいで遅れた!」
「昨日もおんなじくらいの時間にきてたろ」
「えっ」
ユージが誤魔化しの変顔をしかけたところで先生が教室に入ってきた。
SHRが始まって早々「転校生がいます」と先生が言った。
ユージが強めに肩を叩いてドヤ顔を見せてきた。
はいはいと肩をすくませる。
教室に入ってきたのは男子だった。
俺たちと違う制服を着ている。
背が高い。蓮くらいありそう。少し猫背だ。
鼻が高く眉毛も太い。しかし目が半分くらい閉じていて歩き方も足を引きずるような気だるげな感じで、暗そう、が第一位印象だ。
「チェ。男かよ」
ユージが両肘をついてぼやいた。
転校生は黒板に名前を書いた。
長い腕をいっぱいに伸ばして大胆に黒板を使う。
大きく書いたから歪さが目立つ。横書きで右上がりのその字は汚かった。
「『居瀬 泉』です。よろしくお願いします」
そう言って転校生は首を折った。
やる気のないお辞儀だ。
「じゃあ席そこなー」
先生が指差したのは俺の後ろだった。
急いで振り向く。
いつの間に机が!昨日までは俺が一番後ろだったのに!
てか窓際の一番後ろとか好立地過ぎてうらやまし。
転校生は大股で歩いてダルそうに座った。
SHRが終わると一気に人が居瀬に押し寄せた。
後ろで押し合い圧し合いするから俺の椅子が浮いた。
避難避難。
ユージを誘ってトイレにでも行こうと思ったら、ユージは転校生群がり隊を先導して声をあげていた。
蓮のところにでもいくか。
A組に顔を出すとクラスが一瞬騒いだ。
俺が蓮を呼ぶ前に、A組の女子が蓮を呼んでくれた。
「ありがとう」
蓮と一緒に来た女子にお礼を言うと、女子は頬を赤らめて教室に戻っていった。
「モテるなー」
「まあな」
蓮は謙遜の影も見せない。
廊下で窓枠に肘をついて喋る。
「俺も金髪にしようかなー」
蓮の頭に手を伸ばす。
首の後ろからかきあげると、髪はサラサラと指の間を抜けていった。
染めてるやつのキューティクルじゃない!
「うううぅぅ」
蓮が変な唸り声をあげて首をすくめた。
「何?」
「こっちの台詞だいきなり触んな」
蓮は俺の手を払い除けた。
「金髪にしたらモテるかな」
「無理だろ。結局顔だからな」
グサッ!
この世の真理じゃん。
「その顔くれ」
「顔だけか?」
「じゃあ身長と運動神経と頭の回転速度と冷静さと......」
「バカか」
「っじゃあ脳もくれ」
蓮はくくく、と押し殺すように笑った。
「俺はお前欲しい」
「は?俺の顔になってどうすんだよ。平凡な人生を生きてみたい、みたいな?新手の皮肉かよ」
「ちげえよ。バカ」
キーンコーンカーンコーン。
「あ、チャイム」
あと5分で授業が始まる。
「じゃあ俺戻るわ」
「ん」
歩き出した直後、後頭部に生暖かい体温を感じた。
ぞわわわわと背筋を悪寒が走る。
「うおあああぁぁ」
思わず首が縮む。
蓮が頭を触ったのだ。
振り返って睨む。
「染めるなら茶色がいいぞ」
蓮はふっと口角を上げて言った。
1限目が始まっても、先生が入ってくるまで後ろの喧騒は止まなかった。
1限の先生は思いっきり腰の曲がったお爺ちゃんだった。現国か。
俺は机の中から教科書を出した。
あ、そういえば転校生って教科書あんのかな。
俺は振り向く。
「教科書ある?」
尋ねると、居瀬は机上の教科書を指差した。
「おんなじやつ使ってたから」
「あっそうなんだ」
俺は前に向きかけて止めた。
「やってたとこは一緒かな。変な時期に転校してきたし」
居瀬は版書をチラッと見て首を振った。
「前はどこやってた?」
「これ」
居瀬が教科書を開いて示したのは確かに俺が習っていないところだった。
「うちの先生やりたいとこバラバラにやるからさー他校と合わないんだよね」
居瀬は教科書を閉じた。
「今124ページやってるよ」
「うん」
頷いたのに教科書を開かない。
つまりはサボりだ。
「俺、古守幸太郎。よろしく」
俺は自分の机からノートを取ってきて自分の名前を書いた。
「俺といると幸せになれるよ」
「居瀬泉です。よろしくお願いします」
冗談にノーリアクション!
「さっき聞いた。なあ居瀬って一人っ子?」
「うん」
「そーなんだ俺と一緒じゃん!俺お姉ちゃんが欲しかったんだけどさ」
肩をつつかれた。
振り向くと先生が立っていた。
「二人とも廊下に立ってなさーーーーいっ!!!」
先生の怒声が学校中に響いた。
耳遠いから声量調節出来ないんだよこの人。
「センセー厳しい!居瀬クンは今日転校してきたばっかなんすよー!」
「古守だけだと理不尽だろう」
背後の壁の向こうからユージと先生の会話が聞こえた。
あの先生鬼畜すぎだろ。
「ごめん。でも謝らないよ。爺セン、あ、あの先生のこと皆そう呼んでんだけど、爺センの授業クソつまんないから廊下で駄弁ってる方がいいんだよ。つまんないくせに寝ると怒るしさ」
隣の居瀬に言った。
居瀬は何も答えない。
代わりにじっと俺を見てくる。
「何?」
居瀬は表情を変えない。
何考えてるか全然わかんないな。
「いっこだけいい?」
居瀬が口を開いた。
「あ、うん。どうぞ」
「謝ってるじゃん」
そう言って居瀬は笑った。
目尻に小さな皺が沢山できた。
勝手に笑わない人だと思ってたよ。
それから俺たちは色々なことを話した......といっても大体俺が一方的に喋ってただけだけど。
居瀬は興味なさそうに時々頷いていた。
チャイムが鳴って教室に戻ろうとしたとき、居瀬に肩をつつかれた。
振り向いたが、そのときにはもう居瀬はクラスメイトに取り囲まれていた。何か言いかけていたが居瀬との距離はどんどん開いて結局聞けなかった。
休み時間になる度に後ろが騒がしくなるもんだから、今日だけ俺は頻尿な奴みたいになった。
昼飯は蓮のところで食べようかと思っていたが、居瀬が前の方の席のやつに昼飯に誘われて後ろが静かになったのでやっぱり自分の席で食べることにした。
「幸太郎お前ホントイケメンだよなー」
ユージが弁当の包みを開きながら言った。
「はあ?いきなり褒められても......ウィンナーしかやらんぞ~」
「やりい!......いや、ウィンナーも欲しいんだけどさ。真面目に聞けよ」
俺はユージの弁当箱にウィンナーを入れる。
「バカだなあ。俺がイケメンなわけないだろ。お前の方が断然かっこいいよ」
「きゅんっ」
ユージは口に手を添えて高い声を出した。
「あ、そうだ、日曜俺んち来いよ」
ユージが言った。
「日曜?」
俺は首を横に振る。
「日曜は予定ある」
「予定?あー、家族と?」
「違う違う。蓮と」
「あいつか!うわー先越された!」
「何?」
「いや、幸太郎誕生日だろ。お祝いしようと思って」
「え?あ、ホントだ。だから蓮一ヶ月も前に予定開けとけって言ったのか」
「忘れてたのかよ」
頷いたとき、肩をつつかれた。
つつかれた方を見上げると、居瀬が立っていた。
「居瀬君」
「何?」
そういえばさっき何かいいかけてたな。
それのことか?
居瀬はじっと俺を見つめる。
「なに」
もう一度問いかけると居瀬は口を開いた。
そのとき、
「キャー!蓮くん!!」
「キャー!カッコいいー!」
「キャー!背たかーい!」
女子の黄色い悲鳴が湧いた。
思わず耳を塞いで教室の入り口を振り向く。
蓮は入り口をくぐって入ってきた。
「寡牙じゃん」
ユージが俺を見た。
「今日あっちと飯食う予定だった?」
「違うけど」
蓮は俺の前に来ると俺の弁当を片付け始めた。
「なんだよ」
「屋上で食うぞ」
「ええ?いきなり?俺ユージと食ってたんだけど」
蓮はユージに向かって片手を上げる。
「悪いな」
ユージは不機嫌そうに顔を歪めた。
「ユージも一緒に食べる?」
「嫌だ嫌だ」
次に突っ立ったままの居瀬に声をかける。
居瀬は手に弁当箱を持っていた。
「居瀬は?」
蓮が眉を潜めた。
「居瀬は俺と食べるよな」
ユージが居瀬の肩を持つ。
居瀬はこくりと頷いた。
蓮が居瀬を指差す。
「こいつが転校生?」
「知ってんの?」
「どこでも話題だ」
「ああ!だから見に来たのか」
「ちげえよ。バカ」
俺たちは屋上に移動した。
もうすぐ真夏の日差しは強い。
日陰になっている場所を探して並んで座った。
「いただきまーす」
二回目のいただきますをして、食べかけの弁当を食べ始める。
「あ、俺明後日誕生日だってな」
「気づいたのかよ」
「サプライズパーティーする気だった?」
「それはおばさんとおじさんの仕事だろ」
「はは、確かに」
あの両親だ。
去年は朝4時に耳に水を入れて起こされてそのままパーティーだった。
今年はなにする気だろうなあ。
まあ、昼過ぎには酔い潰れるんだけど。
「プレゼント明日一緒に買いに行くぞ」
「ええ、そこは用意しとけよ」
「欲しいもん貰った方が嬉しいだろ」
「確かに」
幅が広い蓮の肩が影から出て日に当たっていた。
俺はあっつくなったその肩を持って自分の方に寄せた。
「でも蓮が俺のために選んでくれたもんならなんでも欲しいし嬉しいよ」
距離が近くなった蓮の耳に言う。
蓮は一瞬目を見開いたが、そのまま体を寄せて俺の肩に顔を埋めた。
「......蓮?」
「んじゃこれ」
気づくと、蓮が俺の弁当箱に卵焼きを入れていた。
蓮のお母さんが作る黒砂糖入りの甘いやつだ。
これ、てこれが誕生日プレゼントってこと?
そりゃなんでもいいとは言ったけど!
「マジで!?」
「ウソだ。バカ」
くくく、と笑う振動が肩に伝わる。
「せめて手作りにしろよ」
顔を上げた蓮は愉快そうに目を細めた。