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龍の約束  作者: 雪見桜
本編
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6.次兄の采配



公務はしばらくの間、兄や父、母に付き従う形で行われた。

まだ単独の仕事をこなせるほどメイリアーデはこの国のことを理解していないし、それを求められてもいないからだ。


メイリアーデの仕事は、もっぱら行く先々に笑顔を振りまき場を和ますこと。

国政とは関係のない立場で接して、その場にいる者達の緊張を解くのだ。


公務とはいえそんな調子だから、メイリアーデには仕事だという感覚がまるでなかった。

どこに行ってももてなされ、それを笑顔で受けて礼を言うだけだ。


これで良いのか? と正直思わないでもない。

しかし、10を越えたばかりの女子に何が出来るかと問われればそれも答えられないのだから仕方ない。

そんないまいち納得しきれていないメイリアーデにアラムトはからから笑って言う。



「飴と鞭ってやつだよ。メイは飴ね、うんと甘いの」


「うーん……」


「案外良い仕事してると思うけどな、僕は」



そう励まされるも、それはそれで何だか美味しいとこ取りな気がして眉を寄せてしまうメイリアーデ。めんどくさい奴だと自分でも思うが正直な気持ちだ。

アラムトは相変わらず楽しそうに笑っていた。



「やっぱり賢いね、メイは。ちゃんと大人の考え方が出来る」


「……大人は拗ねたりしません」


「あはは。でもねメイ、今の君の立ち位置は実際僕たち家族にとってもかなり有益なんだよ?」


「え?」


「だってそうじゃない。その場にいるだけで場を和ませることができるなんて誰でも出来る訳じゃない。末姫だからこそ出来ることだ」



これがラン兄上ならどう? と、アラムトに問われて思わず沈黙する。

イェランが場を和ます光景に思い当たるものがなかった。

イェランを慕ってはいるが、端から見ればイェランは威圧感たっぷりだ。

和ますどころか緊迫させてしまうタイプだろう。

メイリアーデが沈黙を続けると、「ね?」とアラムトが笑う。



「メイにはメイのやり方がある。それで良いと思うんだよね、僕」


「ムト兄様……」


「でもそうだな。メイがそれでも何かやりたいと言うなら、人をよく観察すれば良い」


「……観察?」


「そう、見る目を養うんだ。望む望まないは別としても僕達には力がある。だからこそ僕たちに近づく者たちには様々な思惑があるから。……まだ若いメイには酷なことかもしれないけどね」



ぽんぽんとアラムトはメイリアーデの頭を撫でる。

基本的にアラムトはいつも笑ってひたすらメイリアーデを甘やかすが、要所要所でこうしてアドバイスもくれる。必要だと思ったことはきちんと言ってくれる。

龍人として、王族として、道を示してくれる兄だ。


だからアラムトのくれたその言葉はメイリアーデの中にそっと根付き、密かに人間観察がメイリアーデの日課となった。

城の外に出てもそれは続き、そうするとただ笑顔でもてなしを受けるだけだった公務もまた別の意味を伴うようになる。


人間達にとって自分達龍人はどのように映っているのだろうか。

笑顔でもてなしてくれる人々の、その本心は何か。

そう意識を向けていくうちに、メイリアーデはあることを知った。


それは12歳を目前に控えた冬のことだ。



「……オルフェル派と、イェラン派」



自室でぼそりと小さく呟く。

王宮内、城下だけではなく、王都外でもその言葉を聞いた。

ひっそりと、小さくではあったが。


オルフェル派とイェラン派。

それは、メイリアーデの前世でいう所の松木派や黒田派とは全く性質の違うもの。

下手をすれば人の命すら動きかねない不穏な意味を持った言葉だった。


それは、端的に言うなら次の龍国を担う後継者にどちらが相応しいかという話だ。

現在オルフェルは134歳、イェランは115歳。その年の差は19もあるが、500年以上生きる龍人にとっては微々たる差である。

通常ならば第一子であるオルフェルが後継者として見られる。

実際にオルフェルは王太子。

しかし、その陰でイェランの方が後継者に相応しいという声がかなり強く大きいというのだ。

そう。オルフェル派、イェラン派と、そういう言葉となって現れてしまうほどに。


オルフェルは誠実な性格で情に厚く、人々から信頼されている。

しかしその優しすぎる性格から、騙されることや利用されることも多く、また精神面でも落ち込みやすい。

一方のイェランは、巷では冷酷だと言われ人々から恐れられている。

しかしその反面、頭が異常に良く精神面もタフ。そしてさらにイェランは“さいの龍”という龍の性質を特に色濃く継いだ存在で、龍化以外にも特殊な超能力を持っていた。カリスマ性に富んでいる人物だ。


だからこそ、かなり長い間この派閥争いは続いているのだという。

そこからどちらに付けば自分たちの地位が盤石なのかという話にまで発展していた。

普段メイリアーデが接している龍貴族は、尚更その意識が強い。


長年龍と共にあり龍の影響を受けた人間達、龍貴族。

80年寿命の人間に対し、長い者では200歳近くまで生きる。

龍国には50程の龍貴族家が存在し、その者たちだけが龍に直接仕える資格をもっていた。

龍人の存在で成り立つこの国において、龍貴族達の権力争いはかなり激しいらしい。

この世界は完璧な身分社会だ。身分や権力で全てが決まると言っても過言ではない。



「嫌な話、だなあ……」



甘く綺麗な世界でそれまでを過ごしてきたメイリアーデだが、決して龍国は綺麗なだけの世界ではなかった。

龍人という存在が希少で絶対種族だからという以外にも、自分たちの権力を維持するために仕えるという人も当然存在するのだろう。ピラミッド型に成り立つ世界では必ずそういった構図が出来上がる。


平和で穏やかで仲が良いとされる龍王家内でさえも、そういった厄介な問題と無関係ではいられない。

表立っては誰もその言葉を口にすることはないが、それでも未だにその争いは水面下で続いているらしい。

それこそメイリアーデに対してだって、そうだ。

メイリアーデがオルフェル、イェランどちらの側に付くのかなどとまで噂されているのを知り密かに苛立ったこともある。純粋に兄を慕う気持ちすら権力争いの道具になってしまうのかと。



「……何唸っている、メイリアーデ」


「え、あ、え!? ラン兄様!?」



打算で動く世界に軽く落ち込んでいると、いつの間にやらイェランがいた。

どうやら考え事をしている間にここまで来ていたらしい。

考えていたことが考えていたことなだけに、慌てて立ち上がってしまうメイリアーデ。

イェランは怪訝そうにメイリアーデを見つめる。



「何があった」


「な、何もないですよ?」


「……」



必死に取り繕ったが、察しの良いイェランはさらに怪訝そうな顔になってしまった。

うっ……としり込みしながらあくまでしらを切るメイリアーデにため息が聞こえるのはその数十秒後のことだ。

何だか一方的に申し訳ない気持ちになりながら、笑ってごまかす。

そうしてぐるぐる視線をあちこちに巡らせば、ふとある違和感に気付いた。



「ナサドは一緒じゃないんですか?」



そう、いつもイェランに付き従う彼の姿が見当たらない。

聞けば今日は別行動で、他の従者は部屋の外だという。


珍しいことだと、そうメイリアーデは思った。

基本的に人を信頼できないと公言しているイェランは、ナサドにだけは心を開いているように感じていたから。

いつも威圧的な印象を受けるイェランが、ナサドの前では家族と変わらないような雰囲気を見せる。

だからナサド以外の人物がイェランの側につくところなど見たことがなかったのだ。


……松木と黒田。

前世の2人とナサドやイェランとの繋がりはまだはっきりとは分からない。

しかし、日本にいた頃だって黒田と松木は仲が良かった。

全くタイプの違う2人だったのに、たまに保健室にいる黒田を見かけて不思議に思ったこともある。

だから2人はどこにいても強い繋がりがあるのだと思った。

それはもう疑いようのない事実だ。


良く考えれば四六時中べったり一緒ということ自体がおかしいのかもしれない。

しかし、それでもイェランは兄妹や妻であるユーリと過ごす時以外は常に側にナサドを置いていた。

だからなのだろうか、ナサドが近くにいないというたったそれだけのことなのに、それは妙にメイリアーデに違和感を訴える。



「ラン兄様? 何かありましたか?」



だから今度はメイリアーデの方がイェランに似たような問いかけをした。

途端にイェランの目が軽く見開かれる。



「……お前、見た目と頭脳に寄らず察しが良いな」


「……一言二言余計な気がします、兄様」



そんなやり取りの後、イェランはまた大きくため息をついた。

何かあったという言葉に否定しなかったイェランは、静かに視線を下に落とし腕を組む。

これは何かに迷っている時のイェランの癖だ。

大人しく言葉を待つメイリアーデ。

少し長く続いた沈黙が解かれたのは、数分後のことだった。




「お前にそろそろ専属の従者を付けようという話がある」


「……え?」



突然脈絡なく告げられた言葉。

メイリアーデはぽかんと呆けた顔になってしまう。

それとこれと一体何の関係があるのだろうかと首を傾げたメイリアーデ。


しかしその後に続いた言葉に絶句することとなる。




「ナサドをお前の専属に付ける」



青天の霹靂とはこのことだろうか。

あまりに予想外の言葉で、メイリアーデは声があげられない。

一体何がどうなってそんな話になっているのか、全く理解できなかった。


ナサドはイェランの専属従者だ。

すでに誰かの専属となっている龍貴族が他の龍人の専属に移るなど有り得ない。

聞いたこともない話だ。




「お前は女龍だ。……信用できない奴を側に付けるわけにはいかない」



しかし最早決定事項のようにイェランはそう強い口調で言った。

龍人族の中で特に人間に対して手厳しい考えを持つイェランらしい言葉ではある。

が、それにしても、自分から最も信頼できる従者を手放すイェランにメイリアーデは混乱した。



「ま、まって! そんな、ナサドはラン兄様がすごく信用している人で」


「だからだ。他の奴じゃ信用できん」


「ど、どうしてそこまでして!? 私、自分の信用できる人くらい自分で選べますよ?」


「……まだお前では無理だ。お前が思っている以上に人間はずる賢い」



イェランの言葉にメイリアーデは尚更混乱する。

イェランが人間に良い感情を持っていないことは知っていたが、そこまで強く嫌悪しているとは思わなかった。今まではそれでもだいぶ抑えていたのだろう。

なぜイェランがそこまでに頑ななのかメイリアーデには分からない。

しかし、あまりに強いイェランのその視線にメイリアーデはそれ以上問うことが出来なかった。






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