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龍の約束  作者: 雪見桜
本編
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5.お披露目



「ううううう」


「どうしたのだ、メイリアーデ」


「オル兄様、メイリアーデは緊張で石になります」


「はは、なにそのように硬くなる必要はない。今回はそなたが主役のようなものだ、堂々としていれば良い」


「だから石になるのです、兄様っ。私、人前は苦手ですっ」




10歳の龍誕祭りゅうたんさいは、見事な快晴だった。

龍誕祭というのは、いわば龍国の建国記念日だ。

春の花々が咲き始めるころ龍王宮で行われる龍国最大の祭り。


この日ばかりは一般市民にも龍王宮の城門広場が解放され、あちこちで催し物が開かれる。

龍人も一同集まって国民に挨拶したり、王宮内での祝賀会に参加したり、国民たちに向け龍の姿を披露したりと、とても忙しい一日だ。


メイリアーデは、この年から正式に公務にも参加することとなる。

龍人は生まれて10年は龍王宮内から出ることなく過ごすのだ。

その間に龍の知識を知り、公務に出られる教養を身に付け、準備をする。

そして10歳となりある程度の分別が付く年頃になるとお披露目というわけだ。


聞けば龍人というのは圧倒的に男性が生まれやすいらしく、女性の龍人は現在メイリアーデただ1人なのだとか。

前に女性龍が生まれたのは600年近く前、つまり相当なレアらしい。

だからなおのこと国民の注目度は跳ね上がっている。

城門は祭りの始まる前からすでに長蛇の列だというから、メイリアーデからしてみると恐ろしい。




「大丈夫ですよ、メイリアーデ様。そのように緊張なさらずとも、皆がついております」


「セイラお姉さま……」


「私も初めての時は緊張したものですが、周りの方々が助けて下さいました。大丈夫」




緊張と恐怖でガチガチになったメイリアーデをオルフェルと共に宥めてくれたのは、オルフェルの妻であるセイラだった。

国外でオルフェルに見初められ妃となったというセイラは、綺麗な長い黒髪に優しそうなたれ目を持った美しい女性。その左目だけがオルフェルとおそろいの朱色だ。

彼女はオルフェルのつがいとなり、人間から半龍はんりゅうになった。

人間のまま歳の取り方だけが番の龍と同等になった人達のことをそう呼ぶ。

龍人族に属する女性の9割以上はこうして龍の番となり半龍になった人達なのだ。

目線をメイリアーデに合わせ屈んだセイラは、にこりと綺麗に笑いメイリアーデの両頬を包む。



「ほら、ゆっくりと息を吸ってみてください」


「セイラお姉様」


「大丈夫ですよ。私も傍におります」


「ありがとうございます」



大人で優しいセイラのことを、メイリアーデは慕っていた。

上品で、笑顔が綺麗で、透明感がある。

とても憧れる存在だ。



「あ、メイリアーデ! 大丈夫? 顔真っ青だよ?」


「……ユーリお姉様?」


「へへ、メイリアーデの初めての大舞台だから心配になっちゃって。案の定だったねー」



次いでメイリアーデの元にやって来たのは、イェランの妻であるユーリだ。

こちらは髪も目も真っ黒で、そしてかなり活発な女性。

セイラ同様国外で出会い番になった半龍で、元は人間だという。

イェランとはまるで正反対の性格だが、夫婦仲は良好でユーリの前だとイェランの表情も心なしか柔らかく見えると評判なのだとか。

……前世の友達が聞けばやはり発狂しそうだと、メイリアーデは何度も思ったものだ。



「ユーリお姉様、大舞台って言わないで。思い出してしまいます」


「大丈夫大丈夫、みんな芋だと思えば良いんだよ」


「ユーリ様、さすがにそれは極論すぎるのでは」


「セイラ姉様、思い込みの力って偉大ですよ?」


「まあ、ふふ、ユーリ様らしい考え方ですね」



セイラが静だとすれば、ユーリは動。

そっと支えてくれるセイラに対し、ユーリは明るく励ましてくれる。

いつもそばにいると明るい気分になれるユーリもまたメイリアーデにとっては大事な家族だ。



「ユーリ殿、イェランはどこにいる? 一緒ではないのか?」


「オルフェル様。ご挨拶が遅れて申し訳ありません。イェラン様なら、そろそろ」


「……ユーリ、何度も言ってるだろ。1人で突っ走るな」


「ごめんなさい、メイリアーデが心配になっちゃってつい」


「イェラン、良いではないか。ユーリ殿もメイリアーデを心配して来てくれたのだから」


「申し訳ありません、兄上」




何だかんだと家族は全員こうして仲良しだ。

全員揃えば驚くほど賑やかで、その環境をメイリアーデはとても好いていた。




「あれ、皆さんお揃いですか? 僕が最後かあ、遅れて申し訳ありません。メイ、元気……じゃないねえ。大丈夫大丈夫、今日は僕がずっと傍にいるからさ」


「ムト兄様」


「……ムト様が何か一番良いところ持っていった」



父と母、そして3人の兄と2人の妃。

メイリアーデを守ってくれる家族は、皆温かい。

家族に恵まれたと感じるのは、こんな時だ。

だから、緊張して石のようにガチガチになりながらもメイリアーデは何とか与えられた役目をこなそうと深呼吸する。



「心配しなくて大丈夫だよ、メイリアーデ。だって、私だって初めの方散々だったし」


「……堂々と言うな」



ユーリとイェランが漫才のように掛け合いをしている。

メイリアーデはその様子にふふっと笑うと、少し緊張が解れるのが分かった。



「おお、お前達全員揃っているな。皆が待っている、行くぞ」



やがて父が母を伴って現れると、皆一様に頷いて後に続く。

お披露目も兼ねているため、メイリアーデが父のすぐ後ろについた。

フォロー役であるアラムトがその後ろに続く。



「メイリアーデ、大丈夫か? 緊張しておらんか?」


心配そうにメイリアーデを覗き込む父が家族の中で一番おろおろとしていた。

普段の威厳たっぷりな雰囲気とまるで別物の空気に、メイリアーデは破顔して頷く。



「大丈夫ですよ! しっかりお役目果たしてみせますから」



その瞬間後ろから笑いが起きた。

散々緊張で騒いでいたことを知っている兄姉達が一斉に噴き出したのだ。

終始そんな温かな空気なまま、お披露目の時間はやってきた。


龍国王宮、城門広場から見えるバルコニー。

毎年龍誕祭になると、この場から龍人族は顔を出して手を振る。

声を発するわけではないが、笑顔で国民の声に応えるのだ。



「メイリアーデ姫!!」


「姫様!!」



姿を現す前からすでにそんな声がメイリアーデの元まで届いている。

自分がとんでもない良家に生まれたのだとメイリアーデは今更実感した。

世界的に見ても龍人がかなり地位の高い存在であることは聞かされてきたが、外に出たことのなかったメイリアーデにはどこか遠くの世界の話に思えていたのだ。

しかし実際にこうして自分に対する声が温度を持って届くと、驚きと同時に緊張が再来する。



「大人気だね、メイ」


「うう……ムト兄様いじわる。わざと言ってますね?」


「あはは、当たり。メイが可愛くてついね」




アラムトにからかわれながら、足をぎくしゃく動かすメイリアーデ。

挨拶と言えど、笑顔でただ手を振れば良いだけだ。

そんなに難しいことはない。

笑顔で、おしとやかに。

そうひたすら自分に念じながら、バルコニーへと出た。


その瞬間の歓声の大きさと言ったら、どう表現すれば良いのか分からない。

ある程度しっかりと気合を入れて外に踏み出したはずのメイリアーデは、その声のあまりの大きさに驚いて固まってしまった。

城門広場が想像の2倍以上の広さだったこともそうだし、人の数が想像より数倍以上だったこともそうだし、全てにおいてスケールが違ったのだ。



「メイリアーデ。皆お前を祝福している。手を振ってやりなさい」



父にそう言われ、やっと我に返ったメイリアーデは練習した通りとまではいかなかったが何とかそれらしく手を振り始める。

そうすると、歓声は一段と大きさを増した。

尚更驚いてビクリと肩が揺れる。


そんなメイリアーデを見て、面白そうに笑ったのがすぐ横にいるアラムトだ。



「いやあ、本当すごいな。僕の時より全然声が大きいよ。女龍の効果は偉大だ」


「珍しいから、ですか? ……龍になれないのに」


「あはは、まだ引きずってるのそれ?」


「だって」


「ほらほらメイ、笑顔。今日は国民を喜ばせるのが僕たちの仕事なんだから」


「ハッ、いけない。そうでした」



アラムトに支えられながら、メイリアーデは笑顔で手を必死に振り続ける。

加減を忘れ勢いよく手を振っては疲れてくたくたな表情を見せるメイリアーデに、アラムトは笑いながらフォローし続けた。反対側では父王がやはり何度もちらちらとメイリアーデを心配しながら視線を動かす。

末姫の無邪気さと周囲の溺愛ぶりを、その場にいた大半の国民が微笑ましく見ていた。

メイリアーデの名を呼ぶ人達、父や母、兄を崇める人達、妃に手を振る人達、皆笑顔で大きく声をかけてくれる。


……これが私の守る人達。


メイリアーデは、初めてそんな感情を抱いた。

その重さなど何一つ分かっていない。

ただひたすらに甘やかされ生きてきた。

しかし、この先は公務を通してこの国に貢献していかなければいけないことくらいは分かっている。


大好きな家族のために何かやりたい。

そんな気持ちの方が今は強く、公務だって兄や両親の役に立ちたいからやろうと思っているのが正直なところだ。

しかし、その中に少しだけこの人達の喜ぶ顔が見たいという気持ちが混ざる。



それは、メイリアーデが王女としての自覚にほんの少しだけ目覚めた出来事だった。









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