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龍の約束  作者: 雪見桜
本編
56/74

55.ナサドと家族


ナサドをメイリアーデの番候補として認める。

その発表はメイリアーデ達が龍王に報告した10日後に行われた。

ナサドが今後メイリアーデの番として最有力候補になるという通告だ。

通常ならば結婚までの期限が定められた婚約関係となってから発表される番の情報は、今回ナサドの事情も考慮され期限も何もないただの番候補としての発表に切り替えられた。

婚約よりもずっと制約の緩い、関係解消も比較的簡単な番候補。

それは番としてナサドが相応しいかどうかを見極める期間が設けられたということを意味する。

当然のことながら国内は揺れに揺れた。

スワルゼ家の起こした事件の余波も引きずり、今国民達の龍貴族に向ける目は厳しい。

前科持ちの元龍貴族ともなればなおさらだ。

それでもナサドは表立っては動じた様子ひとつ見せずに職務に励んでいた。

以前日本から帰って来た時よりはまだ優しいものだと言って。



「陛下にも申し上げましたが、私にやれることをやる他ありません。メイリアーデ様の番として相応しい男ではないことなど初めから承知の上なのですから、厳しい目は当然です。少しでも認めていただけるよう、精進いたします」


ナサドは覚悟を決めたことで色々と吹っ切れたのだろう。

爽やかにさえ思える笑みで躊躇う様子もない。

メイリアーデのため、自分自身のため、ナサドは今前向きに闘っているのだ。

そう分かったから、メイリアーデはナサドに笑い返す。



「ありがとう、ナサド」


「こちらこそ。私にこのような機会をいただきましたこと、心より感謝申し上げます」


お互いに礼を言って「頑張ろう」と言い合う。

両想いになれたからと言って、それで終わりとはいかない。

現実は絵物語のように全てが綺麗にはまとまってはくれない。

それを少しでも自分の目指す理想に近づけるため、努力が必要なのだ。

メイリアーデもまた気合を入れなおして部屋を後にした。



「ようこそおいで下さいました、イェラン殿下、メイリアーデ姫」


「……ああ」


「こんにちは、イグニル。今日はよろしくお願いします。ロンガも」


「お久しぶりにございます、姫様。こちらこそ何卒よろしくお願い申し上げます」



そうして今日メイリアーデはイェランと共にリガルド家にやって来ていた。

ナサドの生家、かつてナサドが暮らしていた場所だ。

龍王より番候補の通達がされた後、すぐにこのリガルド家の公務にメイリアーデを組み込んだイェラン。

何故このタイミングでリガルド家に連れてきたのか分からない程メイリアーデも鈍くはない。

ナサドは「甘やかされておりますね、私も」と苦笑していた。

メイリアーデも同じように苦笑し、この公務を快諾したのだ。

勿論仕事として来ている以上メイリアーデ自身は公務に全力で挑む。

前より分かることが増えてきたとはいえ未だ勉強中の身だ。

広く多くを知り自分が出来ることを探し、これからは自主的に動いていかなければならない。

リガルド家についてもその中の一つだ。

気を引き締めてメイリアーデはイェランの横に立った。



「王家とリガルド以外の方々にはご遠慮願う」


リガルド家当主イグニルはいつものごとく、威厳のある風貌でナサド達“部外者”に会議の参加を認めない。

険しい顔ばかり目立つイグニルを初めは苦手としていたメイリアーデだが、こうして会う回数が増えて来るとまた別の意見も持つようになった。

彼の発言は一切ぶれることなく、他者に厳しい代わりに自分にも厳しい。

誰よりも規律を重んじそれを自らにも課している。

融通が利かないと言えば聞こえは悪いが、一本筋の通った性格なのだろうともメイリアーデは思うのだ。

どことなくだが、そういうところがナサドと重なって見えた。

少なくとも今はもうイグニルを苦手とは思わない。


一方ナサドの実弟であり現在のリガルド家次期後継者であるロンガも相変わらずだ。

大怪我から復帰したナサドを事あるごとに心配そうに見つめ、部屋を追い出されたナサドをもの言いたげに見送り、しかしグッと自分を抑え込んで黙している。

ナサドからロンガの話を聞いたことはなかったが、以前は仲の良い兄弟だったのかもしれない。

そう思わせるだけの情は感じた。


イェラン、メイリアーデとリガルド家の会議はいつも通り厳かな雰囲気で始まる。

その始まりはメイリアーデに対する謝罪からだった。

今回の事件でリガルド家の警備体制にも批判の声はあがったらしい。またリガルド家内からもスワルゼ家の内通者が存在し、内々で処分されたそうだ。申し訳ございませんと一同に深く頭を下げられたメイリアーデは、それを受け入れもう良いと許しを与える。そうすることでようやく話は次へと進んだ。

今件を機会に国内の警備体制を抜本から見直すらしい。兵士達の技術向上、自律心の向上教育、そういったところから始まり人員配置や職務の分配といったところまでその内容は及ぶ。

専門的な用語も多く分かりにくいところは前回同様ロンガが丁寧に教えてくれた。

時折護衛に関する希望をイグニルから問われ、メイリアーデなりの意見を述べる機会はあったが、それでも聞いて学ぶことの方が圧倒的に多い。必死にメモを取り、なにか役に立てるものがないかを考え、話し合いに付いていく。

その様子をイグニルが時折見つめていたことには気付かなかった。



「……最後にひとつ、姫にお伺いしたいことがございますがよろしいでしょうか」


そしてその問いがイグニルからされたのは、話し合いも終わり片付けを始めた頃のこと。

唐突に話しかけられたメイリアーデはきょとんと目を丸くし「どうしたの?」と聞き返す。



「番候補にあの者をお選びになり本当によろしいのですか」


イグニルらしく簡潔で直球の言葉。

いつも以上に固い声色にメイリアーデは苦笑した。



「やはり、貴方は反対?」


「……あれは逃げます。その上前科があまりに重い。いずれ姫を苦しめるでしょう」


イグニルは相変わらずナサドに厳しく、実の息子だというのに一切庇わない。

メイリアーデの予想通り、ナサドが番になることには反対のようだ。

途端にイェランとロンガが揃って苦虫を潰したような、苦し気な表情を見せる。

この場で笑みを見せているのはメイリアーデくらいのものだろう。

表情を崩さず見つめ返すメイリアーデを、イグニルは訝し気に見続ける。

メイリアーデは表情そのままにゆっくりとした口調で話した。



「ナサドはね、何度も私を救ってくれたわ。貴方にとっては逃げの一手にしか見えなかっただろう彼の行動で救われた人もいるの。もちろん規律を破り罰を受けた過去を水に流すことなどできない。それでも、共にそれを背負いたいと思えるくらい、ナサドは私に多くを与えてくれた」


「……そのために苦しまれても良いと」


「構わないわ。彼を選んだことで負う苦しみならば、私はちゃんと納得して向き合える。私なりに覚悟は決めたの。ナサドも葛藤しながらでも同じ道を選んでくれた、私はその覚悟に見合う自分でありたい」


もう淀みも揺らぎも一切現れない。

反対されることも厳しい目を向けられることも何も感じないわけでは当然無いのだ。

しかしちゃんと真正面から向き合えるだけの気持ちは整った。

そう、こうして笑んだままイグニルを見返せるほどに。


イグニルはメイリアーデの言葉に是とも否とも言わない。

「さようにございますか」といつものように一言添えて、それきりだ。

メイリアーデの方もすぐに都合よく理解してもらえるなどと思ってはいない。

だから「聞いてくれてありがとう」と声を上げて、その場に立ち上がった。



「お疲れ様にございました、メイリアーデ様、イェラン様」


「おまたせ、ナサド。ギークもお疲れ様」


「恐れ入ります、姫様。イェラン殿下、お疲れ様にございます」


「……ああ」


部屋の外で待機していたナサドとイェランの専属であるギーク。

合流してもなおイェランは険しい顔をしたままで、メイリアーデよりもよほどイグニルの言葉に思うところがあるようだ。

それでも口にしないのは、ナサドやメイリアーデ、そしてイグニル自身の思いも汲んでの事だろう。

もしくは自分が口を挟めることではないと理解しているからなのか。

どちらにしてもナサドのこととなるとやはり過剰なほどの心配性であるイェランに思わずメイリアーデは苦笑してしまう。ナサドはさすがにこの場では表情ひとつ変えずに控えていたが。

それでも気持ちは伝わっているのだろう。

しきりにイェランを見て小さく首を横に振っていた。

そうして帰りの馬車に乗り込むため、廊下を歩く。



「お待ちください、兄上!」


声が聞こえたのは、その時だった。

振り返れば、息を切らしてメイリアーデ達を見つめるロンガがいる。

兄上。その言葉にその場の者達が一斉に視線を向けた先は、ナサドだ。


「……いかがなさいましたか、ロンガ様」


ナサドの口調はあくまで丁寧で動揺ひとつ見せない。

兄弟としてではなく、今の立場を重視した態度でロンガに接する。

ロンガがくしゃりと顔を歪め手を握った。

分かりやすく感情を押し込めようとしているのが分かる。


「……先に帰っている」


「はい、ラン兄様」


長く続く沈黙に、真っ先に動いたのはイェランだ。

メイリアーデとナサドを残しギークと共にこの場を去る。

おそらく自分がいては話せるものも話せないと判断したのだろう。

だからメイリアーデも素直に頷いて見送った。

その場に残ったのは、メイリアーデとナサドとロンガの3人だけ。

そうしてようやくロンガは続きを口にする。



「私はリガルドの後継です。武力を、人を傷付ける力を有し管理する立場である以上、規律を破ることは出来ない。だから表立って兄上を支持することはできません」



ナサドはその言葉を黙って受け取り、ただロンガを見返す。

この2人が会話をしているところすら初めて見たが、どうしたってぎくしゃくとしていて良い空気とは言い難い。

それでもきっとこの時間は2人にとって大事なものなのだ。

メイリアーデの番として生きる覚悟を決めたナサド、リガルドの後継者として生きていくロンガ。

実の兄弟である2人の道はこれから完全に分かれるのだから。

ロンガは何度も声を出しかけては詰まらせ言いどもる。

そうしてやっとそれらは言葉となってこちらに届いた。



「それでも、願っていますから。兄上が、やっと自分で願うことのできた未来を叶えられるよう」


無理やりと言った方がしっくりくるような笑み。

その目は潤み涙をこらえているのが分かる。

ナサドとはまるで違い感情を抑えることも苦手な様子で、純粋すぎるほど真っすぐなロンガ。

ナサドの目がこの時初めて揺らいだ。

そうしてナサドからの視線を受けた時、メイリアーデは彼が一体何を求めているかを察する。

だから頷くことで許可を出した。

小さく頭を下げたナサドは、ロンガの前へと歩みを進めそっとその肩に手を置く。



「……悪かった、ロンガ。お前に苦労も重荷も全て背負わせてしまった」


「そんなことはっ」


「俺など憎んで当然なのにな。……ありがとう」


「兄、上」


「俺のことはもう大丈夫だ、全てを受け止めてちゃんと生きていける。だから、もう良い。この後はお前自身のことを考え生きてくれ」



今までナサドが言いたくて言えなかったであろう言葉。

罪人となり家族ではなくなってもなお自分を信じ慕ってくれた弟への本心。

ナサドは苦笑しながらロンガの肩に置いた手をそっと離し、ロンガの頭を軽く小突く。

そうするとロンガはハッと我に返ったようにナサドを見上げくしゃりと笑うのだ。



「父上のことを、どうか頼む」


ナサドの言葉を受けたロンガは一瞬驚いたように目を見開き、その後顔を引き締め「はい」と答える。

ナサドが頷けばようやくロンガは気持ちに整理を付けたようだった。



「リガルド家をきっと守ってみせます。どうかご安心下さい、ナサド殿。いずれナサド様とお呼びできる日を楽しみに待っております」


「……ありがとうございます。ロンガ様」


そうして2人は今の、あるべき姿に戻る。

兄弟としてではなく、貴族位の持たないナサドとリガルド家後継者のロンガとしての2人に。

それでもその表情はお互いに幾分すっきりとしたものへと変化していた。


わだかまりは完全には解けない。

彼らが家族として戻る日も、もう来ない。

それでもこの2人から兄弟の絆が消えることだって無いだろう。

安堵でメイリアーデは小さく息を吐き出した。

そうしてふと気づくのだ。

直線的で長い廊下の端、遠くに影がひとつあることを。


「父上」


気付いたのはナサドもほぼ同時だったようだ。

小さく呟いたかと思えば、じっとその姿を見つめナサドは頭を下げる。

……長く、深い礼だった。

静かな廊下に音はなにひとつ鳴らず、ナサドの礼に何の反応もない。

それでもひたすらに頭を下げ続けるその姿を、イグニルはずっと睨みつけるように見つめていた。

父と子として、最後の瞬間なのかもしれないとそんなことをメイリアーデは思う。

やがてナサドが頭を上げると、小さく笑んでメイリアーデを振り返る。



「参りましょうか、メイリアーデ様」


「……ええ」


優しい、しかしどこか切なさの伴った笑みのナサドにメイリアーデは頷く。

もうナサドがイグニルやロンガを向くことはない。

メイリアーデが歩き出せば、イグニルもロンガも揃って頭を下げ見送ってくれる。

どうかその心中に少しでもナサドとの良い思い出が流れてくれていればいい。



(重いものを、預かってしまったな)


自分の決断を、ナサドの人生をもらうその重さを理解する。

絶対に幸せになろう、2人で。

強い思いを、覚悟と共に再び抱える。


ナサドとリガルド家の関係性に大きな区切りがついた瞬間だった。











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