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龍の約束  作者: 雪見桜
本編
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4.ナサドと松木



イェランやナサドに前世の記憶のことを話そう。

そうメイリアーデが思ったことは何度かあった。


前世の記憶を思い出した直後なんか実際そうだったし、そこから少しずつボロボロと記憶が蘇る時があってその時も勿論考えた。

それでもメイリアーデがその事実を2人に告げたことは結局ないままだ。


自分に残った前世の記憶が2人にもあるかどうか判断できなかったのがひとつ。

そもそも自分の中にある記憶が本当に起きた出来事なのかまだ当時確信が持てていなかったこともひとつだ。


そして何よりも、5歳児のメイリアーデは真実を告げることがたまらなく恥ずかしかった。

津村芽衣は松木に恋し、告白までしたのだ。

転生してなお忘れられない程好きになった人。

そんな相手に真実を言うには、5歳の体ではさすがに辛いものがある。

おまけに今回は主従関係。気まずさもプラスだ。


だから言おうか言わないか迷いながら、結局言えない。

理由としては十分だろう。


そうして結局メイリアーデが優先したのは、この世界に順応することだった。

自分の立ち位置をしっかりしなければと、そんなことを思ったのだ。

……いつか、もう少し勇気が湧いたならちゃんと言おう。

もしその時が来た時、呆れられないよう。


少々不純な動機が混ざりつつも、メイリアーデは必死に勉強を積んだ。

全く書けずにいた文字も、イェランとの特訓で何とか人並み程度には書けるようになる。

そうすると少しずつ知識の幅も広がるようになった。


そして今日もまた、メイリアーデは新しいことを知る。



「え……!? わたし、龍になれない!?」


「はい。女性の龍人様は龍型を取りません。龍型を取られるのは男性龍様のみでございます」


「えええ」


「しかし女性龍様はその代わり2つの人型を取ることが可能です。つまり、今のメイリアーデ様とは別の顔に変身できるということですね」


「龍には、なれない……うう」



今日学んだことは、メイリアーデに大きな衝撃を与えた。

龍人と言うくらいだし実際に龍型を取るとも聞かされていたため、密かに龍になれる日を楽しみにしていたのだ。

しかし、女は龍にはなれない。

人としての顔を2種類持つことができるというだけだという。

こんなところでまでこの世界は微妙にファンタジーで微妙に現実的。

がっくりと肩を落とす。


ささやかな夢を打ち砕かれ、すっかりメイリアーデは消沈してしまった。

歳は8歳。やや大人になったと言えど、やはりまだまだ子供の域。

いつも通り前世の女子高生としての記憶と現世の8歳の心がせめぎ合いをしている。

どうやら今日も後者が優勢のようだ。



「……まだ落ち込んでんのか、お前は」


「だって」


「ったく、ガキが」



そんなメイリアーデを今回宥めてくれたのはイェランだった。

いつもならアラムトがその役を買って出てくれるのだが、どうやら今公務で外出中らしい。

長兄のオルフェルも父に呼び出され不在となれば、イェランしか動ける人物がいなかった。


8歳となりいささか重くなったメイリアーデを、それでも軽々抱き上げ膝の上に乗せるイェラン。

言葉で宥めることが得意ではない次男坊は、よくこうしてメイリアーデを落ち着かせる。

たいていそうされるとメイリアーデの機嫌も戻っていた。

不器用ながらもイェランの気持ちが伝わって安心するのだ。


……ああ、やっぱりこんなんじゃ前世のことなんて言えないじゃないか。

こうして恥の上塗りを重ねているというのに、この中に女子高生の心が入っていますなどとても言えない。


パッと近くを見れば、そこにはナサドの姿もあった。

イェランの最側近なのだから当然である。

今更メイリアーデは恥ずかしくなって、慌てて不貞腐れた顔を直した。



「ラン兄様は、龍になれますか?」


「あ? この歳でなれなかったら問題だろ」


「いいなあ」


「お前だってじき変化へんげできるようになる」



相変わらず乱暴な口調で、相変わらず短い言葉で、しかし相変わらず内容は優しい。

黒田の記憶にこんな一面は見えなかったから、きっと彼は懐に入れた人に対してとことん大事にするタイプなのだろう。

前世の友達が知ったら発狂しそうだななどと思いながら、メイリアーデはイェランを見上げる。



「わたし、龍見たことない」


「なんだ、見たいのか」


「見たい」


「ったく、仕方ねえな。ナサド」


「は、お任せ下さい。確認してまいります」



なんだかんだ言いながらメイリアーデの我儘に付き合ってくれるイェラン。

様子を黙って見守っていたナサドは声をかけられると同時に意図を正確に理解し部屋を後にした。

深々と頭を下げ、やはり鉄仮面のように変わらない表情のナサド。


思わずそんな彼をメイリアーデはジッと見つめてしまう。



「気になるか、ナサドが」



意識が完全にナサドに向いていたから、イェランにそう言われてギクリと大きく肩が揺れた。

アラムトに続き2人目である。

そんなに自分は分かりやすいのだろうか……と、やはり8歳児らしからぬ思考に支配されながらメイリアーデはぎくしゃくと後ろを振り返った。


メイリアーデを抱きかかえながらジッとこちらを見るイェランの表情はやはり変わらない。

クールビューティーと前世で言われていたままに、涼し気だ。

アラムトと違い表情が全く読めなくて内心冷や汗をかくメイリアーデ。

どう答えれば良いか考えあぐねていると、彼から深いため息がおちた。



「まあ、良い」



何が良いのか全く分からないが、そのままイェランからの追及はなかった。




「イェラン様、許可をいただいて参りました。どうぞ中庭の方へ」


「分かった」



変な沈黙の間に帰って来たナサドに案内され、メイリアーデは中庭へと移動する。

イェランに手を引かれながらやって来た中庭は、中庭というにはあまりに大きな広場だった。

学校のグラウンド丸々一つすっぽり入ってしまいそうな広さだ。


物はなく、草が生い茂るだけのその場所。

綺麗に芝が切りそろえられている以外何もないその意味は後に分かることとなる。



「いい機会だからな、お前に龍型見せてやる」



そう言って、イェランは中庭の中央に歩いていく。

メイリアーデも後に続こうとして、ナサドに止められた。



「姫はこちらで御覧下さい」


そっと肩を掴まれメイリアーデは振り返る。

そうすると、目の前で丁寧に膝を折って跪いたナサド。

至近距離にナサドがいる緊張と、あまりに立場が変わってしまった悲しみと、こんな日常に慣れてしまった自分への呆れと、メイリアーデの心中は複雑だ。

結果何とも言えない顔で言葉を紡げずいるメイリアーデの様子を、ナサドは別の意味で解釈したらしい。

メイリアーデよりも低い目線からこちらを見上げ、声をあげた。



「イェラン様が龍型を取られます。万が一にもお怪我をされませぬよう、姫はこちらでお待ち下さい」



丁寧に説明をし直してナサドが再び頭を下げる。

尚更複雑な気持ちになってしまったメイリアーデのその表情はナサドには届かなかった。

代わりに遠くでその様子を見ていたのはイェランの方。

何かを考え込む素振りを見せ、しかし今考えることではないと判断したのか軽く首を振って目を閉ざす。


次の瞬間、辺り一面が淡く光り出した。

メイリアーデの意識もそっちに向く。

光源は、中庭中央に移動していたイェランだ。

人が光り輝く姿など勿論見たことのないメイリアーデは目を何度もパチパチと瞬かせて固まる。


徐々にその光は強さを増して、目を開けているのも少し辛く感じた。

思わずぎゅっと目を閉ざすメイリアーデ。

何故だかどこからか風が舞い込んで、くらりと足元が動く。



「お怪我はございませんか、姫」


「え、あ、だ、だいじょう」



ナサドに庇うように抱きしめられて、言葉が途中で止まった。

一瞬耳が全く聞こえなくなって、代わりにバクバクと心臓の動く感覚が伝わる。

ああ、そういえばこんな感覚だったっけと妙に感動しながら、慌ててメイリアーデは足を踏ん張らせた。



「だ、大丈夫、です。あの、その」


「大変失礼致しました」



ナサドは相変わらず表情ひとつ変えずにそう言って再び頭を下げる。

何とも悲しい気分になって思わずしゅんと肩を落とした。



「姫、あちらが龍型を取られたイェラン様です」



しかし、そんな言葉にやっと我に返ったメイリアーデは勢いよく振り返る。

そうして目に入ったのは、人の体の5倍はありそうな大きさの龍だった。

イェランが持つ髪目と同じ色の、綺麗な濃紺の龍。



「う、わあ」


思わず声があがる。

人とは全く違う姿。

全身鱗に覆われ、太くどっしりした4本の手足で立ち、身体全体を覆えそうなほど大きな翼はバサバサと特有の音を鳴らしている。

それは圧巻だった。



「兄様すごいっ、いつもの何倍もかっこいいっ」


『……人型と龍型を比べられてもな』


「すごい、しゃべれる!」


『当たり前だ、姿変えて知能まで変わったら問題だろうが』


「すごい!」



すっかり興奮して近くに駆け寄ろうとするメイリアーデ。



「姫、危ないですからあまり近くへは」


とっさにナサドに止めに入られその場で留まるもどうやら感動は収まらないようだ。

今日一番の笑顔のまま、メイリアーデはナサドへ視線を向ける。



「ナサド、兄様ってすごいね! かっこいい!」



この時のメイリアーデは完全に、8歳の素のメイリアーデだったのだろう。

津村芽衣としての要素は完全に忘れ去られたメイリアーデ。

同意を得ようと顔を向けた時、ナサドはそこで初めて小さくフッと息を吐く。



「ええ」



その言葉を告げたナサドの顔は、笑顔だった。

思わず零れたといった感じのそんな笑み。

この世界に生まれて初めて見ることのできた表情に、メイリアーデは見惚れる。



……やっぱり、この人は松木先生だ。

津村芽衣が愛した、そのままの松木先生。



それはメイリアーデを確信へと変える。

そうしてそれと同時に強く思った。

もっとこの人の笑顔が見たい、と。














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