46.物語の裏側
スワルゼ家へ下された判決はすぐに国中に知られることとなった。
スワルゼ家本邸も間もなく解体される。
ルド達のように罪を犯さなかったスワルゼ家の面々は、今後住居を王宮から少し距離のある王都の端に置くことに決まった。
起こした事件が事件なだけに周囲からの目も相当厳しいらしい。
それでもルドの目はしっかりと先を見つめていた。
「龍王陛下にはこれ以上ない寛大な処分を賜りました。これで理不尽を嘆くようでは罰が当たりましょう。私はひとつずつ頂いたお役目を果たしてゆくのみにございます」
オルフェルの専属から離れるとはいえ、龍貴族としてスワルゼ家が果たしてきた役割は未だ大きい。
特に医学に関してはルド達に頼らざるをえないのが現状で、ルドは判決後も頻繁に王宮に上がっていた。
周囲からの白い目に耐え、各場所で頭を深く下げて謝罪を繰り返しながらもルドは黙々と職務をこなす。
今日もナサドの薬を持って現れメイリアーデに頭を下げてから足早にどこかへと去っていった。
メイリアーデはその様子を見守るだけだ。
「さて、と。そなたも為すべきことを為さねばな」
「って、え? オル兄様?」
どうやら密かにルドを見守っていたらしいオルフェルがいつの間にやらメイリアーデの横に来て肩を叩く。
にこりと笑んでそのまま背を向ける兄を見つめて、メイリアーデは苦笑した。
そうだ、自分も頑張らないと。
気合を入れなおして向かったのは自分の部屋の机。
大事に置かれた本をめくり、今日もメイリアーデはエナ姫の歴史を追いかけた。
「建国までは他と同じ」
公務の合間や就寝前後、ナサドの元を訪れる前後など、少しずつ時間を見付けては読み進めてきた龍国史。
初代女王エナの歴史は物語としても有名で、その基となった史実もまた少ないながらもかなり深くまで調べられている。
メイリアーデが図書館から借りた6冊の本に、アラムトが貸してくれた1冊の本。
既にメイリアーデが図書館から借りた5冊は読み終え、今読んでいるのはアラムトが貸してくれた本だ。
ユイガ家が代々大事に守ってきた禁書であり、これを読めばメイリアーデの知りたい答えに辿り着けるだろうとアラムトは言った。
しかし今のところ特に他の本と特段変わった内容は無い。
物語では公正で寛大、優しく慈悲深いとうたわれたエナ。
実のところは苛烈とも言われるような性格だったという。
多くを犠牲にしても龍国を興すことにこだわった姫。
才の龍であった彼女は人間離れした能力を駆使し、優秀な武人であった従者兄弟に支えられながら戦の最前線を駆け抜けた。
エナを中心とした龍の一団は初めは小さな規模で、従者兄弟の生まれ育った村の住人約50名程度だという。しかし神の眷属を思わせる鮮やかな赤の髪目に才の龍の能力、人間とは明らかに違うエナが頭角を現すのはすぐだった。
人間同士の争いは絶えず、突如現れた龍人族によってそれはさらに広がり、いつもどこかが戦火に見舞われていた時代。多くの人間達の生存本能は強さを求めていたのかもしれない。この混沌とした時代を終わらせる圧倒的な力を欲していた。エナはまさにそれを満たした存在だったのだ。
そうして勢力は拡大し、エナを女王として龍国が出来上がる。
多少の違いはあるもののそれが史学として語られるエナの姿で、どの本も概ね似たようなことが書かれている。
アラムトから与えられた本で他と違うところと言えばエナが才の龍だと明記していある程度だ。確かにそれも大きな秘密ではあるが、事前にその事実を知っていた身としては核心と呼べる程のものでもない。
ならばメイリアーデが知りたい答えは一体どこにあるのか。
国が出来上がる前で分からないならば……
「国が出来た後?」
ぽつりとつぶやき、メイリアーデは続きを読み進める。
そこに書かれているのは建国前と変わらぬエナ姫の姿。
エナは自分の元に集う人間達をためらわず受け入れた。
同時に自分と敵対する国には容赦がなかったという。
味方には優しく敵には厳しい、良くも悪くも裏表のない人物だったのだろう。
当然のごとく仲間には慕われ敵には激しく恨まれた。
いつもどこかでエナを狙う影が存在し、特に武術の天才であったフレイはエナの傍に付くことが多かった。
常に死と隣り合わせの中、身を呈してエナを守るフレイにエナが想いを寄せるのは自然な話だろう。
兄のフレディーは歳の離れた弟と妹のように可愛がってきたエナの関係を見守ることが多かったという。2人にとって精神的支柱のようなそんな存在だったのではないか。
と、そこまで推察したメイリアーデはとある事実に気付く。
「っ、フレディーの名前、が」
書かれていたのだ。
ずっと見ることのなかった兄の名が。
よく見ればフレディーだけではない、弟のフレイの名すらもそれまでは書かれていなかった。
兄と弟としか書かれていなかった従者兄弟の名。
それが建国を境にフレディーとフレイと書き変わっている。
“フレディーの名は意図的に消されたんだよ。彼を詳しく調べられることはあまりに危険だから”
ふとアラムトの言葉が頭をよぎる。
「もしかして、これもわざと?」
そんなことをメイリアーデは思った。
分厚い龍国史という本の半分、そこまで読んでやっとその名を知ることができる兄弟。
知ろうとする意志ある者にのみ開かれた情報のように思えたのだ。
そうだとすれば、ここからがやっとこの本が禁書と呼ばれる所以なのかもしれない。
ごくりと喉をならし、メイリアーデがページをめくる。
エナ姫と今日で親しまれる物語と史実はかなり大きく違う。
時系列もまたその一例だ。
物語ではフレイとエナが結ばれてからそれを祝福するかのように人が集い国が出来上がる。
しかし史実では国が興るのが最初だ。フレイと結ばれるのはもっとずっと後になってから。
それも中々に紆余曲折の連続だったらしい。
情勢を安定させるまで恋愛などと言っていられる状況ではなかったというのはいかにもといったところだが、実際エナ女王の時代にも国内の権力闘争は存在したという。
エナに共感し集った者の中には小国の王や王太子、地方の豪族、貴族など、そういう高貴な身の上の人物も多かったのだ。経済力や権力を持つ彼らの貢献度は高く、エナを支える中心人物となっていく。
そうして国の規模が大きくなれば、いかに優秀と言えど小さな村の平民であった兄弟を良く思わない者もいたのは、まあ当然の話だろう。
エナには王としての選択が迫られた。
龍人という種族について、龍の本能について、その当時はまだまだ認識などない時代。
人間と龍人の違いは外見だけで、龍へ変化しないエナはなおのこと人間と変わりなく映る。
龍の情の深さ、本能の強さ、そういったものは当時無視されたと言った方が良いだろう。
その中でフレイを番として認めさせるのは至難の業だったようだ。
一年二年で片付くような問題ではなかった。
時にはフレイを排除する動きもあり、怪我を負ったフレイの姿にエナが激高したという記録も残されている。
何年もかけフレイを王配と認めさせるまでにも、血はやはり流れた。
物語のように綺麗なままで成し遂げられたものなど、ほとんどなかったのだ。
今メイリアーデ達が受ける人間達からの恭順は、そうして泥臭くもがいた先祖達によってつくられてきた。
「フレイ公とエナ女王が結婚して2年後、フレディーが国を出る」
長く続いた王配の座を巡る争い。
2人に手を貸し知恵を授け、歌や物語にのせて民衆を味方に付けることで2人を支え続けたフレディーが国を出たのは突然だった。
エナとフレイが何とか結婚にこぎつけ龍国内の情勢もようやく落ち着いた頃、思いついたかのように笑顔でさらりとフレディーは別離を口にしたのだという。
そしてエナもフレイも反対することはなかった。快く、あっさりと送り出したという。
「仲違い、権力闘争……理由は諸説あり」
理由をその本は簡潔にさらりとそう述べる。
人の心なのだから実際のところがどうかなど分かる者はいないだろう。
フレディーが国を出たのは事実で、その証拠は世界中に歌や物語として残り、だとすると龍国での居場所をフレディーが失ったのだと考えるのは道理でもある。
しかしメイリアーデは、フレディーの出国の理由がそういった仲違いや権力闘争だとは思えなかった。
フレディーが出国した証は世界中にフレディーが広めたというエナ姫の伝承や歌、物語、絵だ。
それらはフレディーがエナやフレイを愛していなければ、こうまで美しい物語として今日まで広がっていないだろう。そう思えばフレディーが国を出た理由は、別のところにあると考えるのが自然だと思ったのだ。
そして、もしそれが間違えてないのならば、フレディーという人物への謎はなお深まる。
「2人を愛していたのなら、どうしてフレディーは国を出たんだろう」
一向に見えないフレディー像に、思わず声となって疑問が口からこぼれた。
それは何気ない一言だったが、ふいにメイリアーデは思う。
「ナサドと、同じ……?」
エナとフレイを愛しながらも国を離れたフレディーと、龍人を思いながらも国から去ることを選んだナサド。
どこかが重なったのだ。
時代も状況も、何もかも違うというのに。
それでもどうにも引っかかる。
ナサドは自ら望んで罪人となった。
そうまでして20年以上も前から国を出ようとしていたことをメイリアーデは知っている。
何かを守ろうとナサドが抱え込んだ秘密。
その秘密とは一体何なのか。
フレディーが出国した理由ともし重なっていたら?
息を飲んで、メイリアーデは本にかじりつく。
一文字一文字、決して逃さぬよう食い入るように文字を追う。
そうして読み進め飛び込んできた一文に、目を見開いた。
「エナ姫は、子供を授かれなかった……?」
そう、衝撃的な事実に辿り着いたのだ。
龍国に住む龍人達の祖先とされてきた初代女王エナ。
しかし彼女は長い戦いの中で体に深い傷を負っていた。
すでにその体は子供を産める状態ではなくなっていたという。
ならばその後、今に続くまで何故龍人が生まれ続けているのか。
誰が自分達の先祖となるのか。
そこに記された事実をフレディーの出国理由と結びつけるには無理があるのかもしれない。
しかし、どうにも無視できない文章がそこにはあった。
龍国建国以降、エナの元を訪れた龍人はただの2人。
エナとフレイの結婚後200年の時を置いて訪れたその2人は親子だった。父と幼い子供の龍人。
彼らの傍にいたのはただ一人の女性。おそらくは幼子の母であり父親の妻だろう。
そしてその幼子がエナの後を継ぎ玉座に座った。
セナと名付けられた子供は、エナとフレイの子供として育つこととなる。
実父母の夫婦は、陰ながらセナを支え一切表に出ることはなかった。
女王とは直接的な血の繋がりなどなかった2代目龍王セナ。
しかし国に混乱は訪れず、反発の声も上がることなく国民達はセナを新たな王として迎える。
建国の経緯や王配を巡る争いが多く起きたことを考えれば異例なほどスムーズに進んだ世代交代。
その理由は簡潔だった。
「セナ王の容姿に国民の多くが運命を感じた」
一文で表せられるほどだ。
では一体その運命とは何なのか。
その答えに、メイリアーデは息をのむこととなる。
「……セナ王は、フレイ公と瓜二つの緑龍」
そう、それが国民の多くにセナが認められた理由。
女王陛下が子を成せない状況下で王配たるフレイ公と同じ容姿を持つセナが現れた。
これも天の思し召しと、そういった声があがったのはほどなくしてだ。
龍の起こした奇跡なのだと多くが信じてしまえば誰もそれを覆すことは叶わなくなる。
そうして続いた龍国の血筋。
その後に続く一文は、おそらく国民の大半が知ることのなかった事実だろう。
「セナ王の実父の名は、………………フレディー」
王に近しいものだけが耳にしたという名前。
エナ女王が、フレイ公が、セナ王の実母が、その名を呼んだ。
そしてそれは、当時の国内でも最たる機密として扱われた名前。
エナ女王とフレイ公が結婚して200年以上も後に現れた龍人の父子。
フレディーと呼ばれた父の龍人。
ただの人間であった従者兄弟の兄・フレディーはその時にはもう天寿を全うしているはずだ。
それでもフレイ公に瓜二つというセナの存在が、実父たるフレディーの異様さを浮き上がらせる。
それ以上の明確な文章は、その本には書かれていない。
それでもメイリアーデに信じがたい事実を推測させるには容易な情報量だった。
「……フレディーは元々龍人、だった?」
一人きりの部屋に、声が響きゆっくりと消えていった。




