45.事件の終結
翌日、ナサドの元を訪れたメイリアーデを待っていたのは再び地に伏せる勢いで謝り倒してくるルドだった。
どうやら睡眠をとったおかげで冷静さも取り戻したらしく、意識を閉ざす前の自分を思い出して顔面蒼白になったらしい。
メイリアーデに見せるような姿ではなかったと、昨日よりも幾分血色の戻った青い顔で謝罪を繰り返す。
苦笑しながら「気にしていないわ」と数度繰り返したのち、ようやくルドは落ち着いた。
「ルド、ナナキの様子はどう?」
「母はいつもと変わりありません。処分を受けるまでせめてと、スワルゼ家の持つ知識や秘匿をまとめ奏上の準備を行っています」
「……そう、ナナキにも御礼ぐらい言いたかったのだけど」
「姫様、私達は罪人にございます。そのような慈悲深きお言葉は不要にございます。元はと言えば我々が止めねばならなかった暴挙を許してしまった、こうして姫様とお目通り叶うことすら分不相応なのです」
「……いつかのナサドと同じようなことを言うわね」
見た目は華やかだが、案外真面目で実直な従者。
メイリアーデはルドに対してそんな印象を抱いていたが、あながち間違えてはいなかったらしい。
ナサドと仲が良かったというだけあり、ナサド同様ルドは自分に厳しく罪は罪と言って譲らない。
小さく息をつけば、苦笑して状況を見つめていたナサドと目が合った。
「仲直りはできたの?」
「……喧嘩していたわけではございませんよ。ですが、そうですね。少し胸のつかえがとれたのは事実です。メイリアーデ様にはお力添えをいただきまして誠にありがとうございます」
「何もしていないけれど、私」
「そのようなことはございませんよ」
見ればナサドの表情も幾分すっきりとしている。
どうやら2人だけで何かを話す機会はあったようだ。
そのことにメイリアーデも安堵した。
「……姫様は、我々をお恨みではないのですか」
ぽつりとルドから声がしてメイリアーデは振り返る。
膝を床に付けたまま、ルドは恐る恐ると言った様子でメイリアーデを見上げていた。
どこか威厳のあった長兄の専属従者。
このような委縮した状態を見るのはやはり気持ちの良いものではない。
しかしこれはもう仕方のない部分もあるのだろう。
実際これからスワルゼ家は大変だ、ルドも責任を負わなければならない。
メイリアーデはルドにそれ以上姿勢を戻すようには言わなかった。
小さく息をつき、ただルドの言葉に返す。
「リンゼルやルイのことは正直まだ怖いと思うわ。彼らの事情がどうあれ然るべき罰は受けて欲しい」
「……はい」
「けれど私刑は望まないわ。お父様が国として裁定を下すのならば、私はそれ以上もそれ以下も望まない」
「姫様」
「それに私はナサドがかつて罪を犯した者だと知っていて彼を受け入れた。ナサドを厚遇しておいて貴方達を冷遇するというのは、私の信条に反する」
きっぱり告げればルドと近くで様子を見ていたナサドもまた分かりやすく固まった。
まさかここでナサドの事情を口にするとは思わなかったのだろう。
それでも、もうメイリアーデは言葉を惜しめない。
綺麗事でしか生きれないというならば、その中でも最も自分が誠実だと信じる道を選ぶしかない。
だからメイリアーデはルドから視線をそらさず言葉を重ねる。
「リンゼルとルイをあそこまで追い詰めたのは私達龍王家の責任もあるでしょう。貴方にも随分と辛い思いをさせてしまった」
「そのような!」
「……この先、貴方達にどのような処分が下されようと私はきっと庇えないでしょう。それでも、現実と向き合い乗り越えてくれることを願っている。罪を犯したからと言ってずっと不幸のままでいて欲しいとは思わない、然るべき罰を受け省みてくれたならあとは穏やかに過ごしてほしい」
「姫、様」
「メイリアーデ様……」
「私も頑張らなければならないね。王家への不信が今回の事件を起こしたならば、そのようなものが起きないほど信頼される王族にならないと。兄様達に重いものばかり背負わせてただ笑うだけの姫では、国民達に怒られてしまうわ」
にこりと笑ってメイリアーデは息を吸う。
完璧な笑顔にはやはりならなくて、少し歪で、課題はまだまだ山のようにある。
今回メイリアーデが直面したのはまだこの国のたった一面だ。
それでも落ち込み苦しみ泣いてしまった自分は、どうしたって悔しくなるほどに無力で悔しい。
だけどもう諦めることも知らぬふりもしない。
一つずつ積み重ねていくしかない。
そうやって生きていくと決めたのだから、メイリアーデはたとえ歪でも笑ってみせる。
「……恐れながら、もうひとつお聞きしてもよろしいですか」
「ええ。なに?」
「…………オルフェル殿下は、お元気ですか? お体は、お心は」
そうしてルドが少しだけこちらを頼ってくれたことにメイリアーデは嬉しく思った。
力強く頷いて、ルドの肩を叩く。
「元気よ。ラン兄様と支え合って、一生懸命オル兄様も頑張っている。リンゼルとルイの声に、今も耳を傾けているわ」
「……え」
「オル兄様にとって今もスワルゼ家の存在は大きい。悪い思い出ばかりではないのだから当然よ」
「……っ、オルフェル、殿下……っ」
顔を伏せ手を強く握りしめルドは一度だけオルフェルの名を呼ぶ。
涙こそ見せないが声は揺れに揺れて、どれほどルドが悔いを残しているのか察する。
それでもメイリアーデはその様を見守るしかできない。
そっとその場に立ち上がり、ナサドを見つめた。
「もし良かったら、ルドの様子を見てあげていて。私はもうこれ以上ルドには何も言えないから」
「メイリアーデ、様。貴女様は」
「……綺麗事かもしれないけれど、誰かが他者を想って苦しむ姿を見るのは辛いわ。少しでも減らせるのならば、私は私の役割を果たしたい」
張り付けたような笑顔で、それでも本音を告げる。
最近メイリアーデが触れてきた感情は悲しみや怒りが多かったように思う。
自分からも他人からも多くの負の感情に触れてきた。
そんな気持ちの乗った表情を、曇りのない笑顔に変えることはどれほど難しいだろう。
それでも皆立ち上がろうともがいて前に進んでいる姿だって多く目にしたのだ。
自分ばかり落ち込んでもいられない。
「……本当にお強くなりましたね。立派な姫になられました」
「まだまだよ、まだまだ。言葉だけでは何も変わらないのだから」
もう一度ルドを見つめナサドを見つめ、メイリアーデは顔を引き締める。
小さく自分自身を鼓舞するよう頷いてその場を後にした。
その後、王宮内の大広間でその王族とスワルゼ家の面々は対峙することとなる。
裁定の場は未だかつてないほど重苦しく、そしてそんな場に被害者であるメイリアーデが姿を現したことに多少のざわめきも起きた。
中央に枷をつけられたリンゼルとルイがやってくる。
未だその目は濁り睨みつけるようにイェランやメイリアーデを見つめる2人。
憎悪に満ちた視線、異様な目線に思わず従者の誰かがメイリアーデ達を庇おうと前に出た。
それを制し真っすぐ見つめれば、なおのこと広場に集まる貴族達は驚きの声を上げる。
リンゼルとルイの横には枷こそ付いていないものの、罪人のように膝を付き深く頭を垂れるルドとナナキの姿。
その後ろには、今件に加担したと思われるスワルゼ家の面々が揃っていた。
このほかにも賛同した貴族や賊、スワルゼ家に脅され参加した者が別に何人も捕らえられているらしい。
改めてどれほどの規模で起こった事件なのか実感する。
黙ったままただスワルゼ家を見つめるメイリアーデに何を思っただろうか。
リンゼルとルイがそれぞれ何事か叫ぶように声をあげる。
その度にやはりメイリアーデの背は凍るように冷え、手がカタカタと震える。
慌てて衛兵に口枷を付けられてもなおうめき声となって広間の沈黙を破る2人に、何名の貴族が身震いしたことか。
その中でメイリアーデは自分を落ち着かせるよう大きく息を吐き出しその様を見つめ続けた。
自分自身を戒めるよう、その姿を焼き付けるように。
メイリアーデの姿を見て、龍王が口を開く。
「裁きを下す。スワルゼ家当主リンゼル、その次男ルイ。そなた達2名には龍貴族位のはく奪及び王都からの追放を命じる。スワルゼ家の領土は取り上げ、次期当主ルドはオルフェルの専属従者の任を解く。その他後ろに控える者については追って沙汰する」
淡々と、粛々と述べられた罪状にメイリアーデのみならずその場にいた貴族達全員が息をのむ。
龍貴族位のはく奪、王都追放。
決して軽い罰ではない。おそらく龍国民にとって史上最も重い罰だろう。
そしてスワルゼ家の領土取り上げにルドの専属従者解任。
間違いなくスワルゼ家の家格は幾つも落ち、浮上が難しくなる。
会場に流れるざわめきは、それでも軽すぎるという声なのか、それとも重すぎると同情する声なのか。
分からないがメイリアーデは静かに目を閉ざしてその言葉を受け入れた。
「……メイリアーデ。さらなる罰を希望するか」
不意に、龍王がメイリアーデにそう問いかける。
メイリアーデの様子をずっとうかがっていたのかもしれない、目を開き視線を合わせれば王は真剣な表情でメイリアーデを見つめていた。
今回の被害者とされているメイリアーデ。
長く寝込み未だに体は細くなったまま元に戻っていない。
それを思いやり龍王が聞いてくれたのか、それとも王女としての資質を見極めるために聞かれたのかメイリアーデには判断がつかなかった。
それでもメイリアーデは小さく首を振り、口を開く。
「いいえ。私は必要以上の罰は望みません。お父様……龍王陛下が下された判断に賛同いたします」
「……そうか」
それきり会場は静まり返り聞こえるのはやはりリンゼルとルイのうめき声のみ。
龍王が閉会を宣言すると、囲まれた兵達に連れられリンゼルもルイも広場を後にする。
メイリアーデに手を伸ばし何かを訴えるルイを、メイリアーデは目に焼き付けた。
その洗脳がどうか早く解けてくれると良い。
その後は少しでも穏やかな人生を。
それを言う機会はもうないけれど。
去り際、付き従うように歩いていたルドとナナキがこちらを見上げる。
2人は揃って深く頭を下げメイリアーデとオルフェルを見つめた。
相変わらずやつれた様子で体もやせ細ってはいたが、その目は幾分しっかりと前を見据えていると信じたい。
彼らが去った後オルフェルの顔を見上げれば、彼もまたグッと口を引き締めその姿をじっと見つめていた。
「……精進せねばならないな」
ぽつりと、小さな声でオルフェルは言う。
言葉を拾ったのはイェランとアラムトとメイリアーデの3人のみだ。
全員が賛同するよう小さく頷き返せば、その様子を見ていたのだろう龍王がわずかに目を細める。
龍国史上最悪と言われた事件はこうして幕を閉じた。
多くの者に陰を落としながら。
後味など良いわけもない。
それでも皮肉なことに、兄妹の絆を深めメイリアーデを大きく成長させたのもまたこの事件だった。




