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龍の約束  作者: 雪見桜
本編
45/74

44.ナサドと友



龍人が統治する国、龍国。

種族という絶対的な壁が存在し、はっきりとした身分差が横たわる国。

それでも己の身分に胡坐をかき欲をかけばたちまち国は傾ぐ。

どれほどの力を持っていようとも、不信は簡単に足元を掬うのだ。

龍人に最も信頼され重用されてきたスワルゼ家、そんな最家臣が龍人を害した様に。

今回の事件でおそらく全龍人が思ったことだろう。

もちろんメイリアーデも例に違わずだ。


地下牢でリンゼルやルイの叫び声を1日聞き続けたメイリアーデは、その夜眠ることができなかった。

心を壊し発狂してしまった臣下のあれは悲鳴だ。

受け止めきれない現実を嘆き、目の前の世界を拒絶した絶望の声。

自分にその一因がないとはどうしても思えず、正直何度も耳を塞ぎたくなった。

もしこれが現実なのであれば、目を背けなかったことにしてしまいたいと思うほどに。

しかしそれではいけないのだ。

自分がこれから望むことは、決して龍貴族達からもろ手を挙げて歓迎されるようなことではないと分かっているから。

それでも自分の意志を貫くつもりならば、彼らを納得させられる自分にならなければならない。

王女として、龍人として、自分の器がしっかりとしていなければ再び同じことが起こると分かる。

だからメイリアーデは手を握りしめ現実を受け入れると決意した。

せめて逃げないとそれだけは固く誓う。

その目から涙がこぼれることはなくなった。



「ナサド、こんばんは。調子はどう?」


「メイリアーデ様。お陰様で穏やかに過ごさせていただいております」



今日も今日とてメイリアーデはナサドの元へと通う。

傷が癒えたことからそろそろメイリアーデも公務を再開させる時期だ。

最初の単独公務で事件があったために家族も従者達もメイリアーデを気遣ってくれたが、状況に甘んじてばかりもいられない。

ナサドを番に望むならば、メイリアーデの王女としての足場がしっかりしていないとまた不信を呼ぶと分かりきっているから。

少々不純な動機も混ざってはいるが、王女として兄達を支え龍国を守りたいという気持ちも本物だ。

だからメイリアーデは精力的に王女としての役目をこなそうと動き回っていた。


そのためナサドの元を訪れる時間は少しだけ減り時間帯も前後するようになっている。

イェランからはナサドの方を優先しろと呆れ混じりに言われたが、メイリアーデとしてはどちらもないがしろに出来ない。目の前の課題には全て全力で当たるしかないのだ。

分かってはいたが自分は不器用で最優先事項じゃないからといって上手にそつなく手を抜くなどということが出来なかった。

そして今日もまたそんな調子でイェランに付き従い勉強をしてきた帰りであったため、ここを訪れるのはいつもより少し遅い時間帯。

ナサドはメイリアーデの体調を気遣いながらも穏やかな顔で受け入れてくれる。

正直ヘトヘトになっていたメイリアーデだが、その顔を見るだけで疲れが吹き飛ぶのだから大概自分も単純だと笑ってしまう。

そうしてナサドに近づくにつれてメイリアーデはいつもとの違いに気付いた。



「……ルド?」


「姫、様」


そう、ナサド以外にとある人物がいたのだ。

そこにいたのはオルフェルの専属従者。

今回の事件では数少ないスワルゼ家内から王族側に付き裏で救援をしてくれた人物でもある。

彼自身は今件に関わっていなかったと調査結果も出ているが、身内が起こした事件の重大さと次期後継者という立場から自主謹慎中だったはず。

「どうしてここに」と言葉が出かかって、その手に持つ瓶に視線が映った。

薬だろうかと思い至り、彼がここにいる理由を察する。



「どうやら複雑な解毒が必要だったようで、診てくれているのですよ」


フォローするようにナサドがそう付け足してくれたため、メイリアーデは「そうだったのね」と納得した。

そうしてルドと向き合うと途端にルドがメイリアーデの前に跪いて深く頭を下げる。



「この度は誠に申し訳ございませんでした。謝って済むことではございませんが、誠に」


「やめて、ルド。貴方は悪くないわ、兄様達からもそう聞いている。私の解毒薬もナナキと共に用意してくれたのでしょう?」


「……私はスワルゼをまとめる立場の人間です。何も知らなかったで済む問題ではございません」



地面に付くのではないかと思うほどに下げられ続ける頭。

ずいぶんとやつれた。今メイリアーデから見えるルドはつむじだけだが、先ほど見た時の彼の頬はこけていたように思う。

長く美しかった髪は短く切られ、首筋の細さが際立つ。

地面に付いたままわずかに震えるその手の甲は、少し血管が浮いているだろうか。


……仕方がないとはいえ、あまり気分の良いものではなかった。

彼が真面目にオルフェルに仕えていたことを知っている。

華やかな雰囲気とは裏腹に実直でどちらかといえばナサドとも似ていると感じる程。

オルフェルの傍には常に彼がいて、十数年間ルドの仕事ぶりをメイリアーデは見てきた。

その従者のこんな姿は見ずに済むものならば見たくない。

しかし、目を背けるわけにもいかなかった。



「ルド、貴方の気持ちはよく分かったわ。謝罪を受け入れます、だから顔を上げて欲しい」


そこまで言ってようやくルドは顔を上げる。

それでも跪いた姿勢は崩さぬまま。

目の下の隈が酷い、彼は一体何日寝ずにいるのだろうか。

おそらく、事件以降はまともに寝ていないのだろうと分かる。

苦い気持ちになりながら、それでもメイリアーデは首を振った。



「貴方の状況を考えれば仕方がないのは分かるけれど、どうか少しでも食べて寝て欲しい。体を壊しては元も子もないわ」


「私のことなど」


「どうでも良くないからね。とにかく椅子に座って? その姿勢も辛いでしょう?」


「そのようなことが出来る身にございません」



ルドは頑なで痛々しい。

なおのこと苦い気持ちになった。

確かにスワルゼ家のやったことを簡単に許すことは出来ないだろう。

いかに彼らが狂うほど追い詰められていたとしても、その一因に自分や家族がいたとしても、それでも彼らはあまりに多くを巻き込み傷つけた。

きっと自分はスワルゼ家を庇うことが出来ないだろうし、スワルゼ家には然るべき処分を受けて欲しいとも思う。

それでも、だからといってルドをこれ以上苦しめるのも違うと思うのだ。

重い沈黙を破り助け舟を出してくれたのは、ナサドだった。



「……ルド、とりあえず座れ。お前がそんな調子だとメイリアーデ様が気に病む」


彼もまた苦い顔で寝台の上からルドを見つめている。

グッと地面を掴むように握りしめ、ルドはそれでも動かない。


「ルド」


もう一言ナサドが名を呼べば、ようやくのろのろと椅子に腰を掛けた。

グッと拳を握り椅子に座ってなお頭を下げて姿勢を低く保つルドにナサドがため息をつく。

次の瞬間、バシンと大きな音を立ててナサドはルドの背を叩いた。

体が軽く傾ぐルドの姿にぎょっと慌てたのはメイリアーデの方だ。



「ちょ、ちょっとナサド!?」


「せっかくお越しいただきましたのに暗い空気で申し訳ございません、メイリアーデ様」


「い、いえ、それは全然構わないのだけど、ルドは」


「大丈夫ですよ。この男は昔から細い体を気にして鍛えているのです、意外と体幹はしっかりしています」


「そ、そんな問題!?」



わざとおどけた空気でナサドが笑う。

ナサドの言うように軽く傾いだ程度でルドは転がることもなく、突然のナサドの暴挙に驚いたよう固まっている。

メイリアーデは何が何だか分からずおろおろと視線を彷徨わせるばかりだ。

しかしはたと気付いて声をあげる。



「ナサド、ずいぶんとルドのこと詳しいのね」


思ったままに尋ねれば、ナサドは「ええ」と否定せず頷いた。



「歳近く専属従者となった時期も近いものですから。昔は共に過ごした時間も多いのです」


「……そうなの? けれど貴方達って正直あまり関わっている印象が」


「私が罪を犯し関係を壊しましたからね、それ以来疎遠です。私の犯した罪が罪ですから恨まれても当然かと思います」



あまりに隠さずすらすらと答えてくれるナサドにメイリアーデは目を見開く。

そして信じられないように目を見開いたのは、ルドもまた同様だった。

次の瞬間鋭い視線でナサドを睨みつける。

久しぶりにルドの目に感情が乗っているようにメイリアーデは見えた。



「……違う」


ぽつりと、ルドは声をあげる。

唸るような怒りを滲ませたそれはメイリアーデも初めて聞くもの。

余裕がないことはすぐに分かった。



「私がお前を許せないのは、お前が罪を犯したからではない。お前が、罪を被ろうとしたからだ……っ」


そうして告げられたルドの言葉。

決して怒鳴るような音量ではない。

普段と変わらぬ声量で静かに怒るルド。

しかしルド自身の強い憤りを感じ、メイリアーデは黙って様子を見守ることにする。

2人にはきっと2人にしか語れない事情があるのだろうと分かったから。

現にナサドがルドを見つめるその目は心配なのか罪悪感なのか、とにかく無ではない。

ナサドはルドが吐き出した言葉に一瞬目を見開き、すぐに視線を落とす。

「そう、だったか」と小さく呟いたその声に後悔が混じっているように感じた。



「お前がイェラン殿下を害する目的でかの方を外へお連れしたわけではないことぐらい分かっていた。事情があったのだと分かっていた! 私だけではなく皆気付いていた、オルフェル殿下も、龍王陛下も、王妃殿下も、アラムト殿下だってな」


「……ああ」


「イェラン殿下はじめ多くの方がお前を罪から逃がすためどれほど尽力したと思っている。それなのに、何故お前は自ら罪を被りにいった!? 皆の心に陰を落とすと気付きもせず、周りの手を叩き落として罪を受けに行った!?」


おそらくそれは、ルドがここまで余裕を失っていなければ一生聞くことのなかったものだろう。

初めてルドが明かしたナサドへの思い。

そしてメイリアーデが初めて知る、20年前の事実だった。

ナサドが罪人となった時、周りは気付いていたのだ。

ナサドが誠実な従者であったことも、何か事情があってイェランを救おうと動いたことも。

だからこそナサドを罪人としないために差し伸べた手を、払ったのはナサド自身。

ルドはそれが許せなかったのだと明かす。

そして久しぶりに感情が発露したことで張りつめた緊張の糸が緩んだのだろう。

ぐらりと再び傾ぐルドの体をナサドが支える。



「私が、もっと早くに気付けていれば……っ、お前を独りにしていたのは」


「ルド、休め。俺のことは良い。……すまない」



最後にルド自身も後悔を滲ませ意識を閉ざす。

ナサドは険しい顔でそれを眺め、ルドを自身の寝台に寝かせた。

そうしてメイリアーデに向き直り深く頭を下げる。



「申し訳ございません、お見苦しいところをお見せ致しました」


「いえ、それは全然良いのだけど。ルドは」


「……元来、1人で溜め込む性格なのです。私もルドを追い詰めた一因でしょうね」



はっきりとメイリアーデから見ても分かるほどに気落ちした様子でナサドは苦笑する。

ルドの本音を聞き思うことがあったのだろう。

ルドとの関係を、ナサドもまた悔いる部分があったのかもしれない。



「……自ら罪を被ったとルドは言ったわね。ナサド、貴方まさか」


「お気づきになられましたか、やはり。……貴女様のお考えになられていることは、おそらく正解です」


「それほど前から国を出ようと?」


「……ずるずると、イェラン様に甘え貴女様に甘えここまで来てしまいました。これほど多くを巻き込み傷付けてなお、私はつくづく自分に甘い」


「ナサド」


「…………後には、引けぬのです。それでも守りたいものが、私には」



それ以上ナサドの声は続かない。

メイリアーデもそれ以上問うことはできなかった。











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