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龍の約束  作者: 雪見桜
本編
42/74

41.手がかりは



「ほっほっ、ようこそいらっしゃいましたなあ姫様。お体心配しておりましたが、お元気そうで安心いたしましたぞ」


「こんにちはテイラード。ありがとう、この通り私は元気よ」



学問一家ユイガ家。

その一角にある国内最大の図書館にメイリアーデはいた。

その手に持つのはユイガ家から借りていた2つの本だ。

一つは、テイラードから勧められた服飾の歴史書。

そしてもう一つはナサドが必死に悩みながら手に取って勧めてくれたエナ姫の本だ。

悩みに悩んでナサドがメイリアーデにそれを渡してくれた理由は、メイリアーデが同じ女性龍だからだろうか。それとも一般的に女性に人気がある物語として有名な話だからだろうか。

まさかその後公務に関わることになるとはナサドも思っていなかったに違いない。

苦い顔をしたまま気まずげに本を渡してくれたナサドに思わず笑ってしまったことを、もう遠い昔のように感じる。



「貸してもらった本、素敵だったわ。もう少し色々と本を読みたいのだけれど、見せてもらっても良いかしら」


「勿論でございます。我がユイガ家は知識を求める方でいらっしゃれば誰でも歓迎でございます。ささ、どうぞ心行くまでご覧ください」


「ありがとう」



ユイガ家当主のテイラードはメイリアーデを快く迎えた。

その顔の穏やかな笑みを浮かべ、メイリアーデを案内する。

応えるように頷いてメイリアーデは本棚に向かった。


ナサドの秘密。

国の根幹に関わるような、秘密。

思い当たるものは何もなく、どこから調べれば良いのかすら分からない。


しかし国の根幹というくらいなのだから、国の歴史を知るというのはどうだろうか。

もちろん今までだって付けてもらった教育係から色々と教えてもらってはいる。

しかし長い歴史を誇るこの国の歴史をそれだけで全て知っているわけではないはずだ。

そう思い立ち、メイリアーデはここに来た。



「……その前に、この本返さなければね」


「私が預かりましょう。姫様はどうぞご自身の御用を」


「良いの、ありがとう。ここにどのような本があるのかすら知らないし、それも見ながらこの本戻すわ」


「ほっほっ、さようにございますか。姫様のお心遣い感謝いたします」


テイラードはメイリアーデの考えに沿って、出すぎず引きすぎず傍で控えている。

メイリアーデが借りた本を丁寧に撫でる姿を見て嬉しそうに笑んだ。

ユイガ家にとって知識を詰め込んだ本というものは、おそらく何よりも大事なのだろう。

三大貴族でありながらほとんど表立っては出てこず権力に執着も一切ない。

変わり者が多いとそう評されていることを知ったのは、メイリアーデもつい最近のこと。

事件が起きてからめまぐるしくメイリアーデを囲む従者達も変わった。

メイリアーデ付きとして働いていた従者の中にも犯人側として捕らえられた者は少なくない。

スワルゼ家縁の者はもちろんのこと、リガルド家縁の者もいたほどだ。

少なからずショックを受けたメイリアーデだったが、その中でもユイガ家からはそういった関係者は一切出なかった。

曰く「変人ばかりで制御できないから」だと、誰かが言っていたらしい。


ともかくそのような事情で、このような未だ混乱の最中にある龍貴族家の中でもユイガ家への出入りは比較的容易に許可された。

そうは言えど警備は当然厳しくなり、メイリアーデに付いてきた護衛達の数も普段の倍以上になっているが。

傍にはナサドの代わりにスイビが付き、さらにスイビの補佐役として数名の従者もいる。

いかに自由な風土の強いユイガ家と言えどメイリアーデがいることで屋敷内は心なしか緊張感が漂っていた。


申し訳ないと思いつつも他に頼れる場所もないのだから仕方ない。

心で謝りながらメイリアーデはテイラードに受け入れてくれた礼を言う。

テイラードはひたすら穏やかに笑っているが。

その表情や姿勢には緊張の色ひとつない。

流石にそこは三大貴族の当主と言ったところだろう。



「……姫様はエナ姫をお嫌いになられましたかな?」



そして笑んだまま、唐突にテイラードがそんなことを言う。

一体なんだと思いながら振り返れば、思いの外テイラードは真面目な表情だった。

事件が起こる直前、メイリアーデは公務でエナ姫の読み聞かせを行っていた。

だからこそトラウマを引き起こすのではないかとテイラードなりに心配したのかもしれない。

テイラードの言葉があまりに端的過ぎてそう思いいたるまで数十秒要したが。

気付いた後、メイリアーデは少しだけ苦笑しながらテイラードを見返す。



「エナ姫は私にとって敬愛すべき祖先で素敵なお姫様よ。何も変わらないわ」


「さようにございますか。お強い姫様でございますね、メイリアーデ姫様は」


「……どうなのかな? 今も案外いっぱいいっぱいよ?」


「ほっほっ、ご不安がおありでしたら何度でも申し上げましょう。姫様を見ておりますと、エナ姫と重なり見えることがございます」


「それは言い過ぎでは」


「いいえ。姫様とエナ姫には不思議な繋がりがきっとございますなあ」



目を細め、テイラードは笑う。

その心中は何も分からないメイリアーデだが、しみじみと何かを思い返しながらメイリアーデと対するテイラードから何故だか目が離せなかった。



「……姫様が何を知ろうとここまでいらっしゃったか、存じ上げません。が、この老いぼれにも多少は力になれることがありそうじゃ。姫様、ここまでいらっしゃったそのご意思にお応えしひとつだけとびきりの秘密をお教え致しましょう」


いつもと変わらぬ口調の、いつもと変わらぬ表情。

何一つとして普段と変わらないテイラード。

何一つ核心的なことは言っていない。

しかしまるでメイリアーデの考えを把握しているかのような口ぶりに驚く。

そしてその期待に裏切ることなくテイラードはメイリアーデにとって有益な情報を教えてくれた。

それは側にいるスイビにすら聞こえぬほど小さな声でぼそりと。



「エナ姫は才の龍だったのですよ」



メイリアーデは目を見開く。

無言のまま、ただただ驚きの表情のままテイラードを見つめればテイラードは深く頷いた。



「おそらくは、姫様にとって一番必要な秘密にございましょう? この国についてひも解くひとつの大事な事実です」


「っ、あなた一体どこまで私の事情を」


「何の。私が姫様について知るところなどございませぬ、ただ老人の勘にございますれば」



ほっほっと、彼特有の笑い声が静かな図書館に響く。

勘というには随分としっかり核心をついてきた秘密だ。

唐突にもたらされたその情報に声も上げられぬまま固まるメイリアーデ。

その手に抱えたエナ姫の本に、テイラードは再び目を細め眺める。




「実のところ、私は姫様こそエナ姫の生まれ変わりではないかと何度か思ったこともございます」


「え? そ、それはないわ絶対」


「さようにございますか? エナ姫の物語を読めば読むほど姫様とエナ姫は近しく感じるのにのう」


「……そんなに似ているの?」


「まあ、エナ姫にお会いしたことがございませんゆえ何とも。ですが今は再来なのかもしれませんなあ、エナ姫の時代の」



そうしてテイラードはそれきり笑んで口を閉ざす。

一言もはっきりとは口にしなかったがエナ姫について調べろと言っているように感じた。

基本的に人の意見にそうそう口出ししない印象が強いテイラード。

その彼がここまでエナ姫を話題に出すのは珍しい。

まだ出会ってそれほど経っていないが、それがメイリアーデの正直な感想だ。


そして、実際テイラードの言葉に興味がひかれるのもまた事実だった。

エナ姫が才の龍だったという話。

女性龍なだけではなく、才の龍。

なるほど、国一つ興るわけだと妙に納得する。

そしてそれ以上に、メイリアーデもやはりテイラード同様思ったのだ。

今と同じだと。


女性龍がいて才の龍がいて。

それ以外の状況はおそらく何もかも違うだろうが、それでもそんな組み合わせそうそうない。

いつだか教育係の女官が興奮気味に言っていたことを思い出す。

「女性龍様と才の龍様が同時にいらっしゃるなど初めてのことです」と。

龍人の世界でとびきり珍しい4人兄妹、その上才の龍と女性龍がいるなど奇跡以外の何物でもない。

龍人に対する信仰が厚い者達はそう言っていた。

しかし、初めてではないのだ。

過去に同様の事例は存在した。

女性龍と才の龍という奇跡を1人で実現した龍が。


エナ姫についてもう少し詳しく調べてみよう。

そう思うのは自然な流れだった。

手に持つエナ姫の本を戻しがてら、メイリアーデは目を凝らしてその周囲の本を睨む。


公務に行く前、エナ姫の童話を色々と読み漁っていたメイリアーデ。

話の筋はかなり詳しく知っている。

エナ姫とその従者がどのようにして龍国を興し礎を築いたのかメイリアーデは理解しているつもりだ。

それでもそれはエナ姫という“物語”についてだった。

どうやらテイラードの話を信じるならば、メイリアーデが知らねばならないのはその裏側。

物語に隠された現実の話。

そのような本があるのか分からない。

実際、メイリアーデの目の前に並ぶ本はほとんどがエナ姫の童話ばかりだ。


しかし数は少ないものの、確かにエナ姫に関する……いや、エナ初代女王に関する研究書や手記なども数冊見つかった。

元々ある本の数が数なため、一度にすべては読み切れない。

それでも興味の惹かれるタイトルから選びメイリアーデは5冊ほど手元に手繰り寄せる。



(これは、かなりたくさん読み込まないといけなさそう)


一冊一冊の重さにそんなことを感じながら、視線を移すメイリアーデはその時ふと端に映った単語に引っかかりを覚えた。

単語といううよりも、本の背表紙に書かれたタイトルだ。

分厚く背の低い本、その幅の広い背表紙のわりにタイトルの書かれた文字はそれほど大きくない。

深い茶色の、古ぼけた本。

厚く大きく目立つ外装の本に囲まれ、おまけに本棚の最下段隅に置かれたその本は随分地味に映る。

そこに書かれたタイトルはシンプルで非常に短かった。



『フレディーの日記』


そのような本をメイリアーデは読んだことがない。

しかし何故だろうか、妙に気になる。

どこかそのタイトルに覚えがあるような気がするのだ。

そしてどこで聞いたのか必死に思い出すメイリアーデの脳内に響いたのは、いつだかイェランが教えてくれたこと。




“フレディーだ。兄の名は”


そうかと思い出して、メイリアーデはパッとその本を再び見る。

フレディー。

エナ姫に仕えた兄弟の兄で、龍人の存在を世界中に広めた芸達者な人物。

存在は広く知られているのに名前があまり出てこない偉人。

思わずメイリアーデはその本を引っ張り出しグッと胸に抱く。


その様子に少し驚き、そして同時に安堵したよう笑うテイラードの姿は見えていなかった。










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