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龍の約束  作者: 雪見桜
本編
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3.前世の記憶



芽衣は、どこにでもいる普通の女子高生だった。

際立って目立っていたわけではないけれど、隅で影となっていたわけでもない、そんな女子。

自分について思い出せることはそのくらい。

家族の顔も名前も、兄弟の有無すら分からない。


基本的に思い出したと言えど、メイリアーデに残る記憶はひどく曖昧だ。

思い出すのはいつも会話ばかりで、内容も断片的で、そして時系列だってきっと滅茶苦茶。

そんな夢だと言ってしまえばそれまでな記憶にいつも登場する人物はたった1人だけだった。



「お前すごいな、図書室の本全部暗記してるのか?」


「いえ、そんなことは。でもどこにどんなのがあるかくらいは分かりますよ?」


「博士だな、図書室博士」


「え? あはは、松木先生はいっつも面白い単語言いますね」


「な、なんだよ。けっこう真剣に言ってるんだけど」


「あははは、ごめんなさい。ツボに入っちゃった」


「……津村のツボが俺には分からない」



それが保健室の教師をやっていた松木だ。

共学校で男性がその職についているのはものすごく珍しい。

確か私立校で生徒数がすごく多いから、通っていた学校には養護教諭が2人いたと記憶しているが正直メイリアーデには確かな自信がない。なんとなく、そうだった気がするという程度の知識だ。


とにかく、そんな松木と芽衣は顔を合わせる機会が多かった。

始めは芽衣の身体が弱く頻繁に保健室のお世話になっていたからだ。

そのうち松木に恋した芽衣は少しでも一緒にいたくて必死に本を読み漁るようになる。

松木の趣味が読書だと知り、接点を少しでも持ちたくなったのだ。

おかげで松木とは保健室以外にも図書室でも会うようになった。

廃部寸前の幽霊部員しかいない図書部に入った芽衣は、そこの顧問である松木と過ごす時間が一番のお気に入り。


きっと誰から見ても芽衣は分かりやすく松木に懐いていた。

それは人よりも少し遅く、高校生にしてはあまりに拙い初恋だった。



「松木先生ねえ、確かに素敵よ。大人の男って感じ。誰にでも明るく爽やかで気さくなのに、上手く生徒をあしらうあたり本当良い男って感じで」


「うん、そうでしょ? かっこいいよね」


「でも、黒田先生には勝てないのよねえ。やっぱり恋は刺激がなきゃ」


「うーん?」


「私はね、誰にでも向けられる笑顔よりも、自分にだけ向ける笑顔が欲しい!」


「えーっと、つまり?」


「あのクールビューティーがたまらないの! 勝負よ、芽衣。黒田派と松木派、どっちが正義か」


「いや、私そういうのは別に興味……」


「この恋に勝つにはまず相手をよく知らなきゃ! とっておきの武器用意したの」


「え? って、これ双眼鏡。え、何する気……」


「行くわよ、芽衣!」



そんな会話をした記憶がある。

芽衣には確かそういうことを語り合える友達がいた。

顔も思い出せないけれど。

その友達と馬鹿なことをしては周りに笑われ、先生に怒られ、賑やかにすごしていたことは何となく覚えている。


松木と黒田。

学校で数少ない20代の2人の先生は、双方中々に顔が整っていて高校内では絶大な人気を誇っていた。

爽やかな松木とクールな黒田、タイプもまるで違ったからよくどっち派かで議論されたものだ。


黒田とまともな会話をした記憶は、正直ほとんど残っていない。

現国を担当していた先生だから全く何の会話もなかったというわけではないが、本当に特別な会話をしていた記憶はない。

どちらかと言えば松木や友達から入る情報の方が多かったようにも思う。



「お前なあ、自分の友達が暴走してたら止めてやれよ。黒田先生が病んだらどうすんだ」


「いやあ、あはは、ごめんなさい。私もまさか双眼鏡まで持ち出して追っかけすると思ってなくて」


「ストーカーだぞ、ありゃ。昨日黒田先生宥めんの大変だったんだからな」


「……珍しい、松木先生が愚痴るなんて」


「俺を聖人か何かと勘違いしてないか、お前? 俺は普通の人間だ」



そう、そんな感じで話の節々に出てきたのが黒田だ。

正直な話、どうしてこの程度の接点だった黒田のことをメイリアーデが覚えていたのか分からない。

けれど、黒田の話をする松木のこともきっと芽衣は好きだったのだろう。

黒田のこととなると教師の仮面を破っている気がして芽衣は嬉しかった。




「航空力学? うわあ、また難しい本読んでる」


「うおっ、津村。お前いつ来た。というか今授業中じゃ」


「うーん、何と言うか、目の前ぐるぐる?」


「は? ってお前顔真っ青。また貧血か? よくここまで来れたな、横になるぞ」



松木はいつも本を読んでいた。

仕事の合間ですら暇ができれば夢中になって何かを読み漁っていたのを覚えている。

教師としてどうなんだと思いながらも、真剣な顔で知識を詰め込む姿が好きで、こっそり観察していたことすらあるほどだ。



「先生は本当、本読むのが好きですねー」


「まあな。というか大丈夫かお前」


「はい、落ち着きました。それにしても航空力学。記号と数式ばっかりで頭パンクしそう……」


「そうか? 面白いけどな。この世界の人間は知恵振り絞って自力で空すら飛んじまうんだ。それってすごいよな」


「うーん、そうなんですかねえ。でも私文系人間だしなあ」


「はは、自分の好きなもの広げれば良いよお前は」



松木の、キラキラと輝く目が好きだった。

本の塔を作り上げては幸せそうに笑う姿が好きだった。

自分の意志をきっぱりと持ちながらも、決してそれを人に押し付けない優しさが好きだった。


それは初恋に相応しく甘酸っぱい大事な思い出だ。



「松木先生。私、先生のことが大好きです。男の人として」


「悪い」


「即答、ですか」


「期待させる方が酷だろ」


「優しいんだか、残酷なんだか」


「気持ちだけは有難く受け取っておく。ありがとな、津村」



決して教師と生徒以上にはなれなかった大好きな人。

気さくで相談しやすく、そして生徒の中ではかなり近い位置にいたが、それでも松木は芽衣に対してどこかに一線を引いていた。


告白したのがいつだったのか、思い出せない。

しかし、その時芽衣はどうしても彼に言いたくて仕方なかったのだ。

言わなければ絶対に後悔すると思って臨んだそれは、あっけなく散った。

しかしきっぱりはっきりと答えてくれた松木に、芽衣の想いはさらに膨れた。

涙を流しながら、それでも浮かべた表情が笑みだったのは、その証拠だろう。

松木は、そんな芽衣に少しの間苦笑し、それから再び「ありがとう」と綺麗に笑った。


前世を思い出すと、思い浮かぶのはいつだって松木のその温かい笑み。

芽衣を心底安心させ、心底惚れさせた、皺だらけの笑顔。

もう一度見たいと、出来るならば今度はもっと弾けるような笑顔にさせてみたいと、いつだったか芽衣はそんなことを思った。

メイリアーデになってもなお、その気持ちだけは色あせないまま。



なのに転生した先にいた彼の顔からは、わずかな笑みすら失せていた。









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