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龍の約束  作者: 雪見桜
本編
3/74

2.兄達


メイリアーデが生を受けた世界は、前世と比べるとややファンタジーな世界だった。

なにが“やや”かと言うと、わずかながら人間以外の種族が存在し身分制度が当然のように存在する点だ。そして、大半は普通の人間であり魔法といった存在はないという点もである。

微妙にファンタジーで、微妙に現実的。それが今いる世界だ。


魔法使いだとか魔獣とか勇者とか、そんなものは存在しない。

しかし神子や女神、龍人といった人外は存在する。

そしてそんな人外は、総じて人々から畏敬の念を向けられかしずかれながら生きているのだ。


メイリアーデは、その傅かれる側の立場として生まれた。


龍人。

龍の姿と人の姿の2つを有し、500年以上生きる特異な存在。

この世界に生きる人間が総じて黒髪黒目であることに対し、黒以外の髪目を有し生まれるのが特徴だ。

龍型を取れば人間が数百と束になっても傷ひとつ付けることすら敵わず、一国の王ですら龍人の前には膝を付く。

それ故、またの呼び名を絶対種族。

龍の血縁だけに与えられた呼び名だ。



5歳になる頃には、メイリアーデもそのくらいの知識を得ていた。

3歳を過ぎたあたりから専属の教師を付けられ、少しずつ龍人として必要な教養を身につけている。

もっとも、まだまだ幼いメイへのその説明は、


「龍人様はとっても偉くて、すっごく強くて、宝物みたいな存在なんです。普通の王様より偉いんですよ」


とそんな類の、非常に抽象的な言葉で占められていたわけだが。

教育係の女性から叩きこまれる知識は要するに「龍人様って素晴らしい」に集約され、メイリアーデは何とも居心地が悪かった。


うっすらとした記憶ではあるが、メイリアーデの前世は日本人だ。

謙虚誠実を美徳とする日本人。

いくら胸を張れと言われても、偉そうにして良いんだと言われても、委縮してしまうのは仕方がない。

おまけに、メイリアーデは少々問題を抱えた子供だった。



「ことば、むつかしい」


「ううむ、これはどうしたものか。イェラン、いい案は無いか」


「……流石にこれは酷い。メイリアーデ、お前せめて人の読める字書け」


「あはは、良いじゃないですかラン兄上。これもメイの個性ってことで」


「良いわけあるか」


「ええ? だってメイまだ5歳ですよ?」


「ムト、5歳だからこそまだ望みがあるのだ。今のうちに直せるところは直してあげるのが兄の務めだぞ?」


「オル兄上は変なとこで真面目すぎるんですよ」


「ごめなさい」



そう、悲しいことにメイリアーデは頭の出来があまり良いとは言えない子供だったのだ。

主に、前世の記憶が邪魔をしていたというのも大きかったが。


前世を思い出した瞬間に、メイリアーデの混乱生活は始まった。

まず溢れ出る日本語に惑わされ、言語が一気に複雑化したのだ。

話すことはそれでも何とか必死に食らいついて理解したが、書くことが徹底的に出来ない。

ミミズのような字が字に見えなくて、生み出されるものが全て奇怪な図形になってしまう。

教育係が頭を抱えて寝込むレベルだ。


見かねた兄達が時々こうして面倒を見てくれるのだが、やはり上2人の兄も頭を抱えていた。

三男、最も歳の近いアラムトだけはからからと笑っていたが。

基本的に最もメイリアーデに甘いのはアラムトだ。

今も顔をしかめる2人に対し笑顔でメイリアーデを抱っこしている。




「ほらほら、兄上。この子の顔見て下さいよ、こんなにしょんぼりしちゃって。メイは頑張っていますよ? 難しい顔するのはそのくらいにしときましょうよ」


「……ムト」


「まあ、確かにそれもそうかもしれぬな。すまぬ、メイリアーデ。厳しくしすぎたようだな」


「……兄上」



まあ、そうは言っても結局のところ兄達は3人揃って激甘だったりする。

最後まで顔をしかめていたイェランですら、相当甘い。

呆れたようにひとつため息を落とすと、それ以上の追及を諦めメイリアーデの頭を少し強く撫でた。


メイリアーデは最も歳の近いアラムトとでさえ45歳差ある。

上2人の兄に至っては100歳以上もの差だ。

人間の感覚で当てはめてみても、アラムトとは7,8歳差程度、上2人の兄とは20歳差程度に相当する。龍人の感覚としても、メイリアーデ達は歳の離れた兄妹だった。

だから上2人にとってみればメイリアーデは妹というよりも娘に近い感覚なのかもしれない。


そういった背景に加え、滅多に生まれない女の龍人ということもあって、メイリアーデはそれはもう可愛がられていた。メイリアーデ本人が甘やかしすぎだと思う程度には皆過保護なのだ。



ああ、何だか色々と騙しているみたいで申し訳なさすぎる。

口に出しては言わないが、メイリアーデはそんなことを思った。



メイリアーデには曖昧とは言え前世の十数年分生きた記憶があるのだ。

だから普通はもう少し実年齢よりも理知的な動きができるはずだと思っている。

しかし本能というのは中々侮れないようで、思いの外メイリアーデの自我が強かった。

メイリアーデの脳内では、よく津村芽衣としての自分とメイリアーデとしての自分が喧嘩をしている。

経験値としては芽衣の方が強いはずなのに、ほとんどの場合勝つのは5歳児のメイリアーデだ。

津村芽衣ならば我慢できたことがメイリアーデは出来なかったり、津村芽衣ならばおそらく理解できただろうことがメイリアーデにはちんぷんかんぷんだったり。

不思議な感覚だが、そういうこともあってメイリアーデの言動は至って年相応だった。

頭でダメだと思っていても体が勝手に動く。あえて説明するならばそのような感覚に近いだろうか。



騙しているつもりは断じてないのだが、本能が強く出てしまうのだから仕方ない。

それが迷惑をかける行為だと思いながら、子供の武器をつかったあざとい作戦だと分かっていながら、それでも止まらないのはそれがメイリアーデとしての個の部分で心身幼い証拠なのだろう。

前世の記憶がある手前理性が中途半端に働いてしまうので、申し訳なさは増えていくばかりだ。




「わたし、がんばる。また教えて下さい」



何とか絞り出した声だって、そのような現状を表していた。

綺麗に発声されない舌足らずな言葉に、どうしても取り繕えない表情。

しょぼんと落ち込んだまま小さな手をギュッと握りしめて言葉を吐き出すメイリアーデは、その脳内で「ああ、何て大人げない」などと思う。

しかし、それでも兄達は苦笑してメイリアーデの頭を撫でてくれるのだ。


やっぱり色々と申し訳ない。

そんなことを思いながら、ひたすらメイリアーデは頭を撫でられ続けた。


コンコンと、扉が鳴ったのはちょうどそんな時。

4人兄妹のみの団らん中に扉がノックされる意味を知っているメイリアーデは、咄嗟に自分の髪を撫でて整える。

少し開き気味になっていた足をキュッと閉じると、メイリアーデを抱きかかえていたアラムトがクスッと笑った。



「失礼致します。ご歓談中申し訳ございません」


「ルドか、どうした」


「お時間にございます、オルフェル殿下」


「ん……ああ、そうか。もうそのような時間か」



入ってきた人物は2名。

そのうち1名が綺麗に笑い跪く。

男だが長い髪の似合う美人な従者だ。

オルフェルの最も親しい従者だと認識している。


そしてもう1人は、ナサドだった。

ルドに続き膝を付いて声をあげる。



「イェラン様。そろそろ」


「……ああ」



彼らの目にはそれぞれの主しか映っていないようだった。

長兄と次兄が立ち上がり、それぞれ従者の元へと向かう。



「すまぬな、また話そう。菓子も余っているだろう? そなた達はゆっくり過ごせ」


「……メイリアーデ、また部屋に来い。字の練習するぞ」



一言残し去っていく兄達。

ルドとナサドは、こちらに向かって丁寧にお辞儀をしてその後に付いて行った。

あっさりと。


……津村芽衣の記憶を思い出して、2年。

知恵熱まで出したメイリアーデの脳内は未だに混乱状態だ。

気になることは何一つ答えが出ないまま、それを口に出すことも出来ないまま、月日だけが経過している。

中でも気になって仕方ないのは、ナサドの変わり様だ。


ナサドは、津村芽衣が愛した“先生”に瓜二つの彼は、一度も笑わない。

淡々と冷静にイェランに仕えている。

見た目も声もあの頃のままなのに、芽衣の知る“先生”から温度だけが抜けてしまった。


彼はもしかして松木とは本当に何の関係のない人物なのかもしれない。

黒田と瓜二つの兄がいることも本当に奇跡的な偶然なのかもしれない。


今でもそんな思いがメイリアーデの中に駆け巡る。

冷静に考えれば、そちらの方が現実的な考えだ。

だって前世の想い人が別世界のここにいるわけがない。

死すら乗り越えて再会できるなんて、そんな奇跡さすがにあり得ない。

松木や黒田に偶然たまたま似た人達が転生先にもいただけだ。

可能性としてはそちらの方がよっぽど高いとメイリアーデ自身も分かってはいる。


しかしどうしてもメイリアーデは飲み込めなかった。

理屈など関係無しにイェランは黒田でナサドは松木だと確信してしまっている。

何度違う可能性を頭で構築しても、その後すぐに本能的な何かがそれを否定する。

だから前世の彼らと今生の彼らが同一人物だと、メイリアーデは信じていた。


そして、そうとなるとやはり「どうして」とそう言いたくなってしまうのだ。

彼のこの変わり様は一体何なのだろうか、と。

彼に一体何があったのか。

いや、彼だけではない。

イェランだって、あそこまで硬い表情をする人ではなかったと思う。


もしかして、それは。

その、原因は。




「……賢い子だね、メイ」



ジッと扉を眺め続けるメイリアーデに不意にアラムトから声がかかった。

思わず振り返ってアラムトを見上げると、相変わらず甘い顔をしたアラムトはよしよしとばかりにメイリアーデを優しく撫でる。



「君は賢い子だ、メイリアーデ。気付いているんだろう? 兄上たちの微妙な空気に」


「くうき?」


「とぼけてもダーメ。ムト兄様には何でもお見通しだよ? 君が実はものすごーく空気の読める子だってこと」



にこりと笑いメイリアーデの手を握ったアラムト。

先ほどまで見せていた軽薄そうな笑みを潜めて、真っすぐメイリアーデを見つめる。




「兄上達はさ、すごく仲良しなはずなのに周りがそれを許さないんだ。状況が許してくれない。だから表ではいつだってピリピリしている」


「えと」


「少し難しかったかな?」



メイリアーデの心を読んだかのような兄の言葉にメイリアーデはビクリと肩を揺らす。

いつだって軽く深いことを考えていなさそうな顔をして、アラムトは人の心情を読むことに長けていた。

どんな小さな動作すら見逃さず、じっと多くのことを見守っている。



「良いかい、メイ。僕たちは兄上達の大事な友達でいよう? 僕達には僕達にしかできない守り方があるんだ。どっちの兄上もメイは大好きだよね?」


「うん」


「僕も大好き。だからね、僕達が兄上達を繋ぐんだよ」


「つなぐ?」


「大好きって言い続けるんだ。ずっと一緒にいたいって」



メイリアーデの兄達は皆尊敬できる人達だった。

オルフェルは寛大で心が温かくなれる。

イェランは、賢く頼りがいがある。

そしてアラムトは誰よりも優しく強い。


メイリアーデの懸念のひとつは見事に見破られ、そのうえでアラムトはメイリアーデを導いてくれる。

安心させるように言葉を残し、しっかりと向き合って。

だからアラムトからの言葉に本心から頷くメイリアーデ。

一番仲の良い兄は、それだけで満面の笑みを見せ「良い子」と頭を撫でてくれる。



「それと、ナサドにも大好きって言ってもらわないとね?」


「え!? な、な、なんのこと」


「あはは、可愛いなあメイは」



転生の事実も想い人のことも何一つ知らせていないというのに、ナサドのことまで見破ってしまうアラムトにドキドキしながら答える。

一体いつからばれていたのか、目を白黒させ真っ赤に染まった頬で必死に隠そうとするも勿論通じない。


いたずらっ子のように笑う兄に、メイリアーデはカチリと固まった。



「兄様に教えて欲しいなあ、メイの大好きな人のお話。どうしてナサドが好きになったのかな?」


「ひ、ひ、ひみつっ」


「うーん、そっかあ、残念」



からかってくるアラムトに顔を赤くさせたまま怒ってみせたメイリアーデは、内心冷や汗でいっぱいだ。

教えられるはずがない、恋のきっかけなど。

前世の、想い人だったなんて。


だから、その代わりにメイリアーデは心の中でそっと思い出していた。

前世の、松木や黒田と過ごした数少ない記憶のことを。






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