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龍の約束  作者: 雪見桜
本編
26/74

25.長兄の思い


ルドに連れられ自室に戻ったメイリアーデを待っていたのは、いつになく険しい顔をしたオルフェルと後ろで申し訳なさそうに委縮したスイビの姿だった。

自分の勝手で従者を振り回した挙句、迷惑をかけたのだから怒られるのは当然の事。

だからメイリアーデは部屋に入り2人の姿を認めた瞬間、その場で頭を下げる。


「ご迷惑をおかけしました。申し訳ありません」


言い訳せずにただ謝罪を告げたメイリアーデ。

すぐに返ってきたのはオルフェルの長い溜息だ。



「何故勝手をしたメイリアーデ。人を騙し振り回すのは最低な行いだ」


「……はい。スイビ、本当にごめんなさい。貴方には一番迷惑をかけてしまったわ」


「いえ……、ご無事ならば何よりでございます。姫様のお気持ちを汲めずこちらこそ」


「謝らないで。貴方は何も悪くない。何度も私の気持ちを察して宥めてくれていたわ。今回は全面的に私に非があります」


「そのような」


「メイリアーデの言う通りだ。妹がすまないことをしたな。肝が冷えたであろう? すまぬ」


「オルフェル殿下まで……私にそのようなお言葉は不要にございます」


「……すまぬ」


メイリアーデに代わり何度も謝罪を口にするオルフェル。

ルドに聞いたところ、メイリアーデが龍の力を使って中庭を去った後スイビは慌てて近くを探し回ったそうだ。偶然オルフェルが近くを通ったことで、共にメイリアーデを探してくれたらしい。

幸いすぐ近くで不審な少女を見たと近衛が証言したこと、メイリアーデの覚醒時の姿を知るオルフェルが特徴を聞いてすぐにメイリアーデの行動を理解したことで大騒動にまでは発展しなかった。

オルフェルに頼まれメイリアーデの走り去った方向を探していたというルド。早めに姿を見付けられたことも大きい。


龍人はこの国の絶対的な存在で、全ての行動が人々に見られている。

その身に何かわずかな危険でも迫ろうものなら、大ごとなのだ。

スイビのその時の気持ちを考えれば、申し訳なさはなおのこと募る。

衝動のまま本能のままどうしようもない感情に引っ張られたとはいえ、決してやってはいけなかったことだ。

そう思えば反省の気持ちしかメイリアーデには浮かんでこない。



「もう二度とこのようなことをしてはならぬぞ、メイリアーデ」


「はい、本当に申し訳ありませんでした」



オルフェルの言葉に頷きもう一度頭を下げるメイリアーデ。

室内はいつになく緊迫した空気で、誰一人物音のひとつも立てない。

居心地の悪いこの沈黙は全て自分の行動が原因だと分かるから、メイリアーデはただ謝罪の言葉を重ねジッとその場に留まった。


大きく息を吐き出す声が聞こえたのはどれほど経った頃のことだろうか。

オルフェルはメイリアーデから視線を外し声を上げる。


「皆、メイリアーデが迷惑をかけた。この通り本人も反省しているようだし、今回はこれで許してはくれないか。すまぬな」


切り替える様に明るく声を発したオルフェルに、周囲から否の声は上がらない。

皆一様に頷き、幾分安堵した表情でその場に跪いた。

……メイリアーデに非があることでもなお、何の罪のない彼らはこうして頭を垂れ忠誠を誓う。

龍人という立場は、この国における自分は、そういう重いものなのだ。

非があろうとなかろうと絶対的な力を持ち、誰も逆らえない。

オルフェルから向けられた視線は、だからこそ自身を律し戒めよと言うかのようだ。

メイリアーデは真剣に頷き返して、スイビ以外の従者達にも再度頭を下げた。



「それで、一体何があったのだメイリアーデ」


「……え?」


「珍しいからな、そなたが周りも見えず行動するなど」



迷惑をかけた従者達への謝罪が済んだ後、オルフェルが人払いをして部屋には兄妹の2人きりとなる。

そうなって初めてオルフェルはメイリアーデに問いかけた。

何の理由もなくこうした行動を取る妹ではないとオルフェルも理解しているのだろう。臣下達の前では厳しい態度を取り続けていたオルフェルだったが、今彼の目は幾分柔らかい。


……迷惑をかけたのは従者達だけではなく、オルフェルもだ。

そしてかけていたのは迷惑だけではなく、心配もだ。

「ごめんなさい」と、また謝罪が出てくるのは自然な流れだった。

オルフェルはそこでようやく苦い笑みを見せると、首を横に振り「もう良い」と許しをくれる。そうしてメイリアーデに理由を促した。申し訳なさで半ば泣きそうになりながらメイリアーデはゆっくりと言葉にする。



「ナサドの体調が気になってしまったのです」


そうして端的に答えを告げれば、ある程度の情報はスイビから聞いていたようで驚くことなくオルフェルが「そうか」と相槌をうつ。


「スイビからナサドの様子を聞いてはいたんです。それでも、どうしても気になって我慢が出来なかった……ナサドをこの目で見て安心したかったんです」


メイリアーデは胸のうちを正直に話しグッと手を握りしめる。

素直に言えばメイリアーデ自身まだかなり動揺していた。

あれは何だったのだろう。あの、どうしようもないほどの、抑えが効かない衝動は。

理性は働いていた。頭で何度も何度も何が正しいのか分かっていたはずだ。

それでも自分の体は急くように何もかもを蹴飛ばして動いた。

……もし。もしまた同じような状況に陥ったら、次は自我を保てるだろうか。

オルフェルに「もう二度としない」と誓っておきながら、メイリアーデには自信がなかった。

それほどに強い衝動だったのだ。

同じことを繰り返せばナサドの立場がどんどんと悪くなると分かっている。それでも自分を抑える自信が持てない。



「それが龍の本能というものだ、メイリアーデ」


ぽつりと、オルフェルはメイリアーデに諭すよう言った。

龍の本能。初めて聞く言葉にメイリアーデは顔を上げる。



「龍人という生き物は人を愛さずにはいられない。そして愛する者に対する情の深さは人間の比にはならぬそうだ。時に我を失うほどに、な」


「オル、兄様。それ、は」


「そなたにとって、ナサドとはそういう存在ということだ」


オルフェルは確信を持っているように感じた。

メイリアーデにとってナサドがどれほど大きな存在なのか。

驚く様子も見せないオルフェルに、彼がずっと前からその事実に気付いていたことを悟る。


だからこそメイリアーデは言葉に詰まってしまった。

ナサドがメイリアーデにとって愛する者なのだと、言葉に出来なかったからだ。

津村芽衣にとって松木という存在は間違いなく愛する者だった。恋をし、共にありたいと願い、熱をもって追いかけていた相手。

しかしメイリアーデとしての気持ちは? ナサドに向けるこの大事だと思う心は本当に恋なのか。前世の記憶に引きずられナサドに恋をしているように感じているだけではないのか。

松木だろうがナサドだろうが、彼を人として信頼し大事に思う気持ちに嘘偽りは一切ない。守りたくて、笑顔が見たくて、幸せを誰よりも願うようなそんな存在だと思う。

だがその重く強い気持ちが愛する者だからなのか、まだはっきりとした答えが出せなかった。


自分が番を選ぶということがどういうことなのかメイリアーデはすでに知っている。

はっきりと口に出すということは、自分の人生だけではなくこの国の中枢にナサドと巻き込むという事だ。

自分の判断は、おそらく自分で想像している以上に重い。

覚悟も自覚も薄い自分が簡単に言ってしまえることではないように感じた。

そしてだからこそ言葉に詰まったメイリアーデにオルフェルは笑う。



「そう難しく考えることはない。そなたにとってナサドは情を預けるに値する男ということだ。長い龍人生でも、そこまで心を傾けられる相手というのはそう多くないぞメイリアーデ」


大事にせよと、声が響く。


「龍の本能は、なかなかに抑えがたい。メイリアーデ、その時は兄達を頼ることだ。私達は龍の本能がどのようなものなのか知っている、対処法もな。一人で抱え込んではならぬぞ」


ここまできてもなおメイリアーデを案じ手を差し伸べてくれるオルフェル。「ありがとうございます」と、その言葉は何故だかやや涙にまざり湿っていた。

メイリアーデの気持ちを否定することなくどうすれば良いのかを教えてくれる。いつも龍として戸惑う自分を拾い上げてくれる長兄。

オルフェルはいつだって責任感があり、人思いだ。家族にも従者にも心を開いて接してくれる。誰かが困れば誰よりも率先して親身に手を貸す人。それはメイリアーデに対しても、ナサドに対してだって同じように感じる。

オルフェルの器の大きさをメイリアーデは改めて知った。

そしてだからこそなのだろう、オルフェルの本心を知りたいと思ったのは。

ナサドを知るために決して避けては通れない過去について、当事者の一人である長兄はどう思っているのか。今まで聞けずにいた話題だ。



「オル兄様は、ナサドのことをどう思っていますか?」


「ん? ナサドか?」


「彼はラン兄様を連れて国外へと逃れました。その事でオル兄様が苦しんだと私は聞いています。オル兄様にとって、ナサドは……」


その言葉の続きにメイリアーデは詰まった。

ナサドはオルフェルにとって自分を苦しめた罪人ではないのか。

口から出かかった言葉の刺に、苦しくなったのだ。

オルフェルからしてみればそう思うのは自然なことなのかもしれない。オルフェルが悪いわけではなく、きっとイェランやナサドに悪いところはあった。それでも欠片でも事情を知ってしまったメイリアーデには口に出そうとしたその言葉がとてつもない暴言に感じて先が言えない。


押し黙り唇を噛んだメイリアーデにどう思ったのだろうか。

オルフェルは苦く笑ったまま、メイリアーデの頭を優しく撫でる。ハッと顔を上げればオルフェルはゆるく首を横に振った。それが何を否定するものなのか、真意を探ろうとじっとオルフェルを見つめるメイリアーデ。


「そうか、知っていたのだなそなたも」


どこか切なそうにぽつりとオルフェルは言葉を落とす。

どう返せば良いのか迷い眉を寄せたメイリアーデに、声は続いた。



「あの者は……ナサドは、私にとって恩人であり指標だ」


意外な返答にメイリアーデは目を見開く。

恩人。指標。それは負の感情を抱いていれば出てこない言葉だ。

そしてメイリアーデの想像以上に重い意味を持つようにも思えた。


「イェランは昔からひどく優秀でな。一つを言えば十を覚え、時には何も言わずとも察して事を成してしまう。そのような弟が私には誇りだった。しかし、いつからだろうな……それだけではなくなってしまったのは」


「……兄様」


「私は王太子として生まれた。次代を背負い、父上のようにこの国を愛し人間達を愛し、そうして皆を守っていきたいとそう思って生きてきた。だがな、民が求めるのは私ではなくイェランの方なのかもしれぬと思った時、私は怖くなってしまったのだ」


苦笑しながら、弱々しく懺悔するオルフェルにメイリアーデは何も言えない。

イェランが苦悩していたように、オルフェルもまた苦しんでいた。いや、今もなお悩みの中にいるのだろう。

オルフェルとて何も感じていないわけではないのだ。

いつも誠実で笑顔が多い兄の内側にだって強い葛藤はある。



「弟が脅威だった。誇る気持ちよりも妬む気持ちが膨れた時期もある。イェランが私を思い苦しんでいたであろう時に、私はそのような下らぬ感情に支配されイェランをさらに追い詰めてしまった」


「それはオル兄様のせいでは」


「ああ、そうかもしれぬな。しかし、兄として守るべき弟を苦しめたことには変わりない。……私がもっと優秀で、もっと情のある男だったならば。悔いは尽きぬ」



常に優秀な弟と比べられ続け、その弟は1人苦しみ国を一度捨てた。

家族を愛しいつも矢面に立つオルフェルにとって、それは決して軽くない悲しい過去だ。

オルフェルはイェランの苦しみに気付いていたし、イェランもまたオルフェルの葛藤に気付いていた。けれど手を取り合い乗り越えられる状況では当時なかったのだろう。

お互いが自分の中の苦しみを取り繕い、表面上だけの付き合いで何とか細く兄弟の絆を繋いでいた。

オルフェルは当時のイェランとの関係性をそう表現する。

そしてそれ故、決定的な出来事が起こるまで何もできなかったと悔いるようにも。



「ナサドはな、当時唯一イェランに手を差し伸べ救ってくれたのだ。自らの立場が危うくなるとも承知の上でイェランを第一に動いてくれた」


そんなオルフェルの立場から語られるナサドへの言葉は温かい。

ナサドに対する情が感じられた。



「あの者はどのような時も我々龍人への敬意を欠かさず接してくれた、何があろうともな。それはそなたもよく知っているだろう」


「……はい。ナサドは、過去の事に一切の言い訳をしませんでした。罪は罪で、オル兄様達を苦しめたことには変わりないからと。そして、ラン兄様がオル兄様を尊敬していることを知っておいて欲しいと、そう言ってきたんです。彼はいつだって私達のことばかり考えてくれる」


「……そうか。変わらぬな、ナサドは」


柔く、苦く、優しい、そんな複雑な感情の乗った声。

実際、オルフェルもナサドの処遇については思うところがあるのだろう。

龍貴族をはく奪されているナサド。その原因に関わり、恩人ときっぱり断言するほどにナサドへ感謝しているのならばなおさら。

当事者であるはずのオルフェルもイェランも、ナサドに対して負の感情は一切持っていない。

ナサドが何故罪人になどならねばならなかったのか。その歪さを、メイリアーデは改めて感じてしまう。

それでも、オルフェルはそのことについては言及を避けた。

簡単に口に出して言えることではないのだろう。

代わりに出てきた言葉は、ナサドに対するオルフェルの素直な気持ちだ。



「だからこそナサドは私にとっての指標なのだ。忠義厚いあの者が誇りに思ってくれるような主であれるよう、それが私の基準なのやもしれん。ナサドに見限られるような私ではありたくない」


「オル兄様」


「メイリアーデ、気付く者は気付いている。罪人とされ龍貴族位を失ってもなお、そなたの専属として多くの者がナサドに従っているのはあの者の人望ゆえだ。ナサドを慕い敬い力にならんとする者は少なくないぞ」



ナサドはオルフェルにとっての恩人で指標。

始めにオルフェルが言った言葉の意味を、ここでメイリアーデはようやく理解する。

メイリアーデが思っていたよりもうんとオルフェルはナサドに対して熱い思いを抱えていた。

そのことがメイリアーデには嬉しい。そして同時に同じくらい複雑で悲しくもなった。

どうしてナサドはここまで多くの者に思われているのに今このような状況なのだと。

いくら国を混乱させた責を取っているからとはいえ、やはりそれはナサド1人に被せて良いものではないように感じてしまう。

オルフェルも口にこそ出さないが、ナサドの扱いを苦く思っていることは言葉の節々から感じられた。

そしてだからなのか、オルフェルはここでまた新たな情報をメイリアーデに与えてくれる。



「実はな、昔イェランから頼まれたのだ。メイリアーデの専属にナサドを推したいから力を貸してほしいと。イェランから頼られたのは初めてで私は嬉しくてな。同時に、そなたとナサドの関係性にも可能性を感じていた」


唐突に知らされた事実に脳の処理が追い付かずポカンと間抜け面を晒してしまうメイリアーデ。

想像以上の反応だったのだろう、オルフェルがおかしそうに笑う。

そうして目を緩め、オルフェルはメイリアーデの肩に手を置いた。



「……ナサドを頼むぞ、メイリアーデ。ナサドがそなたの専属になってからというもの、あの者がこちら側へと帰ってきてくれているように私は感じるのだ」


「こちら、側……? それってどういう」


「あの者はどこか……いや、想像でものを言うのは良くないな。とにかく、ナサドのことをどうか大事にしてくれ。私達の大事な恩人なのだ」



肩に置かれたオルフェルの手は、力強く温かい。

強く頷けば、力強く笑んで頷き返される。

オルフェルの心を多く知った1日となった。





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