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龍の約束  作者: 雪見桜
本編
23/74

22.ユイガ家


イェランがずっと1人で抱え続けた苦しみ。

表立っては解決している継承問題だって、何の尾も引かずにといはいかない。

変わらず責められ続けるナサドに、中々消えない派閥。

イェランは未だにそれらの問題に囚われているのだろう。

いくらナサドに「自分を責めるな」と説かれても、イェランは首を縦には振らなかった。

ナサドが最も苦い顔をするのは、そうして自分を責め続け苦しむイェランの姿を目にした時。


今でも2人にとって継承問題は重い枷となっている。

何とか生きるためにあがいて選んだ日本への跳躍は、今なお罪という形で残っているのだ。



「……そもそも、ナサドのしたことってそこまで責められなければいけないような罪なのかな」



イェランが部屋を去った後、じっと考えていたメイリアーデの口からはそんな疑問がこぼれる。

「メイリアーデ様」とたしなめるよう声を上げたのはナサドだ。

すぐ傍で立って控えるナサドにメイリアーデは視線を合わせた。



「だって実際別の世界へと跳ぶと決めて実行したのはラン兄様でしょう? ナサドは空間移動なんて出来ない。誘拐したわけでも、洗脳したわけでもないのに」


「龍人様に国外逃亡を進言する時点で重罪です。近しい立場を利用し龍人様に規律を乱すよう煽る行為は、メイリアーデ様の仰る洗脳と変わりありません」


「けれど、ラン兄様は洗脳なんてされていないわ」


「されずとも、そう国民に思わせるような行為をした時点で罪なのです。龍人様は国の宝、万に一つもその御身を危険に晒させてはいけない存在なのですから」


「うーん……」


「メイリアーデ様。龍人様の存在はそれほどまでにこの国において大きいのです。そして龍貴族というのは、国民を代表し宝たる龍人様にお仕えする立場。当然、国民の規範とならねばなりません。規範となるどころか主を洗脳すると疑われるような私が名乗って良い立場ではないのですよ。罪は当然です」



正直な話、ナサドの言葉にメイリアーデは半分ほどしか納得できなかった。

王族として生まれた以上、当然規律が大事だというのは分かる。

それを乱す行為をしたという点においては事実だろうし、その点を責められるのは仕方がないのかもしれない。

それでもだ。それでもやはりナサドがそこまで酷な罰を受けるようなことをしたとは思えない。

事情を聞けば、それはなおさら思う。


しかしナサドはそこに関しては頑なだった。

罪は罪。決して軽くないことを自分はしたと言って曲げない。

だいぶメイリアーデに対し軟化してくれたとはいえ、元来ナサドは頑固なのだ。

しかもそれは大体が自分のためではなく、国や人のため。

こうなると、メイリアーデもそれ以上は言えない。

ナサド自身が納得し受け入れていることを、蒸し返して騒ぎにする気はメイリアーデにもないのだから。



「ならば、代わりに貴方にお礼を言うわ」


「は……お、礼……にございますか」


「ええ。ラン兄様を助けてくれてありがとう。貴方のおかげでラン兄様はユーリお姉様に出会って今ここにいてくれているのでしょう? その事実に対して妹としてお礼を言うくらいは許されるはずよ」


「そのような。お礼を言っていただくようなことは」


「いいえ何度でも言います。本当に、ありがとう」


「……勿体ないお言葉にございます」



釈然とはしていなかったが、それでもいつまでも文句を言っていても始まらない。

ナサドが罪人となったのはもう何年も前で、その過去を取り消すことはできない。

だからメイリアーデは心の中の不満を押し込めて、代わりに礼を告げた。

それしかできないことにやはり少しだけ悔しく思いながら、それでも言葉を惜しむことはない。

どれほど綺麗事に聞こえようとも、言うべきことは言わねばきっと後悔するだろうから。

自己満足と言われればそれまでかもしれない。

それでもメイリアーデはそこで「よし」と気合を入れ直して、立ち上がった。


まだまだ知らない事だらけだ。

それでも少しずつ知ることが増えてきた。

過去の謎だって少しではあるが解けた。

ナサドと松木、イェランと黒田。前世と今生で出会った彼らが同じなのだということもはっきりと答えが出た。

あとは、それらをどうやって受け止めて活かしていくか。

何も考えないままでは、記憶を受け継いで生きている意味がない。

そう思うようにもなったメイリアーデは、なおのこと足を止めるわけにいかない。



「次の公務は……」


「アラムト殿下とユイガ家への視察にございます」


「そうそう。ユイガ家は学問の一族なのよね。大きな図書館があるって聞いたことがあるわ。ナサドは行ったことある?」


「昔はよく訪ねておりました。ユイガ家当主のテイラード様は少々独特なお方ではありますが、とても博識で多くの知識を与えて下さる方です」


「そうなんだ! それは楽しみ!」



そうして、メイリアーデはまた公務へと気持ちを傾けていく。

しっかりと前を向いて堂々歩くメイリアーデを、数歩後ろから続くナサドは少し戸惑うように見つめていた。

気付く者はまだ、誰もいない。



「やあ、テイラード。自慢の妹を連れて遊びに来たよ」


「ほっほっ。これはこれはアラムト殿下、お待ちしておりましたよ。メイリアーデ姫もようこそ」


「初めまして、よね。メイリアーデです、よろしくねテイラード」



三大貴族で最後に訪れたユイガ家。

この家はアラムトが交流を深く持っているようで、今回は視察と銘打った外遊だ。

オルフェルやイェランと共に貴族家を訪れた時のような会議はない。

だからなのか幾分体の力が抜けた状態でやって来たメイリアーデ。

迎えてくれた当主のテイラードは、好々爺といった言葉がぴったりの初老の男性だ。

メイリアーデの挨拶に笑みを深め、独特な笑い声をあげている。



「さあ、さっそく当家自慢の図書館へとご案内いたしましょうかな。ささ、ガイアもナサド殿も突っ立ってないで中へ入りなされ」


そうして手招きで従者もまとめて迎え入れるテイラードに、メイリアーデは少し驚いた。

他の家の者とは異なり、彼はナサドのことを一切警戒していなかったのだ。

それどころか、周囲の貴族達と何ら変わりなく接している。

今の龍貴族内では非常に珍しいことだった。


スワルゼ家が華やかリガルド家が荘厳ならば、残るユイガ家はどのような雰囲気だろうか。

そう思いながら辺りを見回していたメイリアーデは、この家が妙に安心感のあることに気付く。

どうしてそう思うのかまでは分からない。

しかし、ここは気が少し緩んでいて落ち着くような感じがするのだ。

勿論いい意味で。


そしてそれはすぐ隣を歩くアラムトも感じているようで、笑いながら後ろを歩くガイアに声をかけている。

アラムトの専属従者を務める彼はそういえばユイガ家の出身だった。



「相変わらず良い家だね、ガイア。ここは肩ひじ張らなくて良いから楽で良いよ」


「そうですか、それは良かったです。が、一応三大貴族家なので楽という言葉はいかがかと」


「えー、だってガイアもそう思っているでしょう? 君ほど面倒を嫌うのもいないし」


「私はまだマシな方です。この家は皆面倒事大嫌いですよ、貴方様の専属従者やっているだけ私は頑張っている方だと褒めていただきたいですね」



アラムトとガイアの会話は非常に気軽なものだ。

言葉こそ主従の関係は表れているものの、内容はお互いかなり言いたい放題。

スワルゼ家やリガルド家では顔をしかめられそうなほどだ。

しかし先頭を歩くテイラードはその内容を聞いてもなお「ほっほっ」と笑い続け歩を進めている。

ユイガ家は、つまりこういう家なのだろう。

そしてガイアの言葉をそのまま受け取るならば、面倒嫌いの平和主義者が多い家。

確かに言われてみると、接してくる家の者たちも皆穏やかでのんびりとした空気が辺りを包んでいた。



「なるほど、ムト兄様にぴったりのお家なのですね」


「あはは、それどういう意味かなメイ? つまり僕がのんびりお気楽だって言いたいのかな?」


「アラムト様、つまり我がユイガ家はお気楽一家だと仰りたいので? まあ間違えてはおりませんが、堂々仰られると三大貴族の面目が立ちません」


「え、今更?」


「え、えーっと……ナサド、いつもこんな感じなの? ムト兄様とユイガ家って」


「……アラムト殿下とユイガ家の関係は詳しく存じ上げませんが、ユイガ家の方々の気質は昔からお変わりありません」


「なるほど」


「ほっほっ、公の場では少しはまともになりますゆえ、なにとぞご容赦いただけますかな姫様」



そんな感じで、何とも気の抜けると言えば失礼かもしれないが、気を張らずにいられる家がユイガ家だった。

メイリアーデ自身こういった雰囲気は嫌いではない。

嫌いではないどころかかなり落ち着く。

前世の感覚にここは最も近いような気がするのだ。

だからテイラードの言葉に「全然構わないわ」と答えて歩いていく。

時折あがる笑い声も、何だか温かく感じた。



「う、わあ……っ! こんなに高い本棚初めて見た! 部屋中本だらけ!!」


そうして辿り着いた図書館は、テイラードが自慢と言うだけあり大迫力だ。

王宮にも図書館はあるが、その数倍は広く大きい。

王宮図書館も国内有数と言われるほどには大きいのだが、ここと比べればこじんまりと見えるほどだった。



「ほっほっ、姫様は本はお好きですかな? 話に聞くところ、勉強熱心と伺っておりますがの」


「ええ、好きよ! 知識は宝だもの」


「それはそれは、素晴らしいお考え。私達とも話が合いそうですな」


興奮気味にテイラードの問いに答えれば、テイラードは嬉しそうに笑う。

ぐるぐると本を見渡し、今度はメイリアーデの方から尋ねた。



「ここにはどのような本が多いの? 王宮図書館には歴史書が多くて、けれど文化や芸術に関する本は広く浅くしかないのよね」


「姫様は何の芸術に興味がおありで?」


「うーん……全般だけれど。強いて言うならば服飾かしら? 昔の方々がどのような衣装を着て生活していたのか興味があるの」


「それはまた中々に深いですな。よし、どれどれ、私がとっておきの一冊をお探しいたしましょう」



テイラードと親しくなるのに時間はかからなかった。

そもそも前世の記憶から引きずられてメイリアーデには読書習慣が出来上がっている。

松木と接点を持ちたいという不純な動機から図書委員になった芽衣だったが、結果的に本を読むこと自体かなり好きになっていたらしい。

そしてそうとなると、図書館の主であるテイラードと話が合うのもまた早い。

共通の話題などあっという間にできるのだ。



「ガイア、お前も何か姫様にお勧めできそうな本は思いつかないか? まさか従者業に必死で本の中身を忘れたわけではあるまい」


「お爺様、私に年頃の姫様がお気に召しそうな本を見付け出せるとお思いで? ナサド殿を頼った方が賢明です」


「は、私ですか」


「ええ。存じ上げておりますよ、ナサド殿。貴殿はユイガ家並に本好きで博識だと」


「そのようなことは」


「ほっほっ、確かにガイアよりはナサド殿の方が詳しそうじゃ。ナサド殿ならばどの本を姫様にお勧めするかの」


「……いえ、私には」


「諦めたらどうかな、ナサド。君のことはユイガ家では有名だよ。暇さえあれば本を読み漁っているとね」


「…………アラムト殿下」



テイラードもガイアも遠慮なくナサドを巻き込み、アラムトまでがそれに乗っている。

他の家では全く見られないような光景に、メイリアーデは目を瞬かせた。

本当にここの家の人達はナサドの過去のことなど関係ないかのように接している。

それが新鮮で嬉しかった。


そして、ナサドはやはり読書が趣味らしい。

松木として過ごしていた時同様、おそらく本の塔を積み上げることに幸せを感じているのだろう。

その様を想像すると、またひとつ自分の知る松木とナサドが重なってなおのこと嬉しい。



「ナサドはどのような本を読むの?」


「強いて挙げるならば建築や製造関係でしょうか」


「建築、製造……例えば?」


「造船に関しましてはよく読みます。他は飛び道具の構造などもわりと」


「う……、少し難しそうね」


「メイリアーデ様はメイリアーデ様のお好きなものをお読みいただければ良いかと存じます」



なんともナサドらしい本の選択に、少々熱のこもる解答。

松木の時代からこういうところは変わらない。

そして自分に対する指南もまた、どことなく前世でのやり取りに近い気がした。

だから思わず笑みがこぼれてナサドを見上げるメイリアーデ。



「ほっほっ、仲がよろしいようで何よりです」


「ふわっ!? び、びっくりした。ごめんなさい、大声出してしまって」


「いえいえ、こちらこそ突然現れ申し訳ございません」



微笑ましそうに自分達を見つめ、テイラードは本を差し出してくれる。

分厚く年季の入ったそれは、まさに先ほどメイリアーデが口にした服飾史の変遷が書かれた本だ。

近くの机に置いて中を覗けば丁寧に分かりやすいイラストまで付いている。

外見だけではなく、着方や構造までだ。

まさにメイリアーデの好みにぴったりの内容。



「ありがとう、テイラード! これ、お借りして良いの?」


「勿論ですよ。お返しの際はガイアにお申し付け下さい。もしくはこちらにいらして下さってもいつでも歓迎しましょう」


「ありがとう!」


「いえいえ。さ、ナサド殿。今度は貴殿が探す番ですぞ」


「は……」


「姫様の専属を務められる貴殿が、まさか姫様の好みすら分からぬとは言いますまい」


「……」


「ご心配めされるな。姫様は私が丁重にもてなしますゆえ。ささ、早く」



半ば強引にテイラードに言われ、ナサドは渋々といった様子で図書館の中を歩き始めた。

表情の変化は相変わらず滅多にないが、あれは間違いなく困った顔。

メイリアーデには分かってしまうその表情に、何だか申し訳ない思いで視線を送ってしまう。

その様子をアラムトはにまにまと面白そうに眺めるのだ。

さらに近くでガイアがそんなアラムトを呆れた様子で見つめ、テイラードはやはり微笑ましそうに笑んだまま。



「な、なんだかナサドが可哀想に見えるのだけど。私はこの一冊でも十分嬉しいよ?」


「何の。ナサド殿の本好きは異常な領域ですゆえ問題ありませぬ。下手をすれば私より詳しいやもしれませぬしなあ」


「……え、それほど?」


「テイラードにそこまで言わせるとは、ナサドって変態だねえ」


「アラムト様、変態という言葉は流石にナサド殿が気の毒です」


「変なところ細かいね、ガイアは」



しかし実際ナサドを心配しているのはメイリアーデだけのようだ。

他は皆やはり好き勝手言って笑っていた。

そして賑やかに会話を続けてどれだけ経っただろうか。

ふと、テイラードが声のトーンを落として言う。



「姫様の仰る通り、知識は宝ですぞ」


「え」


「良いですか、姫様。知識は身を助けるのです、次の一歩を踏み出す力となることもありましょう。特に姫様におかれましては、この先何か迷った際のしるべとなり得るものがここにはございます」



ですから、いつでもここへおいで下さい。

テイラードは笑顔のままそう告げてきた。

この場所は、ユイガ図書館は、本を愛し何かを学ぼうとする者ならば誰とて歓迎する。

それが信条なのだと教えてくれる。

それはどこか、ナサドに対しても言っているような気がした。


ユイガ家。

確かに他とは少し変わっていて、三大貴族と言う割にはずいぶんと気さくな感じで、皆かなり言いたい放題な家。

しかし、この家にはこの家なりの信条があり軸がある。

また一つ、何か大事なことを教えられたように感じたメイリアーデだった。









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