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龍の約束  作者: 雪見桜
本編
20/74

19.少しの本心


ナサドを椅子に勧めようとしたメイリアーデだったが、ナサドは頑なに頷こうとはしなかった。

あくまでも臣下としての領分を貫くその姿にメイリアーデは苦笑する。

ナサドが見かけ以上に頑固であることをメイリアーデはすでに承知していたからだ。

だからただ苦笑しただけで本題へと話を移す。



「あまり深く聞いたら駄目かとも思ったけど、私には何も知らないふりは出来なくて。だから単刀直入に聞くね」


「は、何でしょうか」



覚悟を決めたと言えどやはり臆病になってしまう自分を中々消せなくて、メイリアーデはそうしてワンクッション置いた。

そうするときっちり姿勢を崩さないままナサドは尋ねて来る。

一呼吸入れて心構えしなければ切り出せない自分が少し情けない。

しかしぐっと手に力を入れてメイリアーデはナサドと視線を合わせた。



「貴方のこと、……過去の事、私お母様から聞いているの。昔、ラン兄様と共に国外へと逃れたこと。それが原因で今龍貴族から離れていることを」


ナサドがその瞬間固まるのが分かった。

表情の変化はないものの息をのんだのがメイリアーデからも分かる。


……決して軽い話ではない。

下手をすればナサドが今以上に頑なになるかもしれない。

それが怖くて今まで話せなかった。

誰だって過去の、それも決して良いとは言えない思い出を掘り返されたくなどない。

それでも、それでもだ。

知らないふりをするには限界がある。

ナサドを大事にしたいと思うのならば、ナサドのことを理解したいと思うのならば、踏み込まなければならない。

だから、もう一度メイリアーデは自分に強くそれを言い聞かせ口を開いた。



「私、ちゃんと分かっていなかった。龍貴族から外されるということがどういうことなのか、貴方が周囲からどう見られどう扱われているのか、理解していなかった。貴方の置かれた立場がどれほど厳しいものか、気付けていなかったの」


「メイリアーデ様、それは」



メイリアーデの予想通り、ナサドは即座にメイリアーデの言葉に反応する。

しかしメイリアーデは首を横に振ることでナサドの言葉を制した。

ナサドが何を言おうとするのか分かったからだ。

メイリアーデが気にすることではないと、そう言おうとしたのだろう。もしくは主にそれを悟らせてしまったことへの謝罪か。

けれど、それはメイリアーデが望む言葉ではない。ナサドに気を遣わせるため切り出した話ではないのだ。

メイリアーデが求めるのは、ナサドの本心だ。

彼が何を思い、この先どうしたいのか。

だからナサドの言葉を切るようにして言葉を被せる。



「私に過去のことは分からないわ。ラン兄様とオル兄様の間に何があったのか、ナサドが何を思って動いたのか、正しく事情を知っているわけではない。無遠慮に突っ込んで良いものでもないと思っている。けれど、今の貴方に大きく影響を与えているならば無視はできない」



お互い立ったまま、ナサドを見上げるメイリアーデ。

相変わらずナサドの顔には仮面が付いているようで、その心中をはっきり察せられるほどメイリアーデはナサドを理解できていない。

ここまで話しても怖いと思う気持ちは消えず、正直手はやや震えているくらいだ。

それでも視線をそらさなかったのは、メイリアーデのせめてもの覚悟の証。

中途半端なことをここでしてしまったら、自分を許せないと思った。



「言いたくない事ならば、そう言ってくれればそれ以上は聞かない。前のように無遠慮に首をつっこみたいわけではないの。けれど、私は知りたい。貴方が龍人を敬い強い忠誠を持ってここにいてくれるのだと分かるからこそ、聞きたいと思った」


そこでまた一呼吸。

その一言を口に出すのは、メイリアーデにとってとても勇気のいることだ。

ずっと疑問に思いながら、それでも目を背け続けてきた問いを本人に聞くのは怖い。

声を出すまでの時間がスローになって感じる程に。

それでも。

メイリアーデの胸中はその一心だ。



「私に仕えることは辛くはない? 本当は、ラン兄様の元で仕えていたいのではない?」



今まで聞くに聞けなかったメイリアーデの疑問。

告げられたナサドの顔が分かりやすく強張った。

少なくともメイリアーデがすぐにその変化を感じ取れるくらいには大きな反応である。

メイリアーデの自分の手を握る力が強まる。



「厳しい状況下でもなお貴方はラン兄様に献身的に仕えていた。辛い思いをしていないわけがないのに、それでもここに残ってくれているのはラン兄様がいるからでしょう? ラン兄様が望んでいるから。貴方とラン兄様の絆の深さは私ではとても量れないわ」


「メイリアーデ様」


「教えてナサド、貴方の本心を。ここにいるのが辛いのならば、少しでも貴方が望む形にしたいと私は思っている。ラン兄様の元へ戻りたいのならばそう説得するし、私達龍人に仕えるのが辛いのならば他の方法を一緒に考えたい。貴方の今の状況を無視して、知らないふりをして、側にいさせるような真似を私はできない」



最後は半ば強引にまくしたてるように言葉を告げた。

一気に言わなければしり込みしてしまいそうだったから。

握る手の力は強すぎて最早感覚も分からない。

手のひらに食い込む爪の感覚が強いのかもまた分からない。

それでもナサドから視線を外すことはしなかった。

わずかな変化でも見逃してはいけない。

本心を知りたいと思うのならば、しっかりと自分の目で確かめるべきだとそういう想いがメイリアーデの中にはあった。


どのくらいの時間が経っただろうか。

ナサドの目は少し揺らぎ、それでもメイリアーデへの視線が外れることもない。

張りつめた空気の中、お互い睨み合うように視線をぶつけ合いそれからナサドが小さく息をつくまで、とても長く感じた。



「どうか、ご自分のことを卑下はなさらないで下さいメイリアーデ様。貴女様に仕えることを辛いなどと、そのように思ったことは一度たりともございません」


「ナサド、でも」


「……恐れ多いことだとは、思っております。メイリアーデ様も御存じの通り私は罪人、本来ならばこの場にいること自体許されぬ身ですから」



そう言ってナサドはほんのわずかに目を緩める。

毎日ナサドを見る者でなければ気付かないようなそんな小さな変化。

気付いたメイリアーデは、それがちゃんとナサドの本当の気持ちなのだろうと察する。

自分に仕えることが辛いと思ったことはない。

その言葉はとても嬉しい。

しかしそれ以上に、ナサドが自分を罪人でここにいるべきではない立場だとずっと思って生きてきたことに苦しい気持ちになった。

目をそらしてはいけない事実は、当然ながら軽いものではない。

まだまだメイリアーデはその深刻さに気付けていなかったのかもしれないと、そんなことを思う。

覚悟していたつもりでも、やはり衝撃はあった。

けれど、それでもメイリアーデはナサドを真っすぐ見つめる。

やっと話してくれただろう本心に、目をそらしたくはなかったのだ。



「ありがとう、ナサド。けれどどうか、貴方も自分をそう卑下しないで。私は、出会ってからの貴方しか知らないけれど、それでも貴方がここにいることが許されない者だとは思わない。貴方にたくさん支えられたわ。過去のことも、きっと何か事情があったのでしょう? 大事な、そうしなければならなかった事情が」



ナサドの目がわずかに見開かれる。

どの言葉に反応したのかは分からない。

しかし明らかに動揺した様子のナサドは、次の瞬間そっとメイリアーデから視線を外しどこか遠くを見つめた。

どこを見ているのだろうかと視線を追えば、そこは大きな窓で、夕焼けに染まる綺麗な空が見える。

ぼんやりと、何かを思い出すようナサドは声を上げた。



「……事情は、ありました。恐れながら、もし過去に戻ることが出来たとしても私は同じ選択をするだろうと思います」


その言葉に、今度はメイリアーデの目が大きく見開かれる。

ナサドが心の内をここまで語ってくれたのは初めてだったから。

従者としての一線を決して越えてくれなかった彼が、今は少しだけこちら側に足を入れてくれている。

そう分かった。

本来のナサドならば決して口に出さないようなことを今彼は言ってくれている。

だからメイリアーデは口を閉ざしたままじっとナサドを見つめる。



「イェラン様と国外で過ごした数年を、なかったことには出来ません。許されぬことだとは分かっていても、あの日々を私は否定出来ない」



いつもと比べ随分と弱々しい声でナサドはそ言う。

窓から見える夕空に、何を思っているのかメイリアーデには分からない。

しかしどこか懐かしそうに、そして切なそうにその言葉はメイリアーデに響いた。

そして少しの間沈黙が訪れると、その後ナサドは視線をメイリアーデに戻し口を開く。



「それでも、イェラン様を国外へとお誘いしたのは紛れもなく私です。国の宝としてお守りするべき大事なお方を危険に晒した事には変わりがない」


「けれど、事情があったのならば」


「それがオルフェル殿下や国王陛下、妃殿下、アラムト殿下を悲しませて良い理由には決してなりません。私が行ったことで忠誠を誓うべき大事な方々を多く苦しませたことは事実です。これを罪と言わず何と言いますか」



メイリアーデを真っすぐ見つめるナサドの目にはもう揺らぎがなかった。

自分が犯した罪から逃げるつもりはないと、そうナサドはきっぱりと言う。

おそらくどちらもナサドにとっては本心なのだろう。

自分が行ったことが駄目なことだと思いながら、それでも後悔はしていない。

矛盾する思いを抱えながら、苦しみながら、それでもナサドはその思いを受け止めようともがいている。

そう伝わった。



「メイリアーデ様。誠に図々しく私に言う資格などないと承知の上で一つだけ、聞き入れていただきたいことがございます」


「うん、何?」


「イェラン様は、心よりオルフェル殿下を敬愛していらっしゃいます。次の王になるべき器をお持ちなのはオルフェル殿下だと心より思っていらっしゃる。どうかそれだけは妹君たる貴女様にはご理解いただきたいのです」



……どこまでいってもナサドはナサドで、人の事ばかり考える。

メイリアーデの前世が知る松木と同様、ナサドは極度のお人好しだ。

何があろうと彼が強い意志でぶれずに口にするのは、いつだって人を守ろうと動くとき。



「貴方は変わらないね、昔も今も」


メイリアーデから零れ落ちたのは、そんな本心からの言葉と、笑みだった。

はっきりと、間違い様もなくメイリアーデはナサドが自分の信じ愛した彼だと思える。

津村芽衣が、そしてメイリアーデが大事に思ってきた彼は、ここにしっかりと生きているのだ。



「ありがとう、ナサド。貴方がいてくれて、本当に良かった」


「恐れ、多いお言葉にございます」



どうしても伝えたくなった言葉に、ナサドはほんの少し言葉を詰まらせる。

なぜ彼が動揺を見せたのかメイリアーデには分からない。

しかし、深くつっこむことはせずメイリアーデは声をあげた。



「本心を教えてくれてありがとう、ナサド。貴方の心、よく分かりました。貴方が今も意志を持って生きているというのならば、私はそれ以上何も言わない」


「メイリアーデ様」


「けれど、貴方の心が私の側を離れたいと思った時は遠慮せず言って? まだまだ私は主としては未熟だけれど、それくらいの甲斐性は持っていたいわ」



ふわりと、そう心からの笑みが出来ているようにメイリアーデは思える。

少しだけではあるがやっと知ることのできたナサドの心。

勇気を出してみて良かったと、メイリアーデはそう思う。

それと同時にやはりまだまだ精進しなければと思った。

目指すべき方向性が、少し見えた気がしたのだ。


そしてそんなメイリアーデを見て何を思ったのか、ナサドはゆっくりと息を大きく吐き出す。

そうして見せた顔にメイリアーデは固まった。



「もしメイリアーデ様がお許し下さるのならば、どうかもう少しだけでも私を側に置いていただけないでしょうか。貴女様をお支えしたいと、そう心から思っております」


「ナ、サド」


「……貴女様に出会えたことを、神に感謝いたします」



それは本当に久しぶりに見たナサドの笑み。

津村芽衣にとってみれば慣れ親しんだ、そしてメイリアーデからしてみると人生2度目の表情。

仮面を外した彼が、そこにいる。


主従として以上の絆が、芽生えた瞬間だった。











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