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龍の約束  作者: 雪見桜
本編
2/74

1.混乱



津村つむら芽衣めいの記憶をわずかながらに引き継いだのは、メイリアーデが3歳の誕生日を迎えた頃だった。


それは昔のアルバムを見返して「そういえばそんなこともあったね」と思い出すような、そんな薄い記憶。

夢や幻と言われれば否定できない程に曖昧なものだ。

しかしその記憶が確かに実在したことなのだと何故だかメイリアーデは確信している。

だからこそ数少ない前世の記憶と現世の記憶がリンクした瞬間、カチリと固まってしまった。



「……メイリアーデ?」



そう、それは“思い出して”から初めて次兄に会った時の事。

その兄は他の兄と比べ言葉少なく表情も変わらないが、その代わり物を教えるのが一番上手だった。

だから本を片手に言葉を教えてもらおうとトテトテ歩いて彼のもとを訪れた昼下がり。


その顔を見た瞬間に、メイリアーデは唐突に気付いた。

その兄が、前世の記憶に登場した人物そっくりだということに。

そしてその兄といつも一緒にいる専属従者が、前世の自分の想い人とまるで同じ顔だということにも。



「せん、しぇ」



思わずポツリと言葉を落とすメイリアーデ。

目を見開いたのは次兄であるイェランだ。



「……せんしぇ? なんだそれは」



子供相手に見せるには些か怖い表情で眉を寄せる。



「“先生”では?」


メイリアーデの言葉を正しく拾い、そう告げたのは専属従者のナサドだった。

声まで記憶と同じことに動揺しバッと勢いよく振り返るメイリアーデ。

やはりトテトテとしか歩けない3歳児のメイリアーデは、自身の全力疾走でナサドの方へと駆け寄る。

途中で足がもつれ前にのめるのは、自然な流れだ。

しかし、その体は地につくことなく代わりに大きな何かにふわりと支えられる。

見上げれば至近距離にナサドの顔があった。



「しぇ、んしぇ」


重なりに重なった動揺のあまり、メイリアーデの呂律がいつも以上に鈍くなる。

匂いすら感じられるほどの距離感に、心臓が勝手に早鐘をうった。



「お怪我はございませんか、姫」



淡々と、表情も変えずにナサドはそう問う。

そっとメイリアーデをその場に立たせ、落ちていた本を拾った。

本の埃を払いその場に跪いたナサドはメイの視線に合わせ本を恭しく差し出してくる。



「どうぞ、こちらを」


「せ、しぇんしぇ」



やはり動揺の収まらないメイの呂律は変わらず怪しい。

本を受け取りはしたものの固まったまま反応できないメイリアーデは、次の瞬間しびれを切らした兄に抱え上げられその膝の上に乗った。



「何だ、今度は先生って言葉でも覚えたのかこいつは」


「イェラン様のことを先生とお思いなのかもしれませんね。言葉をお教えになられているのもイェラン様ですし」


「……お前に対しても言ってなかったか、こいつ」


「……確かに」



言葉は乱暴ながらイェランのメイリアーデを抱く腕は優しい。

呼吸しにくくないよう緩く腕を回し、頭を撫でてくれる。

言葉や表情に出てこないだけで彼が実はものすごく家族思いなことをすでに理解しているメイリアーデは、この次兄にも他の兄同様しっかり懐いていた。

いつもならばそんな大好きな兄に構われてキャッキャとご機嫌に声を上げているメイリアーデ。

しかし、パニックでショート寸前な脳内は能天気に喜んではいられない。


先生。

イェランとナサド両方に対してそうメイリアーデが呟いたことには意味があった。

当然、先生という単語を覚えたから嬉しくなって連発しているわけではない。

3歳のメイリアーデは、およそ3歳の女児らしからぬ思考で今頭を埋め尽くされていた。



どうして。

どうして黒田先生と松木先生がいるのー!?!?



脳内大絶叫である。


そう、実際に彼らは津村芽衣の先生だった。

この世界とは遠い日本という場所で出会った高校時代の先生。

前世で覚えていることなど本当に少ない。

しかしその数少ない記憶の中ではっきりと思い出せるただ2人の人物が目の前にいる。

前世とはまるで違う立ち位置で。



黒田先生。

そう呼んでいた彼は、日本でもやはりクールビューティーと呼ばれる人だった。

現国の先生で、言葉少ないながらも説明が非常に上手く、誰相手でも変わらずそっけない姿にファンクラブまで存在していたような、そんな人。


そして松木先生。

その人物こそ、津村芽衣が恋した“先生”だった。

歳の近い黒田と仲が良く、そして黒田とは正反対に笑顔が多く気さくで明るい先生。

黒田と人気を二分し、学校では黒田派か松木派かなどと騒がれていた人物。



黒田先生がラン兄様で、松木先生がナサドで、私は何!?



混乱状態極致のメイリアーデはぐるぐると小さな脳を回しながら必死に状況を掴もうと考える。

しかし当然ながら答えなど分かるはずもない。




「しぇ、んしぇ……」


「おい、メイリアーデ? おい、大丈夫か」


「いかが致しましたか、姫」



どうやら唐突に気付いてしまった事実は、3歳のメイリアーデが処理するには大きすぎる問題だったらしい。

必死に考え続けた結果、小さな脳みそはあっさりと容量をオーバーしてぱたりと機能を停止させる。



「メイリアーデ! どうしたと言うのだ、しっかりしてくれ!!」


「……父上、お静かに。メイリアーデの体に障ります」


「イェラン。お前はどうしてそう冷静でいられる!? 私の大事な姫がっ」


「はいはい、父上はその前に政務をしっかりこなしましょうねー。メイには僕と兄上達がついておりますから」


「ムト、お前という奴は、お前と言う奴はっ」


「は、母上、メイリアーデは大丈夫なのですか? 顔が真っ赤で苦しそうです、私にできることはっ」


「落ち着きなさいな、オルフェル。じき良くなります」



その日の龍王家りゅうおうけは、大騒ぎだった。

知恵熱で唸るメイリアーデを囲むのは今生におけるメイリアーデの家族。

龍王家史上最も子だくさんで奇跡の一家と呼ばれる大家族だ。


4人兄妹の末姫。

龍人というこの世界における絶対的な地位にいる種族の姫。

愛されるために生まれてきたようなメイリアーデの苦労に満ちた恋愛譚はこの時より始まる。



記憶を持って生まれ変わった意味。

前世の想い人と異世界で出会った意味。

この世界へとやって来る直前の、約束すらも忘れたままに。






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