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龍の約束  作者: 雪見桜
本編
16/74

15.妹と弟



社交界デビューはちょうどメイリアーデの17回目の誕生日だった。

王家主催となって行われる今回の夜会は、夜会の規模としては最大規模だ。

何せ今回は龍貴族でさえあればどの家の者でも参加できる。


それは龍人が社交界デビューをする時の慣習だった。

こうすることで成人した龍人の顔を広く貴族たちに周知させるのだ。


覚醒を果たすまで龍人は基本的に三大貴族の選ばれた者としか接しない。

三大貴族とは龍国で特に力を持ち龍からの信頼が厚い大貴族だ。

一つはナサドや王妃の生まれたリガルド家。

もう一つは、オルフェルの専属従者ルドがいるスワルゼ家。

そしてもう一つが、アラムトの専属を務めるガイアがいるユイガ家。


専属従者もこの三大貴族から選ばれることが大半で、その従者を選ぶのは主となる本人ではなくその親や兄など保護者だ。


しかし、この社交界デビューを境に龍は自分で従者を選ぶことが解禁される。

番や友人、そういった横の繋がりもまた龍自らが自分の意志で選べるようになるのだ。

イェランの現在の専属を務めるギークがこれにあたる。


そういうこともあって龍の社交界デビューには多くの貴族が王宮へとつめかけた。

特に中下流に属する龍貴族にとってみれば、龍人と接することのできるただ一度の機会なのだ。

龍人の番や友人、いや、従者に選ばれるだけでも大きな箔がつく。

たとえ龍人の目に留まらずとも上流貴族と接点を持てるかもしれないともなれば参加しない理由はなかった。

一方の上流貴族もまた国中の龍貴族が集まる中で自身の家をアピールし権威を示す機会でもある。

他家がどの貴族と仲が良いのかなど情報が集まりやすい場でもあるので気合いの入り様は強い。


龍人の社交界デビューはそうした様々な感情が混ざり合い独特の熱気を発している。

豪華絢爛、何もかもが派手な夜会。

夜会と呼ばれる集まりの中でもひと際特別視されているその意味をこの数か月でメイリアーデは嫌と言う程理解していた。


心中は正直複雑だ。

何をしても権力争いとなってしまう悲しさ、無事に乗り切れるのかという不安、大勢の前で挨拶しなければならない緊張。楽しみな気持ちよりも後ろ向きな気持ちばかりが浮かんでくる。

そして何よりも社交界にはナサドがいないのだ。

それが尚更メイリアーデの顔を曇らせる。



「いってらっしゃいませ、メイリアーデ様」



そう送り出されたのは少し前の事だ。

いつもと変わらず龍士官の服を身に纏ったナサドは夜会への参加権を持たなかった。

昔イェランを危険な目に遭わせたという罪で龍貴族の資格をすでに失っているからだ。


本日のメイリアーデはそれはもう念入りに飾り立てられている。

耳で揺れる宝石も髪に編み込まれた簪も羽衣のように上品に光る鮮やかな衣装も、普段とはまるで違う。

しかしそんな綺麗に飾られた姿をナサドに見せることができたのは本当にわずかな時間だけだった。

そしてナサドはいつも通り眉一つ動かさず深々と頭を下げたのだ。


……もう少し何か反応が見たかったな。

そう思ってしまうのは我儘だろうか。

ため息が洩れそうになってメイリアーデは慌てて口元を押さえる。

代わりにすぐ横から響いたのはくすくすと笑いを噛み殺しきれていないアラムトの声だった。



「……ムト兄様」


じとりと見つめればアラムトは「ごめんごめん」と素直に謝罪する。

が、その顔はやはりからかうような笑顔のままだ。



「だってメイってば1人で百面相してて見飽きないから。可愛いねえ、本当」


「……褒められている気がしません」


「あはは、そんなことないよ。メイは可愛い可愛い乙女だね」


「やっぱりからかわれている気しかしません、兄様っ」


「ほらほら、レディの仲間入りしたお姫様がそんなに大きな声で怒らないの。笑顔でおしとやかに、ね?」


「うう、これは兄様のせいですよ……」



エスコート役を買って出てくれたアラムトはそんなメイリアーデの姿をどこか嬉しそうに見つめていた。

何故そんなにも嬉しそうなのか分からないがどうやら機嫌はとても良いらしい。

基本いつも笑顔のアラムトだが殊更今夜はその笑みが深いように感じるのだ。



「さて、それでは参りましょうかメイリアーデ姫?」


ひとしきり笑ったアラムトはそうして恭しくメイリアーデに手を差し出した。

普段は妹をからかい甘やかし兄達に軽口を叩くアラムトだが、こうした所作は誰よりも似合っている。

それもそのはずだ、アラムトは貴公子という言葉がまさにぴったりな外見をしている。

華奢で程よい肉付きの体躯に少し色気を帯びた甘い顔、美形ぞろいの龍王家の中でも特に完成されているのだ。

世渡り上手な三男はその顔をフルに使い色々と要領よくやっていると、そう評価したのはイェランだったか。とにかく社交界はアラムトの得意分野だった。


その笑みからからかいの色が無くなり、ただひたすら上品になったアラムトにメイリアーデは内心「おお」と感嘆しその手を取る。

メイリアーデとてアラムトほどではないにしても美少女に生まれ変わっているのだ。

マナーもみっちりと特訓した。



「ええ、ありがとうございます。お兄様」



練習通りにこりと微笑めばアラムトは満足そうに笑みを深める。

そうしてアラムトに導かれるまま光の溢れるホールへとメイリアーデは踏み出した。


結論から言えば、アラムトが入場直前に緊張を解してくれたおかげで挨拶もダンスも滞りなく務めることができた。勿論メイリアーデの努力の成果も発揮されたが、それ以上にアラムトのエスコートが完璧だったのだ。


メイリアーデがダンスを苦手としていることを承知しているアラムトは簡単なステップでも対応できるように踊ってくれたし、我先にと挨拶にやってくる貴族達を宥めメイリアーデがちゃんと自分のペースで会話できるよう横に付いてフォローしてくれた。

アラムトは交友が随分と広いらしく適宜話の合いそうな話題を提供し場を盛り上げてくれる。

わりと不器用なメイリアーデが初社交界にも関わらず何とかボロを出さずに済んでいるのはアラムトのおかげだった。

本当にアラムト様様だ。



「ムト兄様、すごい……」


ようやく人が途切れた合間、思わずといった風に呟いたメイリアーデ。

アラムトはにやりと笑った。



「まあね、すっごい努力したもの」


隠さず言ってしまうあたりが何ともアラムトらしい。

メイリアーデはアラムトにつられるようにしてくすくすと笑みをこぼす。



「これが僕のやり方だよ、メイ。この意味、分かるかな?」


何でもない会話の中でアラムトはそう言ってジッとメイリアーデの目を見つめてきた。

ハッとメイリアーデは過去のアラムトとの会話を思い出して見つめ返す。


“メイにはメイのやり方がある。それで良いと思うんだよね、僕”


いつだかアラムトに言われたそんな言葉。

何の力にもなれないと拗ねていた自分にアラムトが諭してくれた言葉。

アラムトはきっとアラムトなりに何かを成そうとして自分の思うやり方でそれを実現しようと努力している。

隠さずにメイリアーデに告げてくれるのは彼の妹への愛情故か。

そう考え着くとメイリアーデはアラムトに大きく頷いた。



「あの時と同じことをここでも言うよ、メイ。君は君のやり方をすればそれで良い。たくさん悩んで多くのものを見て、納得できる選択をするんだ」


「兄様」


「ようこそ、大人の世界へ。おめでとう、メイリアーデ」



にこりと上品に笑ってアラムトはそう言った。

ああ、もう本当にこの兄には敵わない。

そう思いながらメイリアーデが笑えば、小さく頷き返してアラムトが背を向ける。




「さて、そういう訳でそろそろお守役は退散するかな。最低限の釘は打っておいたし」


「え? クギ……?」


「メイ、素敵な出会いがあれば良いね。君は聡いから色々と考えてしまう子だけれど、社交界も案外悪いところではないよ? オル兄上ではないけど、気の合う人との出会いや触れ合いは良い刺激になる。そう後ろ向きにならず、今を楽しんでみると良いよ」


「ムト兄様……、はい。ありがとうございます」




いつだってメイリアーデの行く末を見守り諭してくれるのは、この歳の最も近い兄なのだ。

メイリアーデが何に悩んでいたのかを何となく察しながらもそれを言うことはせず助言を与えてくれる。


そうだ、何も自ら交流を閉ざすことはない。

そう思いなおしてメイリアーデはスッと背筋を伸ばした。

ナサドを守りたいナサドの心を開きたい、そう思う気持ちばかりが膨らんで他のことに全く目が向いていなかった。

自分に与えられた公務や出番を、義務として消化しようとしていた。

きっとそれではいけないんだ。

ナサドをこの先も守りたいと思うのならばまず自分が人として成長しなければ。

やっとそんなことにメイリアーデは気付いた。


視野を広く持とう。

そう思った矢先、人の波を縫ってこちらに近づいて来る影が見える。




「初めまして、メイリアーデ姫様。リガルド家嫡男、ロンガと申します。この度は誠におめでとうございます」



目の前で恭しく頭を垂れたのは男性にしてはやや小柄な優しそうな男性だった。

すっと姿勢が戻りその容姿を見てメイリアーデの目が少し見開かれる。



「姫様?」


「あ、ご、ごめんなさい。ロンガ殿、初めまして。お祝いの言葉、ありがとう」


「どうぞ私のことはロンガとお呼び下さい」


「では、ロンガ。ありがとう」



はっと我に返り慌ててお礼を言えば目の前の男は嬉しそうに笑った。

笑うと大きめの目が少し細くなって目じりに皺が寄る。

その表情は、どこか見覚えがあった。


……ナサドと似ている。

いや、ナサドというよりは松木先生に。


勿論そんなことは口に出せるわけもなく、メイリアーデは何とか取り繕って笑みを見せる。

リガルド家と彼は言った。

つまりナサドとはどこかで血の繋がりがある肉親という事。

それを踏まえてもロンガはナサドとよく似ていた。

ロンガはメイリアーデの反応を見て何か思うことがあったのか苦く笑って声のトーンを落とす。



「……兄上と、似ているでしょうか?」



兄上。

その言葉を拾い上げたメイリアーデは固まった。

ナサドの、弟。

弟がいたのか。

そう認識するまでどれほど経ったか分からない。

何か言葉に出そうとしたメイリアーデに映ったのは顔を下げ小さく首を振ったロンガだった。




「いえ、兄と呼ぶべきではありませんでした。あの者は本来龍人様へ仕えることすら分不相応な罪人」



そうして吐き出された直接的な言葉にメイリアーデは息をのむ。

あの者。罪人。

身内にまでそう言われてしまうようなことをナサドはしたのか。

否、違う。

そう思いながらも、ナサドの置かれた立ち位置の複雑さを改めて認識したメイリアーデだった。





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