13.覚醒
男龍は、人の姿と龍の姿の2つを持つ。
女龍は、龍の姿にはなれないが人の姿を2つ持つ。
龍人が持つその変化能力は、本能的に目覚めるものらしい。
ちなみに才の龍と呼ばれる超能力持ちの龍もごく稀に生まれるが、その超能力に目覚めるのも同様に本能的なのだとか。
龍人が能力に目覚めるこの現象は、龍の覚醒と呼ばれていた。
覚醒時期には個人差があるが、大体は15~20歳の間あたりで覚醒し1年も経てばその力の制御を覚えるのが一般的だ。
そして龍の世界では、その覚醒をもって一人前の龍と認められるのだ。
人間の世界で言うところの成人式と同じ。
社交界などといった大人の行事にデビューするのもまた、覚醒が境となる。
メイリアーデは現在16歳。
覚醒適齢期真っ盛りだ。
だからなのか分からないが最近、妙にソワソワと気分が落ち着かない。
「はは、久しぶりの感覚だな。そうか、メイリアーデもそのような歳になったか」
オルフェルはそんなメイリアーデを見てどこか嬉しそうに笑った。
「オル兄様もこんな感じでしたか?」
「私の場合は背が急に伸びてな、節々痛くて敵わなかった」
「え、背が……っ!?」
「イェランの時は目が冴えて3日寝られなかったそうだ」
「え、ええ!?」
「ムトは確か気が臥せって10日ほど引きこもっていたな」
「な、あのムト兄様が!」
どうやら覚醒の兆候にもそれぞれ個人差があるらしい。
メイリアーデのこのどこか浮ついたような常に跳ね回っているような気分の上がり方が、それに当たるのかまだいまいち分からない。
首を傾げるばかりでぽかんとオルフェルを見つめるだけのメイリアーデ。
しかしすでに3人分の龍の覚醒に触れているオルフェルは、その経験値から何かを感じているらしい。
「そろそろだな」とぽつり呟くと、こうして頻繁にお茶に誘ってくれるようになった。
心身ともに変化の大きい時期だから気を遣うに越したことはないと言って。
王太子として多忙にも関わらず、こういう時は本当に頼りになる。
さすがは長兄とも言うべきか、こちらが何を言わずとも率先して知識を分け与えてくれるのだ。
「オル兄様、変身って一度できればずっと出来るようになるのですか?」
「人によってだな。イェランは一度で覚えたが私は数回かかった。感覚がいまいち掴めなくてな」
「変身するときは、自分で分かるものなのですか?」
「ああ、勿論。口では説明が難しいから実践で学ぶのが一番だろう」
「変身してから元に戻れないってことはありますか? それは嫌だなあ」
「はは、大丈夫だメイリアーデ。仮に戻れずとも疲れ果てれば自然と通常の姿に戻るからな」
そうして覚醒に関するあれやこれをひとつひとつオルフェルは丁寧に答えてくれる。
龍人の中で圧倒的な新米龍であるメイリアーデは、正直分からないことだらけの不安だらけだ。
こうして何を聞いても笑って答えてくれるオルフェルの存在は非常にありがたい。
近々自分の身に起こることとは言え、人間としての前世を持つメイリアーデとしては人間外の行事というものがどうにもピンとこなかった。
自分の体が500年の寿命だということも、不老長寿だということも、龍の力をもつということも、どれにしたってそうすぐに実感できるものはない。
言うなればこの覚醒が、龍人として初めての特殊体験とも言えるだろう。
内心バクバクだ。
そしてそんな調子であれこれと覚醒のことを考えていたメイリアーデにふとある疑問が浮かんだ。
大した問題ではないのかもしれないが、個人的にとても気になる問題。
「あ……そういえば、その」
「ん? 何だ、知りたいことがあるなら何でも聞いてくれ」
「えっと……その……うう。ご、ごめんルドとナサド、あと他の皆もちょっと外に行ってくれる?」
兄とは言え聞いても良いのか微妙に悩むようなソレを他の目がある場所では尚更言いにくく、気まずげにメイリアーデは従者や侍女、近衛騎士達にお願いをする。
皆一様に怪訝そうな顔をしたものの、王宮内のオルフェルの部屋ということもあり安全も確保された場所だからと素直にその場を離れてくれた。
こんなことで申し訳ないと内心思い顔を赤くしながら、メイリアーデは人が去るのを待つ。
「どうした、メイリアーデ」
完全に2人きりになったタイミングでオルフェルはそう尋ねた。
真っ赤な顔になっているメイリアーデの意図が理解できずぽかんとした顔のままだ。
メイリアーデはおずおずとその内容を口にした。
「その、あの、ですね。もし、その変身したら……ふ、服とか、どうなるんですか?」
「……は? 服か?」
「そ、そのー、破れてバラバラになって元に戻った時に裸になっちゃったり、とか」
ああ、本当に自分で言っていて心底下らない。
そうは思うがメイリアーデも一応16の乙女だ。
しかも常に一緒にいる従者が前世の想い人ともなれば、どうしても気になってしまう。
メイリアーデは女だから、龍になるわけではない。
だから服がビリビリということはないのかもしれない。
しかしもし万が一、もう一つの姿がものすごくガタイが良くてピチピチの服になってしまったり、逆に体が小さすぎて服がするする脱げてしまったりしたら一生モノのトラウマだ。
それだけは何としても避けたいところ。だからこそなおのことそれは聞かざるをえない大事な問いなわけで。
すっかり小さくなって答えを待つメイリアーデ。
その様子と問われた内容を反芻していたオルフェルは、やがて部屋中に響き渡るような大きな声で笑い声をあげた。
「は、ふははははっ、なんだ、何かと思えば!」
「だ、だって! そんな笑わなくても!」
「ふ……っ、いや、すまない。そうだな、そなたには大事な問題だったな。くくく」
「笑いが治まっていません、兄様!」
「すまぬすまぬ。服な。心配するな、服は共に変化するから裸になるということはない。私の場合龍型を取る時は服のない状態になるが人型に戻れば服も元通りだ」
「ほ、本当ですか!? その、感覚が合わなくて間違えて服破っちゃうとかは?」
「我々兄弟の中で服を破いた者はいなかったぞ。そのような話を聞いたこともない。大丈夫だ」
笑いながらでもオルフェルはそうしっかりと答えてくれる。
それを聞いて、良かったこれでいつ覚醒しても大丈夫だと心底安心するメイリアーデ。
その様子にどうやらおさまりかけていた笑いが再燃したらしい。オルフェルが小さく笑い声をあげる。
「しかし、そなたも立派な乙女なのだな。服のことを聞いたのはそなたが初めてだ。女子だとそのようなことも気になるか」
「とても、とても、本当にとーっても大事ですよ!」
「そうかそうか。大丈夫だ、良かったな」
「ううう」
何だかこうも笑われると無性に恥ずかしくなって、赤い顔のまま拗ねたように丸まるメイリアーデ。
オルフェルは笑顔のままメイリアーデの頭を撫で「すまぬ」と謝り続けた。
だから「怒ってないです、怒ってないですよ」と返事しながら、やはり恥ずかしくてしばらくメイリアーデはうずくまる。
ふと、その時部屋の隅でキラリと鏡が光ったような気がした。
妙に気になって、パッと顔をそちらへ向けるメイリアーデ。
鏡に写るのは最早見慣れた今の自分の顔だ。
クリーム色のさらさらとした長髪、丸くきっちり二重の目、全体的に多少丸っこくはあるが贔屓目なしに美少女の部類に入る外見だ。前世と比べると差があまりに顕著だから、その変わり様に初めの頃メイリアーデは全く順応できていなかった。鏡を見る度「誰この美少女」と思っていたのは内緒の話だ。
とんだナルシストになるので当然口に出したこともない。
とにかくも、別段いつもと何かが変わったわけではない。
しかしこの時メイリアーデは妙にそれが気になって仕方なかったのだ。
そっと椅子から降り、鏡の前に立ってジッと見つめる。
「メイリアーデ?」とそう声が聞こえた気がしたが、それすら全く気にならない。
ああ、そうだ。
恥ずかしい質問も終わったのだから、そろそろ外に出てもらった従者達も中に入れないと。
いつまでも仕事をさせないで申し訳ない。
そんなことを思いながらも、やはりメイリアーデの視線は鏡から離れない。
どれほどそうしていたのだろう。
その時の感覚はひどく曖昧でぼんやりとしていたため、メイリアーデには分からない。
しかし、変化は唐突にメイリアーデに訪れた。
「え……」
そう、小さく声が漏れたのは覚えている。
しかしそれしかメイリアーデには記憶が残っていない。
メイリアーデの体は発光することなく、ほんの一瞬の間に、それこそ本当に瞬きしている間くらいの早さで変化した。
その時の感覚を何と表現すればいいのか分からない。
体の芯の部分が何やらモヤモヤしたのが最初。
そしてそのモヤモヤが広がると同時に体がガムのように伸びるような曲がるようなそんな感覚を覚えた。
ああ、これが変身するということかと本能は理解する。
体に異変が起きて目を閉ざしたメイリアーデは、その瞬間に自身の身に何が起きたのかを知っていた。
自分の新しい姿を確認するより前に、自分が覚醒を果たし変化したのだと知る。
新しい自分の顔が気になって、メイリアーデは閉じていた目を勢いよく開けた。気持ちとしては楽しみ7割不安3割といったところか。
そうして鏡に向き合いその姿を確認したメイリアーデは、しかし目に写った自分を見てあまりの驚きに固まってしまった。
「な、な……んで……」
思わずそんな声があがる。
メイリアーデが持つもうひとつの人型。
今日初めて発現したはずの、龍の力の覚醒。
しかしその外見は、メイリアーデにとってとても馴染深いものだったのだ。
(津村芽衣の、顔……)
そう、そこにいたのは紛れもなく前世の自分。
真っ黒なセミロングの髪、少し潰れてつり目になっている茶色がかった目、不健康なほど色白の肌、右目の斜め下にある泣きボクロまで一緒だ。
前世との繋がりが、またひとつ。
「メイリアーデ、覚醒できたではないか!」
「に、兄様……」
「はは、もう1人のそなたも可愛らしい姿だ。良かったな、メイリアーデ」
事情を知らず、純粋に喜んでくれるオルフェルにメイリアーデは戸惑った声しか発せられない。
しかしそれは別段珍しい光景ではないらしく、「大丈夫だぞ、正常だ」と安心させるようにオルフェルは頭を撫でてくる。
「そうだ、皆にも知らせてやらねばな。メイリアーデが龍になったお祝いだ」
そして嬉しそうに目を細めそう告げたオルフェルの言葉にメイリアーデはハッとした。
この姿を見て自分と同じような反応をするかもしれない存在を、はっきりと思い出したからだ。
……津村芽衣の姿を見せれば、もしかして伝わるだろうか?
ずっと知りたかったことに手が届く?
気軽に楽しく会話していたあの頃のように、話せるようになるのだろうか?
頭の中で勢いよくそんな声が鳴り響く。
そうだ、これはいい機会だ。ちょうどいいきっかけになる。
この姿を見せ、自分の記憶を話し尋ねればナサドのあの変わり具合の意味を知ることだってできるかもしれない。隠し続けてきた妙な胸のつかえだって取ることができる。
しかし、そう思った瞬間にメイリアーデの手がカタカタと震え出した。
それは決して無視できないレベルへと大きくなっていく。
オルフェルが扉に手をかけ従者達を招き入れようとしている姿が目に入る。
ルドがこちらを見て目を見開く姿を、確かに見た。
しかし、次ナサドの靴が目に入った瞬間から一気に目の前が白く曇る。
妙に体の力が抜け、ぺたんとその場に崩れるメイリアーデ。
駆け寄って来るのは、聞きなれたナサドの足音で。
「メイリアーデ様。大丈夫ですか」
驚くそぶりも見せず、そっと肩に手を回し上体を支えてくれるナサド。
すぐ至近距離に見えるその顔の表情は何ら変わらない。
ふと、自分の顔にかかる髪の色が淡いことに気付き、何が起きたのかをメイリアーデは察する。
その瞬間、思わず顔に出てきたのは安堵の表情。
へにゃりと苦笑するように顔の筋肉を緩めたメイリアーデは一言告げる。
「戻っちゃった……」
その言葉を拾い笑ったのは、オルフェルだ。
「まあ、初めてではそのようなものか。見たのはルドだけか?」
「は……。姫、おめでとうございます」
オルフェルの横で深く頭を下げる彼の専属従者。
見たのはどうやらオルフェル以外ただ1人らしい。
そのことにメイリアーデはひどく安心して、淡く「ありがとう」と返事をする。
そうしてナサドを見て出てきた言葉は、ただひとつ。
「えっと、どうやらちゃんと覚醒、できたみたいです」
今まで通り、全てを隠したただの報告だった。
「そうでしたか。メイリアーデ様、おめでとうございます」
やはり関係性は変わらず、その表情も声色も変わることなくナサドは言葉を紡ぐ。
笑顔でその言葉に応えたメイリアーデは、内心でひどく動揺し完全に気が動転していた。
……どうして、彼の前で津村芽衣の姿を見せるのがこんなに怖いと思うのだろうか。
その答えをメイリアーデ自身が理解するのは、それから1年ほど後のこととなる。




