9.特別祭
やってしまった。
勢いにまかせ言ってしまった言葉にメイリアーデは激しく後悔する。
何の理由もなくナサドがあの鉄壁の表情をしているわけではないだろうことを、メイリアーデははっきりと気付いていたのに。
もしかしたら自分には多少なりとも心を開いてくれるのではないかと欠片でも思った自分が恥ずかしい。
無遠慮に聞いて良いことではなかった。
ナサドに対し何も出来ていないくせに、こんな時ばかり主ヅラするまなどとんだ傲りだ。
そうして内心でがっつりと落ち込んでいたメイリアーデは、しかしすでに人前ではそれを隠す術を身に付けている。
今日は龍誕祭、しかも特別祭だ。
龍王の年齢に合わせ龍誕祭は10年に一度、特に盛大に祝われる風習がある。
メイリアーデの父は、今年で350歳。
ちょうど節目の年だった。
「お父様、おめでとうございます!」
「おお、メイリアーデか。ありがとう」
今日のメイリアーデの仕事は存分に父をもてなすことだ。
特別に王宮のバルコニーに設置された席では、龍王とその横でにこやかに王の器に酒を注ぐ王妃、さらにその周りにセイラやユーリといった王子妃がいる。
両手に華状態でご機嫌な父や、花びらの舞う庭で楽しそうに笑う国民達。自分がその明るい空気に水をさすわけにはいけない。
そう自分に言い聞かせ、メイリアーデは笑う。
父を祝う気持ちや、兄達の龍型を見ることが楽しみな気持ちもまた嘘ではなかったから、その気持ちを自分のなかで膨らませた。
特別祭は王子が全員揃って龍型になり空を舞う。
いつもは誰か1人だけだが、今回は3体の龍が揃って空を飛ぶのだ。
初めて龍型を見たときから、メイリアーデはその姿が大好きだった。大きく悠々としていて自由に空を飛ぶその姿は優美だ。
父は白龍、オルフェルは赤龍、イェランは青龍、アラムトは緑龍にそれぞれ変化する。
父は大きく、オルフェルは美しい龍で、イェランは鋭さのある格好いい龍となり、アラムトは少し小さいが緑と黄緑の中間にある鱗がとても綺麗で透明感がある。
同じ家族でもそれぞれ全然違うのだ。飽きることがない。
「ほれ、メイリアーデ。皆が飛んでおるぞ」
父の言葉にハッと顔を上げると、大空を並んで飛ぶ3体の龍が目に入った。
メイリアーデにとっても特別祭は初めてで、こうして複数の龍が同時に空を飛んでいる姿だって当然初めてだ。
「すごい、圧巻……っ」
思わず呟いてしまう。
目は兄達に釘付けで、首が疲れるほどだ。
「はは、メイリアーデは本当に龍が好きだな」
「はい! みんな綺麗でかっこよくて大好きです」
「どうかその気持ちを忘れないでおくれ、メイリアーデ」
「……お父様?」
大きな手でメイリアーデの頭を撫で苦笑する龍王。
メイリアーデはその意味を図りかねて首を傾げる。
「そなたは優しい娘だな」
「えっと?」
「さあ、菓子もあるぞメイリアーデ」
しかし龍王はそれ以上何を言うわけでもなく、そうやってメイリアーデを甘やかすことに専念したようだ。
首を傾げたままメイリアーデは母を見つめる。
母もまた、父と同じように苦笑して首を振った。
どうやらこれ以上は突っ込むなということらしい。
だからメイリアーデもそれ以上はなにも言わず、視線を空へと戻そうとする。
しかし、その途中でふとナサドの姿が目に入って動きを止めた。
(ナサド……)
メイリアーデは心の中でその名を呼ぶ。
当然その声は届くことなく、ナサドはメイリアーデ達とは少し離れた場所でひたすら空を見上げていた。
3体の龍をじっと誰よりも熱心に眺める彼の胸中はメイリアーデには分からない。
音もなく、声もあげずに彼は空を見つめ続ける。
表情のひとつすら変わっていない。
しかし、それでも何故だかメイリアーデはそこに熱を感じた。
切なげに、そして羨んでいるように見えたのだ。
「心が、見えたらいいのにな……」
声となって小さくこぼれた言葉。
メイリアーデは自分が聡いとは欠片も思っていない。
アラムトはメイリアーデのことを「察しが良い」と言うが、そんなことはないのだ。
前世の記憶があって、その前世で出会った人がまさに目の前にいて、だからこそ色々と気付けただけ。
それはメイリアーデが本来持つものではない。
現にメイリアーデにはナサドの考えも抱えたものもさっぱり分からない。もっと親しくなりたい、笑顔が見たいと言えど、なにひとつ成せていない。
そもそもメイリアーデが本当に察しが良ければ、あのようにナサドの気分を害するようなことはなかっただろう。
「メイリアーデ」
悶々と悩んでしまうメイリアーデをそっと呼んだのは、王妃たる母だった。
どうやら先ほど呟いた言葉を王妃だけは拾いとったらしい。
笑顔のまま静かに呼ばれてメイリアーデは視線をそちらへ向ける。
「明日は空いているかしら?」
「お母様?」
「女同士、そろそろ話も弾む年頃でしょう。どう?」
母にしては少し唐突な誘いに驚きながらも、断る理由は何もない。「はい、ぜひ」と頷けば、さらに深い笑みで返された。
「き、妃よ……女同士の話とは」
「あらまあ、陛下。それはいくら陛下でもお教えできません」
「なっ、そ、それは!?」
「ご安心なさいませ。何もすぐにどうこうというお話ではございませんから」
「な、何がどうこうなのだ!?」
そこからはよく分からない両親の会話をポカンと眺める。
しかしやがて父の懸念事項に思い当たると、メイリアーデは顔を赤らめて声を荒らげた。
「だだだだ大丈夫ですから! 私、まだそんな歳じゃないですからっ」
「本当か!? 本当だな!?」
「はいっ、それはもう、本当に!」
「あらあら、メイリアーデ。そのように必死に否定するとかえって怪しいわよ?」
「お母様ぁ……!」
かつてなく面白そうな母にしどろもどろなメイリアーデ。
端から見れば穏やかにじゃれあう家族に見えるようで、セイラやユーリは互いに顔を見合わせながらくすくすと笑っていた。
母に色々とばれてしまったのではないか、いや、この反応を見る限りもしかして自分の考えって皆に筒抜け……?
メイリアーデがそう思い、思わずナサドを見てしまうのも無理はないだろう。
いつの間にか視線を空からこちらへと戻していたナサドは、メイリアーデの反応に何か用があると思ったらしく足を向けてくる。
慌てて首を振って大丈夫だと示せば、やや怪訝な顔をしながらも頭をその場で下げて留まった。
「父上、母上。ただいま戻ってまいりました」
「……何をなさっておいでですか、母上」
「あー、母上また父上からかって遊んでいましたね? 僕も混ぜて下さいよ」
ちょうど都合よく兄達が帰ってきてくれたためそれ以上変な空気になることはなく、その場は父や兄達を中心として話が弾む。
実はその時、様子を静かに見守っていた龍貴族達に妙な緊張が走っていたのだが、メイリアーデがそのことに気付くのはもう少し先のこととなる。
 




