0.プロローグ
私はあっけなく死んだ。
最後まで諦めないと何度も何度も声をあげて踏ん張ろうとしたけれど、駄目だった。
短い人生だったけれど幸せだったと思う。
多くの愛に恵まれた。
大事な人にも囲まれた。
けれど死んでしまった私に残ったのはたったひとつの悔いだ。
それは死んでもなお諦めきれなかった大事な想い。
「よう。災難だったなあ、こんな早くに死んじまって。で、お前は一体何を思ってこんなとこに留まり続けてんだ?」
ふと、声がしたのはいつだっただろうか。
分からない。
声をかけてきたのは、同い年くらいの少年だった。
若いのに神父のような服を着た、不思議な少年。
死んだ自分を認識し声をかけてくるくらいなのだから、普通の人間ではないだろう。
ひょっとするとお迎えなのかもしれない。
そんなことを思いながら、私は彼に正直な胸の内を吐き出す。
聞いてくれるような相手が、他にいなかったからだ。
「約束を、果たしたいの」
「約束ねえ、誰とした約束だ?」
「どこにいるかは分からない、大好きな人。些細な約束だけど。他の人からすれば下らないって言われるような」
途中で言葉を切り少年を見上げれば、彼の顔は思いのほか真剣だった。
軽薄そうな見た目と口調からは想像できないほど、真っすぐな視線。
想像以上にしっかり聞いてくれているらしいと思って私は笑う。
「おかしいと思う? 居場所も分からない、おまけにもう会うことも叶わない相手との約束を果たすためにこの世に留まり続ける私が」
「いやあ? 変な奴だとは思うけどな。自分を捨て置いていなくなった男のためにそこまで考えるか普通?」
「え? ふふ、どこまで知っているんだか。まさかエスパー?」
「いや、神様」
「あはは、面白い人。でもそれは誤解。先生は私を捨て置いて行ったわけじゃないよ。それに大好きなのも約束を果たしたいのも私の一方的な思いであって、先生のためではないんだ。私のため」
「あー、お前あれだろ。お人好しとか言われる部類の人間だろ。もしくは頭空っぽって言われるような奴」
「失礼だなあ」
遠慮のない物言いの“神様”は、久々に話せて上機嫌な私を見てにやりと笑った。
「まあ、良いか。うん、お前気に入った」
「え?」
「お前の魂、預かるぞ。俺は貸し借りとかそういうのは嫌いでね、ちょうど良い理由を探していたが合格」
彼の言い分は全く理解できない。
貸し借りが何なのか、ちょうど良い理由が何なのか。
しかし、それを問いただそうとも思わなかった。
何故かは分からないけれど、細かいことがあまり気にならなくなっていたのだ。
自称神様な少年は、やはりにやりと笑って声を上げる。
「お前にきっかけを与えてやるよ。ただし俺が出来るのはそこまでだ。その後は自分で何とかすんだな、まあ覚えてやいねえだろうが」
「ん?」
「お前の“大好きな人”は、中々厄介だぞ? せいぜい頑張れや」
彼のその言葉を最後に、視界がぼやけるのが分かった。
淡く、白く、広がって頭もぼんやりと靄がかかる。
駄目、まだ約束が。
そう思いながらも抗えない何かは、どんどんと私の中に流れ込む。
死んだ瞬間もまさにこんな感じだったなと思いながら、今度こそ踏ん張らなければと気合を入れる私。
けれど踏ん張ろうにも足場も感覚さえ、もう薄れて分からない。
「良い人生を」
意識の途切れる直前、“神様”はそう言って優しく笑った。