七話 決闘? 我、体調悪いからパスだわ
「いいですか。彼女は恐らく、色恋が弱点でしょう」
「それでその弱点知ってどうすんのー!」
魔王は叫ぶ。複式呼吸でお腹の底から声を出す。
「魔王様。冷静になって下さい。現在の我々の戦力ではどう逆立ちしてもライラには勝てません。もう『不死鳥のアミュレット』もないから魔王様の必殺技、自爆もできないんですから」
リーシャは諭すように言う。
「待って。自爆を必殺技にするの、辞めて」
「従って、正攻法では敗北が必至。であるならば、策を弄する他ありません」
魔王のつっこみをリーシャは無視して続けた。
「それと、色恋が苦手いうのはどう関係すんの?」
「彼女を魔王様が篭絡するんです。それで仲間にしちゃいましょう。そうすれば敵もいなくなり、我々の陣営は強化されます」
完璧では? とリーシャは視線で魔王に問う。
「あのねぇ、どこの世界に殺しに来た相手に惚れる女がいるんですか!? 出会って五秒で瞬殺されて終わっちゃうよ!」
その問いに対し魔王は常識的な事を言う。
「リーシャちゃん! 今はふざけてる場合じゃないのです!」
ペトもリーシャを窘める。
「魔王様もペトもライラに会った事がないからそう言えるんです。ライラは馬鹿で真面目で脳みそ筋肉です。戦いたかったら一つ言うことを聞くように言えば、きっとうなずきますよ」
「本当にー……?」
魔王は懐疑的だ。
「はい。私を信じて下さい」
言われて魔王はリーシャを眺める。
(うん。どっからどう見ても幼女メイドだ)
正直に言って、あまり頼もしい感じはしない。むしろ頼りない。
「うーん……」
「魔王様? 何か失礼な事を考えていませんか?」
魔王の微妙な表情から何かを感じとり、リーシャは頬を膨らませてむくれた。
(そういうとこなんだよなぁ……)
内心で思っても口には出さない。
「まぁ仮に直ぐに戦いにならないにしてもさ、篭絡ってどうやんの?」
「それは……。ペト?」
リーシャは聞かれてペトラルカに視線を送る。救難信号だ。
「えぇ!? わ、私!? 知らないよそんなの!? まだ男性とお付き合いしたことないから……。リーシャちゃんはあるんじゃないの?」
「私は世界一のメイドになることが夢なのです。メイドに恋人など不要。メイドは恋愛禁止です。つまりそういう事です」
赤くなるペトラルカ。どこぞのアイドルのような事を言うリーシャ。二人とも役に立ちそうにない。
「お前らなぁ……」
「魔王様はどうなのですか?」
まだ赤い顔を手で隠しながら側近は魔王に聞いてしまった。
「俺はその……。まぁ無いこともない。寧ろ経験豊富? だしね?」
(男には見栄を張らねばならぬ時があるのだ……!)
この時の魔王の目は滅茶苦茶泳いでいた。クロールしていた。
「そうですか……。魔王様はあるのですか、そういう経験」
ペトラルカは俯く。
「じゃあ大丈夫ですね。この計画は上手くいきます。メイドの直感です」
「……だなー」
(ああもうこれ死んだかもな……)
しかし魔王には代替案は思いつかない。結局三人はライラ篭絡作戦をこの後、真剣に話し合ったのだった……。
二日後の昼。魔王のお昼ご飯はオムライスだった。正確には、オムライスに似た何か。そこにリーシャがハートマークをケチャップで描く。リーシャ曰く、これもメイドの嗜みらしい。
そんなオムライスを半分程食べたところで、ライラ到着の知らせが魔王に届いたのだった。
「玉座の間に通しておけ、我も直ぐに向かう!」
鋭い声で侍従ゴブリンに命じる。命令を受けた侍従は魔王の剣幕に当てられ、逃げるように部屋を後にした。モブ相手には厳格に振舞う魔王である。
魔王は急いでオムライスを頬張り、部屋を出ようとしたが、一つ重大な事を思い出す。
(あ。歯磨かなきゃ)
「魔王様! あんまり待たせたらまずいですよー!」
ペトに急かされながら魔王は三分で歯を磨き、玉座の間に向かう。魔王は少し図太くなった。これも一つの成長なのかもしれなかった……。
玉座の間に魔王が側近とメイドを連れて着いた頃には、すでに燃えるような赤髪の女が待っていた。
(ほう……)
その女の美しさに魔王は一瞬目を奪われた。彼女を一言で表すならば、美獣。飾らない美しさがそこにあった。無駄のない肉付き。均整のとれた体格。その立ち姿一つでも隙が感じられない。髪は伸ばしっぱなしなのか、床につこうかという位に長い。その毛が彼女の全身を包み、より獣らしく見せていた。
顔つきも美しいが攻撃的。決して人間に懐かない、孤高の肉食獣を連想させる。
魔王は出来るだけ偉そうに玉座に腰掛けた。魔王としての演技は来たばかりの頃よりは慣れてきている。
「ようこそ、我が城へ。今日はどういう用件だ?」
聞くものを震わせる魔王の声。しかしライラは一向に怯む様子はない。
「用件は一つだけ。決闘しろ、魔王!」
挨拶など要らない、と彼女の顔は語っていた。この実直な態度はリーシャから聞いた通りのモノである。
「決闘、か。いいだろう。受けてたとうじゃないか」
魔王は不敵に笑う。
「……! ならば!」
それを見てライラは剣を鞘から抜こうとするが――。
「しかしまだだ」
それを魔王の声が制止した。
「我は最近、少し体調が悪くてな。あと数日もすれば治ると思うのだが……。ゴホッゴホッ」
魔王はここぞとばかりにいっぱい練習した咳をしてみせる。そして、チラッチラッとライラを確認。すっごく不満そうな顔をしていた。が、剣は鞘に戻されている。
(よし! 上手くいっている!)
魔王は畳みかける。
「万全でない我を倒し、ライラよ。お前は満足なのか? それで父親の敵討ちは成功したと言えるのかな?」
「……父は正々堂々、決闘した上で死んだのだ。私は敵討ちをしようなどとは思っていない。しかし、万全でない魔王を倒しても私の強さは証明できない。決闘はお前の体調が良くなるまで待とう」
ライラは不機嫌な表情で淡々と話す。
(キターーーー!)
魔王の内心はフィーバー状態だったが表に出すわけにはいかなかった。
「そうか。それでこそ一流の戦士というものだ。長旅で疲れただろう。決闘まではこの魔王城で体を休めておけ」
「断る。私は野宿で結構」
とりつく島もない。しかし魔王はここで引き下がるわけにはいかない。泊まってもらわなくては困るのだ。
「ライラ……。これも決闘を十全に行う為なのだ。いいか? お前が旅の疲れを少しでもひきずっていれば、我は勝ってもつまらぬのだ。お前とてこの気持ち、わからぬわけではあるまい?」
「……わかった。でも一つ覚えておけ。互いが万全ならば、勝つのは絶対に私だ……!」
(キターーーー!)
魔王第二の歓喜。
「その言葉、そっくり貴様に返すぞ。リーシャ。彼女を客室に案内してやれ」
リーシャは言われてトテトテとライラの元に歩いていく。
「……リーシャ? お前があのリーシャなのか!?」
ライラが新しい表情を見せる。びっくり顔だ。
「お久しぶりです、ライラ。武芸大会以来ですね。二十年振りくらいでしょうか?」
「……お前、なんか変わったな。もの凄く弱くなっている。ちゃんと鍛錬してたのか?」
「鍛錬なんて私はしませんよ。メイド修行ならいくらでもしますが」
「変わってないな。相変わらずおかしな奴だ」
呆れたように言う。
「そのおかしな奴に二十年前に負けたのは誰だったんですかね? 赤ゴリラさん?」
「お前……! 今は私が最強だ! 鍛錬は私を裏切らない! 今のお前なんて二秒あればミンチにしてやるぞ!」
リーシャの挑発に、ライラは凄い勢いで乗る。
「そうでしょうね。貴方は強くなり、私は弱くなりましたから。さて、無駄話はこれくらいにしましょうか。では魔王様、失礼します」
ペコリと頭を下げてリーシャが退室する。その後ろにライラは着いていくが、出る直前に魔王をギロリと睨んでから出ていった。
「こ、こえー……」
遠ざかっていく足音を聞きながら、魔王はへなへなと玉座から崩れ落ちた。魔界最強の一角に殺気を中てられ続けていたのだ。鉄火場に慣れていない魔王にはそれだけでもしんどかった。
「ライラさん、リーシャさんから聞いていた通りの人でしたね……」
「い、一応は作戦通りだ。計画を第二段階に進めよう」
「どのプランでいきましょうか?」
ペトが手元の資料に目を通しながら尋ねる。以前に作戦会議で話したことがまとめてある資料だ。ペトはこういった事務仕事が上手い。
「うーむ……。プランCだ!」
「えぇ!? プランCですか!? 上手くいくでしょうか?」
プランCのCは何か。カレーのCである。