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六話 ライラさんは先代魔王の娘であり、魔界最強候補である

 ライラ・ダーマイン。彼女は先代魔王の娘としてこの世に生を受けた。彼女の父が彼女に求めたのはただ強くあること。それだけだった。故に父はライラに厳しい試練を与え続けた。

 人間の基準から考えれば異質な家族の形だと思うだろうが、魔界では子供にこう接するのはあながち珍しいことでもない。

 魔界の住人は力をこそ信奉する。その理由は単純。力なき者は魔界という過酷な環境では生きていけないからなのだ。作物もろくに育たない土壌。人間界に比べ、大量に発生し続ける魔獣。そして大規模な自然災害のような大魔獣。これら全てが魔界で生きる魔物に立ちふさがるのだ。



 かくして、ライラは幼少期からひたすらに鍛錬を積み重ねていった。魔王の娘という立場上、いい師にも恵まれた。魔王の戦士長バルギウス。もう三千年生きていると言われる彼はどんな戦闘技術にも精通しており、その全てとはいかないまでも多くをライラに教えてくれた。

 ライラはただ毎日鍛錬をして過ごした。そうすることが父の期待に沿うことになるのをライラは知っていた。彼女は魔界最強の称号、魔王である父を深く尊敬していたのである。 今日は昨日の自分より強くなる、それだけを考えて過ごしていた。アルタイルが彼女の父を殺すまでは。



 その日、ライラはバルギウスに魔王城へ呼び出された。なんでも、父が流れの旅人と決闘をするのだという。魔王たる父の戦う姿は、非常に勉強になる。ライラは直ぐに魔王城に向かった。どうせ一方的な戦いになるだろうと誰もが考えていた、そんな決闘。

 始まってみると、それは確かに一方的なモノだった。しかし当初の予想とは異なる人物が圧倒していた。――アルタイルだ。魔王を相手にしているというのに、アルタイルはつまらなそうに戦った。



 始まって僅か数分で、父は死んだ。



 ライラにとって絶対的な存在だった父。それを易々と殺したアルタイル。彼女の意識はそこで飛ぶ。次に気づいた時には、魔王城から何十キロも離れた場所にいた。彼女の自己防衛本能が彼女をアルタイルから遠くに逃がしたのだ。

 それから彼女はアルタイルを避けるように、魔王城から一番離れたバンパイアの部族に身を置いた。彼女の種族はバンパイアなので問題はない。



 そこで彼女は今まで殆ど戦いでしか使ってこなかった頭で考えた。

 アルタイルについて。魔物は力を信奉する。父はアルタイルより弱かったから負けて、死んだ。だからそこに問題はない。魔界ではよくある事のはずだ。

 しかし彼女はアルタイルが憎かった。それが何故なのか彼女には分からない。だから憎い理由を毎日探していた。

 考えていても鍛錬をしても時間は経過する。やがて彼女はアルタイルが魔王としての義務を果たさずに遊び惚けている事を知った。

 アルタイルへの憎しみはそれを知って更に増した。魔王という名誉ある地位を奴は傷つけている。それは死んだ父への冒涜ですらあった。



 ライラは決心した。アルタイルを殺そう。それができるように鍛錬しようと。やがて彼女は大魔獣を討伐できる三人目の戦士となる。



 時は熟した。彼女は己の魔剣『オンリーブラッド』を携え、魔王城へ歩きだした。

 ただ真っすぐに。愚直に。

 魔王城への最短距離を行く。


 そんな彼女故に、その進路上に、魔獣の支配域があったとてライラはそれを考慮しない。近辺の力自慢の魔物ですら入る事に躊躇する領域に、ライラは迷いも気負いもなく、ただそうするのが当たり前であるかの様に入っていく。



 ライラがその領域に足を踏み入れたその瞬間、内部にいる魔獣、その数三百全てが侵入者の存在を感知した。

そもそも魔獣は、その地に漂う魔力によって自然と湧いてくる存在である。魔獣に自我はなく、目的もない。しかし、この世界に生まれ落ちた瞬間にたった一つの指令が与えられる。



『殺せ。生物を殺せ。人間を殺せ。魔物を殺せ。強い魔力、生命力を持つ生物を、殺せ!』



 何故魔獣は発生するのか? 何故そんな指令が下るのか? それは誰も知らない。この世界の誰一人として、もうそれを知る生物はいない。

 その指令の性質上、魔獣は魔力感知能力を個体ごとに差はあれども備えている。

 そしてライラの様に、膨大な魔力を抑えることなく垂れ流していては、魔獣に感知されるのは当然の事である。



 この領域に生息する魔獣――マナウルフは一体の個体で見れば、さしたる脅威ではない。人間の冒険者の間では、一対一で勝利できれば初心者卒業と、一つの基準になっている。そう言えば分かりやすいだろうか? マナウルフは、決して個体としては、魔物にも脅威として認識されていない。



 しかし――現在のこの場合は?

 三百という群体となっているこの場合は?



 その脅威度は格段に跳ね上がる。人間ならば国を挙げて、魔物ならば集落の力を結集して、命を賭してこれに挑まなければいけない。力を持たぬ人間の小国ならば、一晩とたたずに陥落し、その全ての命を刈り取られるだろう。

 マナウルフは群体となり、他の個体と連携することで力を増す魔獣なのである。



 彼らはライラの存在を感知すると、その全てが上体を起こしてある一方向に、全く同じ動作で一斉に振り向く。

 夜の闇に照らされ、光る三百対の瞳。

 そして次の瞬間に、その全てが猛然と駆け出した。



『殺せ。生物を殺せ。人間を殺せ。魔物を殺せ。強い魔力、生命力を持つ生物を、殺せ!』



 不純物が一切ない、無機質な殺意が一直線にライラに向かっていく!

 けれどライラは、そんな圧倒的な暴力を前にしても全く意に介す様子はない。

 それどころか、彼女はずっと別の事を考え続けていた。

 魔王の事だ。ずっと昔、一度だけ目にした魔王アルタイルと父の戦い。



 彼女のように力を備えた剣士ならば、強敵との戦いの前にそのシミュレーションを脳内で行う。現在やっているのはそれだった。今やおぼろげな記憶の魔王の動き。

 それを集中して思い出し、自分ならばどう守るか、どう攻めるかをイメージする。

 仮想の魔王と己を自身の脳内に創造し、立ち会う。



(しかしあれは――)

 本当に、戦いだったのだろうか?

 戦いと呼べたのだろうか?

 父と魔王とのあれは――蹂躙、ではなかっただろうか?

(! ダメだ!)



 ほんの一瞬、彼女の思考がそれた瞬間にライラの首は飛んだ。

 あくまで彼女の脳内で、であるが彼女は魔王に負けた。



(――馬鹿。馬鹿な私)



 今、私は戦いの場に私情を持ち込んだ。だから負けたのだ。

 戦いにおいて、闘争心以外は不要。邪魔にしかならない。

 ライラは一度大きく息を吐き、精神を落ち着かせた。

 彼女がそうしている間に、マナウルフは完全にライラの包囲網を完成させている。三百対の爛々と輝く瞳が、早くあの女を殺したいと訴えていた。指揮する個体の命令を、一心不乱に焦がれている。



「一旦、鍛錬は中止か。マナウルフ私は今、少し気が立っているぞ」



 この時になって、初めてライラはマナウルフを意識し、剣の柄に手をかけた。

 ライラの言葉は、魔獣には聞こえていても彼らがそれを理解することはない。

 彼らにあるのは、一重に純粋な殺意のみである。



「オンリーブラッド、起きろ。主たる私はお前に誓う。『私は、この場にいるマナウルフを全て殺そう』。誓いを遂行する為、私に力を貸せ」



 ライラは、誓った。

 するとそれに答えるように、彼女の魔剣『オンリーブラッド』の刀身が赤く、強く輝く。

 古今東西、魔剣とは主に力を与える代償として、何らかのデメリットを主に与える。

 しかし、彼女の魔剣はその通例から漏れないものの、優良ともいえる剣だ。少なくとも、ライラ本人はそう思っている。



 『オンリーブラッド』は別名、誓いの剣。

 『オンリーブラッド』は主の誓いを聞き、誓いの為に力を貸す。

 その誓いの大きさに比例して、主の為に働く。そこには代償はなく、デメリットもない。

 ただし、ルールがある。

 その誓いは、絶対に果たさなければいけない。途中での放棄は、絶対に許されない。

 例え不可能な状況に陥ったとしても、一度誓っていれば、その達成の為に主の意志を無視してまで肉体を操るのである。

 故に誓いの剣。



 ライラの前の持ち主も、その前の持ち主も、身の丈に合わぬ誓いを立てて死んでいったと聞いている。

 しかし、彼女は迷いなくこの魔剣を自身の武装とした。

 彼女の理念。一度、誓ったことは絶対に曲げずにやり抜く。それに、この魔剣は合致していたのだ。寧ろ、彼女はこの魔剣の縛りを喜んですらいた。



 ライラは魔剣を鞘から抜く。

 本来、赤黒い刀身は、今は彼女の誓いを受けて眩いほどの赤へと変貌している。

 それを見たのが人間なら、普通の魔物であったなら、自身の破滅を感じ取って一目散に逃げだすだろう。

 しかし、マナウルフにはそんな感情はなかった。



 ウオォォォオオオオ! 



 号令が下った。

 凛として剣を構えるライラの温かい鮮血を求めて、わき目も振らずに、三百対の牙が一斉に襲い掛かる。

 跳躍し、突進し。牙で、爪で。蹂躙を開始した。

 それは一国すらも、落とすほどの暴力。

 しかし――今回は相手が、致命的に悪かった。



 決着はただの一瞬。

 ただの一振りだった。



 ライラが横に剣を薙ぐ瞬間、赤い刀身はその光を強くして、何倍にも膨れ上がったのだ。

 そして、何もなかったかのように、彼女は一瞬の間に横に一回転。

 何もない空間で、一周したかのように。

ただのそれだけで、彼女の誓いは果たされたのだった。



 膨張した刀身は、マナウルフも、草も木も空気も、その周囲にあった物体全てを消し飛ばした。ライラを中心に、大きな円ができる。

 その中には、およそ生命と呼ばれる何もかもが存在を許されなかった。

誓いを果たしたことを魔剣は認識し、光は消え、刀身は元の赤黒い状態へと帰る。

 その刀身には汚れ一つも残らなかったので、彼女はそのまま鞘に戻した。

 そして再び歩き出す。

 今の出来事なんて、本当に何でもなかったように。

 ただ一かけらだけ、マナウルフはライラの思考にこびりついた。



(魔獣。殺すだけ、奪うだけの存在)



 その在り方は、彼女には少しだけ眩しかった。純粋に、闘争のみを求めるその在り方は。

 だがその心の働き、憧憬すらも余分であろう。

 そう思って、直ぐにその思いも捨てた。再び彼女の頭は、魔王との死闘で一杯になっていく。しかし彼女の想像のなかで、彼女はまた魔王に殺された。



(欲しい。もっと力が欲しい! まだまだ足りない。どうすれば、私はもっと強くなれるのだ!)



 近頃、彼女は自分の力に伸び悩んでいた。大魔獣を殺せるようになってからは、彼女は目指すべき目標を見失っている。

 そんな先代魔王の娘、ライラ。

 彼女はこの数日後に魔王アルタイルと再び邂逅することになる。



「あ、その玉ねぎ切っといて。我はニンジン切るから。待って! 我言ったよね? 玉ねぎは繊維に沿って切ってくれって! 我言ったよね? そうしないと繊維がつぶれて、メッチャ泣くことになるからぁ!」

「あ、ああ。こうか?」



 トントントン。



「あーそうそう。やっぱ一流の戦士は刃物扱うの上手ぅー!」

「……」

 ライラは魔王と二人で晩御飯のカレーを作っていた……!

 どうしてこうなったのか。時は遡る。


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