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五話 魔王様、また敵襲でござるよ!

三章 対決? 先代魔王の娘、ライラ・ダーマイン

 リーシャ襲撃事件から一週間が経過していた。魔王城は今ではすっかり元通りになっている。リーシャがあの後に大勢のドワーフを連れてきて、再建を指揮してくれたのだ。ドワーフは手先が器用な種族。とび職の兄ちゃんも真っ青なスピードで工事は進み、魔王城は復活した。



 ちなみに魔王城には少なくない手下がいたが、その多くは魔王アルタイルが強引に引っ張ってきた(誘拐)女の子だ。彼女たちは魔王城(彼女たちの住居)が壊れて途方に暮れていた。

 ペトが「この際、退職したい子にはその許可を与えてあげましょう」なんて言うので、その通りにしたら大体全員いなくなった。凄い速さで魔王から遠ざかっていく。よっぽど魔王城での生活は苦痛だったのだろうか。今の魔王としては複雑な気分である。

 そんな訳で、現在の魔王城は割とスカスカになっており、緊急で職にあぶれたゴブリンを少数雇う事でなんとか体裁を維持している。

 その指揮は、侍従長のリーシャが行ってくれていた。彼女は少し肉体に精神が引っ張られることはあるものの、このようにしっかりその優秀さを発揮しているらしい。



そんなリーシャは今、魔王の部屋にいる。

 そこで、魔王はペトから魔法を教わっていた。リーシャはそれを見守るように側に控えている。ここ数日は大体そうして過ごしていた。このまま魔王が戦えないようでは危険が危ないからだ。少しでもマシになるように、魔王は魔法の勉強に打ち込んでいた。



 現在は休憩時間。魔王はぐったりと机に突っ伏していた。魔法の勉強は今まで日本の学校でやって来た勉強とはやり方が全く異なる。慣れないことをするには疲れるのだ。

 そこにテクテクとリーシャが近づく。その小さな手は彼女の身長ほどあるカートを押していた。



「魔王様、お茶を準備しました」

 リーシャは出来るメイドだ。こうして休憩時間になるのを見計らって、丁度いい温度になるようにお茶を準備していた。

「ん。ありがとう」

 魔王は礼を言うが、この後の展開を予期していたので表情は明るくない。

「じゃあ入れますね」

「……ああ」



 魔王、覚悟の表情。リーシャは机にカップを置いた。次にそこにティーポットから紅茶を注ぎ込もうとするが――。



「あぁぁああちぃぃいいい!!」

 狙いは外れ、魔王の膝にかかってしまった。

「……! 申し訳ありません! すぐにおズボンを脱いでください! やけどしてしまいます!」

 リーシャは力づくに魔王のズボンを脱がせようとするが、それに魔王は力一杯抵抗する。幼女にズボンを脱がされた魔王というのは、未だかつて、その長い歴史の中でも存在しない。魔王はまだ、前人未到のその領域に足を踏み入れる訳にはいかなかった。



「いやいやいや! そこまで高温じゃなかったからセーフ! いきなりでびっくりしただけだから!」

「そうでしたか……。すいません! 直ぐに代えのお召し物を!」



 そう言って棚からズボンを出そうとするが、身長が低くて上の棚が開けられない。

「よいしょ。これでどうかな?」

 それを見てペトがリーシャを手助けする。脇を掴んで軽々と持ち上げた。それでやっと高さを得たメイドは棚から目当てのズボンを取り出すことができた。

「ありがとうございます。ペト」

「いやいや。もっと頼ってね、リーシャちゃん」



 ニコッと笑うペトラルカ。ここ数日で、ペトラルカはリーシャのことをちゃん付で呼ぶようになっていた。

 リーシャは彼女なりに急いでトテトテと魔王の元へ。



「お待たせしました。直ぐにお召し物を取り替えます」

 そしてまた脱がせようとする。

「いいって! 俺には着替えさせてもらう習慣なんてなかったんだから。自分でやるから大丈夫!」

「そうですか……」

 仕事を奪われてリーシャは悲しそうだった。



 魔王は急いで着替える。このように小さくなってからというもの、リーシャは失敗が多かった。今回のお茶事件でも、魔王は絶対に零すと分かっていたわけではない。しかし何か悪い事態が起きることは覚悟していたのである。



「私は世界一のメイドに……。ぐすん」

「大丈夫だって! 今はその体に慣れてないだけだろう?」

「そうだよ! リーシャちゃんなら直ぐに今まで通り完璧なメイドさんになれるよ!」



 失敗を引きずり、泣きそうになるリーシャを二人はすかさず慰めた。もうこの展開には慣れっこなのだ。



「ぐす……。そう、ですよね」

 リーシャの涙は引っ込んでいく。

「そうそう。竜人の中でも天才と名高いんだろ?」

「そうですよー。私なんかとは格が違うのです!」

 魔王と側近は畳みかける。

「私は天才……。そうです! 昔からそういわれてきたんですから!」

 腰に手をあて、リーシャは胸を張った。ご満悦の表情である。

(ふう。今回は泣かなくて良かったー)

 しかし、時間を経るごとに子供っぽくなっていくような……。

(でもいいか)

 何故なら可愛いから。大人形態は色っぽくてそれはそれで最高だったが、子供形態はまた違う良さがある。純粋に可愛い。多少のミスをあっさり許してしまうくらいに庇護欲をそそるのだった。



「あ、魔王様。休憩時間終わりです。授業に戻りましょう」

 無慈悲にも、側近が勉強の再開を告げる。

「げ。俺まだ休めた気がしないんだけど……」

「駄目です。頑張りましょう! さ、次は魔法じゃなくて魔界と人間界のお話ですよ」

「とほほ……。わかったよ」



 魔王からすればこの時間はお茶をかけられ、慰めただけの時間だった。思い描いた休憩時間とは異なる現実。

「私のせいですね。申し訳ありません……」

「そんなことないぞ! あーお茶旨! 元気バリバリですよこれは!」

 また泣きそうになるリーシャをフォロー。ペトはそんな魔王をニコニコと眺めている。



「じゃあ、授業始めますねー。これを見て下さい」

 ペトが大きな紙を机一杯に広げる。それはこの世界の地図だった。

 そこには凸凹した四角形があり、真ん中あたりに赤い線が引いてある。



「ほー。この世界は巨大な一つの大陸で成り立ってるのか。他に大陸はないの?」

「はい。あとは小っちゃい島が幾つかあるくらいです」

「この真ん中の線は?」



 魔王は中央に引かれた赤い線を指さす。



「これは結界線です。ここから右が人間界。左が魔界なんですよ」

「ほーん。結界線。結界というからには、ただの境界線とは違うのか?」

「正解です魔王様。話は昔昔にさかのぼります。古代、魔物と人間はずっと争ってました。その時代はまだ人間界と魔界っていう線引きはなくて、人間も魔物も混ざって暮らしていたのです。でも争うのは人間と魔物、お互いの繁栄の為にも良くないって事を当時の魔王様と人間の王様は気づきました」

「なるほどなるほど。争っていても腹は膨れないよね」

「そこで二つの種族は棲み分けることになったのです。そうして西に魔界、東に人間界ができました」



「で、結界線って?」



「でも口だけで世界を二等分したって、どうせまた争うのは明確でした。それ程に魔物と人間の確執は大きかったんです。だから、当時の魔王様と人間の王様。二人は力を合わせて、この境界線上に結界を張ったのです」

「そして気になるその結界の効果はー!?」

「なんですかそのテンション……。えっと。この結界を通って魔物が人間界に行くと、とっても弱くなっちゃいます。逆も同じです。人間も、魔界に入ると弱体化してしまうのです。普通の人だったら、入って数日で死んじゃいます」

「え。凄いなそれ。じゃあもう魔物と人間が争うことはないわけだ」



 しかしそれにペトは悲しそうに首をふる。



「争いは殆どなくなりましたが……。ゼロではないのです。強い魔物や人間は結界の効力の下でも動けちゃうのです。だから散発的に、この結界線付近では争いはあります」

「でも、大軍は動くことはない訳だ」

「そうですね。だから当面、魔王様は人間を意識しなくていいと思いますよ!」

 それを聞いて、魔王は安堵のため息を漏らす。



(良かったー)

 魔王は殆どの生涯を人間として過ごしてきている。そんな彼の倫理観は一般的な人間と同じだ。人を殺してはいけない。それが深く脳裏に刻みこまれている。魔界の魔物とは違う思考回路なのだ。

「なーるほど。結界バンザイ! ……。待てよ、それの効果が切れることってないの?」

 喜びかける魔王だったが、心配が鎌首をもたげた。彼は小市民、些細な不安で夜も眠れなくなるのだ。

「大丈夫ですよ。もう五千年もずっと働いてくれているのですから。明日も明後日も、きっと働いてくれますよ」

 ペトは能天気に笑う。



「そうか……」



 しかしそれを聞いて魔王は更に不安になった。

(例え、五千年稼働していてもそれが明日の安全を保障するモノとは限らないのではないか……?)

 魔王の思考が飛ぶ。万物には寿命がある。本当にその結界は永遠のモノなのだろうか? 少なくとも彼には、永遠なんて言葉は信じるに値しない言葉だ。

(今が幸せって事は、将来が不幸になるって事。今が満ちていれば、将来は欠けるって事だ)

 彼は過去を思い出して、顔を顰める。



 しかしその行動は、顔を伏せていたので他の二人からは居眠りと勘違いされたらしい。

「――様! 魔王様! 聞いてますか?」

 ペトに呼び掛けられ、魔王は思考の渦から現実に復帰した。

(そうだ。今は、この夢の中では考える必要のない事だったな)

「ん、ごめん。何を話していた?」

「魔界の現状ですよー! 大事なお話なのですから!」

 ペトは怒っているのだろうが、ポヤポヤした雰囲気を持つ彼女に怒られてもそんな気は一切しない。

 それに魔王は一応素直に謝り、ペトに続きを促した。講義は続く。



 魔界には国はない。各部族の集落が点々とあり、その全てが魔王に忠誠を誓っているのだという。魔王は統治をしたり、税金を取ったりはしない。特に決まってはいないが、一年に一回、魔王城に貢ぎ物をするのが習わしらしい。魔王はその見返りに、発生する魔獣を駆除する。

 ルールはその位なもので、各部族は好きにまとまり、独立して統治している。部族間での争いも自由だ。魔王は一般的にそれに介入することはないらしい。



「なーんだ。魔王って意外とお飾り?」

「人間と争っていた時代は、魔王様の元に一丸になっていたのですが……」

「共通の敵がいなければそんなもんだよな」

「でも、魔王様は今でも魔界に住む魔物の象徴! 魔物なら皆憧れる凄い立場なのですよ?」

「それで、俺は尊敬されているのか?」



 必死にフォローするペトに、魔王は問う。その質問にペトはサッと目をそらした。



「その……。アルタイル様は遊んでばかりでお仕事してませんでしたから……」

「信用と好感度は最底辺と。大丈夫、それは分かってる。でも魔王の仕事がいまいちわからん。魔獣の駆除とは? 魔王以外にも強いヤツはいるだろ? リーシャみたいにさ。そいつらが倒せばいいじゃん」

「普通に自然湧きする魔獣なら簡単なのですが、一年に数体現れる特別な魔物――大魔獣はホントに強いのですよ。正確には、魔王様のお仕事はその大魔獣を倒すことなのです」

「ほう。大魔獣ってそんなに強いんだ?」



 その問いには、側に控えていたリーシャが答える。



「私は以前、一度だけ大魔獣と対峙した事があります。その時は万全の状態だったにも関わらず、不覚をとり命からがら逃げました。あれはもう、自然災害と言えるでしょう。大魔獣を倒せる存在はこの魔界でも数えるほどしかいません」

 魔王は黙って続きを促す。

「魔王様。そしてそれに何代も仕えてきた魔王の戦士長、バルギウス。先代魔王の娘ライラ。現在はこの三名しかいませんね」

「三人だけ? しかも今の魔王は俺だし、実質二人じゃないか」



 驚き、目を丸くする魔王。



「だからそのバルギウス様は魔王様の代わりにあちこち飛び回って、大魔獣を討伐してくださっていますよ。本当にバルギウス様は良いお方なのですよ! 私、この前サイン貰っちゃいましたし! 見ますか?」

 ペトが目を輝かせて言う。まるでアイドルの追っかけの様な雰囲気だ。側近のこの様子は魔王としては複雑な気持ちである。

「なんだそいつ。もうそいつが魔王でいいじゃん……」

げんなりと言う。

「そういう声はあちこちから聞いてますね。私も魔王様を殺すのに成功したらバルギウス様の元で働こうと思ってましたし」



 リーシャがシレッと言う。魔王はまた複雑な気分。ちょっと傷ついた。彼のハートはガラスのハートなのだ。



「ふーん。へー。じゃあ俺はいらないじゃん。頑張れバルギウス様ー。応援してるぞー」

 魔王はすねた。

「魔王様……。バルギウス様だけでは年々増える大魔獣を対処しきれないのです。それに魔王様が戦えるようになれば、きっとバルギウス様より強くなりますって!」

「今は魔王様に仕えられて、私は幸せですよ。魔王様の前ではバルギウス様とて霞むでしょう」

「そうかなー……」

 ペトとリーシャはフォローするが、魔王の反応は薄い。



「は、話を戻しますね! 大魔獣は現在、八体魔界で確認されています。それぞれが魔界を適当にさまよっているだけですが、それでも通過された部族には大きな被害がでちゃいます。だから当面の目標はこの大魔獣の撃破ですね。その後、仲の悪い部族同士を仲裁して仲直りさせましょうね。頑張りしょう、魔王様!」

「あーうん。頑張る」

 魔王はまだバルギウスに会っていないが、もう嫌いになっていた。



 すね続ける魔王。困る家臣たち。そんな気まずい空気の中、窓から一匹の小鳥が入ってきた。ただの小鳥ではない。ペトラルカの使い魔だ。その使い魔は迷うことなくペトの肩にとまり、耳元で何事かさえずる。

「……え! 本当ですか!?」



 それを聞いたペトは驚愕の表情を浮かべる。

(この展開は……)

 まずい予感を感じる。前の時は、リーシャの謀反を事前に知らせてくれた。今度はどんな情報を運んできたのだろうか?

 魔王はジッとペトラルカの言葉を待つ。やがて緊張した面持ちで彼女は口を開いた。



「先代の魔王の娘、バンパイアロードのライラ様に謀反の動きがあるそうです……! 魔王城に猛スピードで進行中のようです!」

「あ、そう……。あれ、なんか聞き覚えある名前だね? ライラさん?」



 魔王は最早、無表情になっている。その問いにはリーシャが答えた。

「さっきの話に出ていましたよ。大魔獣を倒せる三人の内の一人です。バルギウス様を師に持ち、現在の魔界ではその彼の次には強いという噂ですね」

「ほらやっぱりー! ほらー!」

 魔王が叫ぶ。結局魔王は取り乱したら叫ぶ男だ。

「それに彼女は指揮官としての能力も高く、軍を率いても無敗だとか」

「そういう絶望的な追加情報いらないからー!」

 またも叫ぶ。

「しかし魔王様。私には彼女の弱点が推測できます。会って話したこともありますので」

 得意げなリーシャ。



「いいですか。ライラ・ダーマイン。彼女の弱点は、ずばり、『色恋』ですね」

 

 魔王は真顔になった。メイドのとんちんかんな発言を、脳内でしっかりと吟味しているらしい。

「それで、その弱点知ってどうすんだよー!」

 結局、また叫んだ。

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