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四話 魔王は死んでいる

魔王城。先ほどの大爆発で半壊したその瓦礫の中に、一人の偉丈夫が埋まっていた。黒髪に金が幾房か混 じり、その頭から二本の角が生えている。

 魔王だ。魔王は死んだように動かない。――というか、死んでいた。それも当然。『スーサイド』は自爆の呪文。使用者はその魔力を全て破壊エネルギーへと変換し、死ぬ。そういう呪文だ。

 おお、なんということだ。異世界の魔王と入れ替わって一日も経つ前に、彼の冒険は終わってしまった。前代未聞の出来事である。



 心臓は確かに今この瞬間は止まっている。彼は間違いなく死んでいた。



 しかし――何の脈絡もなく、心臓は鼓動を再開する。そう、魔王は生き返った。実に不思議現象だ。

 そして数分後には、彼は目を覚まし瓦礫を飛びのけて起き上がる。魔王の筋力の前ではなん十キロもある瓦礫も綿のようなモノだった。

 彼はそのまま、目をぱちくり。そして全身を撫でまわす。全身傷だらけではあるものの、こうして今、生きている。



「よっしゃーーー!」



 魔王は心の底から、振り絞るように歓喜の雄たけびを上げた。彼は嬉しかったのだ。ただ生き残れたことが。

 魔王はそのまま変なダンスを踊ったり、奇声を上げたりと忙しかったがハタと動きを止める。 

 何か思いだしたようだ。慌てた顔で周囲の瓦礫を掘り起こす。

 魔王のお目当てはあっさりと見つかった。

 魔王城地下へと続く地下扉だ。

 そこが開くように、魔王は懸命に瓦礫をどかしていく。

 この姿を建設会社が見たらスカウトするに違いない。重い瓦礫をひょいひょいと持ち上げる。

 魔王が最後の瓦礫をどけた瞬間に、扉は勢いよく開きそこから一つの影が飛び出す。

 その影は一直線に魔王に進み、直撃した。魔王はどんくさいので避けられない。



 ドシン! 

 そのまま魔王は後ろに倒れてしまう。

「魔王様ぁーー!! ホントに、ホントに良かったですよーー!! 死んじゃわなくて、ホントに良かったーー!!」



 その影はペトラルカだった。自爆作戦に巻き込まない為に、魔王は彼女を地下にワープさせたのだった。感激の涙を流しながら、魔王にしがみつく。一方で魔王はあまりの出来事に目を白黒させている。再度の告知になるが、彼は童貞だった。



「お、落ち着け。気持ちは嬉しいけど、まずは離れてくれ! 当たってる! なんか当たってるから!」

 側近の胸部装甲はまだ未熟であり、大きい部類ではない。しかし密着することでその存在を強く主張していた。

「……! は、はわぁーーー! す、すいませーん!」

 その事実にやっとペトは気がついて、サッと魔王から離れる。その頬には朱がさしていた。

 二人はその後、ぎこちなく距離を少し多めにとって瓦礫の中で腰を下ろす。互いに顔を赤らめて気まずそうにしていた。



「で、でもホントに良かったです。魔王様が生きてて」

 暫しの沈黙の後に、ポツリとペトが話す。それに乗っかる形で、魔王は平静を取り戻した。

「ありがと。でもさ、今は生きてるけど一回まじで死んだわ。良く覚えてないけど、怖かった」

 そう、魔王は一度死んでいる。

「アルタイル様が集めたマジックアイテムの中に、『不死鳥のアミュレット』があって助かりましたね」



 『不死鳥のアミュレット』。装備していれば一回に限り死んでいても復活できるとかいう、チートアイテムである。偶然にも、魔王は本棚にある本で『不死鳥のアミュレット』を知っていた。魔王アルタイルは、偶然にもそれを所持して、机の中に雑多にしまい込んでいた。そして偶然にも、ペトラルカが転んでその机にぶつかった。更に偶然にも、それが魔王の足元に転がりこんだ事で、魔王は『不死鳥のアミュレット』を使うことができた。

(まさに奇跡だった。誰かが仕込んだのかと、疑ってしまうくらいに)



「魔王アルタイル。迷惑なヤツだったが、今回は役にたってくれたな。でもそもそもあの作戦が立案できたのはペトのお蔭だって。あの時、ペトがあの本を持ってきてくれなかったらやばかった」

「私は魔王様を自爆させるつもりなんてなかったですが……。初級魔法を一つでも使えるようになればいいかなって思っただけで」

 そう、ペトラルカが持ってきたのは『初級魔法教本』だった。

「あのねぇ。あの本には才能があっても習得には何日か掛かるって書いてあったぞ。そんで間にあいそうなの『スーサイド』しかなかったやん。俺だって自爆なんてしとうなかったわ」

「えへへ……。すいません。私があの本を使ったのは昔だったので忘れてました」



 しかし、魔王はそこから機転を利かして今ある手札で最適と思われる作戦を考え、実行したのだ。



「でも凄いですよ! あんな作戦、私じゃ思いつきもしなかったです!」

「やけくそだっただけだよ……。うまくいって自分でも意外だ」

(本当にぎりぎりだった……)



 そう、あと数秒でもペトラルカが時間を稼いでくれていなかったら魔王は『スーサイド』を習得することができなかった。

 魔王は挑発の為に本を読んでいたわけではない。

 『スーサイド』を習得する為に、本当に必死で本を読みこんでいたのだ。

 その時のプレッシャーは定期テストの直前の詰め込み学習なんかとは次元の違うモノだった。

 本当の意味で、間に合わなければ死んでいたのだ。



 それに魔王の肉体を信じた賭けでもあった。

 接近戦に持ち込む前に魔法を受けることになるのは予想できていたのだ。

 そこで受けた上で無傷の演技をする。そうすることで相手の動揺を誘うのも作戦の内だった。

 そもそも、魔王の肉体が初手の魔法に耐え切れなければそのままゲームオーバーだったのだ。結果として魔王の肉体は優秀だった。



 『不死鳥のアミュレット』と『初級魔法教本』、そして魔王の肉体の魔法防御力。この全てが揃っていなければ、魔王は今頃確実に死んでいただろう。今回は偶然うまくいったが、作戦とはいえないギャンブルだったのは間違いない。



「……ありがとう。俺なんかの為に命を張ってくれて」

 小さな側近の命がけの時間稼ぎを思い出して、魔王は心から礼を言った。竜人リーシャは紛れもなく強敵で、ペトラルカが歯向かえるような相手ではない。それを理解したうえで、彼女は立ち向かってくれた。敵うはずの無い相手に立ち向かう。それがどんなに恐ろしい事だったか。本人ではない魔王には分からない。それでも彼女の勇気を魔王が知るには充分だった。

「私はお飾りの側近で、魔王様の役に立てないって自分でも思ってました。でも。今回はちょっぴりだけどお役に立てた! 私はそれが嬉しいです。ありがとう、魔王様」

 満ち足りた表情で言うペトラルカ。



(この子は……)

 言葉にできない。礼を言ったのはこっちなのに、お礼で返されてしまった。俺はこの莫大な恩をどうやって返せばいい。どうやって……。

「……魔界。一緒に良くしていこう。平和にするんだ。俺、頑張るよ。入れ替わり魔王でまだガキだとか、言い訳はもうしない。全力で頑張る」

 恩を返すには、これくらいしかないと魔王は思った。

 一緒に、彼女の夢を叶えるのだ。

「魔王様……。はい! みんなが幸せに暮らせる魔界をめざしましょう!」

 効果はばつぐんのようだ! ペトラルカは花が咲いたように明るくほほ笑む。



 それを見て魔王は嬉しかったが、そろそろこの話題にも触れなければならなかった。



「うん。でも……。城、どうしよう。正直ここまでの惨状になるとは……」

 そう。明るい未来を語りたかったが、場所が瓦礫の山の上では格好がつかない。

「えっと……。前にもアルタイル様が暴れてお城が壊れちゃったことがあったんです。今ほどじゃないですけど。その時は侍従長のリーシャさんが指揮して、ぱぱっと直してくれたのですが……」

「そのリーシャ、死んじゃったよ……」

「リーシャさん……。なんでもできるし、凄く強くて良い人だったのですが……」



 ペトラルカは悲しそうな顔をする。魔王は知らないが、二人には親交があったに違いなかった。



「あっちから挑んできたとはいえ……。殺したのか、俺は。死ぬとき彼女は苦しかったかな……」

 魔王は顔をゆがめた。あの時は狩られる側だったので罪の意識はなかったが、今になってそれが押し寄せてくる。



「いや、あまりに一瞬だったので苦痛とか感じてる暇は本当に、ありませんでしたよ」

「そうかなぁ……。そうだといいんだけど」

「そうですよ。一瞬の出来事でした。ああ! やらかした! って思ってたら死んでましたねー」

「……あのなぁ。ペト、勝手に想像で話すなよ。俺を気遣ってのことでも、死者の気持ちを勝手にねつ造しちゃいけない」

「えっと……魔王様? 私はさっきから一言も喋ってないのですが……」

「は?」

 ペトのその言葉に魔王は驚きの言葉を漏らす。

「え?」

 ペトも、訳がわからない。

「なんとー」

 そして、この場の三人目が平坦な声で驚きを漏らす。



 魔王とその側近は驚いてその声のしてきた方角、つまりは彼らの後ろに振り向いた。

「お久しぶりです。魔王様。あとペトも。二人とも元気そうで、涙が出そうですね」

 そこには一人のメイドがいた。リーシャにとても良く似ているが――違う。そのサイズは一回りも二回りも小さい。背はすっかり縮んで、今ではペトラルカよりも小さく、小学校の低学年程しかない。豊満だったはずの胸は見る影もなく消失してしまっている。幼女メイドだ。

 しかし、彼女はリーシャに違いなかった。彼女が持っていた優雅さと余裕のある雰囲気を、この少女も持っていたのだ。



「「え、ええええぇぇえええ!!!」」



 魔王とその側近はそれを見て、とりあえず叫ばずにはいられなかった。そんな二人の慌てた様子を幼女メイドはニコニコと微笑みながら見つめている。

「お、おい。お前はリーシャなのか? え? あの爆発に巻き込まれて生きてたの? というか何で幼女? え? え?」

 魔王はてんぱっていた。リーシャの前なのに魔王の演技も忘れてしまっている。



「ふふふ。さっき言いましたよ。リーシャは死にました。私はその分霊なのです」

「分霊? 分霊ってなんだよペト」

「えっと! 自分の魂を分けた分身みたいなものです。事前に生成しておけば、術者が死んだ後に活動するんです。凄く高難度の術で、世界中でも使えるのは数人くらいかと。勿論、私なんかはできませんよ。それができるなんてリーシャさんは凄いです! それに生きててくれて嬉しいのです!」



 純粋に喜ぶペトラルカ。



「阿呆ぅ! 死ぬ思いをして、というかいっぺん死んでまで倒したのにその分身でてきたんだよ!? やばいって! 喜ぶ場面じゃないから!」

 反対に魔王は焦る。

(土下座で許してくれないかなぁ……)

 魔王は相変わらず小市民だった。

「ご安心を。私はもう、貴方に敵対するつもりはありませんよ。あくまで本体は死んだのです。今の私はその残りかすのような存在。今ではペトにも勝てるかどうか……」

 チラッと、ペトを見る。

「そ、そうなのか? でもお前、魔王が、俺が憎いんだろ?」

「憎いのは魔王アルタイルです。貴方ではありません」



 リーシャは余裕の笑みを浮かべながら言う。



「……! 何を言う。俺がアルタイルだが……」

「もういいですよ。先ほどの会話、失礼ですが全部聞かせていただきました。……入れ替わり魔王、とか」

「な……!」

 一番隠したい秘密はばれてしまった。魔王が弱いと分かれば、誰も言うことを聞いてくれなくなる。魔物は強者にこそ従う。決して弱者には従わない。そういう生き物だ。だからこそ、隠しておかなければいけない秘密だった。

「聞いて納得しました。だって今日の魔王様は人が変わったようでしたもの。本当に中身が変わっていたのですね。それを見抜けないとは私もメイドとしてまだまだでした……」

 やれやれ、と首をかしげるが今は幼女メイドなので大物感はない。



「元々私は、アルタイルの屑に仕えるのが嫌で貴方に戦いを挑んだんです。でももう魔王様はアルタイルではない。しかも私は全力で戦った上で負けました。どうして貴方様にこれ以上逆らえましょうか」

「じゃあ、これからどうするつもりなんだ?」

 魔王は緊張して尋ねる。直接襲われなくても、この秘密をばらされたら魔王は破滅なのだ。下剋上を狙う魔物が連日、魔王城に訪れるに違いない。



「貴方様に仕えさせて下さい。先ほど、貴方様の目的も聞きました。魔界を平和にする。それは今までどんな人物も成し遂げられなかった難事業です。そのような大きな野望を持つのは貴方様だけ。で、あるならば魔王様は世界一の主人。私が仕えるべき御方なのです。本日の無礼を水に流し、私が貴方様に仕えることを許して下さらないでしょうか? このリーシャ。貴方様にこの身を全て捧げて尽くす所存です。どうか、寛大なお慈悲を」



 リーシャは急に跪き、魔王に懇願した。



(は? え?)

 さっきまで殺し合っていたのだ。それが今度は俺に仕えたい? 思考が追い付かない。カルチャーギャップだ。流石異世界。

「魔王様、許可してあげましょう。リーシャさんは凄いメイドさんなのです。絶対いてくれた方がいいですよ」

「で、でも信用できるのか……?」

 ひそひそ声で魔王は言う。しかしリーシャは耳が良いので全部筒抜けである。

「魔王様は小っちゃいリーシャさんをこのまま魔界に放りだしちゃうんですか? 可哀そうですよ……」

 そういう問題じゃない。魔王は思ったが、結局折れた。信頼するペトがこうまで言うのだ。きっと信頼できるはず。

「わ、わかったよ! 許可する! 俺に仕えてくれ!」

 やけくそ気味に言う。しかしそんな返事でも、小さなメイドは満面の笑みでほほ笑んだ。

「ありがたき幸せ。粉骨砕身、尽くさせていただきます」

「もう、跪かないでいいよ。楽にしてくれ」



 言われてやっとリーシャは立ち上がる。そして魔王とペトに近づこうとして――転んだ。



「「え?」」

 魔王とペトは驚いて固まった。ちょっと経ってもまだ立ち上がらないリーシャ。見ればプルプルと震えている。

「お、おい。大丈夫?」

 慌てて魔王は近づき、メイドを助け起こした。そのまま状態を確認する。

「――!」



 リーシャは涙目になって痛みに耐えていた。口をヘの字にしてグッと我慢しているようだ。

「い、痛いです……。うううぅ……」

 そこに強敵だった竜人はいなかった。いたのはただの幼女だ。

「お、おい。ちょっと膝をすりむいただけだって! 泣くような傷じゃないって!」

「で、でもぉ……。痛いですよ……」



(何故だ?)

 分霊になって小さくなったとはいえ、痛みに弱い所まで幼子と似なくてもいいだろうに。あの優雅で余裕たっぷりな彼女はどこにいってしまったんだ! この幼女は一切頼れる感じがしないぞ!

「魔王様! 多分、体が小っちゃくなったから心もそれに引きずられてしまっているんですよ」

「う、う、うわぁあああん!」

 魔王は困った。ついにリーシャは泣いてしまったのだ。膝小僧の痛みに耐えきれなかったらしい。

 現在の魔王の臣下。小さな側近一人。幼女メイド一名。




 泣き続けるメイドに魔王が歩み寄り、背中をさすってオロオロしている。そんな魔王の背後に立つペトラルカ。

(とりあえず今回は、生き残れましたか……。甘ちゃんの人間にしては頑張りましたね)

 そんな事を考えながら彼女は魔王を、虫を見るような冷たい目で見ていた。

 それには、誰も気づかない。

「なぁ! ペト、こういう時はどうすればいいんだ!? 泣き止まないけど!?」



 魔王が振り返り声をかけると、ペトの表情は一瞬で普段の、無垢で無知なモノへと変わる。それは正しく変貌だった。



「はわわ! わ、私もわかりませーん!」

 ペトは両手を振って、慌てる。

正しくは慌てる、演技をした。



「そうかー。これは困ったな」

 魔王は、そんなペトラルカの演技に気づかない。

(馬鹿で、弱くて、甘い人間。私は貴方が嫌いです。どうかせいぜい、私の役に立って下さいね。私が貴方を立派な魔王、もとい立派な傀儡の王様にしてあげますからね)

 内心で、側近は笑う。そんな彼女の内心を、魔王は知らない。知らないままに、激動の魔王一日目が終わろうとしていた。


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