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三話 ビリビリメイド、リーシャさんは魔王を殺す

二章 対決! 竜人最強、リーシャ・アンドラゴ

 現在、魔王の城でメイド長を務める彼女は115歳。非常に若い分類に入る竜人だ。

 竜人は魔物の中でも稀有で、強力な種族である。彼らは生まれながらに魔人なのだ。

魔物は一定以上の力を持つと人間形態になる。

 通常ならば、何十年と才能ある魔物が研鑽を積めば到達できる魔人というステージ。そこに竜人は初めから立っている。



それが意味する事実。


竜人からすれば、ペトラルカのような最下級の魔人など乳飲み子に等しいのだ。

そんな竜人でしかも族長の娘として生まれたリーシャには英才教育が施された。

次期族長候補として朝から晩まで稽古。そんな日々の中で、彼女はその才能を開花させていった。

次第に彼女は同年代の誰よりも強くなった。

彼女が成熟期に入る頃には、部族の竜人の誰よりも、彼女は強かった。



 誰も文句を言うものはいない。彼女は部族全員の賛成で族長になった。

しかし――彼女はその日に集落を飛び出した。他の竜人が望む、族長などという地位は彼女にはなんの価値もないものだったのだ。

 彼女は竜人の中では珍しいことに、強さに執着や魅力を感じない変わり者だったのだ。そのかわりに、人一倍好奇心が強かった。



 しばらくの間、彼女は好奇心の赴くままにあてもなく旅をした。やがて魔界では満足できなくなり、人間界へと足を運ぶ。

人間界は新鮮な事ばかりだった。魔法ではない謎の原理で動く不思議な道具の数々。魔界とは異なる社会体制。そのどれもが彼女の興味を惹きつけた。



だがその中どれよりも彼女を虜にする新たな存在――メイド。彼女はメイドに出会った。



 その可愛らしい服装に、洗練された動作。主の些細な仕草から多くを洞察する聡明さ。どれもが彼女の瞳と心を釘付けにした。

 その日の内に、彼女の夢は決まった。世界一のメイドになること、それが彼女の夢になった。

 彼女は直ぐに身分を偽り、メイドに初めて出会った人間界の貴族の屋敷で働くことになった。そこで彼女はメイドとしての師を得る。

 リーシャは熱心にその先輩から技術を吸収し、最高のメイドとは何かを暇さえあれば議論した。それは彼女にとって生涯で最高の時間だった。



 ある時、彼女はメイドとしての自分が伸び悩んでいることに気づく。技術、所作、見た目。その全てを満点にしても、彼女は世界一のメイドにはなれない。彼女本人にはどうしようもない問題がそこにあった。



 主人だ。世界一のメイドになるにはその主人もまた、世界一の人物でなければいけない。それに気づくと、リーシャは直ぐにその屋敷を後にした。未練はない。彼女にメイドの何たるかを教えてくれた先輩はすでに老衰で死んでしまっていたのだ。

 そしてその頃に、リーシャは最強の魔王の噂を聞きつける。最強の魔王、アルタイル。彼女の最良の主人たりえるかも知れない。

 結果として、彼女の期待は裏切られた。確かに魔王は強い。文句なしに最強だろう。しかし問題がありすぎる。毎日やることといえば、女を抱いて酒に溺れるだけ。これでは世界一の屑ではあるが、主人ではない。彼女は直ぐに魔王アルタイルを見限った。



 しかし。魔王は彼女が離れていくことを許さなかった。リーシャが辞めたいと言うと、魔王は下品に笑い言った。「俺に勝ったら出ていく事を許可する。勝手に出て行ったら、その時はひどいぞ」などと。

 リーシャは激怒した。しかし彼女は一流のメイド。それを表にだすことなく、その場を後にしたのだ。

 そして誓った。魔王に隙があったら、殺す。


 

 そしてその時は思いがけずやってきた。急に、魔王がおかしくなったのだ。アホな言動に加えて、侍従にすらぺこぺこと頭を下げる。あの傲岸不遜を絵にかいたような魔王が、その日だけ、リーシャには恐ろしいとは思えなかった。

 殺るなら今しかない。彼女は朝食が終わり次第、長い間しまっていた竜人の槍の手入れを開始した。


 そんなリーシャの視界の端に、一羽の小鳥が映る。

 なんの変哲もない小鳥。それが窓の外から、ジッとリーシャを見ている。

 リーシャは瞬時に、その鳥が魔王の側近であるペトラルカ、彼女の創り出した使い魔である事を看破した。

 本来、彼女の仕事としては槍を磨くのではなく、皿を磨く時間である。そんな業務時間中に、メイドには一切不要であるはずの武器の手入れをする事。それは造反の証に他ならない。

 魔王の側近にバレてしまえば、その情報は魔王にも伝わるという事になる。



 しかしリーシャは寧ろ、そういう状況になるように自分から動いていた。

 それを証明するように、彼女はその小鳥に向けて、バチコンとウインクをした。妖艶で、余裕たっぷりなメイドさんのウインク。見る者――メイド有識者が見れば、歓喜の涙を流しかねない。

 しかし、恐らくは小鳥の視界を通してリーシャを見ていた魔王の側近は驚愕したに違いない。



(で、あればいいのですが)



 これがただの小鳥であったなら、リーシャはただの痛いメイドである。

「ペト。見ているのでしょう。今日、私は魔王を殺しに行きます。今しばらく、槍のお手入れをしますから少しだけ待っていてくださいね? 逃げようとしてもダメですよ。絶対に逃がしません」



 リーシャは魔物の中でもかなりの変人ならぬ変魔物だ。

 彼女は、一般的な魔物の価値観とはズレた世界で生きている。彼女曰く、それはメイドの世界。

 魔物のルールではなく、メイドのルールで行動する。

 尤も、メイドのルールは他人から見れば彼女の自分ルールでしかないのだが。

 そんな訳で、今回も彼女はメイドのルールで動いている。

 『メイドは主に対して真摯でなければいけない』。

 例え、自分が殺しに行く時であっても。

 だからリーシャは、不意打ちも、闇討ちもせず、正々堂々と、正面から真っすぐに魔王を殺しに行くことにした。

 リーシャはメイドである自分を曲げる事はない。



 2

 魔王の部屋の前に、一人の人物が向かってくる。

その歩みは流麗。

そしてメイド服をきっちりと着こなしている。竜人リーシャだ。彼女がその片手に槍を携え、堂々と正面から魔王を打倒しに来たのである。

 リーシャはドアの前に来ると、丁寧にノックをした。



「魔王様。リーシャです。入ります」



 返事を待たず、ドアを開けて中に入っていく。

 中では二人の人物が彼女を待ち構えていた。魔王の側近、ホビットのペトラルカ。そして魔王アルタイル。二人とも鎧を身に纏っているが、様子は対照的だ。

 ペトラルカは緊張した面持ちで彼女の武器であるワンドを構えている。しかし魔王は――リラックスした様子で座っていた。そしてこちらに目もくれずに本を読んでいる。フルフェイスの兜をかぶっている為、その表情はうかがえない。



(魔王。私を舐めていますね)



 彼女はそう思うのは無理からぬことだった。

「リーシャさん。こんな事は辞めてください。魔王様はこの魔界を支配されるお方。そんな魔王様に刃を向ける意味を貴方は理解しているのですか?」

 制止の声で、意識を側近に向ける。しかし魔王への警戒は緩めない。

(あの魔王は不意打ちを卑怯とも思わない下種ですからね)



「貴方こそ、私の前に立ちふさがる事の意味をご存知ですか? 死にますよ。ペトラルカ。私の目的はあくまで魔王。貴方とこうして敵対することは本意ではありません」

「リーシャさん。私もです。私も貴方とは戦いたくないのです!」



 リーシャとペトラルカはお互いを知っていた。魔王のメイドと魔王の側近だった二人。



「勘違いしないで下さいね。私は戦いたくないとは言っていません。だって貴方とは戦いにもなりませんから。戦いは同じレベルの間で初めて成り立つのです。貴方と私では、弱いもの苛めになってしまいます」

 リーシャは口調と動作はとても丁寧だ。世界一のメイドを目指す彼女にはどの動作を一つにまで優美さが感じられる。だからペトラルカはリーシャが完全に見下していることに一瞬だが気づけなかった。



「私だって魔王様の側近なんです……!」

 挑発を受け、魔王の側近はワンドを強く握りしめる。

「貴方、おかしいですよ? この魔王に命を捧げる価値はありません。我々の主に相応しくない。貴方もそう思っていると感じていたのですが?」



 リーシャは優美に首をかしげる。



「昨日までの私ならそうだったでしょう。しかし魔王様は変わられました。今の魔王様のためなら、私の命など惜しくはありません!」

「確かに、今日の魔王は……変わっています」



 リーシャは今日の魔王の奇行を思い出しながら、この部屋の主を見た。魔王はこちらの会話が耳に入っていないかのようだ。深々と椅子に腰を落とし、肩ひじをついて堂々と本を読んでいる。



「でもそう変わっていないのかも。今だって貴方が命を張っているというのに、完全に無視。どうせ読んでいる本も卑猥なのでしょう?」

 リーシャは魔王のメイド。何度もこの部屋を掃除しているから知っている。魔王はエロ本しかもっていないことを。

「い、今は違いますよ!」

「もう、いいですよペトラルカ。貴方に何を言われようが私の意志は変わりません。魔王は殺します」



 リーシャは話を打ち切って、槍を構える。もうリーシャは魔王の側近には目もくれない。視線と、そして殺意は魔王にのみ注がれていた。リーシャにとって最下級の魔人であるペトラルカは障害足りえない。石ころと同然だった。

 竜人リーシャは歩き出す。魔王の一挙手一投足に注意しながら。魔王がどう動いても対応できるように、彼女は無意識に脳内でシミュレートする。



「無視、しないで下さい!」



 しかし動いたのは注意を払っていた魔王ではなく、リーシャが完全に無視していたペトラルカだった。

 ペトラルカが力を込めてワンドを一振りすると、あらかじめ彼女が仕込んでいた術式が解放される。リーシャの足元に浮かぶ大きな魔法陣。そうこれはペトラルカの用意した罠だ。一般的に、即席で詠唱する呪文よりも設置型の呪文の方が威力は高い。半面、設置型は咄嗟に使えるものではない。しかしこのように、戦う場所と相手が入ってくる方向。

 その両者が分かっているときには設置型の呪文は大きな効力を発揮する。



「ヴェノムトラップ!」



 呪文はすぐに完成し、リーシャに襲い掛かる。ペトラルカが仕込んだのは毒の罠だ。対象に向かって毒の霧が絡みつき、その毒を受けた対象は動けなくなる。この毒は全長十メートルの巨大な魔物すら一瞬で昏倒させる強力なモノだが――。



「……」



 バリリッ! 毒の霧がリーシャを飲みこもうとした瞬間、彼女を雷光が包み、それが盾となってペトラルカの呪文を無効化した。その間も、リーシャは魔王に向かって歩むのを止めない。ペトラルカに一瞥もくれることなく、リーシャは事前の罠を易々と突破してのけたのだ。



「そんな……! でも!」

 そんなリーシャを見ても、まだ魔王の側近は諦めない。

「みんなお願い!」



 再びワンドを振る。ワンドからは何も出ないが――。違う。これは呪文ではない。号令だ。ペトラルカの部屋、つまりはクローゼットの中から使い魔の大群が飛び出してくる。鳥、犬、猫。中にはライオンのように大きい個体まで。それは生き物のように(実際には魔力で生成した疑似生命体)俊敏にリーシャに肉薄する。

 クローゼットは現在リーシャの直ぐ右。ペトラルカの第二手もリーシャを死角から強襲する形となった。

 ペトラルカの指示の元に、群体となって動く使い魔達。そのどれもがリーシャの急所にむかって鋭い一撃を放とうとした。

 ある鳥は目を。ある犬は首を。



 バリリッ!



 まただ。今度も攻撃が決まりそうな瞬間に、雷光がリーシャを守る。雷に打たれ灰になって消える使い魔。しかしまだ半数以上は残っている。勘の良い個体は瞬時に危険を回避することができた。



「これは……雷の竜鱗!」

 雷の竜鱗。それは竜人に備わった能力の一つだ。自動防御機構であり、相手の攻撃を感知すると竜人の魔力が反応し、雷の力でそれを無効化する。だが一般に、この防御は完全ではない。普通の竜人だったならば攻撃の半分を無効化する程度に留まる。

 だが、リーシャの竜鱗は異常だった。彼女のそれはもはや完全防御。通常の竜人の何倍もの魔力が雷へと変換され、それが彼女を完全に守り切る。

 リーシャは自身の竜麟に絶対の自信を持っている。だからこそ、彼女はペトラルカを脅威とも思わず前進できるのだ。

 ペトラルカが魔王を見ると、まだ魔王は本を読んでいる。



「魔王様は、私が守ります!」



 リーシャがペトラルカを通過しようとした時。状況が動いた、魔王の小さな側近は、ワンドを構えてリーシャに向かって突進を仕掛けたのだ。

「……! 何を!」

 これに初めてリーシャはこの側近に意識を向け、慌てた。このままでは彼女の絶対防御たる雷の竜鱗が発動してしまう。そうなればこの側近の小さな体は――。

 メイドは急いで発動を阻止しようとしたが、間に合わない。



 バリリッ!



 雷光が光り、小さな側近は、焼けた。

 着こんだ鎧は意味もなさない。力を失い、そのまま床に倒れ伏した。

「なんてことを……! これは!」

 足の痛みで初めて気が付く。リーシャは全方位から使い魔の攻撃を受けていた。小さな側近の特攻は決して無意味なものではない。

 雷の竜鱗の発動間隔を狙ったのだ。自動で発動するこの防御にわずかにでも間隔があることに気づいたペトラルカは自身をおとりにすることで、使い魔の攻撃がリーシャに届くように仕向けたのだ。

「私に……! 触れるな!」

 だがそれも、ただの一度、槍の一閃で、使い魔は砕け散る。リーシャにダメージは少ない。命を張ったペトラルカの捨て身の策も、二人の大きな力量差の前ではほぼ無意味だった。



(捨て身になるほど、魔王に価値はない! ペトラルカ、なぜそこまでして魔王なんかの為に戦うのですか!?)



 しかし感情の方は大きく揺すられる。リーシャは急いで側近の安否を確かめた。

 リーシャはペトラルカを好ましく思っている。この側近は今まで、魔王がサボっていた仕事をたった一人で頑張っていた。「少しでも魔界を良くしたいのです」そんな甘い事を言って、いくら尽くしても、何も返してくれない主の為に。

 今だってそうだ。ペトラルカは、こんな屑の魔王の為に命を賭してぶつかって来た。

(良かった。死んではいない)

 ホッと息を吐く。



ともわれ、これでリーシャを邪魔する障害はゼロになった。

 あとは魔王ただ一人。

「魔王! ペトラルカが命を張った言うのに、まだ読書ですか!」

 リーシャは怒りに声を荒げる。常に優美である事を心掛ける彼女でも、この状況には心の底から苛立っていた。

「……ふん。丁度今、一区切りついたさ。相手をしてやるから、そう喚くなよ」



 やっと魔王は本を閉じ、億劫そうに立ち上がった。フルフェイスの兜の下の表情は伺えない。恐ろしい姿だ。魔王を包む禍々しいオーラだけでも、並みの魔物なら戦意喪失してしまうだろう。

 メイドは殺気を体に満たし、槍を魔王に構える。彼女にとってはここからが本番だ。最強の魔王に挑む。それは最強の竜人のリーシャにとっても恐ろしい事だった。彼女の絶対防御は魔王の前では絶対防御足りえないだろう。雷光の威力を凌ぐ、高出力の攻撃までは防げない。



(まずは出方を窺います)

 故に慎重に、受けの構えをとる。一瞬先は空前絶後の攻防が展開されるはず、だった。

「始めるまえに一つ。そいつは生きているか?」

 魔王の底冷えするような声が部屋に響く。メイドは一瞬、その言葉の意味が分からなかった。魔王が配下の安否を確認するなど、予想の範囲外だったのだ。

「ペトラルカは、生きてますよ」

「そうか」


 魔王はリーシャに構いもせずに、悠々と歩き、側近を優しく抱き上げた。そのまま彼女に背を向け、ペトラルカに一枚の紙を張り付ける。すると彼女は一瞬にしてそこから姿を消した。

 転移の呪符。予め設定した場所にワープできる。しかしその距離は短く、百メートルも飛べない。そんな魔道具だ。

 その様子をリーシャは驚きながらも、黙って見ていた。その無防備な背中に、いつでも攻撃を叩きこむことはできた。しかしプライドの高い彼女にはそうしようという選択肢すらない。



「……なんのつもりですか?」

「こいつは俺の読書の時間を稼いでくれたのだ。感謝しなくてはな。まだまだ使える駒だ。転がしておくのは忍びない」

 魔王は憮然とした口調で言う。

(読書の時間。そんなモノの為に貴方は! 馬鹿ですよ! ペトラルカ!)

「なるほど。貴方がクズのままで助かりました。今から殺すのですからね!」

 再び槍を構える。



「最後にチャンスをやる。ここで引けば、命は助けてやるぞ」

 魔王は構えもしない。それどころか武器を手にしてもいない。ただ堂々と腕を組んでいる。

「それに私が応じるとでも?」

 これは侮辱だ。怒りが魔力に反応し、リーシャの周囲はバチバチと雷が発生する。

「ククク。本当に最後のチャンスだぞ。我に歯向かうのはやめておけ」

「……断る!」

 リーシャの周囲の雷はどんどん大きくなっていく。

「……本当か? 本当の本当に最後のチャンスだからな? 今なら世界の半分もあげるかもしれん……!」

「くどい!」



 この魔王のしつこさに、リーシャの怒りは爆発した。

 彼女には魔王の言葉は挑発にしかならなかったのだ。怒りの爆発に合わせて、室内を純白の電気の竜が走った。

 リーシャの攻撃魔法、『ドラゴンライトニング』。単発高火力な上級呪文は真っすぐに魔王に突っ込んでいく。

 それを魔王は防がない。反応する様子すらなく、電気の竜に飲み込まれた。インパクトの瞬間に、リーシャの目も眩むほどの光が室内を満たした。



「……! やりましたか?」



 目を瞬かせ、魔王を見る。

「ククク。中々やるではないか。少々、少々だが痛かったぞ」

 しかし――魔王は立っている。直撃を受けて尚、魔王は平然としていた。少なくとも、リーシャにはそう見えた。



(流石は魔王、といった所ですか)

 リーシャはぞっとした。『ドラゴンライトニング』は彼女の持つ遠距離攻撃の中では最上級に位置する。それを直撃しても大して効いていないとは。これは彼女には計算外だった。改めて魔王の実力を目の当たりにして、リーシャは思わず一歩後退してしまった。

(! いけません!)

 しかし、踏みとどまる。心で負けてしまっては絶対に勝てない。まだ自分はダメージを受けていないのだ。悲観するには早い。

(しかし……)



 まだどれ程の余力が魔王に残されているのだろうか。魔王は一切底が見えない。地獄の深淵を覗き込んでいるような気分にリーシャは囚われてしまっていた。

「ククク。お前の魔法など蚊ほども効かぬわ! リーシャよ。聞いたぞ、お前は接近戦が得意なのだろう? 魔法など捨ててかかってこい! さすればこの首、万が一にも取れるかも知れぬぞ?」

(接近戦を誘っている?)



 リーシャは考える。これが魔王の策ならば、言葉のままに接近戦を挑むのは悪手だ。こちらを誘導している以上、何らかの近接の有効打を魔王が準備しているのは間違いない。

(しかし……)

 そう考えさせることで魔王はこの距離を保ちたいのかも知れない。だとすればこのまま相手の出方を窺っているだけではいい的になってしまう。

(どちらでしょうか……)



 リーシャは思考の渦にはまってしまっていた。或いは、魔王はこの距離でも、近接でもどちらでも良いのかもしれない。こうやってリーシャを惑わせ、集中力を奪うのが魔王の策なのだとしたら? リーシャは既に魔王の術中に嵌ってしまっている。

(このまま考え続けるのも悪手ですか……)

 結局は近づくか、このままかの二択なのだ。そう分の悪い賭けではない。このまま思考で集中力を割き続けるのが最も悪手なのだ。



「どうした? 臆したかリーシャ?」

 魔王の挑発。これをリーシャは完全に無視する。



(近づくか。この距離を保つか)

 完全なる二択。命を懸けた勝負にそんな賭けをするのをリーシャは嫌だった。判断材料を探す。その為に魔王を観察した。

(魔王は無手。武器は持っていない)

 そう、初めからずっと魔王は素手だ。素手でも魔法は打てるが、接近戦では困るはず。リーシャの心はそう考えてから、定まった。

(接近戦で魔王を獲ります!)

「やぁああああ!」



 やる事さえ定まれば、もうリーシャに迷いはない。リーシャは一流の戦士だ。攻撃の前には全ての思考をそれだけに集中させることができる。魔王に対する恐怖、迷いはこの時には一切彼女の頭の中にはない。あるのは、攻撃のイメージ。そのイメージ通りに槍を振りぬく為に、全身の動作を最適化させていく。

 槍が雷光を吸収し白く光る。リーシャの槍は特別だ。彼女の魔力を最も効率よく吸収し、強化できるように調整された彼女の為だけの槍。その槍の先は魔王の心臓を狙う。

 リーシャの仕掛ける攻撃はシンプルに突きである。しかしこの一撃に、彼女の全ての技量が込められている。多くの敵を、リーシャはこの一突きで屠ってきた。

 このただの突きこそが、彼女の奥の手であり必殺の一撃なのである。



(獲った!)



 リーシャの全霊の突きが魔王に迫る。それを、魔王は躱せない。まず全面の鎧を貫き、次に肉体を貫き、最後に背面の鎧までも突き破る。そこまで行って、やっとリーシャの槍は止まった。

 だが。だが僅かに、槍は心臓を逸れていた。魔王は槍を躱すことはできなかったが、数センチ移動することには成功していたのだ。

 しかしそれでも、この攻撃が致命傷であることには変わりない。後は、手負いの魔王にもう一撃入れるだけで勝利を手にできるはずだ。



「が……ガハハハッ! まんまと俺の策に乗ったな! リーシャ!」



 しかし、室内に魔王の歓喜の声が響き渡る。

「何を馬鹿な!」

 リーシャは槍を引き抜き、今一度距離を取ろうとするが――。



 ガシッ! 魔王はそれを許さない。両手をリーシャの背中に回し、全力で抱き着いた。リーシャの攻撃は、上手くいきすぎていた。貫通しすぎていた為に、魔王の手の届く距離に身を晒してしまったのだ。

「しかしそれでは!」

 そう、彼女には雷の竜鱗がある。

 バリリッ! この自動防御機構が作動し、魔王を焼く。が――。



「ガハハハッ。効かん効かん!」

 『ドラゴンライトニング』すらも凌ぐ魔王の魔法防御を前に、それはあまり効果をなさなかった。ペトラルカを一撃で昏倒させる力はあっても、魔王には効かない。

「遊びはここまでだ。リーシャ、俺に逆らったことを後悔しながら死ね!」

「死ぬのはお前です! 魔王!」



 リーシャは諦めない。槍を通して、彼女の魔力を魔王の肉体に直接流し込む。リーシャの魔力を槍が雷に変換していく。魔王は内部から雷で焼かれることになる。

 体内で雷が爆ぜ、血を蒸発させ、肉を焦がす。

 如何に高い防御力を誇る魔王であっても、内部への攻撃は致命的だ。

 意識と命、その両方を電撃が刈り取っていく。



「ぐうううう! 『スーサイド!』」

 だが魔王は内から身を焼く攻撃にも耐え、とある呪文を発動させる。

(は? 馬鹿な!)



 『スーサイド』。この呪文は最も簡単な呪文であり、それと同時に最も凶悪な呪文である。その効果は、自爆。

元々は大昔の魔王が戦争を有利に進めるために開発した呪文だ。当時の魔王はこの恐ろしい呪文を兵士に使わせた。そうすることで、下級の魔物を凶悪な爆弾として運用したのだ。この特攻はその実際の効果以上に相手を委縮させた。

 敵がいつ道ずれを図って自爆するかわからない。その可能性が少しあるだけで、迂闊に近づけなくなる。



 末端の兵士に使わせるというその運用性質上、『スーサイド』は最も習得しやすく作られている。それこそ、魔道の心得の無いもの――例えば高校生でも、数十分で習得できるほどに。

そして威力は詠唱者の魔力総量にそのまま比例する。つまりは、魔力総量が多い者が使えば、威力は絶大なモノになるのだ。今回使用したのは魔王。彼の中身はただの高校生。しかし、肉体は確かに魔王のモノなのだ。そしてその内に秘める魔力総量も。

 かくして、空前絶後の大爆発が起こった。

 その破壊の規模はもう魔王の部屋だけにはとどまらない。そこを中心として、巨大な魔王城の半分が消しとんだ。城の全ての外壁は全て対魔法石で造られている。その内部でこの惨状。ここでない場所でなら、地図が書き換わってしまう程の災害だった。



(これが狙いだったのですか……)



 この大爆発を零距離で受けた彼女が無事でいられるはずがない。爆発は一瞬の出来事だったが、この死の瞬間彼女の体感時間は引き延ばされていた。彼女は反省する。

 魔王はリーシャを挑発し、接近させることが狙いだったのだ。近づくべきではなかった。

(しかし――)

 自爆はイコールで死だ。死んだら勝っても意味がなかろうに。

 わからない。不可解だ。何故……。

 リーシャはそんな疑問をいだきながら、死んだ。


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