十五話 遂に決闘! 魔王の秘められた力が覚醒する……! かも
五章 決闘! 先代魔王の娘ライラ
魔王城から少し離れた森林地帯。
そこでは赤髪の豊かな戦士が己が剣を地面に突き立て、仁王立ちしていた。剣もまた持ち主と同じように、赤い。
ライラは目を閉じ、精神統一を試みている。それは普段の彼女にとっては造作もない事だ。しかし現在の彼女にはそうではない。
不意にライラの目が見開かれた。
「クソ! 何故上手くできない!」
当たり前の事ができない。その事実に、そんな自分に腹が立ち彼女は苛立ちに任せて剣を振るう。それだけでその軌道上にあった物体は消し飛んだ。
そうは言うものの、ライラは自身の心が乱れる原因に心辺りがあった。
それは魔王アルタイル。彼で間違いない。
ライラはこの一週間魔王と過ごし、無意識化ではあるものの、魔王を好ましく思っていた。敵だと分かってはいたが、魔王から向けられる善意と好意を彼女は突っぱねる事が出来なかった。
ライラは魔王が好きだった。行為を持っていたそれが裏切られて苛立っている。悲しんでいる。
だと言うのにこれから魔王を確実に殺すと言う事実を嫌がっている自分がいる。
後悔している自分がいる。魔王は全て嘘だと言っていたが、それは本当なのだろうか?
そう疑ってしまう。まだ魔王を好きでいたいライラもいる。
ライラにはそれが許せない。
彼女は一本筋をとおしたい性格だ。その相反する二つの感情が許せない。
「もう。あいつと殺し合うのは決まった事なんだ。私が殺すか、殺されるか。そのどっちかしかない。だからいい加減覚悟を決めろ!」
彼女は自分を叱咤する。
そう、約束の魔剣『オンリーブラッド』。かの剣にもうライラは魔王を殺すと誓ってしまった。もう後戻りはできないのだ。例え彼女が望まなくとも、剣がライラの体を操り、魔王に向かう。誓いの通りに魔王が死ぬまで、その呪縛から解放されることはない。
(早く来い。約束の時間まで、もう僅かだぞ)
ライラは焦がれていた。こうして待っている間、彼女の心は揺れ続けている。後悔して、そんな自分が嫌で、苛立って。
もうそんな苦しい時間を彼女は終わりにしたかった。
「おお、ここにいたか。待たせたな、ライラ」
前方からの声。魔王だ。彼が草木を強引にかき分けてライラが居る地帯に近づいてきている。彼女の焦がれる男の到着だ。
「魔王……!」
ライラは全身の怒りをかき集め、彼を睨む。そうしないと、彼女は魔王を殺せない。
「ううむ。予想できていたけど、凄い殺気だ。前に立っているだけで失神してしまいそうだぜ」
しかしそんなライラとは対照的に、魔王の様子は何処か気が抜けている。
そんな魔王の様子に、ライラは表情をより硬くした。
「お前、わかっているのか? 今からお前と私のどちらかは確実に死ぬ。命をかけた決闘をするんだぞ?」
ライラは今までも命を賭けた決闘を何度も行ってきた。相手もライラも無論、真剣になり己の全霊を振り絞って戦う。
しかし今の魔王からは、命を賭ける者独特の覚悟を感じられない。というか、魔王口調をおいてきている。今の彼は、魔王なのだろうか?
「悪いな。俺は死ぬつもりはない」
「……それは私に絶対に勝てる、という自信か?」
「違うよ。俺は絶対にライラには勝てない」
「……どういう事だ?」
「俺は、戦わない。ライラ、俺は絶対にお前を殺さないし、殺されるつもりもない!」
魔王がライラを真っすぐに見つめる。
その瞳は淀みなく、強い意志が宿っていた。嘘を言っているようには見えない。
だがその瞳は、余計にライラの怒りに火をつける結果となる。
「あは。あははは! 魔王。お前はあれだけ私を貶めて、馬鹿にしておいて、それでも戦わないだと? 私がそれを認めるような女に見えるのか? ……ふざけるな! 馬鹿にするのもいい加減にしろ!」
「ライラ、俺は――」
「もう喋るな! お前は!」
ライラと魔王の距離。十メートル程あったその距離は、彼女の一歩で踏破される。
ライラはその距離を詰めた瞬間に、全力の蹴りを叩き込んだ。
「ぐぅう!」
ただの蹴りでも、それは魔界最強候補の放つ蹴りだ。
魔王は回避も、ガードもしなかった。あるいは、出来なかったのかもしれない。尋常ではないインパクトを受けて吹き飛び、後方にあった木に衝突する。
その一本が折れても勢いを殺しきれない。
二本。三本。四本目にめり込み、魔王はやっと止まった。
「が、ガハハハハッ。……はぁ。蹴りなのに、ペトの攻撃よりもかなりヤバいな。何食ってればここまで元気に育つんだかな?」
口に端から血を垂らしつつも魔王はのっそりと起きる。今の発言が空元気の軽口であるのは明らかだった。
「何故だ? 何故よけなかった?」
ライラは問う。
彼女からすれば、今の攻撃は避けられないレベルの蹴りではない。それをもろに食らって大ダメージを受ける魔王が不思議で仕方ない。
「……恥ずかしい事に、全く体が反応しなかった。そりゃ、避けたりガードできるなら俺もしたかったさ。でも今の蹴りはヤバすぎる。素人にはやっちゃいけないやつだよ」
「……嘘は辞めろ」
「嘘じゃない。とりあえず、俺の話を聞いてくれないか?」
「黙れ!」
再びライラが距離を詰め、魔王に攻撃する。今度は拳による殴打。
「ぐはぁ!」
やはり魔王は避けられない。先ほどと同じように魔王は吹き飛び、何本か木をへし折りつつ止まった。
「……ごふっ。ま、マジでそろそろ辞めてくれ。あの世が一瞬だけ見えたぜ」
魔王は一度吐血すると、今度はさっきよりもゆっくりと起き上がった。意図してではない。それが彼の限界だった。
「何故だ! これでは戦いにならじゃないか! お前は魔王だろ! かつて私の父を殺して魔王になった! その力を私に見せろ!」
ライラは叫ぶ。彼女の内心は乱されていた。このままでは魔王は無抵抗のままに死んでしまう。彼女はそんな結末を望まない。
ライラは再び魔王に迫り、今度は首を掴む。そして、徐々に力を込めていった。
「どうだ? このままでは確実に死ぬぞ。反撃してこい。戦え!」
「は、話を聞いてくれ! 頼む……!」
それでも魔王は抵抗をしない。首を絞められ、苦しみながらも魔王の目はライラに必死に訴えていた。「俺の話を聞いてくれ」と。
「話、話だと……!」
ライラの腕に、更に力が込められていく。このままでは後数舜で、魔王は死ぬ。どんなに頑丈な肉体であっても、酸素を絶たれては生きられない。
「聞け! 俺は魔王じゃない!」
「――な!?」
意識が飛びかける寸前。魔王の思わぬ発言でライラの拘束は解かれた。そのまま床に崩れ落ちる。
「お、俺は魔王アルタイルじゃない。この肉体は確かにアルタイルの物だ。でも中身が違う。俺は日立! 三枝日立だ!」
魔王――日立は告白した。
「な、何を馬鹿な事を言っている。中身だけが別人だと? そんな話は聞いたことがない! まだ私を騙す気か!」
ライラは日立を見下ろす。その表情には困惑が隠しきれていない。
「信じられないのはわかる。俺だって今でも夢なんじゃないかと思ってしまう位だ。でも、これは紛れもなく現実なんだよ」
ライラは迷った。余計な事を言い出す前に殺すべきか。とりあえず話を聞くか。彼女の攻撃的な部分が訴える。殺せ。またどうせ嘘を言うつもりだと。
「まず謝らせてくれ。俺はいままでお前に嘘ばかりついてきた。ごめん。でもこれからは全部本当の事を話す。どうか、この話を全部聞いてほしい。それでも信じられなかったら、俺を殺してもいい」
「……どうせお前は死ぬぞ」
誓いの剣が彼女を縛っている。結局、彼女の意志に関係なく魔王は死ぬ運命にあるのだ。
「俺は元々は人間で魔王と入れ替わったのはつい最近だ。原因は……よくわからん。怪しい儀式だ。この肉体は最強でも、中身の俺は戦いに関して全くの素人。俺は戦っても、絶対にライラに勝てない。だから俺は作戦を考えた。それがライラ篭絡作戦だ」
「……は?」
「まぁこれはリーシャの提案なんだけど……。つまり、ライラと仲良くなることで戦いを避けようとしたんだ。その時間を稼ぐために仮病を使った。仲良くなるために一緒に料理をした。ゲームをした」
「な、なにを言い出す!?」
(わ、私を篭絡!? というか入れ替わり? 人間?)
到底信じられない話だ。しかし辻褄はあっている。あってしまう。魔王の不自然な仮病。不自然な行動。その全てが話に合致する。
「でもライラと過ごす内に、俺はどんどん自分が嫌いになっていった。お前と比べて、俺は弱すぎる。意思も力も。全部投げ出したくなったんだ。それで終わりにしようと思った。ライラの敵のまま、最悪の魔王アルタイルとして死のうと思っていた」
「……じゃあなんで今更こんな事を言い出す!」
ライラには分からない。この荒唐無稽な話を信じてもいいのか。
「つい三時間前までは確かに死のうと思っていた。でも今は違う、死ねない。ペトラルカ、あのにっくき側近に死ぬなと言われたからな」
「あの女が……?」
ライラの脳裏に側近の姿が浮かぶ。
あの毒にも薬にならなそうな、ただ純粋なだけの弱い少女。
それが魔王の決断を揺るがした?
なんとなく、ライラは側近に嫉妬を感じてしまっていた。
「これで全部だ。本当にごめん。ライラには沢山の嘘を吐いたし、迷惑をかけた。俺にできる事なら死ぬ以外でなんでもする。だからもう決闘なんてやめよう」
沈黙。ライラは直ぐには答えない。
やがて彼女は鞘に納められていた魔剣、『オンリーブラッド』を抜いた。
「話はそれだけか? 確かに、お前の話の辻褄はあっていたように思う。でもそれは私がお前を殺さない理由にはならない。お前は嘘をつき、戦いを汚した。その話が真実だったとして、私はお前を殺す。弱い魔王なんてあってはいけない。ここで、死ね」
魔剣が深く、赤い魔力をその刀身に纏わせ始める。その量は膨大で、ただそこにあるだけで周囲の木々は葉をまき散らす。
「最初は嘘だった。騙す為だけにライラに近づいた。でも今はお前の事が好きだ! 超が付くほどに真面目で、頑固で、頑張り屋のお前が好きだ! これだけは嘘じゃない!」
魔王が叫ぶ。その言葉は、ライラが望んでいた言葉。
でも、遅い。遅すぎる。
今日ライラが魔王の所に訪れた時に、そう言われるのを望んでいた。
魔王が敵であるはずの自分に優しい理由。それは、もしかしたら自分の事が好きだからではないか? そう彼女は妄想していた。
なんだかんだと理由をつけてはいたが、結局ライラは魔王に「好きだ」と言われたかったのだ。ただそう言われれば、ライラは魔王と恋仲になっていたかも知れない。
でも、もう今は、遅すぎる。決定的なまでに――。
「うるさい! うるさい! うるさい!」
魔剣が振り下ろされる。早すぎるそれを魔王は躱せない。軌道上の全てを消し飛ばす一太刀が日立の肉体を捉えた。
魔王の屈強な肉体であっても、例外にはならない。
肉を易々と千切り、骨を軽々と両断する。
「うがぁあああぁあああ!」
しかし――。
殺すつもりで振るわれた一太刀は、魔王を殺さなかった。
魔王の右腕が弾き飛んでいく。
頭上に振るわれたはずの、必殺の一太刀はその狙いを誤った。
「なん……で。なんでこんな簡単な事ができないんだ、私は」
ライラが、魔剣を手から落とす。
彼女は泣いていた。それは彼女の父が死んだとき以来。彼女の生涯で二度目の涙。
ポロポロと。大粒の涙が、彼女の頬を伝って落ちていく。もう、彼女は剣を握れる状態ではなかった。
ライラは、結局魔王を憎みきれていなかった。
好きな相手に好きだと言われては、殺せない。
「ごめん……。ごめんなライラ」
日立は地面に倒れながら、うわ言のように何度もつぶやいていた。彼の腕はもげて、数メートル離れた位置に転がっている。
千切れた腕からは真っ赤な血がとめどなく、大量に流れている。その血を地面が吸いきれず、赤い血だまりができていた。どうやら、魔王の血も赤いらしい。
「どうして! どうして今さらになってそんな事を言い出すんだ……。私はどうあってもお前を殺さなくてはいけないのだ。私が拒否しても、この剣がお前を殺してしまう!」
ライラはふらふらと、剣を拾い上げた。
魔剣が再び光る。
ぎこちない動作で、ライラが剣を構えた。それはまるで後ろから糸に引かれる操り人形のように。
ライラは必死に抵抗しようとするが、魔剣の誓いはそれを許さない。
「やめろ。やめてくれ! 私は殺したくない!」
しかし魔剣にその訴えは通じない。もはや、日立は死ぬしかないのか。
「待てよ。待ってくれよ魔剣」
ゆらりと。日立は立ち上がった。彼はまだ諦めていない。絶体絶命のこの状況でも、諦めていない。今にも失ってしまいそうな意識を、全力でつなぎ留める。
「俺を殺すのはお門違いってやつだぜ。ライラはこう誓ったはずだ。『魔王アルタイルを殺すと』。俺は本当に魔王アルタイルなのか?」
木にもたれ、大きすぎる傷口を残った片腕で押さえつけながら、日立は不敵に笑う。
「違うだろうが。俺は三枝日立! アルタイルじゃない! 体はアルタイルだけど、魂は三枝日立なんだ!」
ライラの動きが止まる。
魔剣は考えているようだった。剣の発する光が微かに弱まる。
「ククク。迷っているか? ならこうしようじゃないか。確かに、俺の半分はアルタイルだ。だから半殺しで手打ちにしてくれないか? もう俺は半殺しにされているぞ? というか、いつ死んでもおかしくない位だぜ……」
不意に、ライラを縛る力が霧散した。
そのまま彼女は床に崩れ落ちる。操り人形の糸が断たれたのだ。
つまり魔剣は日立の言い分を認めたらしい。
「う、嘘だろ? お前、魔剣を言いくるめたのか? あり得ない! 誓いの剣の呪縛は絶対なんだぞ!?」
ライラの知る限り、こんな荒唐無稽を成し遂げたのは目の前にいる愛しい男だけだった。
「ふっふっふ。……憎い側近の入れ知恵だけどな」
日立は目を閉じる。もう、一片の気力も彼には残されていない。
「魔王! すまない! 直ぐに治療をする! だから死ぬな!」
ライラが日立に駆け寄る。単独で魔界を踏破できる彼女は優れた戦士であると同時に、優れた回復術師でもあった。
「ライラ……。俺は、日立だ。これからは……そう呼んでくれよな」
魔王は途切れ途切れに、うわ言の様に呟く。
「そうする! だから死ぬな、日立!」
慌てふためくライラ。
(こ、この場合はどの回復魔法が適切なのだ!? まずは出血を止める? それとも一番に生命力の回復を優先するべきなのか!?)
彼女は自分の危機には強いが、他者の危機にはそれ以上にてんぱってしまうタイプだった。
「ライラさん。まずは腕を繋げましょうか。それが最優先です」
「お、お前は!」
ライラの後ろに、いつからかペトラルカが立っていた。右手には魔王の腕が握られている。それをポイッと。お気軽に、ペトはライラに放った。
「う、うわ! な、投げるな!」
「切り飛ばしたの貴方でしょうに。さ、私も微力ながら手伝いますよ。日立、貴方に死なれては困りますからね」
「ん。たの……む」
側近の言葉を聞いて、それで安心したように日立は意識を失った。
次回、エピローグです。