十三話 三枝日立という少年。……え、誰?
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入れ替わり魔王。彼の本名は三枝日立。
日立は社会において孤立していた。一人だった、孤独だった。
つまり、ボッチだった。
そんな彼だがいじめがあったとか、嫌われていたとか、そういう訳ではない。日立は自ら進んで孤独を選んでいた。だが彼は別に孤独を愛していたわけではない。寧ろ寂しがり屋で、同じような年頃の少年たちが連れ立って歩いているのを見るといつだって羨ましかった。その感情を捨てられなかった。
ではなぜ、孤独を選んでいたのか?
恐れていたのだ。自分と関わることで他人が不幸になってしまうのを。
日立はそんな考えにとりつかれて生きていた。
彼の両親は彼がまだ小学二年生の時に、交通事故に巻き込まれて死んだ。日立を迎えにくる途中だったらしい。
その後日立は父方の叔父夫婦に引き取られた。
日立は幼くして両親を失い、心に大きな傷を負ってしまう。口数は急激に減り、食事も殆どとらない。何をやっていても虚ろ。
だが叔父夫婦はそんな日立を息子同然に扱い、愛情をもって接し続けた。その愛と時間が日立を癒し、日立は昔の明るい少年へと戻る。
それから日立は中学卒業まで、普通で平凡な少年として生活することができていた。
しかし、再び彼に不幸が降りかかる。
日立の一番の親友であり、叔父夫婦の一人息子。同じように愛情を注がれて育った日立の従弟。その彼が、日立をかばって死んだのだ。
不幸な事故だった。学校からの帰り道で暴走した車が日立に衝突する寸前で、従弟は日立を突き飛ばし、そして代わりに死んだ。
その車は偶然にもその瞬間にブレーキが故障してしまったらしい。誰が悪い訳でもない不幸な事故。
しかし――見るものによって、その事実が歪んでしまうものだ。
日立はその事故を自分のせいだと考えた。自分の愛する人は、身近な人は不幸になってしまう。そんな考えに取りつかれ、日立は叔父夫婦の元から離れた。
叔父夫婦は引き留めたが、日立に対して今まで通りに接することは難しい。無理に説得をしようとはしなかった。
そして日立は孤独になる。
その孤独を慰めたのが、日立が昔から好きだった一つのアニメだった。そこから日立は世界征服という妄想に浸るようになる。日立は妄想の世界に逃げた。そこでだけ、日立は孤独ではなかったのだ。
やがてその妄想は大きくなっていき、日立はオカルトに手を出すようになる。日立にとっては、それも妄想の一環だった。怪しげな本を読み、内容を試す。そして失敗、何も起こらない。それが常だった。日立もそれが当たり前だと分かっていて、失敗しても落ち込まない。寧ろ、失敗する所までが日立の遊びの一環だった。
しかしそれを懲りずに続けた結果。本人が一番驚いたことに、日立は魔王になった。急に妄想が現実になってしまったのだ。
それからの日々は現実離れしていて、夢のようだった。ペトラルカに慕われ、リーシャとは命を賭けて戦う。
そう、夢だ。日立が唯一、自然体でいられた夢。
だから日立は自然体に振舞えた。他人を不幸にしてしまうという考えを忘れる事ができた。
しかし――。この世界で他人との仲が深まっていくにつれ、彼の不安は大きくなっていく。この世界でも、誰もが自分で考えて、強い意志を持って生きている。
「この世界は妄想なんかじゃない」
それを日立は確信した。もしも妄想ならば日立がペトラルカに、リーシャに、ライラに焦がれる事はない。三人がそれぞれ、日立が持っていないモノを持っている。だからこそ焦がれる。憧れる。日立の妄想なんかに彼女たちの様な立派な人物が登場するはずもないのだ。
妄想とは、所詮自身の延長に過ぎないから。
この世界が紛れもなく現実だと分かれば、日立はやはり思う。
「俺がいてはいけない。きっと……不幸にする」
まして、魔王などと世界を揺るがす重要ポストは論外である。きっと多くの魔物を不幸にしてしまうに違いないのだ。そう、日立は考える。
(ペト、リーシャ、ライラ。皆が幸せになる方法は簡単だ。俺が、いなくなればいい)
魔王は本気でそう考えていた。
だから態とライラを怒らせた。
ライラに父の仇を打たせてあげようとした。
しかしそこから、日立の計画は崩れる。夜にしか決闘はしないという事を知らず、三時間という空きができた。
その間に、リーシャは魔王を逃がそうとした。彼女自身の命までかけて。
日立はそれを許すわけにはいかない。言葉での説得は諦めて、不意をうって彼女を眠らせた。
でもそれをペトに見られ、加えて自分が死のうとしている事まで見抜かれるのは完全に計算外だった。
ペトは日立が死のうとするのを止めるだろう。彼女はそういう子だと日立は考えている。だからこそ、示さなくてはいけない。自分が死んだ未来の明るさを。そうすれば、ペトも日立の計画を邪魔しないと思ったのだ。
しかしそれは――完全に日立の誤解だった。
ペトラルカという魔物の少女は、日立の想像通りの女の子ではなかったのである。