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十二話 魔王氏、遂に幼女を殴ってしまう……

ライラが跳躍し、すぐに視界から消えた。今更魔王は、超ジャンプ程度では驚かない。

 周囲に誰もいない事を確認した後、魔王は頭を抱える。



「夜じゃないと決闘できないってなんだよ! 知るかそんなルール!」

 そのルールのせいで、魔王の作戦は上手くいかなかった。

「少し狂ったけど、問題はないか。このまま夜になれば同じだ」

 夜。日が落ちるまであと三時間程。

 それが魔王に残された時間だった。

 テラスがなくなってしまったので、魔王は地面に腰を下ろす。



「あーあ。派手に壊してくれちゃって。直すドワーフさんの気持ちを、あいつは考えた事があるのかね?」

 あいつ、とは勿論ライラのことである。

 魔王はそのまま、地面に寝そべった。

「あいつ、少しだけど泣いてたな。言いすぎちゃったかな……」

 魔王の呟きを聞く者はいない。



 しかし少し経って、魔王の元にリーシャが駆けつけてきた。彼女は小さなその背中に、身の丈に合わない大きなリュックを背負っている。

 幼いその顔には、普段浮かべている余裕はない。



「魔王様、リーシャとは決別したのですか?」

 魔王の元まで来たリーシャは、テラスの惨状を一瞥するとそれだけ言った。

「残念ながら、その通りだ」

 魔王はなるべく悔しそうに俯く。

「やはり、そうでしたか。決闘は何時間後でしょうか?」

「三時間後って言ってたな」

「三時間……。短いですね。本当に日が落ちて直ぐではないですか。ではもうここにいる意味はありません。逃げましょう、準備はこの通りできていますから」



 メイドは背中のリュックを示す。



「それはなんというか……。準備がいいな」

 魔王は苦笑を浮かべた。

「事前の準備はメイドの嗜みですので。この準備は無駄になれば良かったのですが。さぁ行きますよ」

 リーシャは当たり前のように言うと、魔王の手首を掴む。



 彼女のその手は、言うまでもなく小さい。



「ま、待て。俺には策があってだな!」

「知りません。無駄ですよ。死にます」

 魔王の言葉をメイドは取り合おうとしない。ひたむきに魔王の手を引っ張るものの、その効果は薄かった。彼女の幼い体では、魔王の巨体を引くには圧倒的に力不足だ。

「聞いてくれリーシャ」

「聞くにしても、移動しながらにしてくれませんか?」



 リーシャは真下から、真っすぐに魔王を見つめた。

 その瞳には強い意志が宿っている。



「待ってくれ――」

「待ちません! このままでは貴方様は死んでしまいます!」

 リーシャが叫ぶ。それは彼女にはとても珍しい事で、魔王は驚き目を丸くする。

「リーシャ……?」

「私には分かるのです。ライラは強い。戦えば間違いなく、魔王様は死ぬ。でも逃げれば、ほんの少しですが可能性はあります。ライラは、本当は優しい子ですから逃げる魔王様に攻撃しないかもしれません!」



 リーシャは顔を歪ませていた。無駄なのに、魔王を動かそうと必死に引っ張っている。

(リーシャ……。こんなに必死になるのは、お前らしくないぞ)



 普段のリーシャは常に余裕の態度で、何もかも分かっていますと微笑を浮かべている。

 しかし今は、違う。魔王の為に必死になってくれている。

 その変化に魔王の心は強く揺さぶられた。



「わかったよ。言うとおりにする。だから手は放してくれ」

「そうですか。それは何より。でも放しません。逃げられると困りますから」

 魔王が承諾すると、リーシャはケロリと表情を変えた。それは普段の余裕たっぷりの表情だった。

「な! 俺を騙したのか!?」

「騙すとは心外です。私はメイドとして、最良の手段を取っただけです。焦る私は可哀そうだったでしょう? 魔王様が可哀そうな子に弱いのは把握済みです」

 リーシャはお茶目に、ウインク。



 そのまま魔王の手を引いて走り出す。どうやら正門ではなく裏口に向かっているようだ。



「ホントお前って奴は……。俺はまだお前が良くわからないよ」

「わからない方が、楽しいでしょう? ご主人様を楽しませるのもメイドの嗜みです」

 魔王にはどこまでリーシャが本音で話しているのかわからない。でも確かに、リーシャといる時間を魔王はいつも楽しんでいた。

「うーん、その通りかもな。なぁリーシャ。一つ聞かせてくれ。何で俺にここまで尽くしてくれるんだ? このままだとお前まで俺に巻き込まれてライラにやられてしまうかもしれないぞ? 今のお前は、弱いんだからさ」



 その言葉に、リーシャは走りながら魔王の方を向く。



「ご主人様を命に代えても守るのは、メイドの務めですから」

 再び、リーシャはウインクした。

 バチコン。バチコン。何故か二回。

「ハハハ。なんだそりゃ。そんなメイド聞いたことないよ。ん? でも俺の世界の創作の中にはいたかな?」

「魔王様。そのメイドの話、是非今度お聞かせください! 私はメイドには目がないのです!」

 食い気味のリーシャ。この必死さは演技ではなさそうだった。

「今度か。…今度、ね」



(その機会は、もう――)

 不意に、魔王は足を止めた。

 手を引いていたリーシャも、それでは止まるしかない。



「魔王様? どうなさいましたか?」

 リーシャが振り向く。その瞬間に――。

 魔王はメイドの首の付け根を狙い、手刀を放つ。

 この不意を突いた一撃に、リーシャは反応できない。

魔王の一撃は狙い通り、リーシャの意識を一瞬で刈り取った。



「え……。まお……、さま」

 リーシャがそのまま倒れ込みそうになるのを、魔王はそっと受け止める。そしてそのまま、手近な木の幹にゆっくりともたれさせた。



「すまない、リーシャ。でも多分、これが正解なんだ」

 そう言った魔王の表情は暗かった。

 不意に――魔王は他者の気配を感じて振りむく。

(馬鹿な! ここは俺以外いないはずなのに!)



「魔王様……。何をしているのですか?」

 そこには。魔王の側近、ペトラルカがいた。

 目を大きく見開き、驚きで言葉を失っている。



 無理もない。魔王がリーシャを殴り倒した現場を見たのならば。



「それは俺のセリフだ。ペト、なんでここにいる! ダメだろお前がここにいちゃ!」

 魔王は一方的に叫ぶ。魔王にはペトが悪夢みたいな偶然でここにいるよう思えた。

 そもそも、彼女がここにいる理由は簡単な事だ。リーシャが魔王を迎えに行き、ペトは移動手段(馬車)を用意して二人を待っていた。それだけなのだ。



 しかし魔王は冷静さを欠き、そこまで考えが至らない。



「……。魔王様。どういう事ですか? なんでリーシャちゃんに攻撃したのですか? 答えて下さい」

 静かに、魔王の側近は問う。しかしその静けさの中には、確実な強さがあった。

 ペトが問い、魔王が答える。奇しくも彼らの初対面に、この場は少し似ていた。

 だがしかし、魔王は今回引くわけにはいかない。あの時のように、ペトに降伏するわけにはいかなかった。



「ペト。今から話す。とりあえずリラックスしてくれ――フッ!」

 魔王は問答無用で側近に肉薄。

 話すと見せかけての、不意打ちを狙う。

 しかしその攻撃は、まるで予知していたかのように回避された。

 ふわりと回避したペトは、そのまま魔王がつめた距離の分だけ後退する。



「なに!?」



「魔王様。私には、『嘘』は通用しませんよ」

 ペトが冷たく、言い放った。

(そうか!)

 魔王はペトに『今から話す』と言った。しかしそれは『嘘』であり、不意を突くための方便。ペトはその嘘を感じ取り身構えていた。だから、魔王の攻撃は不意打ちにはならなかったのだ。



「魔王様、どうしてですか? 何故逃走を手助けするリーシャちゃんに攻撃をしたのですか?」

側近は再び問う。それに魔王は答えない。

 言葉の代わりに拳を見舞うも、それらは全てペトに躱される。



(クソ! 当たる気がしない!)



 幾らこの肉体の能力が高くても、魔王はその力をまだ上手く使いこなせなかった。

「……。聞き方を変えます。魔王様は逃げたくないのですか?」

「……!」

 図星を突かれ、魔王は固まる。

「……。逃げたくないのですね」

「待て! 俺は何も答えていないだろ!」



 そう、まだ魔王は答えていない。何も言っていないなら、嘘かどうかもわからないはずである。



「何も言葉だけが嘘を吐くわけではありません。魔王様の態度、行動、表情から嘘がないか見抜いているのです。先ほどの魔王様からは『嘘』を感じませんでした。ですから、魔王様は逃げたいと思っていない。これは『真実』です」

「はぁ? そんなの卑怯じゃないか!」

 つまりペトの問いかけに沈黙したとしても、その時の表情でその問いの答えがばれてしまうという事だ。 



 彼女の前ではどんな事実も偽る事はできない。

「では続けますね。魔王様は逃げなかったとして、その先に勝算はあるのでしょうか?」

 彼女の尋問は続く。魔王はそれから逃れる術を持っていない。

 最早諦めて、下を向くしかできなかった。



(もう何も隠せない。やっぱり俺は失敗した)



「勝算もなし、ですか。魔王様は死ぬとわかっていてここに残りたいのですね。……死にたいのですか?」

 ついに、ペトは魔王の核心に触れた。

「そう、なのですね。なんでですか? 約束したじゃないですか、一緒に魔界を平和にしようって! ここで死んじゃったらダメじゃないですか!」



 ペトがここまで堪えていた感情を吐き出すように叫ぶ。激情が彼女を支配しているようだ。その感情は裏切られた怒り? それとも悲しみ? 魔王には分からない。

 それでも、魔王にも譲れない目的があるのだ。



「……。その約束を守る為なんだよ! 魔界の平和の為に、俺は今日死ぬんだ!」

 魔王も叫ぶ。彼もまた、感情を高ぶらせていた。



「え? 『嘘』じゃ……ない? 何故です!? 何故魔王様が死ねば魔界が平和になるんですか!?」

「簡単だよ。俺よりも、ライラの方がいい魔王になれるからだ。俺のように無能なヤツが魔王をやっていたっていつまでも魔界が平和になる訳がない! 俺がライラに勝っているところは何一つないだろ? 力も意志も、名声も人望も全部! あいつの方が優れているんだ!」

 それが魔王の偽らない本音だった。


youtubeに音声版を投稿しているので、よろしければご覧ください。

https://www.youtube.com/channel/UCDnJeX2u0PbZQW_TspceY1g/about?disable_polymer=1

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