九話 我とボードゲームしない? 後編 ~ shall 我 play board game ?
序盤は魔王優勢に進んでいたが、この職業選択を機にライラが優勢になった。ライラは給料の出目が良く、魔王に差をつけていく。そのままライラ優勢でゲームは中盤を迎えた。
中盤にも大きな山場がある。それはアーティファクトゾーン。そこでは今までに貯めたお金でアーティファクトを買うことができる。アーティファクトの効果は様々だが、どれもゲームを優位に進められるお助けアイテムなのだ。
「アーティファクト。これは私もわかるぞ」
嬉しそうにするライラとは対照的に、魔王は固まっていた。アーティファクト一覧を食い入るように見つめている。その表情は愕然としていた。
「ま、魔王。どうした? まさかお前、アーティファクトを知らないのか?」
その様子にライラも驚く。魔王がアーティファクトを知らないのは意外だった。木札に書かれているアーティファクトはどれも魔界では子供でも知っている有名なモノばかりだ。
「う、うむ。ど忘れをしてしまったようだ。あれー? 普段の我なら間違いなく知ってるんだけどなー? すまないが教えてくれ」
(私が教える番か!)
ライラは嬉しかった。ここで少しでも挽回できるように張り切って説明していく。
「まずこれ。『破壊の筒』。引き金を引くと先端から光線が出て、その先の敵を貫く。最も数も多いアーティファクトだ。種類によって威力もまちまちだが、効果は大体同じだな。消費なしで遠距離攻撃ができるから便利だ。私も使ったことはある。まぁ私の性には合わなかった」
描かれた木札を指でさす。
「やっぱり……。銃、なのか?」
その魔王の呟きはライラには小さすぎて届かなかった。
「次はこれ。『鉄鬼』。これは『破壊筒』よりも数は少ないな。しかしもっと強力だ。鎧の何倍もデカいし、何倍も硬い。しかも装着すると動きずらくなるどころか早く、強くなる。不思議な鎧だ」
鎧の様なイラストが描かれた木札を指す。
「……。ライラはこれを実際に見たことはあるのか?」
「ああ。私自身使ってはいないが、一度これを使ってきた魔物と戦ったことがある。あいつ自身は大した魔物ではないが、これを着た途端、急に強くなったのだ。結局勝ったのは私だけどな!」
誇らしそうに言う。ライラは自分からは話そうとしないが、自分の武勇伝を語るのは好きだった。謙虚なのかも知れない。
「それでその、『鉄鬼』はどうした?」
「あれは私も使いたかったけど、逃げられてしまった。その点は反省だ。今度会ったら逃しはしない」
獲物を求める肉食獣の瞳。
「最後はこれか。『鉄人』。鉄でできているのに、生きてるみたいに考えるし、動くんだ。大体は人型らしい。これは私も見たことがないな。そもそもどのアーティファクトも貴重で数が少ないから。こいつは中々強いと聞いたので一度戦いたいものだ」
このゲームで使うのはこの三枚だけだった。
「あー。言われて我も思い出すことができた。感謝するぞ、ライラ」
「感謝されても、私は手心を加えないからな」
宣言通り、ライラは冒険者として集めたお金をつぎ込んで『鉄鬼』と『鉄人』を購入した。アーティファクトの購入権は先着だし、一点ものなのでもうその二枚を魔王は買えなくなってしまったのだ。
「ぬぅ。段々分かってくるようになったな……! ここからは我も本気だ!」
魔王の負け惜しみを見て、ライラはカラカラと笑う。その表情は最早、純粋に楽しんでいるようにしか見えなかった。
「ハハッ。魔王、早く追いついてきてくれ。このまま独走では面白くないからな」
そのままライラが優勢でゲームは進んでいく。元々あった差に加えて、アーティファクトで更に魔王にとって苦しい状況になった。しかしライラが給料の出目であまり振るわなくなってきているので魔王は少しずつ追い上げていく。
やがて二人はほぼ僅差で最終エリアに到達した。最終エリア、魔王城。なんとこのゲームの最後の難関は魔王だった。
ダイスの出目がほぼ最大値がでないと魔王は倒せない。負ければ次のターンに再挑戦だが、魔王に挑戦するにはお金がかかる。なくなったら、強制労働施設に飛ばされ、そこで何ターンか過ごさないといけなくなる。
サイコロの出目をアーティファクトによって強化されているライラが有利なルールだ。
「魔王討伐が目的だったのかこのゲームは……」
何か言いたそうな目でライラが魔王を見る。彼女の瞳は赤い髪と同じく赤だ。そんな赤い瞳で見つめられ、魔王はたじろぐ。
「知らなかったのだ! 我もこのゲームやるのは初めてだし。リーシャが用意したのだが、まさかこんな罠があるとは。何故自分を倒さなくてはいけないのだ……!」
「まぁ私には良い前哨戦か。ゲームでも私は魔王を殺す!」
ライラは目を細め、口元をほころばせた。中々魔王と戦えないので、ゲームではその鬱憤を晴らしたいようだった。魔王は複雑な表情である。
「殺せ!」
サイコロは転がり――四。一足りなかった。ライラはゴールまで一回足踏み。
「ぐぐぅ……。再挑戦だと? 敗北は死だ。再挑戦なんて考えるような甘いヤツは絶対に死ぬ!」
「ま、まぁそうカリカリするな……。ゲームだからな。ぬぅ。ゲームには勝ちたいが、魔王は殺したくないなぁ。我、命は平等に尊いって人間にも知ってほしい。なんでも魔王をラスボスにしようって態度が気に入らない」
次は魔王。出目は――三。アーティファクトを一つしか持たない魔王ではこれではあと二足りない。
「ハハッ。己に負けたか、魔王。やはり最後に立ちふさがるのは己自身ということか」
ライラは何やら深い事を言う。
そこからは波乱の展開だった。魔王もライラも、この立ち塞がる魔王に勝てない。確率的には直ぐに勝っても良さそうなのに勝てない。二人は揃って強制労働施設に飛ばされ、また魔王に負けて、また強制労働施設に。
結局、二度目の強制労働施設からの脱却後に魔王が魔王を倒した。
よって勝者、魔王。
「……予想外の展開だったが、我の勝ちだ!」
「ぐうぅ。何故私は負けてしまったのだ! もう一度、もう一度勝負しろ!」
ライラは悔しかった。最初は何が面白いのかと首をかしげながらプレイしていたというのに、最後には拳を硬く握りしめて熱中してしまっていた。彼女は今まで遊んだことがない。だから今、彼女は初めて玩具を渡された子供と同じなのかも知れなかった。
「あのなぁ。確かにこのゲームは面白いけど一回のプレイに時間がかかる。明日ならやってやろう」
魔王は伸びをして、あくびを噛み殺しながら言う。
(やった!)
そんな気の抜けた魔王を見ても、ライラは明日またできることが嬉しかった。
「明日! 明日だな! 約束は忘れるなよ。明日こそ私が魔王を先に殺すのだ!」
「……。まぁ頑張れ。しかし今気づいたが魔王は一人なはずなのに、なんで倒された後も他のプレイヤーと戦えるんだろうな。不思議だ」
「なぁ魔王。明日のいつやるんだ? 朝か?」
グイっとライラは魔王の肩を掴む。その瞳は期待に爛々と輝いていた。
「いたっ。我痛い! 力緩めて! ボードゲームは寝る前にやるのが至高なのだ。だからやるなら夜だな」
「そうか、夜か。早く明日の夜になればいい」
ライラはどこまでも素直で思ったことをそのまま口にする。
「じゃあ我はもう帰るからな。っと、その前に渡すものがあった。プレゼントだ」
(ぷれぜんと?)
その言葉と存在をライラは知らない。彼女が知るのは貢物。似ているようでかなり違う二つ。
「ぷれぜんとってなんだ?」
その言葉に、魔王は固まった。そして可哀そうな子を見る目でライラを見つめる。悪人面に浮かべる慈愛の表情は気持ち悪かった。それを見てライラも驚く。
「……もしかして知らなくちゃまずかったか?」
「いや。何も悪くない。悪くないんだライラ。初めてのプレゼントにはしょぼいけど受け取ってくれ」
魔王は一冊の本を差し出す。ライラはおずおずと受け取り、開いてみるが何も書いていない。
(もしかして私を馬鹿にしているのか?)
疑いの眼差しで魔王を見る。
「待て、誤解だ。それは白紙で正解なんだ。日記帳だからな」
「日記帳?」
「その日にあったこと、自分が感じた事や思った事を書くんだ。忘れないようにな」
「それは意味があるのか?」
「思い出を忘れないでいられるんだ。それは人によっては価値があるかも知れないし、無いかもしれない。ライラはどうだ?」
「私は……」
問われて考える。ライラはそろそろ百歳を迎える若手のヴァンパイアだ。その生涯のほとんど全てを鍛錬に費やした彼女にはあまり思い出がない。あるのは、あいつに負けたとか、あいつに勝ったとか、そんな記憶ばかりだった。戦いに関係のない記憶はどんどん消えていくのが彼女の脳みそだ。
「あまり深く考えなくていい。楽しい思い出とか、ないか?」
(楽しい、思い出……)
無意識に今日の出来事が思い出されていく。初めての料理。初めてのゲーム。初めてのプレゼント。
「今日は楽しかった」
素直に言う。彼女には無意識だが、その表情には屈託のない笑みが浮かぶ。常に緊張の糸を切らさないように張り詰めた彼女からのその笑みに、魔王は少なからず動揺したようだった。
「え、そうか……。今日か……。じゃあ今日から書けば良い。我も寝る前は日記を書いているのだ」
魔王は少しはにかむ。言うまでもなく、魔王には似合わない仕草だ。
「じゃあそうしてみる。これは私にとっては初めてのぷれぜんとだし……。ん? 結局ぷれぜんとってなんだ?」
「あー……。贈り物だ。親しくなりたい相手とか、世話になってる人に渡すんだよ。……じゃあ我は帰るからな。おやすみ」
魔王はライラの顔を見ずに早口で言うと、ライラの返事も待たずに急いで部屋から出ていってしまった。
「ああ、おやすみ……」
律儀なライラは魔王が出て行った扉に挨拶を返す。
(親しくなりたい相手……だと?)
手元の日記に視線を落とす。意図して封じた、ライラの知らない感情が胸いっぱいに広がっていく。ズキリと、胸が痛い。
「何なのだこれは……」
日記帳を抱えたまま、ライラは力を抜きベッドに倒れこむ。
(この気持ちも魔王に聞けばわかるか……?)
でもそれは何故か恥ずかしい。魔王を考えると、この気持ちは大きくなっていくようだった。明日だ。明日の夜にはまた魔王とゲームができる。それがライラには待ち遠しい。
「……! 魔王は殺すべき相手だぞ!」
本来の目的をやっと思い出し、ライラは強く自分に言い聞かせた。
(魔王は敵。魔王は敵。魔王は敵!)
そしてまた日記帳を見る。自分は敵から物を渡されて喜ぶとは、なんて愚かなのだろうか。急にとある案が頭に浮かぶ。
「窓から捨ててしまおうか……?」
窓を開け、振りかぶる、所までは実行した。しかし投げられない。何度か逡巡はしたが、ライラは日記帳を捨てられなかった。
物に罪はない、という結論だった。
結局ライラはその日、魔王に言った通りに日記を書いた。書くと魔王に言った以上、書かざるを得ない。どこまでも律儀なライラだった。
自分の気持ちを文字にしようとする度に百面相をしていたが、それを見たものは誰もいない。