一話 俺、魔王と入れ替わってる!?
ひょんな事から、主人公は異世界の魔王と入れ替わってしまう。
一時は偉くなった事に喜ぶ。だが――そんなのは一瞬の幻想だった!
次から次へと、魔王を殺すために刺客がやってくる!
主人公には明日があるのか!? 入れ替わり魔王の生存戦略が始まる!
一章 魔王になりました
1
日本にある、ごく普通なアパートの一室にごく普通な高校生がいる。そんな彼の容姿は普通。どのパーツも平均値であり、どこかで見た事あるような平凡な印象を他人に与える。普通過ぎるのが特徴と言えるほどだ。
そんな彼は殺風景な一室で一冊の本を読んでいた。普通な表情ながらも真剣に読んでいる。やがて読み終わったのか、本を閉じて一言呟いた。
「キタキタキタッーーーー! この本マジで当たりだろッ! メルカリで買ったオカルト書を読み続け百冊目! この切りのいい数字では絶対なんか起きると思ってたわマジで。これで俺の世界征服も始まるッ! いや、もう結果は見えた。成し遂げた、成し遂げたわこれ」
彼は普通ではなかった。もう高校生にもなるのに本気で世界征服を夢見る非常に痛い人物だった。
「キターーーーーーーーーーーーー!!!」
そして興奮するとうるさい男だった。
ドカ! 唐突に彼の右隣の壁が吠える。
「うるせぇぞ! 黙れや!」
壁ドンだ。由緒正しい方の壁ドンであり、ロマンチックな方ではない。
「……」
そんな壁ドンに対し、彼は口を噤んだ。次にこめかみに青筋を浮かべる。彼の表情は怒りに燃えていた。そして壁ドンしてきた隣人を思い出す。
確か、腕にタトゥーの入った色黒マッチョだったか。
「ふ、ふん。今度血祭りにしてやるよ。今度な」
そして雑魚みたいなセリフを小さく吐きだし、その後「すいまッせーーん!」大声で謝った。そして緊張しながら隣人の反応を待っている。
「次はねぇぞ!」
壁から帰って来た声にびくっと震え、いつの間にか流れていた額の汗をぬぐう。
彼は力に屈する小市民だった。しかしそこで終わる彼ではない。机から一冊のノートを取り出し、それに何やら書き込んでいく。
ノートの表紙には復讐帳とある。
彼は執念深い、粘着質な小市民だった。
「おっと、こんな下らんことをしている場合ではなかった」
彼は十五分ほどノートに書き込んだ後に、満足そうな表情でつぶやく。
今度は押入れから一メートル四方の画用紙を取り出し、畳の上に広げる。それから慣れた手つきで複雑な文様の魔法陣を書き込んでいく。
この慣れた感じからも彼の痛さが透けて見える。
作業は順調に進む。二時間、彼は尋常ではない集中力によって魔法陣を書き続けた。それは痛いながらも評価すべき集中力だ。
そうして彼は魔法陣を完成させた。自身の仕事ぶりに高笑いしそうになるが、壁ドンを恐れて思いとどまる。
疲れたのでそのまま魔法陣に倒れこんで寝ようとした。
しかし彼はある事を思い出した。このまま寝るわけにはいかない。
彼は日記を書いた後、シャワーを浴びて歯を磨き、ちゃんとトイレに行ってから寝た。
さて彼が書いた魔法陣にはどんな意味があったのだろうか。アホ面で寝る彼の隣には、彼が読んでいた本がある。
『誰でもなれる! 魔王!』非常に胡散臭いタイトルの本だった。
2
彼は夢を見ていた。彼は今、真っ白な部屋にいる。そこには簡素な机一つ。同じく簡素な椅子が二つ。他には何もなかったし、誰もいなかった。
彼はぼんやりとした表情で一つの椅子に腰かけた。ここではそうするのが最適だと彼は感じていたから。根拠はない、なんとなくの行動だった。
すると先ほどまで誰もいなかった向かいの椅子に、急に一人の人物が現れた。瞬きした瞬間の出来事だ。
「うわぁぁああ!」
小市民な彼は驚いて立ち上がって、一歩さがる。
「なんだぁ、落ち着きねぇな。座れよ」
湧いてきた男は面白い小動物をみるような、そんな余裕な笑みを浮かべながら言う。この態度だけで彼は目の前の男に委縮し、そして男が只者でないことを察した。
男は彼に比べて、非常に派手な容姿をしている。
まず大柄だ。これだけでも人目を引く。その大柄な体を包む鎧も派手。黒を基調としてはいるがこれでもかと、金による装飾が施されている。
だが男の与える印象の中で、鎧などは目立たない。
肉食獣のようだと彼は思った。
彼の隣人のチンピラなどが霞むほどの具現化した暴力がそこにあるかの錯覚を覚える。
この豪奢な男の前にいるだけで彼は蛇に睨まれたカエルのように、男の沙汰を受け入れるだけの存在になった。例え死ねと言われたらその通りにするしかない。
ともかく、言われた通りに彼は座り直した。
「うーむ」
男は丸太のように太い腕を組み、値踏みするように彼に視線を這わせる。彼は生きた心地がしないまま、じっとした。
(こ、こいつ。ヤバすぎる!)
僅かにでも動けば、男の危険を損なうかもしれない。そう考え、彼は彫像のように固まる。
「ガハハハッ。本当に面白みのない男だな貴様は」
ビクリと体を震わせるが彼は何も言わない。いや、何も言えないのだ。
「おい。返事しろ。つまらんだろうが」
「は……い」
命令され口を開くが、気の利いたセリフは出てこない。
そんな彼を見て男はますます、つまらなそうな顔をする。
「ふん。まぁいい。そうだ、お前俺様を見てどう思った?」
言われて、改めて男を見る。そこでやっと男の頭髪が金の混じった黒で、その頭の上に二本の角が生えていることに気づいた。しかし彼はそのことには驚かない。この暴力の化身みたいな男に角――人外の証があるのは当たり前だと思う。こんな圧倒的な存在が、ただの人間であるはずがない。そうであってはいけないのだ。
男を待たせるわけにはいかない。男を怒らせないよう、言葉を選びながら言う。
「その……。とても凛々しく、また遠大な知性が感じられるお姿です」
「そうだろう。そうだろう。……しかし男に褒められても気持ち悪いな」
男が顔を綻ばせたのは一瞬で、直ぐに不機嫌そうに口をヘの字にした。
(じゃあ褒めない方が良かったのか!)
心の中で叫ぶ。
「つまらん上に男であるお前と話しても無意味だな。それにこの俺様が気づかんとは。ガハハハッ」
(じゃあ早く解放してくれ!)
「お前に俺様の肉体をやろう。代わりにお前の肉体を貰う。そういう契約だ」
「は?」
「以上だ。おっと、感激で泣くのは後にしろ。男の涙なんて見たらお前を殺したくなってしまうかもしれん」
それだけ言うと、男は立ち上がって消えた。言葉の意味を考えようとするが、うまくいかない。そうしている内に彼も消えて、白い部屋からは誰もいなくなった。
3
次の日。彼が目を覚まし、初めに見たのは知らない天井だった。寝ぼけた頭で不思議に思いながら、体を起こす。横たわっていたベッドもまた知らない物だ。そこに来て、彼は昨日自分が書いた魔法陣、そして先ほど見た夢を思い出した。
「成功したのか!?」
力を溜めたバネのように立ち上がり、視線を部屋のあちこちに飛ばす。見た事のない部屋だ。二十畳ほどの広さに、高級そうな調度品が敷き詰められている。ここは間違いなく、昨日まで彼のいたオンボロアパートではない。
彼は部屋の隅に大きな鏡があるのを発見し、急いでその前に向かう。
「……! こいつは……!」
そこには今しがた見た夢の中の、恐ろしい男が立っていた。
「あいつは魔王で、それで俺はあいつとさっき入れ替わった。そういうことなのか!?」
つまりそういうことだった。入れ替わりではあるものの、彼は魔王になることができたのだ。
それから彼はうきうきでポージングを開始した。いきなり大柄マッチョな肉体を手にいれたのだから、こうしたくなるのも仕方ない。このポージングは十分続いた。
次に彼がとった行動は服を脱ぎ、全裸になることだった。新しいこの体をつぶさに観察したいと思うのは仕方ないことかも知れない。これも十分続いた。
この時間は無駄に思えて、無駄ではない。彼はこの二十分で幾つかの事柄に気づくことができた。
それはこの体になってから、活力が内側からあふれ出してくること。今なら空も飛べそうな程だ。そしてこの体、いや顔は結構男前であるという事。他人として対面した時は無様に怯えまくって顔をしっかり見る余裕はなかったが、こうして見ると結構美形だ。その美は芸術品から感じるモノより、野生の肉食動物から感じるモノに近いものではあったが。
そうして魔王たる新たな肉体の観察に集中していたがために、彼は背後から忍び寄る人物に気づくことができなかった。
「コホン。魔王様。今朝は何をしておられるのですか?」
「う、うわぁああぁあぁあ!!」
間の抜けた叫び声をあげて彼、いや入れ替わり魔王は後ろを振り向く。そこにはメイド服のお姉さんがいた。ただのお姉さんではない、理知的で、金の瞳と豊満な胸を携えたお姉さんだ。真っ黒な髪は豊かで、ポニーテールになっている。
「……貴様か。おはよう。部屋に入るときはノックをするべきではないかな?」
(えーと。とりあえず挨拶! そして注意だ!)
魔王は魔王らしく振舞おうと必死に頭を回転させる。しかし急な出来事に動転し、気の利いた対処は出来なかった。
「……おはようございます。ノック……ですか。申し訳ありません」
そんな魔王に対して、メイドは内心はさておき表面上は恭しく頭を下げる。そんな動作一つとっても流麗で、洗練された所作である。魔王はその動作に思わず見とれているようだった。
「ふん。分かれば良いのだ。ところで俺……いや我に何の用かな?」
魔王は新たな一人称を我にすることにした。理由は多分かっこいいからだろう。
「……。魔王様、寛大なそのお心に感謝します。朝食の準備が整いましたので、その報告に」
(あーいいなこれ。巨乳で知的なメイド服のお姉さんに敬われるのってマジでいいわ。魔王って最高だな!)
「ご苦労。十分後にはいくとしよう。ん? 今の無し。やっぱ我、今すぐ行くぞ」
(このメイドと一緒に行かないと何処に行けばいいか分からなくなる所だったぜ。俺はそんなミスはしない)
「……。承知しました。お召し物はどうなさいますか?」
「ん。ああ、今着るから待っておれ」
「ご自身で着る、ということでしょうか?」
メイドが訝し気に魔王に尋ねた。
「それ以外ないであろう?」
魔王は目を丸くしてキョトンと首をかしげる。全く魔王らしくない、間抜けな仕草だ。
「お言葉ですが、御自身でなさる必要はないかと。いつものように我らメイドにお任せ下さい。魔王様は唯一にして絶対の尊き御方。このような雑用は我らメイドにお任せ願います」
そしてメイドはパンと手を打ち鳴らす。すると直ぐに三人の新たなメイドが入って来た。そのどれもが美形だ。そんな彼女たちは部屋に入るとまず魔王に深々と一礼し、それからは無言でテキパキと服を着せる。そのメイド達は仕事を終えると再度一礼し、出て行く。
「……。あ、ありがと。いや、ご苦労」
魔王はその間、驚いて何も言えなかった。
「それでは、参りましょうか」
「あ、ああ」
美しい姿勢で歩き出すメイドに付いていく魔王。威厳たっぷりなはずの見た目に反して、その時の魔王は親鳥についていくひな鳥のように頼りなかった。
(んー。しかしさっきからメイドさん妙な間があるんだよなぁ。俺の完璧な魔王ぶりでもやはりオリジナル魔王との齟齬はあるか)
しかも見通しが甘い。だしたボロで溺れるほどに、大量に排出していることに魔王は気づいていなかった。
4
「ふーむ。紙一重、か?」
部屋に戻り一人になってから魔王は深いため息をつき、そう述べた。
そして朝食の風景を思い出す。
魔王らしくあろうと決めた朝食の席。第一の失態ははしゃいだこと。余りに豪勢な食卓に思わずはしゃぐのは仕方なかったかもしれない。彼は普段、百円で何本も入っている棒状のパンを朝食にしていた。あのチョコが少し入っているやつだ。
第二に、魔王ははしゃいでスープを絨毯にこぼしてしまった。それだけなら良かったのだが、魔王は無駄に俊敏に側にあったナプキンでそれをふき取り始めてしまう。何を隠そう、魔王はファミレスのアルバイターだった。零したら拭く。魔王には当たり前のことである。
しかし、周りに控える侍従たちにとってはそうではない。暴虐の王たる魔王が必死の形相で「あーもー」とか言いながら絨毯を拭き、あまつさえこちらの視線に気づくとペコペコしだすのだから、侍従たちの驚きは図りしれない。
他にも魔王らしからぬ小物っぽい所作やセリフでひとしきり侍従たちを混乱させ、逃げるように魔王は自室に帰って来たのだった。
「……」
魔王はひとしきり回想を終えると、目をつむった。
「あぁぁあああ!!! これもうアカン! アカンて! 絶対に不審がられてるって! もう俺が偽物て絶対ばれとるやん!」
そして弾けるように騒ぎ出す。この魔王は興奮するとうるさい魔王だった。今では部屋も代わり壁ドンはない。しかしその代わりに部屋の前で護衛が控えていることを魔王は失念していた。今の叫びも間違いなく耳に入ったことだろう。
「いや、せっかく魔王になれたんだ! 世界征服のチャンス、逃すわけにはいかない!」
またしても大声で叫び、立ち上がる。その瞳には決意の色があった。
魔王はまた座り、少しだけ頭を回転させ状況を整理する。
自分は魔王になった。これは確実だ。しかし、どんな世界のどんな魔王なのかさっぱりわかっていない。自分が入れ替わるまではどんな性格だったのか。どんな部下がいるのか。どんな問題や目標を抱えていたのか。
その全てを現在魔王は知らないが、一つ知らないだけでも致命的かもしれない。魔王の中身が別人とばれ、立場を追われることになるだろう。
(魔王自身を知り、この世界、そして部下を知る。それが当面の課題となる。これを突破した先に世界征服があるのだ)
課題は明確化した。次は手段を考える。
(手っ取り早いのは誰か詳しいヤツに話してもらうことだが……)
しかし魔王はそれが難しいことであると判断した。
(情報に詳しいヤツは魔王に近しい人物に違いない。そんな人物に魔王自身の事を教えて欲しいなんていったら、怪しまれてしまう)
そのまま暫く考えて、とりあえずこの自室を探索することに決める。ここは魔王の自室。何か魔王を知る手掛かりがあると考えたのだ。
(ここでなんも見つからなかったらやべーわ。さて、どこから探そうかな)
候補は幾つかある。机、ベッドの下、クローゼットの中。そして本棚。魔王は順番に見ていくことにした。
机。ここには日記の類があることを期待する。彼自身は赤裸々な日記をつける男なのでそう考えるのは納得だ。
(うーん。ごちゃごちゃしてるなぁ)
しかし目的の日記はない。というか筆記用具の類はなく、指輪や宝石といった装飾品しかでてこない。他には長くて硬くてイボイボの付いた棒が複数。しかし魔王にはこの棒の用途がわからない。
(何をするための机なのだろうか)
魔王は呆れた。机には手掛かりはない。
次、ベッドの下。物を隠す定番の場所だ。
(人間はここに大事なものを隠す。そういう風にできている)
しかしここも空振り。そもそもここは魔王の部屋。思春期男子の部屋ではない。
三番、本棚。
魔王はここに結構期待していた。四面ある壁の一面一杯に本棚がある。かなりの蔵書だ。部屋が広いのでそれに比例して本棚もでかい。本棚がでかければ蔵書も多いのである。
(さ、流石にここにはマシな本があるだろ)
少し焦燥感を覚えながらも魔王は本棚を物色する。しかし時が経つに連れて、魔王を絶望が包んでいく。
(エロ本しかない、だと!)
やたらピンクな外装だと嫌な予感を感じていた魔王だったが、それは当たった。魔王の蔵書の全てはエロ本だったのだ。
(仕方ねぇ。こんなのも参考にはなるだろう)
魔王は一冊を手に取る。『エッチな魔物図鑑』というタイトル。エッチな、とついていなければ良書だったに違いない。
(ふむふむ。……ムホホ。なかなかエッチ、だな)
そのまま魔王はその本を一時間熟読したのだった。エロに抗うことはできない魔王だったが、そのエロ本を読んで成果がなかったわけではない。
魔王は偏ってはいるが、この世界の魔物の知識を手に入れることができたのだ。
ドラゴン、吸血鬼、オーク、ゴブリン、人魚、スライム。そんなオーソドックスな魔物がいる世界であることを知る。そしてそれら魔物の性感帯も知った。『エッチな魔物図鑑』は魔物ごとの性感帯を図解で丁寧に説明する本だったからしょうがない。
(ゴブリンやオークにもかわいい子はいるんだな)
この世界の魔物は可愛い。魔王は覚えた。
それと魔王についてわかったこともある。
入れ替わる前の魔王は好色家、つまりスケベだ。
(部屋いっぱいに堂々と並べるのだからオープンスケベとみて間違いはない。これからはもっとスケベな言動を増やすべきかもしれない。例えば夜に女を呼び出したりとか)
そこまで考えて魔王は首を振る。
(……。いや俺には無理だな)
仕方ない。魔王は童貞だった。そんな勇気を持ってはいない。
エロだけでは満足できず、魔王は他の本も探す。するとエロ本の海の中に、雰囲気の違うものを見つけた。その一冊だけ、背表紙がピンクではないのだ。
本のタイトルは『世界の秘宝』。魔王本人の情報ではないが、魔王はせっかくなのでペラペラと適当にページをめくる。どうやら、タイトルの通りに、この世界の秘宝をイラスト付きで解説している本らしい。
「世界三大秘宝。『不死鳥のアミュレット』。身に着けていると、一回までなら死んでも蘇生することができる。ふむふむ、チートアイテムだな」
魔王もいる世界だし、不思議なものが溢れているものだ。しかしこれも、現在の魔王には必要な本ではなさそうである。時間に余裕があれば後で読もう。魔王は失意のままに、本をもとの位置に戻した。
最後にクローゼット。
(なんか出てこい。成果がエロ本だけは嫌だ……)
真剣なまなざしでクローゼットを見つめ、開ける。これは魔王が生涯で最も緊張しながらクローゼットを開けた瞬間である。
(なん……だと……!)
そして開いた瞬間に、魔王は目の前の現実を疑った。二畳ほどしかないクローゼットの中は、一つの居住スペースになっていたのだ。
布団と木製の机、そして小さな棚がある。どれも手作り感ある一品で、魔王の部屋にある調度品とは真逆。つまりは貧乏くさい。
そんな家具に囲まれて、一人の少女が横になって寝ていた。
(これはどうすればいいんだ……?)
勿論正解などないが、魔王は混乱した。とりあえず息を潜めて、少女を観察する。
(天使みたいだ……)
歳は十五、六だろうか。そんなまだあどけない少女の寝顔はあまりに無防備で、神聖不可侵に思える。それに無造作に伸びた、雪のような白髪もあいまって魔王は天使のようだと感じたのだ。
魔王が見惚れていると、そんな魔王の気配を感じたのか少女の目がパチリと開いた。深紅の瞳に、魔王は状況を忘れて引き込まれる。
(綺麗だ)
「わ、はわわわ! ま、魔王様。ペトは寝てませんでしたよ! ペトは魔王様の忠実なる側近! 昼寝してお仕事を休む訳ないじゃないですか!?」
しかし魔王はこの少女のけたたましい第一声で我に返る。
(この子が側近なのか?)
色々と残念な言い訳をする少女を無視して魔王は考える。
(魔王の側近はゲームなんかじゃ、大抵は魔王の次に強くて恐ろしいヤツが務めているもんだ。なのにこの子はどうだ? 一切強そうな感じはない。ただ可愛いだけの少女にしかみえないが……。少し探ってみるか)
「あーペト。お前がそういうならそうなんだろうな。お前の中ではな」
「し、信じて下さい! ほら! 昨日までに回されていた案件は全部処理したんです。徹夜で!」
(徹夜したなら今寝てるのも納得だな)
「うむ。ご苦労。いつもありがとな」
別に寝ていたことを責める気は魔王にはない。さっさと話題を代えたかったのだが――。
「え、えええ! 今なんとおっしゃいましたか!?」
驚愕の表情で少女は魔王に迫ってくる。
「だから、ありがとうと言ったのだ。お前は働いてくれたんだろ? だから感謝を述べたのだ。……何もおかしくないよな?」
言いながら、後半魔王は自分に言い聞かせるようにした。
「……そうですね。一般的にはおかしくないでしょう」
(それはもう俺がおかしいって言ってるようなもんじゃん……)
魔王は思わずたじろぐ。
「……魔王様。できれば私の処理した案件を確認していただけませんか?」
ズイと目の前に差し出される紙束。それを魔王は反射的に受けとる。
「えっと、後で。後で確認する」
(内容に突っ込まれたらたまらんからな)
魔王は慎重に返事したつもりだった。しかし――。
「魔王様。貴方は誰なんですか?」
ガツンと。少女が発したその言葉が脳を大きく揺さぶる。
「我は、いつも通りだぞ。が、ガハハハッ……」
「魔王様は私にお礼なんて言いません。魔王様は私が寝ているのを許しません。それに魔王様は一切お仕事に関わりません。全部他人にお任せなんです。だから……貴方は魔王様じゃない。それに嘘をついてますね。私にはわかるんです」
少女の深紅の瞳が魔王を射抜く。最初のほわほわした能天気な雰囲気は最早ない。
「えっと……」
(どうする! どうするべきだ! ええい! この際口封じするのもありかもしれん。こんな弱そうな女、どうとでもなるはずだ)
魔王は考える。中々に下種な解決策を。
「もう一度問います。……貴方は誰ですか?」
少女の手に炎が灯る。押し付けられたらとっても熱そうだ。強そうな魔王は弱そうだと先程思っていた少女に脅され、直ぐに両手を挙げる。
「すいません。直ぐに全部話しますので痛いのは辞めて下さい」
彼は強靭な肉体を手に入れても、中身は小市民のままだった。
読んでいただき、誠にありがとうございます。
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一生のお願いです。