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見えた打開の道

03


 だが、焦っているのは奥平の方も同じだった。

 (やるじゃないか。

 蓮見が倍満を張っているのを見切ったのか?)

 味方同士の差し込みであっさり場を流した手際に、内心舌を巻いていた。

 サイコロを振ってから、どうもこういう不気味な流れが続いている。

 自分も勝負であるからには本気も本気。

 ハコ下に下すくらいのつもりで打っている。

 にもかかわらず、決定的な勝ちをつかむことができずにいるのだ。

 (脅威は彼女の方だったか?

 ミスも放銃も多いが、その中のどれ一つとして致命的ではない。

 怖ろしいほど勘が効く)

 奥平は背筋に嫌な汗が伝わるのを感じた。

 林原克己は、技術こそ高いし洗練されているが、自分を圧倒できるほどではない。

 だが、お引きのお嬢さんの打ち筋は全く読めなかった。

 危険牌をすぱすぱと切り、それでいて決して高めをこぼすことをしない。

 なにより、こちらに手が入ると小さな当たりで逃げてしまう。

 (純粋に勘で打っているとでもいうのか?)

 奥平にとって、それができる人間がいるとすれば脅威だった。

 今まで打って来た雀鬼たちが、強固な体を持つ猛獣だとするなら、この女はまるでクラゲかタコだ。

 いくら斬りつけても大きなダメージを与えられず、気が付いたら毒針を撃ち込まれるか首を絞められている。

 そんな言い知れぬ恐怖を覚えた。

 

 「カン」

 蓮見が捨てたローピンを瞳が大明カンする。

 (まさか?)

 奥平は一瞬肝を冷やす。

 嶺上開花で、鳴かせた蓮見の責任払いとなれば、瞳が単独トップになってしまう可能性があったのだ。

 だが、幸いにして瞳は嶺上牌をツモ切ってしまう。

 (いや、待てよ)

 奥平は、捨て牌をもう一度確認して、別の可能性に思い当たる。

 対面の瞳にかなり高い手が入っている可能性が高い。

 しかも、これから自分か蓮見が危険牌をつかんでしまう可能性も低くない。

 悪いことに、イーシャンテンながら自分の手には役がない。

 そして、奥平の悪い予感は的中することになる。 

 (なんてこった…)

 リャンゾーを切ればテンパイだが、捨て牌からして対面のド本命。

 最悪の状況で通らばリーチか、ベタ降りかを選択しなければならない。

 (通すことができれば、蓮見の差し込みで上がれる…。

 一方、ベタ降りするなら後4巡逃げ切らなければならないか…)

 奥平は手配とにらめっこになってしまう。

 ベタ降りするにしても、絶対に安全と言える手牌ではないのだ。

 (逃げ切れればいい。

 勝つ必要はない、負けなければいい…。だが、4巡の逃げ切りは…)

 「リーチ」

 奥平が選択したのは通らばリーチだった。

 だが、すぐにそれを後悔することになる。

 瞳が動く前から直感した。自分は負けたのだと。

 「ロン。三アンコウ、ドラ6。逆転です」

 「しまった…」

 かくして、堅実にトップを走っていた奥平は転げ落ちることになる。


 「いやいや…。なんとか勝てたから良かったものの、一時はどうなるかと思いましたよ」

 電車で克己と一緒に帰路に着く瞳は、今更ながら体が震え始めていた。

 奥平は強かった、勝てたのが奇跡に思えたのだ。

 だが、克己は意味深な笑みを浮かべて首を横に振る。

 「いや、勝算は元々あったとも。

 瞳さんの強運と勘、そして怖いもの知らずなところ。

 ある意味で奥平課長の天敵みたいなものだからね」

 克己は語り始める。

 麻雀は確立や理論ではなく、運と勘で打つものだ。

 だが、ある年齢になると、あるいは経験を重ねるほど、無意識に確立や理屈に頼るようになってしまう。

 「あと4巡ベタ降りして耐えるより、通らばリーチをする方が確率が高い。

 その計算が彼を誤らせたのだよ」

 「そういうものですかね…」

 本当に麻雀が好きな雀鬼の考えはわからない、と瞳は思う。

 だが、奥平自身が負けを認めていたことからして、克己の言うことは正しいのだろう。

 『負けの中でも、一番やっちゃいけない負け方をしてしまった。

 敵ではなく、自分の心に負けたんだ。

 潮時だ。降参する。君たちの勝ちだ』

 そう言って天を仰いだ奥平は、防衛省への納入から離脱することを誓約したのだった。

 「瞳さん、例を言うよ。

 僕では奥平部長の勘を鈍らせることはできなかった。

 君にしかできなかったことだ」

 「はは…ありがとございます」

 克己の言っていることはまだピンと来ないが、そう言われると素直に嬉しかった。

 それに、社内の麻雀大会でたまに打つくらいで自分の打ち筋を見いだし、奥平の天敵としてぶつけたのは慧眼と言えた。

 そこは敬服に値したのだ。

 「しかし、仕事のことを麻雀で決めるなんて、課長もワルですねえ」

 「なにをおっしゃるか。

 水に常形なく、兵に常勢なし、っていうだろ。

 結果として商売敵にご退場願えたんだ。これもビジネスの一つの在り方ですとも」

 そう言った克己の表情は真剣そのものだった。

 (これがビジネスマンてもんか)

 瞳はそんなことを思うのだった。

 

 「明日は休みだな。

 よし、飲みに行くぞ!おごりだ」

 「ゴチになります!」

 せっかくだから勝利の美酒を、と2人は繁華街に繰り出すのだった。

 (男の人と二人でお酒なんて久しぶりだし、少しくらい羽目を外すのもいいでしょ)

 瞳はそう思いながら克己の後に続く。

 これがまずかった。

 「もう一軒行こう、もう一軒!」

 「あはは。次はホルモン焼きにしますか?それともおでんがいいかな~」

 テンションが上がった2人ははしごを繰り返し、やがて記憶も理性もなくすまでに酔ってしまうのである。



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