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手詰まりの案件

02


 青海商事はちょっとした問題に直面していた。

 「うーん…やはりこのままでは採算割れしてしまうな…」

 「はあ…。経理の方としてもこの予算が限界ですし、なによりこれ以上は取締役会が承知しないかと…」

 会議室の中。営業の係長である林原克己と瞳は渋面を付き合わせていた。

 ことの始まりは、防衛省および陸上自衛隊に対する備品の納入案件だった。

 最近ではマスコミの目も厳しく、インターネットなどを通じて国民の監視や非難も強い。

 「安く、できる限り安くお願いしたい」

 一昔前のようなお役所仕事とはいかず、防衛省も自衛隊もなんとか安くあげようとする。

 その結果、納入を希望していた業者が次々と値下げ競争について行けず脱落していった。

 最後に残ったのが青海商事と、健全な中堅企業として有名な新木場コーポレーション。

 「ですが、この辺が本当に限界です。

 防衛省、自衛隊に納入したという実績は確かに重要ですが…。

 これ以上値引きしたら赤が出てしまいます」

 「わかってる…わかってるんだ…」

 克己は、髪をガシガシとかきむしる。

 (眉間にしわが寄って、イケメンが台無しだわ)

 瞳はこっそり嘆息する。

 克己は仕事に対するモチベーションが本当に高い。

 毎日経理と総務をこなしているだけの自分とは大違いだと思える。

 まあ、そうであったればこそ、自分と同期でありながら係長の立場に有り、28歳にして管理職として辣腕を振るっているわけだが。

 「係長、経理担当として具申します。

 この納入からの撤退も真面目に考えて下さい」

 「そうだなあ…。

 まるたの上で角を突き合わせる羊になるのは…僕もごめんですからね」

 瞳の言葉に、克己は茶で口を湿らせて相づちを打つ。

 実際、この納入争いはチキンレースの様相を呈している。

 こちらだけではない、新木場コーポレーションもぼちぼち撤退を視野に入れているころだろう。

 故事では、角を突き合わせてまるたから転げ落ちた羊がどうなったかまでは描かれていなかったが、両者とも幸せになることはできなかったのは確かだろう。

 (今までつぎ込んできた金や手間を惜しむ場面じゃないな…)

 瞳は思っていた。

 株やパチンコと同じ。

 今までつぎ込んできたものを惜しむのは、泥沼の入口だ。

 きれいさっぱり投げ出してさっぱりしたい気分だった。

 「いっそ、じゃんけんかコイントスででも決められればいいんですけどね」

 やけ気味な瞳の軽口に、克己が怖い顔になる。

 「今なんて言った?」

 (やば)

 瞳は、克己の鬼気迫る表情に気圧されてしまう。

 さすがに不謹慎だったかと思う。

 「いえ…すいません。

 さすがに不謹慎ですよね…」

 「そうじゃない。なんて言った?」

 瞳は気圧されながら口を開く。

 「ええと…じゃんけんかコイントスで決められればって…」

 「それだ!」

 克己が我が意を得たりとばかりに大声を出す。

 何かが閃いたらしい。

 (何が始まるの?)

 瞳は嫌な予感を覚えつつも、手詰まりの案件の突破口になるかも知れないと希望を持ってもいたのだった。



 すっかり日も落ちた臨海副都心のとあるオフィスビルの一画。

 静寂に包まれた談話室の中、4人の男女が麻雀卓を囲んでいた。

 コンビ打ちの一方は克己と瞳。

 もう一方は、新木場コーポレーションの営業課長である奥平と、その部下の蓮見。

 

 (やれやれ、本当に麻雀で雌雄を決することになるとは…)

 瞳は内心で嘆息していた。

 克己のひらめきとは、単純に勝負で防衛省への納入の権利を決めるというものだった。

 ただし、本当にじゃんけんやコイントスでは後々問題になりかねないし、なにより張り合いがない。

 そこで、克己が奥平に麻雀での勝負を申し入れたのだ。

 「ビジネスを麻雀で決めるというのは…」

 当然のように、奥平は最初は渋っていた。

 だが、値下げ競争に限界が来ていたのは、新木場コーポレーションも同じだった。

 どうせこれ以上値下げしなければならないなら、撤退するしかない。

 「公職選挙法でさえ、得票数が同じならくじ引きで決めることが認められています。

 どうせこのまま決まらなければ撤退するしかないなら、すぱっと勝負というのも一興では?

 麻雀なら、技術と才能と運を総動員したいい勝負ができると思いますが」

 奥平も自分たちと同じように、値下げのチキンレースに困っていたことを見抜いたことに加え、彼が無類の麻雀好きであるところをうまく突いた克己の手腕はさすがと言えた。

 分別くさいことを言ってはいても、奥平が麻雀を挑まれて引き下がることはないと読んでいたのだ。


 (ともあれ、さすがは奥平課長。見事な打ち筋ね…)

 瞳は捨て杯に目を凝らしながら思う。

 奥平の技術の高さは、その筋では有名であることは克己から聞いていた。

 実際に打ってみると、その強さが感じられる。

 手作りも早いし、なによりコンビ打ちの連携力が段違いだ。

 「ポン」

 役牌を鳴いて、なんとか手を作るのが瞳には精一杯の有様だ。

 (麻雀には年季があるつもりだったけど、やはり玄人が相手では…)

 社内旅行の麻雀大会でさえ、一度も優勝したことがない自分には荷が勝ちすぎるように思えた。

 「ロン。白のみ」

 克己からの差し込みで上がってしまう。

 蓮見に高い手が入っていると読んでのことだった。

 (もうすぐ制限時間。そして、奥平課長が2位と8000点差でトップ。

 こんなことやってたら勝てないな…)

 取り決めでは、3時間をリミットとし、その時点でトップだった者の勝ち。ハコ下に下った者が出た時点でそちらの負けということになっている。

 瞳は焦り始めていた。


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