干物女子の嘆息
03
「お腹空いたな…」
惰眠を貪っているだけでも腹は減る。
ちょうどその時、正午を知らせる鐘が鳴る。
とにかく食べないわけにはいかないと、瞳は体を起こして風呂場に向かう。
パジャマを洗いかごに放り込み、熱いシャワーを浴びる。
体を拭いて、申し訳程度にドライヤーで髪を乾かす。
そして、洗面台の明かりをつけて、生まれたままの姿の自分を映してみる。
「美容院とエステ行かないとなあ…」
ずぼらな生活もあってか、さすがに学生時代と比べて下り坂に入り始めた容貌を眺めて、深く嘆息する。
自慢ではないが、絶世の美女とはいかないまでもなかなかにイケているとは思う。
90センチを越える胸の膨らみも健在だ。
「でも…」
無理をして腹筋に力を入れても、運動不足でたるみ始めているお腹はごまかせない。
手入れを怠っているせいか、肌も荒れが目立ち始めている。
美容院に行っていないせいで、髪もお世辞にもなめらかとは言えない。
「これではいけないと思う…。思うんだけど…」
深く嘆息するたびに、幸せが逃げていくようだった。
20代前半の事を思い出す。
女としての自分を磨くことに手間も金もかけ、キラキラしようと必死になっていた。
SNSで多くの人間と交流し、合コンにも積極的に参加した。
(でも、何も実らなかった)
どういうわけか、趣味や性格が合う男が見つからない。
見つかったとしても、好みや趣味趣向が合わず長続きしない。
そんなことが繰り返されるうちに、女を磨くのに疲れてしまったのだ。
(ソロ活動も燻ってるのも案外悪くないか、なんて思えちゃうんだよねえ…)
クリスマス(25歳)を迎えた当たりでそんな悟りの境地に入ってしまい、煙で燻され続けていたら、いつの間にかすっかり乾物女子のできあがりだ。
化粧品は薬局で安売りしているものばかり。
服は学生時代からの使い回しかユニ○ロ。
食事は外食か、いわゆるズボラ飯。
(やばい…)
後2年で30代だ。
恋愛や結婚のハードルはさらに上がる。
そうなってから慌てても遅いだろう。
(でも…そう簡単に自分を変えられる?
それ以上に、自分を変えるだけの値打ちがある…?)
そんな思考が、恋愛や結婚を真面目に考える妨げになってしまうのだ。
結婚すれば、今まで通りオタでいるのは難しい事だろう。
同人誌即売会や、秋葉原のショップ巡りも今まで通りできるかどうか。
酒も減らすか、やめなければならないかもしれない。
(言い訳してるわけじゃない…。言い訳してるわけじゃないんだ…)
決して、恋愛や結婚をめんどくさがって、言い訳をしているわけではない。
だが、結婚して家庭を持ち、子をなして教育する。
それは、言うほど簡単ではない。というよりは、とてつもなく困難に思えた。
新聞やテレビで毎日のように報道される嫌なニュース。
DV、不倫、育児放棄、虐待、いじめ。
それらはもしかして未来の自分のことではないか。
そう考えると、恋愛や結婚、出産がとても困難で怖ろしいものであるかのように思えてしまうのだ。
(こんなこと考えてるうちは結婚できないよねえ…)
瞳の思考はすっかり負のスパイラルに入っていた。
とにかく外に出なければ。家にこもってぐるぐる考えていると心がしんどい。
(あ、虫食い…)
身につけようとしていた長袖のTシャツの背中には、みごとな虫食いができていた。
ユニ○ロの在庫セール品だが、それなりに気に入っていた。
瞳はまた深く嘆息するのだった。