恋の激流?
09
「ところで、あなたたちはお付き合いしているのかしら?」
「ぶっ!」
仕事の話が終わって雑談を交わしている中、麻佳の唐突な質問に、瞳は出された紅茶を噴き出しかけた。
麻佳も、瞳が突然眼鏡をやめておしゃれになり始めたことにあれこれ憶測を巡らせているようだ。
「ごほごほ…!」
否定しようにも、咳き込んでしまって言葉を発することができない。
だが、以外にも克己が冷静に返答してくれる。
「いえ、お付き合いしているわけではありません」
瞳はほっとする。
眼鏡と髪留めをやめるだけのはずが、どういうわけか部内で妙なうわさが立つ元になっている。
ここで否定しておかないと、火に油の可能性があった。
が、瞳の安堵はぬか喜びに終わる。
「今はまだ。
でも、いずれきちんとお付き合いさせていただくつもりです」
(え…?)
克己の決然とした言葉に瞳はぎょっとする。
「あら、そうなの?」
(ええ…?)
麻佳が意外そうににやりとする。
これはいいことを聞いたとばかりに。
「ちょ…ちょっと係長…!
なにを言い出すんです…!?」
ようやく呼吸を整えた瞳は、慌てて克己にくってかかる。
「俺は真面目だよ。
残念なことに瞳さんはまだその気になってないみたいだけど、いつか付き合ってもらうともさ」
克己は自信満々な表情で答える。
(それでは話が違う…。
いや、待てよ…。はっきり彼とお付き合いできないと言ったわけではないか。
そもそも私は係長をどう思ってる?)
瞳はそこで考え込んでしまう。
セックスがきっかけでつきあい始めるのは、さすがにふしだらで嫌だった。
だから、克己に求められたときに応じなかった。
でも、克己のことは決して嫌いではない。
若干チャラそうな雰囲気はあるものの、イケメンだ。
それに、仕事もできるし、こう見えて人格も優れていることは知っている。
(私はどうしたいんだろう…?)
そんなことを思い、思考のループにはまってしまう瞳。
そんな瞳の様子を見て、麻佳がふっと微笑む。
「なるほど、煮え切らないけどまんざらでもない、か。
他の男たちにもまだチャンスはあるけど、もたもたしていると林原君に先を越されると」
麻佳がきれいな白い歯を見せて、悪戯っぽく笑う。
克己も、我が意を得たりとばかりにくすりと微笑む。
なぜか龍太郎までが、「ほう」と意味深に反応する。
「ええ…えええ?」
瞳は否定する言葉が見つからず、ただ戸惑うだけだった。
(なんでそんなことに…?)
20代後半に入ってから、恋愛をすることも自分を磨くことも怠って、干物女子を続けて来た。
そのブランクのせいで、瞳はこういう場合にどうしたらいいか全くわからなかった。
なにせ、恋愛や結婚のことを考えることさえやめていたのだから。
「部長、お戯れですよ。
その…仕事があるのでこれで失礼します」
「あらそう。
秋島さん、頑張ってね」
席を立つ瞳に、麻佳がさらに意味深な笑みを向ける。
(つまり、仕事も恋愛も頑張れってことですか…?)
意味深な笑顔の意図を察した瞳は、部屋を立ち去ることにする。
もたもたしていると、どんどん変な方向に話が行きそうだ。
「では、失礼します」
克己が瞳の後ろに続く。
「あれ…?」
執務室のドアを出たところで、誰かが走り去るのが見えた。
後ろ姿しか見えなかったが、誰かはわかった。
間違いなく佐奈だ。
(どうしてここに?しかも逃げるみたいに…)
一瞬だが、佐奈が涙目になっていたように見えたのも気にかかった。
(本当になんなんだろう…?
また面倒なことが起きなければいいけれど…)
つい最近まで干物女子として無聊を囲っていたのに、どういうわけかここ数日まるでジェットコースターだ。
(日常が変わるのはいいんだけど…。
修羅場とか面倒なのは嫌だなあ…)
干物を数年やっていると、いろいろなことにすっかりめんどくさがりになってしまっている。
停滞していた水の流れが急に激流に変わるような予感に、瞳はただとまどうばかりだった。




