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みんな見ている?

06


 休み明けの青海商事の総務部。

 (なんだかみんなが見てる気が…。

 やっぱりなにかまずかったかしら…?)

 朝出勤してから、瞳は視線を感じっぱなしだった。

 そして、ひっきりなしに“ひそひそ”“さわさわ”と言った感じの囁き声が聞こえる。

 (けっこう頑張っておしゃれしたつもりだったけど…)

 やはり、20代後半になってから、干物女子として生きてきた時間が問題だったかと思える。

 

 克己の“お願い”とは、今後眼鏡と髪留めをやめて素顔になることだった。

 『こんなに美人なんだもの。これで見納めじゃ寂しいからさ』

 “美人”と言われたことに不覚にも嬉しくなってしまい、応じたのがまずかった。

 (素顔でいることがこんなに苦労するとは…)

 克己の家から帰宅する前に寄り道して、コンタクトを久々に買い入れた。

 最初はコンタクトにして髪を下ろすだけのつもりだった。

 だが、すぐにそれだけではすまないと気づく。

 (眼鏡にこんなにいろいろ隠れていたとは…)

 素顔の自分を鏡に映してよくわかった。

 肌荒れ、まつげの適当な手入れ、化粧の手抜き、眼の充血。

 眼鏡を外したとたんそれらが字義通り露呈してしまったのだ。

 ついでに、久々に下ろした髪は良く見ればところどころ痛んでいた。

 「こうしちゃいられない」

 休日も開いている美容院をネットで探し、取りあえず髪の手入れをしてもらう。

 とって返して、これまたデパートでまともな化粧品や化粧道具を揃える。

 眼の充血対策に目薬も買った。

 が…。

 (うわ…ブランクって怖ろしい…)

 申し訳程度に化粧をして、眼鏡でごまかすやり方を3年も続けた結果、すっかりファンデーションの塗り方さえ忘れていたらしい。

 結局、瞳は遅くまで鏡の中の自分の顔と悪戦苦闘することになったのだった。

 

 苦労した甲斐あって、なんとか見られるくらいにはなったと思っていた。

 が、今朝出勤してから、人に会うたびに“誰?”という顔をされ、仕事をしていても視線を感じる気がして仕方ないのだ。

 (やっぱり干物女子はかんたんにはやめられないかしら…?)

 そんなことを思い、つい周りの視線と囁き声を意識してしまう。

 なんとか美しく見えるように頑張ったつもりだったが、周囲には無理におしゃれをして痛い、と思われているかも知れない。

 「秋島先輩。この領収書お願いします」

 不意にかけられた大きな声に、瞳は座ったまま飛び上がりそうになる。

 声の主は、営業の新人、澄野勇人だった。

 国立大卒で、180センチを越える長身のイケメン。

 大学時代は剣道部の主将を務めていただけあって、体格も良く礼儀正しい。

 物怖じせずさっぱりした性格も、好印象を持てるところだ。

 そして、ルーキーながらも期待されている存在でもある。

 ともすれば研修制度もまともな指針もなく、飛び込みや迷惑メール、電話帳をみてのローラーがけ、そういうやり方を営業と呼ぶような会社は世に絶えない。

 だが、青海商事はそういう会社ではない。

 需要と供給をリサーチし、時間をかけて人脈やツテ、コネクションを構築する。

 その上で必要なものを売り込む。それが会社の方針だ。

 それゆえに、営業は数年下積みをして、それから独り立ちして行くものだ。

 が、勇人に限っては1年目から精力的に働いている。

 感じの良さと雄弁さ。なによりイケメンであるところが、客に門前払いを許さないのだ。

 2、3年すれば営業のエースになっているだろうとうわさされている。

 「ああ、澄野君。これね。ちょっと待ってて」

 領収書の内訳を確認して、金庫から現金を取り出して渡してやる。


 「どうもありがとうございます。

 しかし先輩。どうしたんです?眼鏡やめたんですか?」

 「え…ええ。眼鏡壊しちゃってね。せっかくだからコンタクトにしてみようかって…」

 瞳は気恥ずかしさから苦しい答えを返してしまう。

 見る人間が見れば、なにかわけありで素顔になったのが見え見えだ。

 さりとて、克己とちょっとしたことがあって眼鏡と髪留めをやめたとは言えなかった。

 「グッド。すごくきれいでいい感じですよ」

 勇人がぐっと親指を立ててさわやかに微笑む。

 (こうしてみるといい男よね…)

 瞳はいい笑顔にどきりとしてしまう。

 なるほど、この笑顔を向けられて門前払いにできる人物がいるとすれば、よほどの偏屈だろう。

 あれなら、さぞかし女にもモテそうだ。

 (って、私なに考えてるの…?これじゃ男にだらしない女みたいじゃないの…)

 自分はこんなに惚れっぽい女だったろうか?

 干物女子として、安定しているがドキドキもときめきもない数年を送って来たツケらしい。

 異性との接し方や距離感の取り方をすっかり忘れている。

 勇人の長身の後ろ姿を見送りながらそんなことを思い、瞳はこっそり嘆息するのだった。



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