人造人間タイガー外伝・バーニングラビットには主語がない
「多賀為ちひろという作家が書いた小説」という設定の小説を書きました。意味がわからないですね、僕もです。
『人造人間タイガー外伝・バーニングラビットには主語がない』
多賀為ちひろ
ノックの音がした。人造人間であるバーニングラビットは、自慢の赤い目を大きく見開きドアを凝視した。バーニングラビットは既に臨戦態勢だった。何故なら彼は追われの身。彼を生み出した悪の組織〈ギガダーク〉の裏切り者なのだ。それゆえに彼は、常に追手におびえていた。
今日もまた、組織からの刺客がやって来たのだろう。また家移りか。――そのようなことを彼は考えていた。引っ越しは慣れていた。金銭面に関しては、〈ギガダーク〉からの給料はそれなりに良かったので、現在はその時の貯金を切り崩しながらの生活でなんとかなっているのだ。
「……とはいえ、もうその貯金も半分を切った」
それでもお金は無限ではない。そのぼんやりとした恐怖感や不安感から目を逸らし、バーニングラビットは扉へと注意を向けた。
不思議なことに、最初の数分以降ノックは一切聞こえてこなかった。
これは奇妙だ、とバーニングラビットは思った。そしてついに、彼は扉に近づくことにした。いざとなれば自分の肉体を超高温状態にすればいいと考えたのだ。
結果として、扉の向こうに敵はいなかった。
そこにいたのは人間だったものだった。
「…………」
何があったのかは分からない。だが、その人間は既に死んでいた。
「行き倒れか――いや、感傷に浸っている場合ではなかった」
この状況自体が〈ギガダーク〉の張った罠である可能性もある。その疑念が、バーニングラビットから人の心を奪っていた。
「……は。そもそも人か俺は?」
自嘲気味に彼は呟いた。己は〈ギガダーク〉の生み出した人造人間。そもそも人であるはずがない、と。そんな自分が人間社会に溶け込んでいるのは、彼自身おかしな話であると思って仕方がなかった。
では何故、俺は組織を裏切った?
ふと、そんな言葉が彼の脳裏をよぎった。
考えてみれば、どうして組織を裏切ったのか。ラビットは見当がつかなかった。
「そんな馬鹿な。そんなことが」
微かな狼狽を紛らわせるべく、ラビットは人間だったものへと視線を移した。
その人物はもう声を発することはない。だが、ラビットは気付いてしまった。声は発さずとも、それがとても魅力的である、と。
結局のところ、バーニングラビットは怪物であった。この場合の怪物、それは、人の社会に住むことのできない存在である。そうあれと生み出されたバーニングラビットもまた、その中にカテゴライズされている。とりわけ〈ギガダーク〉の人造人間はあらゆる趣向が人間社会で生きていけないものとなっている。それは裏切りを防ぐためのものである。レジスタンスに捕獲されたタイガーはいざ知らず、ラビットはその範疇から抜け出せていない。
後で判明したことだが、死んでいた人物は組織の人造人間に追われていた科学者だったそうだ。ラビットはそのことを、己が手で崩壊させた〈ギガダーク〉関東支部のデータベースにて知った。
彼は今でも思い出す。あの時の味を。
「俺はどちらでもないのだな」
彼が〈ギガダーク〉に与えられた役割は【逸脱】だった。悪い冗談のような話なのだが、組織はうっかりラビットに与える役割に主語を付けることを忘れていた。本来人間社会からの逸脱とすべきところを【逸脱】のみにしてしまったのだ。
結果として、バーニングラビットは人間社会、〈ギガダーク〉の双方から逸脱してしまった。だがバーニングラビットにそれを悲しむ感情はそもそもなかった。
兎にも角にも、バーニングラビットは孤独になるべくしてなった。
「そういやさ、ウサギって寂しいと死ぬらしいぜ」
「え? それ嘘じゃないの?」
「へ? そーなの??」
人間の声が聞こえると、バーニングラビットは【逸脱】のロールに忠実に動いた。
「ヒヒヒ、今日はここらで狩りしねえ?」
「いや、やめとけ。昨日ここでバーニングラビットが出たらしい」
「うっそだろオイ」
人造人間の臭いがすると、やはりバーニングラビットは【逸脱】のロールに忠実に動いた。
来る日も来る日も、バーニングラビットは孤独に日々を楽しんでいた。
彼に後悔はなかった。元よりそのような思考はインプットされていないからなのだが。
自分の在り方の歪さをバーニングラビットは気付きつつも直すことはなかった。
だがそれは当然であった。
学習や改善は、生命が生き続けるための手段だからだ。
バーニングラビットは、最早全てから逸脱し始めていたのだ。
了
作品解説
あの謎に包まれた狂戦士、バーニングラビットの過去が明らかに。
「人造人間タイガー」の多賀為ちひろが放つ衝撃の外伝。
本編にてタイガーを苦しめた謎の強敵バーニングラビット。彼の秘密は大方判明していたが、理性のあった彼を我々は知る術を持たなかった。それが今回、ついに明らかになった。掌編小説と言う形式ではあったが、多賀為氏は己の世界観をフルに使って勝負に出た。その姿は、往年のファンの中にはたった一人で〈ギガダーク〉や〈漆黒動物園〉に挑んだタイガーの姿を重ねた方もいるのではないだろうか。
……という設定でこの小説を書きました。発想が意味わかりませんがわりと楽しかったですね。