エレメント・スフィアの邂逅
エレス(名づけ前)視点の話です。
ふよりふよふよ
私は風に吹かれて流されるままに、地上を観測していた。
どこか知らぬ世界の向こう側から次元を超えてやってくる、厄介な『侵略者』共を倒すのが母上様より賜った私の使命だ。
それにしても最近奴の出現が多すぎるような気がしてならない。
私がこの世に生み出されてすでに百余年、最初は奴らに憑依された生物は少々大きくなるだけだったのだが、ここ数年徐々に巨大化し始めている。
母上様が言うには「向こう側」の世界はすでに飽和状態、こちらに移動するしかない。
しかしこちらの生命体の数を減らさないと、こちらには移り住めないらしい。
世界の生命体の数量というのは、上限が決められているらしく、その中で転生を繰り返し輪廻の輪の中で巡り続けているのだ。
まあ、母上様に教えてもらったことだけれど、私は難しい事を考えたり覚えたりすることが苦手なのだ。
よく末の姉妹に「脳筋戦闘バカ」などと言われている。
意味はいまいち解りかねるが、パワーを現す『筋』の文字とかが入ってるから、力強い私のことを現す的確な誉め言葉なのだろう、多分。
気持ちよく風に流されながら少々瞑想(居眠り)していたのだが、不意に意識に引っかかるような感覚があり覚醒する。
寝てないったら寝てないぞ。
視界を地上に向けると「鮮魚」と書かれたトラックから、他次元干渉の反応があり荷台がはじけ飛んだ。
中から「カニ」に憑依した侵略者が現れものすごい勢いで走り出した。もちろん横向きに・・・。
私の最近のマイブームは巨大化したあいつらに名前を付けることだ。
そうすることによって、こちらの生物としての愛着を切り離すことが出来、速やかに倒すことができるのだ。
地球に生きとし生けるものは皆かわいくて仕方ない。
それがどんな生物でもだ。そんな愛しき生物たちに憑依してくる奴らは、私からしたら許しがたい存在なのだ。
よし決めた奴の名前は「カニゾルゲ」にしよう。
ものすごい勢いで横向きに走り去った奴は、一段高くなった場所に走っている「高速道路」なる建造物に登り始めていた。
ひょっとしてあいつ自分の動きが制御できてないのだろうか?元がカニちゃんだけに横にしか動けてないし。
そんな勢いだけで登り切ったカニゾルゲの奴は、木材を大量に積んだトラックに接触した。
木材を留めていたワイヤーが外れて弾け飛び、その横を追い抜こうとしていた小さな車に叩き付けられていた。
小さな車は幸いにも体制を立て直したのだが、トラックの荷台から崩れ落ちそうになった丸太に押しつぶされそうになっている。
加速して逃れようとする小さな車、なかなかの判断力だと思う、その前にカニゾルゲが、道を塞ぐように小さな車の前に、躍り出なかった場合だが。
カニゾルゲに衝突して停止する車、、その上にワイヤーが外れた丸太が押しつぶそうと転がりだす。
いけない!このままではあの車に乗った人が死んでしまう!そう思った瞬間私の体は光り、丸太に「融合」する。
私の能力は自然物との「融合」だ、この能力で今まで『侵略者』たちと戦ってきたのだが、徐々に巨大化し始めている奴らにパワー不足は否めない。
自然物は大きなものでも10mくらいのものが多いからだ。「おおすとらりあ」の巨石あたりなら申し分ないのだが、たぶん戦いが終わった後に母上様に怒られるかもしれない。
「融合」が完了すると、球状の私の体に手足の感覚が現れる。カニゾルゲに視線を移すと、小さな車に向かって脚を振り上げているところだった。
間に合うか!?私はカニゾルゲと車の前に自分の右足になった丸太を差し込む。
ガッシと組み合う私の足と奴の脚、なんとか間に合ったようだ。
車の運転席に乗った人が驚いたように目を見開き、私の足から付け根まで嘗め回すような視線を送る。
いや、いくら今の体が丸太でも、そんなに大事なところを見られたら恥ずかしいぞ。
いくら「脳筋バカ」でも心は乙女なのだ。
しかもこの男性、意外と私の好みじゃないか、フンス!ちょっとばかしやる気がみなぎるぞ。
カニゾルゲの奴が私を敵とみなしたのか、こちらに体を向けてシュッシュッとシャドーしている、準備万端のようだ。
いきなり右ストレートをかましてくるカニゾルゲ。
私は超速反応でそれを華麗に捌きつつ、右ひじをくらわしてやる。
しかし敵もさるもの、奴はそれをブロックすると、触手を槍のように顔に向けて射出してきた。
キモッ!私はそれをのけぞりながら、右足を奴の腹に叩き付け吹き飛ばし距離を取る。
こいつらは戦いの前の情緒とかそういうものがないから無粋だというのだ。
今まで何千回と戦ってきたが、コミュニケーションが取れた試しがない。
カニゾルゲの奴は10mほど吹き飛んだ向こうで私の方を睨んでいるようだ。
私はチラリと後方に目を向けるとだいぶ車が密集している。
今まで人知れず奴らを倒してきたのだがそろそろ無理があるようだ。
これで奴らの存在は人間達にもばれてしまっただろうが、そろそ潮時だろう。
いかんせん私たちだけで処理するにはもう無理があったのだ、奴らは年々巨大になってくるし…。
バレたの私のせいじゃないよな?きっと今頃ほかの姉妹もやらかしてるかもしれないし、怒られないよね…?
そんな私の母上様にお仕置きされちゃうんじゃ?というドキドキ感など知ったかと言わんばかりに、カニゾルゲは再び襲い掛かってくる。
今度はカニちゃんの特性をいかんなく発揮して、後脚四本で立ち上がり前脚四本で攻撃してきた。
甘いな!元々のこいつらの肉体がどんな姿か知らないが、たくさんある脚を制御しきれるわけがないのだ。
ワキワキした四本の腕をスライディングでかいくぐるとその後脚を足払いで薙ぎ払う。
側転のように上下が逆さまにひっくり返るカニゾルゲに、そのまま踵を落とす。
宙に浮いていた奴は、頭からアスファルトに突っ込む。
その状態で奴はしばらくジタバタしていたが、踵落としを食らわして開いたままの私の足の付け根のデリケートな部分に、偶然奴の脚の一本が当たった。
「のひょおおおおおお」と声にならない声をあげて、私はゴロゴロ転がって奴から離れる。
その間にアスファルトから頭を引き抜いて起き上がるカニゾルゲ。
さすがに頭にきたのか、こちらに向かってダッシュしてきた、しかもカニちゃんのくせに前向きに!一体どうやって!?そして右脚を振りかぶってきた。
私も負けじと右腕を後ろに引いて奴に向かって叩き付ける。
そして吸い込まれるように奴の眼に私の右拳が吸い込まれ、そしてカニゾルゲの核のようなものが砕ける感触。
これが奴らが次元を渡るときの状態『塊魂』なのだ。これを砕くと奴らの魂と精神は、この世にとどまる術をなくして消滅してしまう。
これでもう輪廻の輪から外れてしまうので、どちらの次元にも転生することができないらしい。
これを繰り返していけば向こうの世界も飽和状態から抜け出せるはず、と母上様が言っていたのだが、一体いつまで繰り返せばいいんだろうか・・・。
もう百年もやってるのに一向に奴らの侵略は収まる様子がない。ハァ・・・と深いため息をつく。
気を抜いたその瞬間『ズゴンッ』奴の右腕が私の胴体を貫いていた。
しまった!と思う暇もなく私は後ろに叩き出される。前方に視線を向けると奴も息絶えて沈み、私の体になっていた丸太が、そういう彫刻の様にたたずんでいるのが見える。
流れるように後ろに流れていく風景、そして「ドスン」という衝撃と共に私の視界が真っ赤に染まる。
そして「グフッ」と誰かのうめき声が聞こえると、私の視界が急に開けた。
そして、私の視界の前には先程助けた『彼』の顔が見えた。
彼が私を受け止めてくれたのか・・・?と思いながら見つめていると彼は私に向かって微笑みかけて次の瞬間。
「ごっふぅ!!」
と、私に盛大に血を吐きかけた。え?え?と混乱する私をよそに、なんだか彼の顔色が赤から紫そして土気色になったかと思うと、みるみる白くなっていった。
あれ?あれえ?と思って彼の胸の辺りに視線を移すと、そこには私大のおっきな穴が・・・。
「きゃああああああ、ごめんなさあああああああぃ」
このままじゃ、母上様に間違いなく折檻される!ほかの姉妹にバカにされるぅぅぅ!!!
そう思った私は、その瞬間彼の『魂』と『精神』を自分の中に取り込んだのだった。
感想、ブクマなどしていただけると小躍りします。