いまそこにある危機 その5
正臣で十分遊んだボクたちは、帰りがてらホームセンターで、お買い物をしてた。
そう、ねこちゃん、いやノワちゃんの生活用品一式を揃えるために。
名前は車の中で、みんなで話し合った。「くろちゃん」は安易だし、なんか某スキンヘッドの声の高い芸人さんを思い出すから却下で、出落ち突っ込み待ちの「しろちゃん」もボツになった。あれだ、猫に「犬」とかいう名前をつけるみたいな?
結局友理が、「黒いからノワールは?」って言って良いけどちょっと長いから短くして「ノワ」に落ち着いた。
ボクがやってるスマホゲームに出てくる、錬金術の女の子の名前とちょっと語感が似ているので、そんなところも気に入ってこの名前で落ち着いた。
ちなみにこのホームセンター、ペット好きの人の利用が多いせいなのか、ペットも一緒に入店可能なんだよね。
まあ、あんまり大きい子は買い物カートに載らないからいないけど、小型犬や太ったねこちゃんなんかはカートのお座りできるところに載って、一緒にお買い物を楽しめるんだ。
ノワがどこにいるかっていうと、ボクのパーカーのおなかの部分のゆったりしたとこで丸くなってる。たまにチャックの合わせ目から顔だけ出して外を見たりしてる。かわいい♪
そう言えばボク、生まれ変わってからこっち、あんまり人が多いとこ出たことなかったなぁ。土曜のホームセンターの人の多いこと。なんでこんなこと思ったかって?
みんな振り向くんだよね・・・ボクとすれ違う度に。ボクも自分の容姿は理解してる控え目に言っても美少女なのはわかってる。わかってるけど、こんなに注目されるとは思ってなかった。
しかも悪意のある視線じゃないから気恥ずかしいったら、もう!優たちは側にいるけどなんかクスクス笑ってるしー。
少し憮然として歩いているウチにペットコーナーに辿り着く。
うはー、ペット飼うの久しぶりだからこういうとこ来るの久しぶりだけど、すごいねーめっちゃ色々ある。エサのコーナーだけで犬と猫、それぞれ3列づつあるー。1列はカメとか魚のご飯とか売ってる。
なんかペット産業がすごいってよくテレビで言ってたけど、これ見ると納得だわー。
とりあえず、エサのコーナーで猫まっしぐら的な、幼猫用のキャットフードと缶詰めを何個かカートに入れる。
あと、玩具とトイレを買うために、そっちのコーナーに移動する。
おおー、これまたすごい量のグッズの数々。さっきのエサのコーナーよりも棚がでかくて多い。
猫トイレは目隠しがついたピンクのかわいいヤツ、トイレの砂は、おからで出来た砂っていうのを選んだ。
なんかサンプルを見たときに、よく固まるのとすごく脱臭効果があるっぽかったから。
あと、丸くなって寝るための、ねこかまくらと、遊んであげるときに使う、先っちょに羽がついた猫じゃらしと、ヒモを引っ張ると走り出すネズミの玩具を購入。
ふふーいっぱい遊んであげよーっと。自分の物を買って貰ってるのが解るのか、ノワは顔だけ出して「にゃーぅ」と嬉しそうに鳴いている。
「ねね、猫タワー買わないの?」
友理が振り替えって聞いてくる。
「んー猫タワーねーいずれ買うかもだけど今は要らないかなぁー、あ、そこの爪研ぎ段ボール買わなきゃ」
「これのこと?はいよー」
これで一通り揃ったかな?まあ何か足りなかっったらまた買いに来ればいいわけだし。
そう思いながら棚を見回してると、ふとあるものが目に留まった。銀色のネームプレートがついてる赤い首輪。これ超似合いそう。そう言えば某ジブリの魔女が飼ってる黒猫も着けてたような・・・。
服のなかを覗き混んで、ノワに首輪を見せる。
「これどうかな?似合うと思うんだけど」
と聞くと「にゃぁーん♪」と嬉しそうに返事したのでカートに入れる。
後は日用品のトイレットペーパーなんかをカートに入れてレジに向かう。
「いっぱい買っちゃったねー、よかったねーノワちゃん」
と言いながら、友理がボクの胸元を覗き込んでくる。パーカーの下にキャミソール着てるけど、なんか友理の目がやらしい、最近なんかエロオヤジみたいになってるんだけど、だいじょぶかな?友理だってかなり可愛いんだから、ボクに構ってないで彼氏でも作ればいいのに・・・。
「・・・・・あら?なんかレジの方で揉めてない?」
と、隣にいる優が気が付く。
ん?と会計待ちの列がたくさんできている方を見ると、確かに騒がしいし、男が怒鳴っているような声が聴こえる。ついでにでかい声で吠える犬の声も聴こえる。
「なんで、ウチの黒王、店のなか入れちゃいけねえんだよ!」
黒王って・・・お前はラ○ウにでもなったつもりか。
「あの、お客さまこの様な大きなワンちゃんはですね、他のお客さまが驚いてしまわれるので、一応カートに載れる位の大きさまでとさせていただいているのですが・・・」
「ああ!?こんなちっちぇえカートにウチの黒王載せたらギュウギュウになっちまって可哀想だろうが!もっとでけえのもってこいや!」
「いえ、お客さま、そういうことでは無くてですね、カートが小さいとかではなくて、お客さまのワンちゃんが大型犬と言うのが問題でして・・・」
一応揉めてるけどレジは進んでた。ボクたちの会計の番になったので揉めてる現場が見えるようになった。
見るとヤンキー崩れみたいなガタイのいい男と、これまたデカイ犬で土佐犬じゃないし、グレートなんちゃら?だかボクサーだかそんな感じの躾ができてなさそうにでかい声で吠える犬。その連れ合いなのか少し離れたところでケバい女がスマホ弄ってる。
一生懸命対応してる店員さんも、犬をけしかけられそうでビビってるのか、脂汗をだらだらと流しながらも対応している。
「だいたいよぉ、他のやつらはみんな連れてはいってるじゃねえか、あれか?俺が抱っこしてけば入っていいのか?」
「絶対に下に降ろさないのであればですが、恐らくワンちゃん大きいのでそれは無理じゃないかと・・・」
「あんだよ、結局何やってもダメなんじゃねえか!ふざけんじゃねえぞ!おめえ慰謝料だ、慰謝料寄越せ。バカにしたろ?慰謝料払ったら帰ってやるよ」
あれ?ひょっとしてこの人たちお金欲しいだけなんじゃないの?ペットと入りたいのはポーズだけなんじゃ・・・。
「いえ、そういった物はお渡しできませんので、何卒ワンちゃんをお車に置いて入店されるか、お帰りいただくしか無いのですが・・・」
おお、気が弱そうかと思ったら店員さん意外と頑張ってるー。言うべき事はちゃんと言って、お金は渡せませんってハッキリ断ってるー。ナイスガッツだね。
「あのさー、ゴチャゴチャ言ってないでいいからサー、とっとと出すもの出しちゃいなよ。私のパパ、○○組の人間なんだよねー」
今まで黙ってスマホ弄ってたケバい女が、急に喋り出した。
出たー893関係アピールだー、これ言うと今警察に一発で組ごと捕まるよ?本職の方々は頭良いから絶対に言わない台詞だねー、ってことはただお金が欲しいだけのチンピラだね、この人たち。
でも店員さんにはそんな言葉が効果的だったらしくガタガタと震え出す。こういう時って店長さん出てこないのかな?
あ、それっぽいのが、お菓子コーナーの棚の陰からコッソリ見てる・・・。あれは助ける気が無いなぁ。
「ヒカルちゃん、会計済んだけどどうするの?」
と、優が聞いてきたのでボクは少し考える。
「んー、助けてあげたいけど、あくまで店とあのチンピラさんの問題だしなぁー、下手に口出しちゃダメだよねぇ?」
「確かにそうなのよね・・・下手に口出してめんどくさいことにならないとも限らないし・・・」
などと話していたら、再び犬が大きな声で鳴き始める。
「ウォンウォンウォン!!!」
その声にビックリしたのか、近くにいたベビーカーに載った子供が泣き出しちゃった。
「ふわあああああああああぁぁぁぁあん!!」
「うるっせえな!ガキが!!」
「すっすいません!!」
その子の両親が慌てて子供をなだめようとする。
いやいや、親御さんたち悪くないから、悪いのそのチンピラだから。
ちょっとイラッときてしまい、一歩そちらの方に踏み出すと、懐からノワが「にゃッ!」っと言いながら飛び出してしまう。
「あ、コラッノワ帰っておいで!」
ボクの制止も振り切って、トテテテテと軽やかに走っていくと、犬とベビーカーの間に立って「フシャーーッ」と犬に向かって威嚇行動をとる。
「あ?なんだ?このチビ。黒王やっちまえ」
さすがに、プチっときた。
最近試して解ったこと、能力の倍率は一部分だけでも上げることが出来るってこと。例えば右腕だけ100倍とかね。それともうひとつ。知覚や情報処理にも使えるということ。まあ知らず知らずのウチに使っていたんだけどね。じゃなきゃマッハで飛んでる時の処理が間に合うわけない。
ちなみに知覚処理を100倍にしたら、周りがゆっくりと動いていた。いわゆる加速装置みたいなものだね。
ボクは知覚と脚力を100倍に上げる。その瞬間周りが少しだけ暗くなったような感じになって、ボク以外の人たちが止まった様に見える。様に見えるだけで、よく見ると実際にはゆっくり動いているんだけどね。
ボクは水の中を動くような少し抵抗のかかる空間で人の間をすり抜けるように進んでいく。気を付けなければいけないのは少しでも当たると大惨事になっちゃうこと。試したことは無いけど多分スプラッタな事になる。だって制御出来なくてコンクリートにぶつかった時、豆腐みたいに簡単に壊れたからね。ちょっとおっかない。
ボクはノワまで辿り着く。ちょうど犬が大きな口を開けてノワに食らいつこうとしているとこだった。結構ギリギリじゃないか。今のままノワに触るとケガさせてしまうので、ボクは大口開けてる犬のお口にゲンコツを突っ込み、加速状態を解除する。
「ぐぁ!?ぐぅぅあ!?」
当然息が出来なくて苦しそうに身をよじらせる犬。
「な!?なんだお前どっから出てきやがった!?」
周りの人たちもいきなり犬の前に現れたボクに、驚きを隠せないでざわざわしてる。
「ウチのノワに噛みつこうとしたね?許さないよ?」
今だボクのゲンコツくわえてアグアグやってる犬を、片手で吊るすと落ち着かせるために、可哀想だけど軽めに床に叩きつける。
普段されたことがないだろう行為に、キョトンとしている犬の目を覗き混み魅了発動。
「君は本当はいい子だね。君に悪いことをさせるご主人を躾けてあげて。噛み殺しちゃだめだよ」
犬はしばらくふらふらっとしたかと思うと、飼い主のチンピラの方に向き直り、グルルルルと低い唸り声をだす。
「お、オイ、黒王?じょ、冗談だよな?な?」
そう言いながら少しづつ後ずさるチンピラカップル。
ボクはノワを拾い上げ、再び懷に入れると
「黒王、ごー」
「ばうばうばうばうっ!!」
「うそだろおおおおぉぉぉぉ・・・・」
チンピラは黒王に追っ掛けられてものすごい勢いで店から出ていった。
まあ、無事に魅了圏外に出られることを祈ってるよ。
そして、チンピラの方を見ていたお客さんと店員さんが再び視線を戻したとき、ボクの姿は跡形もなく消えていたのだった。
「はーもう、ビックリするじゃない。やるならやるっていってよねーまったく」
「いきなり消えたと思ったら犬の前にいるんだもんビックリするよね」
「だって、言ってたらノワ食べられちゃってたよ?ねー」
ボクたちは車に乗ってホームセンターを後にしていた。
途中からエレスを中継して優たちに、車に乗って出る準備しといて、と伝えておいたのだ。
『お役に立ててよかったです。最近めっきり出番が減ったような気がするので』
「そ、そんなことないよ?多分」
「それにしても、ノワが飛び出していった時はビックリしちゃったよー。ダメだよ?危ないことしちゃ」
『お姉さまがきっと助けてくれると思ったからだいじょうぶだよ』
「あははは、そりゃ助けるけどさ・・・・・」
あれ?いまボク誰としゃべったの?
「ノワ今しゃべった?」
と聞くと、キョトンとした表情でボクを見つめてる。
「しゃべるわけないよねー」
「あははは、ヒカルちゃん疲れてるんじゃないの?」
「そうだよーノワちゃんがしゃべるわけないじゃん」
『実はしゃべったんだけどね?』
「「「ええええええぇぇぇぇぇぇぇ!?」」」
新キャラ登場です。チンピラじゃないよ?
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