友里、修学旅行に行く その6
毎日暑いですね…
その巨大ともいえる威容は、ついに友里たちのいるホテルからも見え始めていた。
「あれが・・・未確認生物・・・ですか・・・」
薫子の感動とも恐怖とも言えない呟きが漏れる。
(本当は侵略者って言うらしいんだけど、教えると情報のソースはなんだとか、変なとこで食いついてくるから黙っとこう・・・)
心の中で友里はつぶやいていたが、その視線の先で巨大生物の周りを周回していた航空部隊が、巨大生物から発射された何かによって、一瞬にして賽の目に切り刻まれて分解していた。
「ああっ!航空部隊がやられましたぞ!!これは結構やばめなんじゃないですかな!?」
その口調からあまり危機感が感じ取れないのだが、実際問題まだ避難もできてない友里たちからしたら、目に見えて近づいてきてる侵略者に危機感を覚えざる負えない。
「ね、ねぇ、これってそろそろ避難しないといけないんじゃないの?先生たちどうしちゃったんだろうね?」
真弓が不安そうに二人の方を振り返る。
その時だった、少し離れた建物から煙が上がった。先程切り刻まれた航空部隊の機体の一部が、近くの建物に落ちてきたらしい。幸い燃料の類ではなかったのか、出火はしなかったようだが、それでもあの距離から飛んできたのだから、それなりの速度で突っ込んできたらしい。煙が晴れた建物は半壊状態だった。
「うわぁ・・・だいじょうぶかなぁ。誰か死んじゃってない?あれ」
少し離れたところにいるグループの誰かがそんな声を上げる。
沖合の巨大生物を見ると、粗方の航空部隊をやっつけたのか、触手に何機かの機体の一部を持ってはしゃぐかの様に、クネクネと踊っているように見える。
そして、コックピットと思しき部分を持った触手は、その半透明な体に自分の触手ごとずぶずぶと押し付けるように飲み込んでいく。
「あれって・・・人食べられちゃってるよね・・・?」
誰ともなくそうつぶやかれた何気ない一言、だがまだ17歳程度の半分子供と言ってもいい女学生たちの、恐怖心を煽るには十分すぎるほどの一言だった。
「あの大きいのが来たらみんな食べられちゃうの??やだっやだよぉぉ!!」
「にげなきゃにげなきゃとりあえずにげなきゃ・・・みんな荷物取りにいこう、はやく!!」
そんな半パニック状態になった女学生の声が聞こえたとは思えないが、巨大生物がその透明な体をぐにゃりと歪ませて、笑ったように見える。
そして飽きたように、触手に持っていた機体をぽいっと放ると、再びうねうねと触手を動かし始めた。
その触手の先が狙うのは島の建物がある方向。
「やばいですな・・・奴の興味がなぜかこちらに向いてるようですな・・・」
さすがの薫子も、頬に一筋の汗をたらしつつ、少し逃げ腰で観察していた。
そして先端から放たれる、幾条もの線、ホテルの周りの建物を切り刻みつつ、ホテル自身もかすめて、建物の一部が切り裂かれる。
幸いにも、人がちょうどいない部分に当たったらしく、窓ガラスなどが割れただけで済んだようだ。
「ちょっ・・・あのレーザーみたいなのここまで届くじゃん!」
真弓が叫ぶと、友里は心の中でまだ来ないヒカルの事を考える。
(ヒカルちゃんが間に合わないなら、それまでどうにかしなきゃね)
そしてチラリとエレスに渡されたブレスレットを見る。そして心の中で「今結構ピンチだと思うんだけどなー」などと考えつつ、再び巨大生物に視線を移す。
そして驚愕に目を見開く。なんと触手のほとんどが、自分たちのいる建物、つまりホテルに狙いをつけていたのだ。おそらくこちらが向こうを見ていることに気づいたのかもしれない。
よく言う「こちらが深淵を覗き込むとき、深淵もまたこちらを見ている」のリアルバージョンだ。
友里はブレスレットをなでながら、「これ本当にちゃんと守ってくれるんだよねぇ」と思いつつ巨大生物から目を離さないようにしていた。何故なら、恐らく今現在この建物にいる自分の学校の生徒を守れるのは自分以外にはいないからだ。
他の生徒たちも触手がこちらを向いてることに気づいたのだろう、みんな少しでも遠ざかろうと、廊下から逃げ出す。もちろん友里たちも逃げなければいけなのだが、攻撃のタイミングがわからないのと、どんな風に守ってくれるのか説明を受けていないので、最前線(廊下の窓辺)から動くわけにはいかなかった。
友里のそんな様子に、事情を知らない真弓は、友里の腕を引っ張りながら
「ゆーり!逃げなきゃ、死んじゃうってば!!」
わかっている、そんなことはわかっているけど、友里はブレスレットが持つであろう超常の力の事も説明できずに、腕を引っ張る真弓に困ったような顔を向けることしかできない。
薫子は窓枠から、目だけを覗かせて観察を続けていた。
「おほー、あのレーザーがこちらに向けて放たれたら、一瞬で切り刻まれてしまうんでしょうなぁ。きっと建物ごと。どこに逃げても無駄なら、私は最後まで見届けますぞ!」
そんな薫子の言葉にあきらめてしまったのか、真弓がヘナヘナとその場に崩れ落ちる。
「なんでよぅ・・・せっかくの楽しい修学旅行だったのに・・・こんな事なら昨日のお風呂の時に我慢しないで、友里のおっぱい揉んでおけばよかった・・・」
なんだか、さらりと問題発言があった。
「いや、揉ませないよ??今日も無事でも揉ませないからね?」
自分はしょっちゅうヒカルのお胸を揉もうとして(または揉んで)怒られてるのに、いざ自分がやられるのは嫌らしい。
「ウチの学校のレズッ娘率がどんどん上がってますなぁ、そろそろ自分も気をつけねば」
そんな緊張感の無い話をしてる時だった、触手の先がチカチカッっと瞬いたのが友里の目に映る。
友里は迷いなくガラス窓の外に腕ごとブレスレットを突き出して叫んだ。
「お願い!!みんなを守って!!」
そんな友里の行動に唖然とする二人。しかし触手の先から放たれたレーザーは周辺を切り刻みながら、ホテルに向かって集束し始めていた。
そして、そんな唖然とする友人二人の前で、友里のブレスレットから眩い光が迸る。
数珠状のブレスレットのそれぞれ色が付いた五色の珠が、ブレスレットから放たれる。
珠はホテルの前に立ちはだかるように広がっていくと、それぞれの間に光の幕の様なものを形成する。
巨人級が発射したレーザー(水流)は、直前まで当たった部分を苦も無く切り飛ばしていたのだが、光の幕に当たるとそれまでの猛威がウソのように弾かれてしまった。
「すっご・・・なにこれ??友里がやったの??」
「バリアーですな・・・これは」
聞かれた友里はフルフルと首を横に振りながら
「わたしじゃないよ。エレスのくれたブレスレットが守ってくれてるんだよ」
そう言いながら、友里は五色の珠が抜けて、ピンクの水晶しか残っていないブレスレットを二人に見せる。
「おお、ほんとに珠が無くなってますな。いや無くなったというか、透明になってますな。一体これは・・・」
二人には光った時に目がくらんでしまって見えなかったのだろうが、間近で見ていた友里は五色の珠の正体がわかった。アレは小さめの精霊だった。地水火風空のそれぞれの精霊が、一瞬だがペコリと友里に頭を下げつつ分散して行く様が見えていたのだ。
ちなみに、巨人級が放ったレーザーは高圧の水なので、水の精霊と、風の精霊が力を合わせて中和したのだった。
「一体エレスさんって何者なのよ・・・」
つぶやく真弓の声を耳だけで受け止め、心の中で「それはちょっといえないなぁ」と思いながら巨大生物を見つめる。すると自分の攻撃が防がれたのが解ったのか、悔しそうにウネウネとして、それならばと今度は触手を10本ほど纏めて撚り合わせ円錐状に触手を纏めあげ、そこからぶっといレーザーを発射した。
「やっばい!!すごい太いのきた!!」
「ゆーり、女子高生がすごい太いのとかいっちゃだめ!」
「アレ見てその発想に行きつく真弓どののほうがすごいですぞ!?」
ごんぶとレーザーはバリアーにぶち当たると一旦止まったかに見えたが、太いだけあってさすがに中和することが出来ないのか、少しずつ押し込まれ始める。
「直角に防がないで!斜めに力を逃がすの!!」
そんなバリアーに向かって(?)友里が叫ぶ。バリアーというか精霊は素直なのか、その言葉を聞いて徐々に斜めに傾斜をつけ始める。
すると所詮光線では無いので斜めに当たることによって、受け流すことが出来た。
しかし運が悪いのか受け流された水流の頂点でバリアーを支えていたのは、火の精霊だった。おそらく、5体の精霊の中で最も水との相性が悪い精霊・・・。
そんな頂点で頑張ってた火の精霊に受け流された水流が、濁流の如き勢いでぶつかっていった。
「ああ!大変ですぞ!赤い珠にレーザーがぶつかりましたぞ!!」
薫子が叫んだ途端に、弱弱しく点滅したかと思うと、火の精霊は消えてしまった。バリアーの頂点が一つ減ったことにより、五角形だったバリアーは四角形に変わり、そしてなんだか少し薄くなった感じがする。
おそらくこの状態ではもう普通のレーザーにも耐えることは困難だろう。
受け流された水が偶々火の精霊に当たったのは、巨人級にとってはラッキーとしかいいようが無かった。喜ぶようにウネウネしながらその先から適当にレーザーを出しつつバリアーを削り始める。
四体の精霊でもバリアーは形成できるが、やはり弱くなったのか、普通のレーザーを弾くのも精一杯なのか、バリアーが点滅して今にも消えてしまいそうになっている。
「ゆーり、大変消えちゃいそうだよ?ばりやーが消えちゃうよ??」
友里の肩をがくがくと真弓が揺するのだが、そんなこと言われても、友里にもどうしようもない。後はヒカルちゃんが来てくれるのを祈るだけである。
ピシリ・・・
破滅の音が聞こえ始めた。
ピシ・・・ピシピシ・・・徐々にヒビのような筋が入り始める。
とどめと言わんばかりに数十本のレーザーがバリアーに発射される。
消えそうになってる精霊たちも、最後の踏ん張りと言わんばかりに、バリアーごとグルグルと回転を始め、その勢いでレーザーを蹴散らしていく。
しかし、運悪く回転している精霊たちに、レーザーの一本が直接当たってしまう。弾き飛ばされる精霊。
すでにバリアーを形成していた位置にいたのは水と地の精霊の二体のみ、バリアーは広がっていた面積を細くしていき、最後には糸のように二体の精霊をつなぐだけとなり、プツンと切れてしまった。
飛ばされた二体の精霊も、遠くに行ってしまったのか帰ってくる様子がない。残された精霊は、申し訳なさそうに友里の元までふよふよ飛んでくると、ブレスレットの無色な水晶に吸い込まれるように戻ってしまった。
「いよいよもって、覚悟の決め時ですかな・・・心残りは、やおい本をベットの上に出しっぱなしで来てしまった事ですかなぁ・・・」
薫子・・・それお母さんに見つかったら、そっと机の上に置かれてるやつだよね・・・。
「私、部屋中の友里の写真、持って来ればよかった・・・」
無事に助かっても、なんだか真弓とは元の関係に戻れないんじゃないか、と友里は遠い目をしてしまう。
巨大生物は、いつの間にか海岸から500mくらいのところまで近づいてきていた。ここまで近づくとその全体像がよく見える。海水から上の部分は、まさに水クラゲのようなプルプルとしたゼリーのような半透明の身体。そして、傘のようになった体の終わりと、海面の間からは触手が何百と垂れ下がっていた。
そしてその下の部分を見て三人は絶句する。
そこには女子高生があまり好まないものがたくさんくっついていたのだ。
そう、毛むくじゃらなおっさんの足が。よく見ると、毛は触手のようなものだし色も半分透けてるのだが、形は太くてゴツゴツとした足の形をしていた。
「「「いやぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!きもいいいいぃぃぃぃぃぃぃ」」」
三人の絶叫が聞こえたのか、ピクッと触手が反応して、レーザーが打ち出される。
今度こそダメだ、そう思った時。
キュルキュルキュルキュルキュルと、何かが高速で回転しながら飛んできた。その飛来物は、レーザーと友里たちの間に入ると、2mくらいの大きさから一瞬で20mくらいの大きさになり、回転する光の盾となった。あっさり弾かれたレーザーに三人と巨大生物は唖然とする。
「よくがんばったね、後は任せて」
上の方から可愛らしくも頼もしい大好きな声が聞こえた。友里は慌てて窓から身を乗り出して仰ぎ見た。
そこには翼を広げたヒカルちゃんがすでに戦闘スタイルになって浮かんでいた。
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