初(?)出勤 ご挨拶
相変わらずな進み方です。
ボクは上空300mまで一瞬で到達すると、周りを見渡す。
田舎なので、ここまで上がってしまうと自分の目線よりも高いのは、遠くに聳え立つ山々くらいしかない。
力場の先端を会社の方向に向ける。
気を付けないと、一瞬で通りすぎてしまうので、少しづつ加速していく。
『時速300kmに到達しました』
エレスのナビゲーションが入る。こういうとき微妙にカーナビみたいに喋るのってわざとなの?
『はい、その方が喜ぶかと思いまして』
人を声フェチみたいに言わないでくれるかな?
確かに自分の車についてたETCの音声が、日○の○子さんだってことを知ったときは、ちょっとテンション上がったけどさ。
『五分後に目的地上空です』
少し似せてくるんじゃないよ!全く。
それにしても早いなぁ、全速力じゃ無いけど前の通勤と比べたら一瞬だね。
慣れたらもっと早くなるだろうしね。
ボクは下に見慣れた建物を見つけたので停止した。
慣性制御が使えるって言うのは便利だね。
一瞬で止まることも180度方向転換することもできちゃうんだもんねー。
よく科学特番みたいのでやってたUFOが使えるって話だったけど、まさか自分が使えるようになっちゃうなんてね。
この技術が使えると空中戦ではまず負けることがないだろうね。
自在にストップゴーができちゃうんだから。工場の中庭に向けて降下していく。
流石にそんなにスピードは出さないけど、みるみる地面が近付いてくる。
お、なんか窓開けて鷹村のやつがキョロキョロしてるぞ。
ボクがちゃんと来れるかきになってるのかな?上のほう気にしてるしね。
あ、ふふーちょっと脅かしちゃおうかなぁー。
鷹村はまだ光学迷彩しているボクのことを見つけられないみたいだ。
もう地上まで5mくらいの高さまで降りてきた。
見えてないけどボクのほうを見てる感じ、いいよーその目線、そのままねー♪
ボクは一気に翼を広げて姿を現す。きっと端から見たら、突然空間が割れてボクが出たみたいな感じになるはず。
「おっはよぅ!たかむらぁ!!」
「うっわああああああああ!!!」 ゴンッッ 「いってぇ!」 思いの外驚いていただけたようで、びっくりした鷹村は、驚いて後ろに引いた拍子に、覗いていた窓のサッシの上の部分に後頭部をぶつけたようだ。
……ちょっとやり過ぎた?
『やり過ぎかと』
「だ、だいじょうぶ?」
後頭部を押さえて蹲る鷹村に、浮いたままオズオズと声を掛ける。
「おまえなあぁぁぁ、いってぇー」
頭を擦りつつボクを見上げる鷹村、コブになってたら後で水流治療の実験台にしてあげよう。
『何気にひどいですね、ご主人様。ステキです』
エレスの中ではもう何でもアリになってるっぽい。
「社長、ヒカルちゃんきたんすか!?……ってなんで頭抱えてんすか?」
「あ、タク。おはよー」
飛んだまま声を掛ける。なんか降りるタイミング逃しちゃって。
けして鷹村に捕まったら怒られると思って、降りられないんじゃないよ?
「うわ、ホントに飛べるんすねー、あ、おはよっす」
ボクはそろそろと地面に足を着ける。
「たかむらーごめーん、いたいー?」
そう言いながら屈んでいる鷹村を、覗き込むように小首を傾げて見つめる。
『ご主人様、あざといです。あざとすぎます』
いやいや、怒られたくないもん。
ボクのことを見た鷹村は、何か言いたげに口を開きかけたが、ボクと視線が合うと顔を赤くしてそっぽを向く。
「だっ、だいじょうぶだよ、こんくらい。まったくお前は相変わらずだなっ」
お、デレなの?それはデレちゃったのかな?しょうがないからご褒美に治療してあげよう、クックック……。
何故か治療する時ってちょっとア○バさんみたいな顔になっちゃうよねー♪今日もいい木偶が手に入ったみたいな?
ボクは心の中で「クックック、ん~ここかなぁ?」なんて言いながら、鷹村の後頭部にそっと手を当てる。
そして、水の精霊力を高めると、鷹村の身体の体液の循環を始める。後頭部にあるたんこぶを、血流操作で治していく。念のため脳の方も調べたけど、そっちは何ともなかったみたい。
ボクが手を離すと鷹村は、不思議そうな顔をして後頭部を撫でる。
「あれ……痛くない……なんでだ?」
と言いながらボクのほうを見てくる。
「一応、水の精霊力で治療したんだよ。ごめんね」
「風を使ってるのは見たけど、そんな事も出来るのか。スゴいなぁ」
「すごいっすねぇ」
二人は関心したようにボクを見つめてきた。
「まあ、腕がちぎれたって何とかなると思うから、コレからはなんかあっても、労災使わなくていいかもね♪」
「まあ、怪我はしちゃいけないんだけどな、基本的に」
「ちがいないっす」
というと、三人顔を見合わせて笑い合うのだった。
よーし、なんとか怒られるの回避成功ー。
「よーし、少し早いがみんな呼んで朝会始めるか」
「はいっす」
事務所の中に集まってくる社員達。何人か出張してるようで、今日は鷹村とボクを抜かして7人が集まった。
タクとキム公の凸凹コンビに、タクと同い年で腐れ縁のトール、この会社で一番年長者のタケさん、若手のサトルとカズにちょっと人見知りなカツミの7人だ。
ちなみに出張に行ってていないのはクドーと、サワムラ兄弟(双子)の3人だね。
「あーみんな、おはようございます」
「「「おはようございます!」」」
ボクも鷹村の横でペコリっと頭を下げる。
「えー前にチラッと話したと思うが、新しい……と言っていいのかわからんが今日から仲間が増えることになった。自己紹介って言うのもアレだけどいいかな?」
と言いながらチラッとボクに目配せする。
ボクは一歩踏み出して前に出ると会釈する。
「えっと、この姿では初めまして……カナ?まあキム公とタクはこの前に来たときに会ったんだけどね。『徳田 光一』改め『徳田 ヒカル』です。とある事情によって生き返っちゃいまして、ついでに生まれ変わっちゃったんだけど、中身はみんな大好き『徳さん』なので今まで通りにしてくれると助かります。あとついでに生まれ変わった事情の一つで、たまーに『未確認生物』って言われてるモノと戦ったりしますが、あんま気にしないよーに!以上」
「簡潔かつ大雑把な自己紹介ありがとなー」
鷹村が何故かあきれたように棒読み台詞で挨拶を引き継ぐ。
「えーまあ今言ったので大体あってるし俺も詳しい事はよくわからん。わからんが、まあ徳さんが徳さんって事だ。一応呼び名は『ヒカルちゃん』ということにしてくれ。『徳さん』って呼ばれると本人が恥ずかしいんだそうだ。あと若い奴らに言っておくが、死にたくなかったらヒカルちゃんにセクハラとかするなよ。なんてったってあの未確認生物に平気で勝つほどのパワーだからな、死んでも労災じゃないからな?」
おお、なんだかひどい言われようだけど、まあゴタゴタが起きるよりはマシかな?
「じゃあ、今日から一応事務と営業で働いてもらうことになるが、お客さんとか取引業者には一応徳さんの姪っ子さんって事にしといてくれ。ヒカルちゃん一回死んだから戸籍が無いからな、あんまり他所に知られたくないんだ。何か質問あるやついるか?」
一通り通達事項は伝え終わったのか、みんなを見渡しながら鷹村が聞いた。
キム公が手を上げて質問した。
「結局ヒカルちゃんってここまでどうやって通うことにしたんです?」
まだそれ引きずってたんだ?お前ボクが飛んでるの見てたよね?
「えっとね、ほら前の戦いの時に飛べるようになったじゃん?だから飛んでくることにしたんだよ」
「……そうか、それは……よかった……です」
あからさまにショックみたいな顔するのやめない!?なんかこっちが悪い気がしてくるんだけど?
「ま、まああれだ、自力で通える手段が出来たんだからよかったじゃないか!なぁ?」
「はい……」
「キム!今夜付き合え!な?奢ってやるから!な?」
死にそうな顔になってるキム公に気を使ってか、鷹村が夜飲みに連れていくみたいだ。
「……社長。俺もその付き合いに混ぜてくれないかね?」
突然最年長のタケさんが飲みに付き合うと言い出したんだけど、何事?
「いいけど……どうしたんだ?珍しいね、タケさん」
鷹村もちょっと困惑気味だ。いつもなら一人で飲みに行くのにどういう風の吹き回しだろう。
「俺もな……ちょっと悲しいんだ」
ちょっと嫌なものを感じつつ、ボクは聞いてみる。
「な、なにが悲しいんですか?」
ボクに悲し気な瞳を向けてくるタケさん、ちょっとフルフルしてるけど、ほんとにどしたの?
「俺は……俺は……徳さんの尻が好きだったんだ!」
………はい?みんなも「え?なに?どゆこと?」みたいな顔してる。
『ご主人様……これはあれですか?ガチホモとかいう奴では?』
え?だって普通に仕事してたよね?そんな素振りなかったよね?
「時々でよかったんだ……徳さんの尻にたまに触るくらいでよかったんだぁ……」
泣き崩れるようにorzの格好になる御年50歳のベテラン修理工、今更ながらのカミングアウト。
……そういえば時々何気ない感じでよく尻叩かれたっけなぁ、と今更すぎるほどに思い出す。
「ま、まあほら、他にも社長とかキム公とか良い尻はいっぱいありますから……、タクも結構いい尻してますよ?」
と、ボクが言うとみんながすごい顔で睨んでくる。ナニ人のこと売ってるんだ!と。
「ま、まあ俺のはそれほどじゃないが、みんな若くてハリがあるからな!はっはっはっは……」
乾いた笑いで誤魔化してるけど、鷹村もみんなを肉壁にしてるね。
「ちがう!ちがうんだ!!誰の尻でも良い訳じゃないんだよ!徳さんの絶妙な尻が良かったんだ!」
そっかそっか……そこまでボクの、イヤ光一の尻が良かったんだね?
「それがこんな女みたいな尻になっちまって・・・」
「女みたいじゃなくて女なんだけどね!」
ちょっとイラッときてしまった。
「ふふ……そっかそっか女になっちまったか!はははは、まあ冗談だ!冗談!!」
みんな呆気にとられる中、タケさんが笑いだす。あれ?ひょっとして場を和まそうとしたのかな?
「な、なーんだ冗談っすか、まぢビビったっすよー今度作業中にタケさんから尻守らなきゃって思ったっすよ。ははは冗談でよかったっす」
とたんに和やかな雰囲気が広まる、さすが年の功って奴かな?さすがタケさん。
「よしっ!じゃあスッキリしたとこで、仕事始めるか!今日も一日怪我しないようにな!」
「「「うーーーっす!」」」
みんなが作業場にそれぞれ散っていく、なんか色々あったけどまたここから始まるんだなぁ。
ボクは前に使ってた机に座って書類整理を始める。
勝手知ったる事務所の中だから何も聞かなくてもわかる。やっぱりボクの居場所はここなんだなぁ……。
『ご主人様』
エレスが話しかけてくる。他の人には聞こえないモードらしくボクは心のなかで応える。
『なに?まさかの侵略者がきたの?』
『いえ、一つだけ皆様が気が付いてなかったようなので進言したく』
『なにを?』
『あのタケさんなる人物の事なのですが……』
ん?タケさんがどうかしたのかね?なになに?
『目が笑ってませんでしたよ?たぶんガチなのは間違いないかと…』
「え……?」
ボクは事務所からじゃ見えるはずのない工場の方を向いて、思わず身震いするのだった……。
ほら・・・気が付けばあなたの後ろにもタケさんが・・・。