初(?)出勤
やっと、直しが終わりました。
今朝はちゃんと六時半に目覚ましで起きた。
隣を見ると既に優は起きたらしくもぬけの殻だった。
あくびをしながらお風呂場に向かう。
今日から職場に出勤するので、シャワーを浴びてスッキリしようと思ってね。
途中のキッチンの前を通ると、エプロン姿の優が右に左に踊るように動いていた。
ボクと友里のお弁当を作りながら、朝御飯も用意してるようだ。
でもこの時間に作っているって事は、今日は休みなんだろうねきっと。
そんな優に「おはよ」と言いながら邪魔にならない程度に、後ろからハグをして、再びお風呂に向かう。
パジャマとパンツを脱いで洗濯機に放り込む。
寝るときにブラは着けない。だって寝苦しいんだもん、この身体なら垂れる心配も無さげだしね、
浴室に入りしばらくシャワーを出しておく。
出始めはまだ水だからね、お湯になるまでちょっとかかる。
ぼーっとして待っていると、湯気が立ち始めたのでそろそろいいかなーって思って、シャワーヘッドを取ろうとしたら
『ドンドンドンドン!!』
何故か浴室の扉をノックする音がきこえる。
「はいってまーす」
一応答えてみる。
「わかってる!ヒカルちゃんわたしもはいるぅーだから開けて」
友里だ、普段入らないくせに・・・。
「友里、いつも髪乾かすのめんどくさいからって朝シャンしないじゃん」
ぐっと言葉に詰まった気配がした。
「きょ、今日はシャワーしたい気分なんだもん!はやくー入れてぇー」
なんか最後の方だけ聞いてたら、とても女子高生が言っちゃいけない台詞に聞こえるんだけど、気のせいかな?
「じゃあ、すぐ上がるから待っててよ」
「だめ!!一緒に入らないとお湯が勿体ないでしょ!!だから上がっちゃだめ!!」
必死だな……どうせどさくさ紛れにおっぱい揉みたいだけでしょ?
「今日は、初出勤なので身を清めたいのです。ひとりにしてくださいませんか?」
わざと丁寧に言ってみたりする。
「……わかった。じゃあ約束して」
どうせ、夜は一緒に入ってとか言うんでしょ?
「会社で男の人に近付かないで!!」
………そりゃ無理だろ?ボク以外全員男ダヨ?
「気持ちは解らなくも無いけど、無理でーす」
ボクはあっさりとその提案を蹴る。
「ううーやだよぅ、ヒカルちゃんが汚されちゃうよぅ」
なんか友里の妄想の中だと、ボク職場でレイプでもされちゃってんの!?
「汚されないし!普通に仕事するだけだし!!っていうか、みんなにはちゃんと生まれ変わったこと説明するし!」
「ぐすっ……ホントに?」
「ああ、ホントホント。最初から話した方がいいねって事になってるんだから、だいじょぶだよ」
「じゃあ……夜のお風呂だけで我慢する……」
そこはブレないんだね……ちゃっかりしてるわ。
扉の前から友里の気配が無くなると、ボクは改めてシャワーを浴び始めた。なんか既に疲れちゃったんですけど……。
お風呂から上がって、下着を着けて、今度はブラもちゃんとする。
そして、Tシャツを着て畳んでおいてある仕事着を持ち上げる。
優が何でもそろう玄人の店で買ってくれた、女性用のツナギだ。
色は黒をベースに、腕の部分や脇の部分等に、何ヵ所か赤色の部分がある。
男物よりも、ウエストなんかが若干細身な作りになっているので、ボクのないすばでぃーが目立ってしまうような気がしたんだけど、優がどうしてもコレじゃなきゃダメって言うので、購入された1品だ。
まあ、買うときはちょっと恥ずかしい気がしたんだけど、実際に袖を通してみると、意外としっくりきて動きやすい。
鏡の前でくるーりと一回転。おおー可愛いかも。
ハッ!最近自分でも可愛いとか思うようになってきてしまっている、注意しなければ……。
『しょうがないですよ。ご主人様は可愛いんですから』
「……どこから見てた?」
たまにこいつがいるのを忘れて、恥ずかしい行動を取っていることが多々あるんだよなぁ……隠密スキルとかあるのかな?
『ずっと見てますよ?24時間監視体勢はバッチリです』
「プライバシーって言葉知ってる?」
『私の辞書にはアリマセンネ』
こいつ、最近妙に人間臭くなってきてる……し。
『あ、でも目を離すときも在りますよ』
「ほう・・・それはどんな時だい?」
『奥様と愛を育んでるときは、出血多量で気絶してますので』
「かなりいいとこまでみてるじゃないかっ!!」
『しょうがないですよ、サポートシステムですし』
「サポートいらないよね!?そんな夜の事まで!!」
せっかくシャワー浴びたのにまた汗が出てきそうだよ……。
そんな残念サポートのエレスとのやり取りをそこそこにして、キッチンに向かうと丁度朝ごはんが出来たとこらしい。
「今日のご飯はなーにかなー?」
ワクワクしながら椅子に座る。
「はい、どーぞ♪」
優がボクの前に朝ごはんが盛り付けられたプレートを置く。
今日のメニューはフレンチトーストに、ウインナー三本。それと茹でたブロッコリーに、バターで焼いた甘い人参だった。
「ふふー結構がっつりー♪いっただきまーす♪」
ボクはナイフとフォークでパクパクと食べ進めていく。
「はい、ヒカルちゃん牛乳だよー」
友里が牛乳をコップに入れて持ってきてくれた。とてもさっきヤンでいた女の子とは思えない。
「ありがとねー、ゴクゴク……ぷっはー」
「もう、白いおひげが出来ちゃったじゃないの、ほーら」
と、言いながら優がボクの口の回りをタオルで拭いて綺麗にする。
「あぁっ、ママズルいよーわたしがフキフキしたかったのに」
どうやら牛乳は友里のトラップだったらしい……恐るべし。
「あなたも早くしないと学校遅刻するわよ!」
「ハッ、ホントだ!ヤバイ。いってきまーす!!」
ドタバタと慌ただしく友里は出ていった。
二人っきりになったが、今日は変なことしてる時間は無い。
「久しぶりの出勤ね♪」
ニコニコしながら優が言ってくる。
「うんそうだねぇ、なんか生き返ってからまだ二週間経ってないのに、ずいぶんと久しぶりにいく感じダヨ」
「そうね、まだなんか夢みたいなとこあるものねぇ」
「うん……」
本当に普通じゃ有り得ないことの連続だもんね。
「ツナギ似合ってるわね。よかった」
「ふふー、だって優が選んでくれたんだもの、当然でしょ」
ボクはさっき鏡の前でやってたように、立ち上がってくるーりとして見せる。
何故か優は「クッ」って言いながら直視しないように横目で見ている。
「なんだかドンドンと仕草が可愛らしくなっていくわね」
その言葉に少しだけドキッとさせられる。
「う、うん。ボクも最近客観的に見てそう思うよ。心が身体に引っ張られてるって言うか、知らず知らずの、うちに自然となってるかも」
優は少しだけ考えこむ。
「まあ、器につられるのはしょうがないと思うからいいわよ、アナタ元々少しおネエなとこあったしね」
う……強く否定できないボクがいますよ?
「だから、可愛い仕草はあんまり違和感無いんだけど、だからって男の人は好きになっちゃダメよ?」
「う、うん、もちろんそれはないけどね。なんで?」
少し変な間を置いて優が答える。
「そうね、男の時に男性とそういう風になるのはまあいいの。ホモが嫌いな女子はいないから!だけど、その姿で男の人としちゃったら、それはもう浮気ですから!!」
衝撃の新事実だったーっ!?
「なんか絵面的には正しい形なのにね……」
「そうね、やっかいな因果に巻き込まれたわね、ヒカルちゃん」
二人して遠い目をするしかなかった……。
「さて、そろそろボクも行ってこようかな」
「あら、もうそんな時間?」
「さすがに、そろそろ出ないとね。初出勤から遅刻とかダメだしね」
会社の始業時刻は8時半からだけど、大体みんな15分位には集まり出す。
昔は7時半には家を出て高速に乗っていたんだけど、現在時刻は8時ちょっと前。
玄関でコレまた可愛い感じのスニーカータイプの安全靴を履くと、優がお弁当の入った手提げバックを渡してくる。
「ありがとー、じゃあ行ってきます」
前からの習慣で軽く行ってきますのキスをする。
「縁側から見送ればいいのよね?」
「うん!中から見ててよ♪」
そう言ってボクは玄関を出てから、庭のほうに回り込む。
縁側の窓ガラスがカラカラと開いて、優が再び顔を覗かせる。
「なんだか、変な感じね。お庭でお見送りとか」
「ふふー、そうだねー」
ボクは答えながら背中に意識を集中させ、翼を出す。
「じゃあいってくるねー」
と、軽い感じで挨拶すると、一気に翼が大きくなってボクを包みこむ。
そして、周りの景色に滲むように輪郭が消えていく。多分よく見ると少しだけ風景が歪んでいるんだろう。
ボクは真上に向かって飛び出すと、一気に300m程まで飛び上がるのだった。
結局会社にまだ着かない。