友里の忘れ物
一人称に書き直しました。
職場に行ってから二日ほど経過した日の午前中。
ボクは布団の中で丸くなっていたけど、少し気温が上がり始めて、寝苦しさを感じたので、んーっと伸びをしてムクリと起き上がる。
壁に掛かった時計を見ると、9時だった。少し寝過ぎちゃったな。
目を擦りながら1階リビングに降りると、人の気配はなく小さなメモがテーブルの上に置いてある。
手にとって読んでみると、優の綺麗な筆跡で
「朝御飯はパンとかで済ませてね。お昼は冷蔵庫の中にオカズが入ってるのでチンしてね(はぁと)」と書いてあった。
すでに優は昨日から病院の仕事に復帰している。もちろん友里も、すでに登校済みだ。
幸せを感じてにゅふふーと思わず笑ってしまう。ボクは冷蔵庫がある方向にトテトテと歩いていく。
冷蔵庫に近付くと、鏡面仕上げになった扉に、自分の姿が映る。
大型電機販売店が年末に行う大売り出しで買い換えたばかりの冷蔵庫は、真ん中から左右に開くタイプのもので、冷蔵庫の前面が鏡面仕上げになっているタイプだ。
なんか、昨今の住宅事情で、昔みたいな姿見の鏡を置かなくなった現代にあわせて、お出掛け前に自分の髪型や身だしなみを整えられるようにとの仕様らしい。確かに便利。
ボクはそこに映る自分の姿をまじまじと見る。生き返ってから1週間とちょっと経つけど、未だ見慣れないその姿に溜め息が出る。
腰の痛みが無かったり、身体が柔らかかったりと、前の身体に比べたら、すこぶる調子はいいんだけど、視覚的には40年見てきた自分の容姿と、1週間程しか付き合ってない今の姿じゃ、どうしても違和感が生まれちゃうんだよね。
なので、ここ二日程は一人になる時間があるので、なんとか慣れようとこうして自分の姿を見続ける事が多くなっていた。
はーっと何度目かの溜め息をついていると
『ご主人様、いくら自分が可愛らしいからって、自分に欲情するのはどうかと思うのですが・・・ 』
自分しかいないと思い込んでたボクはビクッとする。そう言えばこいつがいたんだった・・・ょっと、恥ずかしくなる。
「べっ別に欲情なんかしてないよっ!ただ・・・まだちょっと見慣れないなぁって思ってただけだもん!」
悲しいかな例えエレスしかいなくても、ボクっ娘補正された口調は変わらないらしい。クソぅ無駄に高性能だなぁ。
ややあきれ気味の溜め息をつきつつ、エレスは言う。
『さすがに、そろそろ慣れても宜しいんじゃありませんか?奥様達のあの順応っぷりを少しは見習ってはいかがですか』
「あれは慣れたんじゃなくて、ただ単に悦んでるだけだよっ」
もうレズッ気を隠そうともしない二人がちょっとコワイ。
そんな風にエレスと言い合いしながら、冷蔵庫のドアを左右に開くと、ひんやりとした空気が流れだし、少し火照って体温が上がった顔に当たり気持ちいい。
あんまり優のいるときにやると、「電気代が勿体ない」と言われて怒られるのだが、生き返る前から辞めることが出来ないんだよねー。
「はふぅー、癒されるぅー」
『奥様に叱られても知りませんよ』
「キミが告げ口しなきゃだいじょぶだよぉー、しないよね?」
と、あざとく小首を傾げてみせる。
『うっ・・・まぁ、今日のところは見なかった事にしてあげます』
ちょっとずつエレスの扱い方が解ってきたよ、コイツも優達と一緒で可愛いのに弱いらしい。
ふと、冷蔵庫の中を見回すと、自分のお昼用のお皿が目に入る。今日のメニューは豚の生姜焼きと、小鉢にホウレン草の胡麻和えが入っている。
ふふー、流石ボクの好きなものわかってるぅー。
もう時間が時間だから、11時位に朝昼兼用で済ませちゃおうかなーなどと考えてると、ふとある物が目に入った。
それは、赤いタッパーにキャラクターの描いてある白い蓋がされたお弁当のようなものだった。
冷蔵庫から出して蓋を開けてみると、そこにも生姜焼きと、胡麻和えが入っていた。間違いなくこれは友里のお弁当だった。
なんでコレがここにあるの?
優は日勤帯の仕事の時は、朝バタバタするのが嫌なので、前の日の夜に作り置きしておくのだ。多分友里は朝少し慌てて出ていって、お弁当をカバンに入れ忘れちゃったのかもしれない。
確か購買でパンも売っていた筈だよね、と思いつつも友里が生姜焼きが好きなことを思いだし、ボクは友里にメールをしてみる。
ちなみに、このスマホはボクが光一の時に使っていた物で事故の時も、胸ポケットに入れてなかったから無事だったんだよね。
胸ポケットに入れてたら、多分エレスに木っ端微塵にされてたねーなんて考えてると、エレスに伝わったのか心なしかビクッとした気がした。
優がまだ解約手続きをして無かったからそのまま使えてるんだよね。
友里の学校では授業中はスマホは、教室の後ろの壁にあるスマホ入れにみんな預けるルールになっているので、休み時間になるまでスマホに触ることは無い筈である。
メールを送信してから10分程経った頃、ボクのスマホに『メールダヨ』と着信を知らせる電子音声が流れる。
メールを開くと、友里から1通届いていて、そこには女子高生らしい顔文字とメッセージが書いてあった。
『うわーわすれてたよー教えてくれてありがと(*´∀`)
ヒカルちゃんあいしてるぅーヽ(●´ε`●)ノ愛してるついでにがっこーまで届けてくれたら結婚したげてもいいよぉー(/▽\)♪
よろしくネ( ゜∀゜)ノ』
「…………………」
ボクはしばらくそのメールを見て固まっていた。
『なんかアレですね、オモチャにされそうな予感がしてしょうがないのですが……』
そして、まだ返信していないのに『メールダヨ』と着信を知らせる音が鳴った。もちろん友里からなのだが。
ボクは嫌な予感に襲われつつも、恐る恐るメールを開いてみる。
『そうだー先生に捕まっちゃうといけないから、ワタシの制服着てくればいいんじゃないかなーワタシの部屋のクローゼットに替えのが入ってるからネ。(*´・ω-)bかならず着てきてね(*-ω人)オネガイ』
ボクはナンデヤネンと思わずツッコんでしまった。
娘の制服着てお弁当届けるって、どんな拷問よ。
さらに『メールダヨ』と着信音声、もう恐怖以外の何者でもない。いっそ見ていない事にして届けに行っちゃおうかとも思ったんだけど、一応開いて確認する。
『着てこなかったら、おっぱい揉みしだきます。一時間くらい。マヂです。あと、メール読んでないふりしてもだめです。揉みしだきます。マヂです』
完全に逃げ道が絶たれた・・・友里・・・恐ろしい子・・・お弁当の事を教えたことを後悔する。
『・・・・どうするおつもりで?』
エレスがちょっとだけ気の毒そうに聞いてくる。
「なんかもう行かなくてもヤラれちゃうんでしょ・・・どうせ・・・もういいよ・・・着てやんよぉ・・・」
ボクはハイライトの消えた眼でブツブツ呟きながら、階段を上り友里の部屋に向かうのだった。
クローゼットを開くと、そこにはワンピースなどの服がハンガーに掛けられて並んでいた。
引き出しの中はおパンツが入ってると思われるので、開けないようにする。
その中に替えの制服を見つけて取り出す。
ちょっとセーラーっぽい感じの制服は、襟の縁に緑色のラインがあしらってあり、スカートは少し深みのある緑色だ。
ボクはスカートを持ってしばらくじーっとみつめる。
実はまだ短いスカートを履いたことがないんだよね。
この間職場に言ったときはワンピだったけど、丈が長かったからあんまり気にならなかったんだけど、コレ短くね?パンツみえちゃわね?
そんなこと考えながらもスカートに脚を通してみる。なんだかとっても頼りない、足元の防御力の無さに愕然とする。
鏡の前で後ろを振り返ってみたり入念にチェックする。
なんだコレ?よくこんなの履いて自転車とか乗るよね!?
ボクはエレスに確認する。
「コレ本当にダイジョウブなの?パンツ見えちゃってない??」
『大丈夫ですよ、ご主人様。見えてません見えそうで見えません。あと鼻血でちゃいそうです。ボタボタボタ』
「でてるよね!?でそうじゃなくて、でまくってるよね!!?」
『大丈夫ですよ、実体がある訳じゃないので、イメージだけです』
「全然ダイジョブな気がしないけど・・・これスパッツとか履いちゃダメかな?」
『その場合は、下に何も履かずにスパッツでお願いします』
「なんでそんな左手が猿の百合少女みたいなことすんのさ!」
時々エレスのオタク知識が怖くなる。
『じゃあ、ニーソで絶対領域を作る位で勘弁して差し上げます』
「・・・・結局、パンツの防御力は上がらないんだね」
ボクは途方にくれる道しか残されてないことを悟った。
そんな風にエレスとああでもないこうでもないと、喋ってたら、あと30分程で友里のお昼休みの時間になっちゃう事に気付いた。
もう諦めて、溜め息をついたボクは、お弁当を袋に入れて小脇に抱えると、玄関で靴を履き飛び立つ為に庭に向かうのだった。
バトルより、日常の方が書いてて楽しいとか・・・どうしよう(つд⊂)