「カニっぽいもの」VS「棒人間様」
「これは・・・終わったな、俺」
そんな呟きが聞こえたかどうかはわからないが、「カニっぽいもの」は眼を合わせつつ『ギチギチギチ』というなんとも言えない音を出してた。
のそりと八本ある脚を動かして体ごとこちらに向き直る。
ボーイミーツガールならぬ、おっさんミーツもんすたーだ。
「カニっぽいもの」はその鉄骨のような脚を一本持ち上げると俺の車のボンネットに突き刺した。『ゴスンッ!』と爪先が突き刺さる。
それに伴いひしゃげてた車体がさらに軋みを上げる。
「ぐあっ!」
また少し潰されたのか、俺の足に激痛が走る。せっかく痛みが遠のいて冷静になれてたのに…。
そんな得体の知れないモノに言ってもしょうがないことを思いつつ俺は「カニっぽいもの」を睨み付けた。
奴は、そんな俺の胸中を知ってか知らずかさらに体重をかけてくる。
さらに車が歪み、耐え切れなくなったフロントガラスが一瞬で真っ白になったかと思うと、粉々になってバラバラと崩れ落ちていく。
俺と「カニっぽいもの」を隔てるものは何も無くなり、奴の匂いが漂ってくる…カニだけあって少し磯臭いような生臭い匂いが漂ってくる。
こいつ海から来たのか・・・?などと考えてると、巨大カニの脚が再び振り上げられた。
これは不味い、あんなん直接来たらさすがに生き残れる気がしない。
でも、逃げようにも挟まれた俺の脚は抜けそうにもない、それどころか足の感覚すらなくなってちゃんとあるのかも怪しい感じがする。
これはもう駄目なのかもしれないという思いと、嫁さんたちのことを考えると、残して死ねるか!という思いがぐるぐる頭の中を巡る。
そんなことは我関せずとばかりに振り上げた脚が振り下ろされた。
反射的に目をつぶってしまう。
どうせ死ぬなら一撃でお願いします!と心の隅で願いつつ覚悟を決める。
…だが、とっくに訪れるはずの衝撃はいつまで待っても来ない。
俺は恐る恐る目を開けて様子を窺う。
すると目に入ったのは先程トラックの荷台から転がってきて、俺を潰すはずの木材だった。
そう「カニっぽいもの」の振り下ろされた脚を受け止めていたのは、本来もっと早くに転がり落ちてきてもおかしくない太い丸太だったのだ。
時間経過もそうだけど、それにしたっておかしいだろ、丸太が宙に浮いてる気がする。
丸太の根元を視線で辿っていくと、不自然な形に他の丸太がくっついていた。いや、丸太的には不自然なのだがある意味自然な感じにも見える。
そう、『棒人間』の形になっているのだ。
俺は自分の目を疑った。死にかけておかしくなったと思った。だが何度見ても俺を奴の脚から救ってくれてるのは、丸太で出来た『棒人間』様だったのだ。助けてくれたのだ「様」くらい付けたくもなる。
「カニっぽいもの」は俺から視線を外すと『棒人間』様を睨み付ける。
ちなみに『棒人間』様は顔がないので、表情はわからない。
対峙するカニもどきと棒人間様。
先制攻撃はカニもどきが繰り出す右ストレート!!
ゴウッと風切り音を立てながら迫りくるそれを、棒人間様は左腕で華麗に捌いたかと思うと、右ひじをカウンター気味に入れる。
負けじとカニもどきも左前脚で右ひじを防ぎつつ、口から触手を槍のように突き出す応戦。
触手を某マ○リックスのネオさんのようにのけぞってやり過ごしつつ、右足直蹴りを繰り出す棒人間様。
まるで格闘ゲームのワンシーンを見ているかの様な技の応酬に思わず見とれてしまう。
ちょっと命の危機から脱したせいか冷静に観戦している俺は、今更ながらに後ろを振り返ってみた。
そこにはトラックと俺の車と散乱した他の丸太で、道路が封鎖されたために出来た長蛇の列だった。
中には車から降りてこっちの様子を見に来ようとしてる人もいるくらいだ。
そういえばトラックの運ちゃんってどうなったんだ?と思って見てみると、すでに反対のドアから逃げたらしく、後ろの渋滞のほうに走っている。
おいおい、せめて俺を助けてくれよ・・・と心の中で嘆きつつ、棒人間様たちの戦いに視線を戻すと、ちょうどお互いに右を振りかぶっていた。
『ズガァァァンッ』という重量物がぶつかり合うすさまじい音。
棒人間様の右腕はカニぽの眼に突き刺さり、カニもどきの右脚は棒人間様の胸の部分を突き抜けていた。
芸術的ともいえるクロスカウンターの打ち合い、そしてWノックアウト。
そんな目の前の風景に目を奪われていたのだが、何かがキラっと瞬いた。それはちょうどカニぽの右脚が突き抜けた辺りからだろうか。
俺の胸の部分にその「ナニカ」は突き刺さった・・・。
あまりの圧力に、肺から空気が吐き出され、鉄錆のような味が口の中いっぱいに広がる。
「ごっふぅ!!」
と、普段しないような咳をすると、口の中にある鉄錆の味と共に真っ赤な血が、ハンドル部分を染め上げた。
自分の胸元に目をやると拳大の穴が開いていて、そこに半ば埋まりこんで血濡れになった球体が覗いている。
血に染まってない部分はなんだか虹色に輝いて見える。
なんだかきれいだな…なんて思っていると、視界の端から暗闇が侵食し始めていた。
舌の奥にまとわりつくような、今まで味わったことの無い苦みのようなもの。
嗚呼・・・これが死の味ってやつなのかな。
あっけねえなぁ・・・なんて思いながら闇に沈む意識の端っこに
『きゃぁぁぁぁぁぁ!ごめんなさぁぁぁぁぁぁぃい』
という、少女とも子供とも言えない謝罪の残響を残しつつ。
俺は死んだ。
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